人間は、「良い選択をした」と思った時は、大抵、間違った選択をしている。
1881年10月26日、アリゾナ州コチセ郡トゥームストーンので起こった銃撃戦、通称『OK牧場の決闘』を題材に、多くの映画が作られた。
その中で最も有名なものが、1957年公開の、バート・ランカスターとカーク・ダグラスが共演した西部劇『OK牧場の決斗』だ。
日本では、史実を『OK牧場の決闘』、映画を『OK牧場の決斗』と表記するが、英語ではいずれも“Gunfight at the O.K. Corral”だ。
『OK牧場の決斗』で、こんな印象的な場面がある。
賭博師のドク・ホリデイ(本名はヘンリー・ホリデイ。歯学博士を取得している元歯科医)が、名高い名保安官ワイアット・アープに、何と、儲け話を持ちかける。
それは、ワイアット・アープが、悪名高いドク・ホリデイを町から追っ払うために来た時だった。
ホリデイはアープに、自分に千ドル投資すれば、大儲けさせてやるというが、もちろん、アープが耳を貸すはずがない・・・と思いきや、アープは承諾してしまう。
しかし、いかに、ホリデイが話術に長けた詐欺師でもあっても、百戦錬磨の名保安官アープが騙されるはずがない。
吹き替え版では、アープは「一生に一度くらいは馬鹿なことをやってみたくなった」と、半ば言い訳を自分にする。
アープが、ホリデイに男惚れし、友情を感じていることは見れば分かるが、ホリデイは誰もが認める最低のクズだ。
だが、最初に述べたように、人間は「良い選択をした」と思う時は、大概、愚かな選択をしている時だが、「馬鹿な選択をした」と思った時は、それが正解なのである。
理屈の頭は、いつも間違うのだ。
直観と理性が対立した時は、直観を選んで良い。
同じことが再度起こる。
アープが、殺し屋3人を逮捕に向かおうとした時、助手が出払っていて1人もいなかった。
近くでそれを聴いていたホリデイは「俺が手を貸そうか?」と言うが、当然、アープは「馬鹿を言え。俺1人でやる」と言い捨てて出て行く。
だが、アープは立ち止まって戻って来ると、ホリデイに「右手を上げろ」と言う。そして、保安官助手採用の簡易儀式をやり始めるが、すぐにアープは、「馬鹿らしい」と言って取りやめ、口で「保安官助手採用だ」と言って、ホリデイと出動する。
馬鹿なことをやったことがない人生は淋しいものだが、今は、そんな人が多い。
参議院幹事長、蓮舫(れんほう)氏が、新型コロナウイルスで親の収入が激減した等の理由で、大学を辞めざるをえなくなっている人のことを「高卒になってしまう」と言って、低学歴者を差別したとして非難されたが、私なら、「高卒になっちゃえば良い」と思う。
大学に通っている者の多くが、実は内心、「辞めた方が良い」と思っているのに、それは、理屈や理性では「馬鹿な選択」なのでそれが出来ない。
もし、コロナのおかげで、そんな「馬鹿な選択」をする後押しがされたなら、乗ってみてはどうだろう?
素晴らしく楽しい人生になるかもしれない。
まあ、後で後悔するかもしれないが、この程度の後悔は安いものに違いない。責任は持てないが(笑)。
本当は、「馬鹿な選択が正しい」と言うよりは「気持ちに素直な選択は正しい」と言うべきだろう。
だが、「素直な選択」は、やはり馬鹿に見えることが多い。
スティーブ・ジョブズが大学を辞めたのは、元々、やる気がなくなっていたのと、里親の財産を使い果たすのが嫌だったからだ(ジョブズが在学していたリード大学の学費は、今で言えば年間400~500万円以上)。
『まちカドまぞく』で、優子がバイトをして、桃への借金を返しに来た時、桃は、優子のバイト代全部を巻き上げるのが嫌で、返済を拒否する。
それを優子も拒否するが、桃の家庭事情の一端を垣間見て(桃に家族はいない)、何かを感じて、それを受け入れる。
どれも大正解であったが、ジョブズは、あの有名なスピーチで、その最善の部分を説明していない。自分でも気付いていなかったのだろう。
1881年10月26日、アリゾナ州コチセ郡トゥームストーンので起こった銃撃戦、通称『OK牧場の決闘』を題材に、多くの映画が作られた。
その中で最も有名なものが、1957年公開の、バート・ランカスターとカーク・ダグラスが共演した西部劇『OK牧場の決斗』だ。
日本では、史実を『OK牧場の決闘』、映画を『OK牧場の決斗』と表記するが、英語ではいずれも“Gunfight at the O.K. Corral”だ。
『OK牧場の決斗』で、こんな印象的な場面がある。
賭博師のドク・ホリデイ(本名はヘンリー・ホリデイ。歯学博士を取得している元歯科医)が、名高い名保安官ワイアット・アープに、何と、儲け話を持ちかける。
それは、ワイアット・アープが、悪名高いドク・ホリデイを町から追っ払うために来た時だった。
ホリデイはアープに、自分に千ドル投資すれば、大儲けさせてやるというが、もちろん、アープが耳を貸すはずがない・・・と思いきや、アープは承諾してしまう。
しかし、いかに、ホリデイが話術に長けた詐欺師でもあっても、百戦錬磨の名保安官アープが騙されるはずがない。
吹き替え版では、アープは「一生に一度くらいは馬鹿なことをやってみたくなった」と、半ば言い訳を自分にする。
アープが、ホリデイに男惚れし、友情を感じていることは見れば分かるが、ホリデイは誰もが認める最低のクズだ。
だが、最初に述べたように、人間は「良い選択をした」と思う時は、大概、愚かな選択をしている時だが、「馬鹿な選択をした」と思った時は、それが正解なのである。
理屈の頭は、いつも間違うのだ。
直観と理性が対立した時は、直観を選んで良い。
同じことが再度起こる。
アープが、殺し屋3人を逮捕に向かおうとした時、助手が出払っていて1人もいなかった。
近くでそれを聴いていたホリデイは「俺が手を貸そうか?」と言うが、当然、アープは「馬鹿を言え。俺1人でやる」と言い捨てて出て行く。
だが、アープは立ち止まって戻って来ると、ホリデイに「右手を上げろ」と言う。そして、保安官助手採用の簡易儀式をやり始めるが、すぐにアープは、「馬鹿らしい」と言って取りやめ、口で「保安官助手採用だ」と言って、ホリデイと出動する。
馬鹿なことをやったことがない人生は淋しいものだが、今は、そんな人が多い。
参議院幹事長、蓮舫(れんほう)氏が、新型コロナウイルスで親の収入が激減した等の理由で、大学を辞めざるをえなくなっている人のことを「高卒になってしまう」と言って、低学歴者を差別したとして非難されたが、私なら、「高卒になっちゃえば良い」と思う。
大学に通っている者の多くが、実は内心、「辞めた方が良い」と思っているのに、それは、理屈や理性では「馬鹿な選択」なのでそれが出来ない。
もし、コロナのおかげで、そんな「馬鹿な選択」をする後押しがされたなら、乗ってみてはどうだろう?
素晴らしく楽しい人生になるかもしれない。
まあ、後で後悔するかもしれないが、この程度の後悔は安いものに違いない。責任は持てないが(笑)。
本当は、「馬鹿な選択が正しい」と言うよりは「気持ちに素直な選択は正しい」と言うべきだろう。
だが、「素直な選択」は、やはり馬鹿に見えることが多い。
スティーブ・ジョブズが大学を辞めたのは、元々、やる気がなくなっていたのと、里親の財産を使い果たすのが嫌だったからだ(ジョブズが在学していたリード大学の学費は、今で言えば年間400~500万円以上)。
『まちカドまぞく』で、優子がバイトをして、桃への借金を返しに来た時、桃は、優子のバイト代全部を巻き上げるのが嫌で、返済を拒否する。
それを優子も拒否するが、桃の家庭事情の一端を垣間見て(桃に家族はいない)、何かを感じて、それを受け入れる。
どれも大正解であったが、ジョブズは、あの有名なスピーチで、その最善の部分を説明していない。自分でも気付いていなかったのだろう。
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