ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

H.G.ウェルズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

H.G.ウェルズが描く奇跡の魔法

アメリカNo.1の現代作家と言われるカート・ヴォネガットや、現代のイギリスの世界的作家であるコリン・ウィルソンが最高の作家と称賛したのが、イギリスのSF作家H.G.ウェルズだった。
また、現在でも堂々通用するSF『ヒューマノイド』(1947)の著者であるジャック・ウィリアムスンは、12歳まで学校に行かず、20歳で師範学校(教師になるための学校)を中退して作家になったが、後に、H.G.ウェルズに関する論文で文学博士号を取得している。惑星を地球環境化する「テラ・ホーミング」という言葉を作ったのはウィリアムスンである。
このウェルズの『奇跡を起こせる男』という短編小説を読んだ時、私は非常に鮮明な印象を受けた。
30歳の冴えない凡人の男が、イエスを遥かに凌駕するほどの奇跡を起こすこのお話を、全くあり得ることと思ったのだ。
なぜなら、私も似たような奇跡を、それまでに何度も起こしていたからだ。
その、いかにもつまらない30歳の男フォザンゲーの奇跡の起こし方は極めて単純で、言葉で「こうなれ」と命じるだけである。
たとえば、自動車を空中に浮かび上がらせたければ、自動車に向かって「浮かび上がれ」と言うのである。
それだけで、彼はいかなる奇跡でも起こせた。限度はあるのかもしれないが、地球を静止させることだって出来た。
ウェルズは、異世界のことを描いた『堀についたドア』といい、ただの与太話(根拠のないデタラメな話)を書く作家ではない。
人類の中で、タイム・マシンの概念を初めて示したのも、彼の『タイム・マシン』という作品であった。
『宇宙戦争』のような火星人は存在しないかもしれないが、地球の生物とは根本的な構造が違う生命体の存在や、人類よりはるかに進んだ文明の存在も描き、また、人類の未来をリアルに描いた作品『世界はこうなる』もある。

『奇跡を起こせる男』は、分かり易いお話にしたところはあるが、魔法のような奇跡を起こす上で重要なことが書かれている。
そして、人間は本来、そんなことが出来るのであると思う。まあ、私はやっていたわけだが。
あなたは、愚かなフォザリンゲーと違い、奇跡の力を思慮深く世界に適用しなければならない。
彼のように、「銀行口座の預金額が2億円になれ」というやり方は、物凄く無責任だ。
そのような世界にするには、世界の同意を得なければならない。
それには、今朝も書いたが、私が子供の時にやったように、「僕の銀行口座には2億円の預金があるんだ」と言わなければならない。
誰かにでもいいが、本当は自分に言って、自分の同意を得るわけだ。
ある意味、嘘をつくのだが、皆さんもご存じのように、悪い嘘はいけないが、良い嘘はつくべきなのである。
顕在意識が、ワクワクする噓と感じれば、潜在意識は受け入れるのである。
たとえば、「凄い美人の彼女が出来たんだ」と言うようにである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タイム・マシン ウェルズSF傑作集 ※『奇跡を起こせる男』収録
(2)タイタンの妖女(カート・ヴォネガット)
(3)ヒューマノイド(ジャック・ウィリアムスン)
(4)賢者の石 (コリン・ウィルソン)
(5)世界はこうなる 上(H.G.ウェルズ)

精霊が棲む館
AIアート2966
「精霊が棲む館」
Kay

世界を変えようなどと思わない

誰が日本の総理になろうが、誰がアメリカの大統領になろうが同じである。
世の中には、誰それが総理大臣になったら日本は終わりだとか、あれがアメリカの大統領になったらアメリカのみならず世界は終わりだと言う人達が沢山いる。
そういったことを「これは陰謀論ではない。世界の真実だ」として、迫真性のある話を一定の説得力を持たせてインターネット上で語る人も沢山いる。彼らを疑う必要はないが、信じてもいけない。また、彼らの話を信じる人達を陰謀論者と言って蔑む必要もないが、あまり関わらない方が良いかもしれない。
少なくとも、誰が総理になったり大統領になったからといって、過度に感情的になる必要はない。

我々が気に入らないと思うのは、世界ではなく人生だ。世界を変えることは難しいが、自分の人生を変えることは難しくはない。
アメリカを代表する現代作家であるカート・ヴォネガットが最高の作家と称賛したH.G.ウェルズの自伝的小説『ポリー氏の人生』に書かれている、「人生が気に入らないなら変えてしまえばいい」という言葉を、イギリスの世界的作家コリン・ウィルソンは座右の銘のようにしていたようだった。
それでウィルソンは、何もかもうまくいかず、絶望的な状況で自殺寸前までいきながら、ふてぶてしく生きるようになり、25歳で著書『アウトサイダー』により、一夜にして世界的作家の仲間入りを果たし、それは生涯続いた。

どうしても総理や大統領が気に入らないなら、彼らが本当にいるのか疑えば、違う総理や大統領がいるパラレルワールド(並行宇宙)に移動するかもしれないが、それよりも、自分に直接関わりのある気に入らないことを疑って消してしまった方が良い。
こんな世界にいるのにも、何か意味があるのかもしれない(ないかもしれないが 笑)。
ヘレン・ケラーが悟った、五感で捉えられるものは全て幻想であるというのは、おそらく正しい。
ある幻想を別の幻想に変えたからといって本質的には何も変わらないなら、世界幻想よりも自分の人生の幻想を変える方が楽である。

とはいえ、ウィルソンも、人生の変え方を具体的に言ってはおらず、彼自身は、少々過激なやり方を取ったが、穏やかな方法がはっきり分からなかったのかもしれない。
だが、彼は、私が好きな、こんな話を、ある本の最後に書いていた。こういう書き方をする部分に一番重要なことが書かれている場合が多い。
ある、全く駄目な青年が「僕はどうしてこんなに駄目なんだろう」とつぶやくと、誰かが、「きみはちっとも駄目じゃない。自分でそう思っているだけだ」と言い、青年はそれを聞いて短期間で生まれ変わった。
その時、何が起こったのかについて、ウィルソンは「啓示を受けた」としか書いていない。ウィルソンにも分からないのだ。
だが、その青年は単に「本当に僕は駄目なんだろうか?」と疑い続けただけなのだ。
デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」は、本当は「疑っているわれは確実に存在する」である。
どういう経緯かはっきりしないが、これを「われ思う、ゆえにわれあり」としたことで、デカルトは最終真理を逃してしまった。
全ては幻想で、幻想は疑えば消える。
ただし、求めることで幻想が出来る。
だから、求めずに疑うことが大切で、執着せずに、ただ疑うことが必要である。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)ポリー氏の人生(H・G・ウェルズ)
(2)方法序説(デカルト)
(3)オプティミスト(ヘレン・ケラー)
(4)共同幻想論(吉本隆明)
(5)タイタンの妖女(カート・ヴォネガット)

疑う
AIアート1211
「疑う」
Kay

時間を巻き戻し過去をやり直す

少し前に、時間を巻き戻して、失敗をなかったことにしたり、うまくいかなかったことをやり直すという話をしたが、それは、かなり起こっているということも述べた。
それをやった者は、それを憶えていない場合が多いが、夢の中の出来事のように、ぼんやりと憶えていることもある。
こういった話をテーマにしたSF小説やSF漫画などは多く、それは、やはり、こういったことが実際にあることを感じさせる。
私などは、もう数えきれないほどやったように思うが、誰でも、こういったことを思いのままに起こせるわけではないだろう。
だが、本来、それは難しいことではないのだ。

かっとなって人を殴ったり、性欲に負けて少女をレイプして人生を棒に振りそうになった者が、時間を巻き戻して、過ちをやらずに済ませたといった短い時間範囲の場合だけでなく、学生時代に全く勉強せず、惨めな人生を送ってきた中年過ぎの人間が、子供時代に戻って、今度はしっかりと勉強しようという気持ちを持って学生時代をやり直すということもある。

おひいさま
AIアート126
「おひいさま」
Kay


私は、小学生の時、クラスメイトの中に、子供とは思えないほどの人格者で、よく訓練されていて勉強も運動も抜群という子がいて、その子に、「お前はなんでそんなに偉いんだ?」と聞いたら、その子は、「2度目なだけだ。ちっとも偉くないんだ」といったようなことを言っていた。
子供じみたところがない立派な子供の中には、そんなふうに、2度目、3度目のやり直しをしている者は案外にいると思うし、大きな素晴らしいことを成し遂げる大人の中にだって、かなりいるのだと思う。
というか、卓越した成果を上げている者の中で、全く、時間の巻き戻しを利用しなかった者がいるのか疑問だ。

ただ、せっかく時間の巻き戻しをしても、以前の記憶が全く、あるいは、ほとんどない場合が多い。
それもまた、宇宙人が太古の昔に地球に仕掛けたマインドコントロール装置のせいである。

コリン・ウィルソンが座右の銘にしていた、H.G.ウェルズの自伝小説『ポリー氏の人生』の中の言葉、
「人生が気に入らないなら、変えてしまえばいい」
という言葉のように、それは誰でも出来る。
そして、後悔のない人生を送れば、もう地球に転生する必要はない。

やり方はただ、「私は誰か?」と自分に問うて、思考(=心)を消すだけである。
まずは、短い時間での巻き戻しがよく起こるようになり、それを憶えていられるようになる。
だが、なかなか「私は誰か?」と問うことが定着しない場合、世界コマンド、
「私は何も考えない」
「私は何も信じない」
「私は何も愛さない」
のどれか、あるいは、2つ、あるいは、全部唱えると良いだろう。
徐々に心が消え、自分が本当は誰か(何か)に興味を持つようになるだろう。








世界コマンドの威力

私が、ボーカロイドの初音ミクさんやIAさんの美しい動画を見るごとに思うのは、「美しく生まれることの幸運と、そのように生まれた者の気持ちはどんなものだろう?」という、ひょっとしたら奇妙かもしれないことだ。
私は、小学4年生の時、クラス1・・・いや、学年1とも言えるすらりとした美少女で勉強も運動も抜群という少女と、(言っては悪いが)ブスで太ってて勉強も運動も駄目という少女を見比べ、「同じ人間でありながら、なぜこうも違うのだろう?」と悩んだ。
スピリチュアルな考え方をする者の中には、「そのように生まれたことには意味がある」とか、「それは1つの見方に過ぎない」とか、あるいは、「皆、世界で1つだけの花だ。他と比べてはならない」などと言うかもしれないが、初音ミクさんやIAさんを見ると、やはり、美しいものは美しいし、初音ミクさんもIAさんも、あのように美しくないと人気は出なかった。
美しく生まれなかったら、死ぬまで諦めるしかない。
まあ、どんな美人だって、歳を取れば美は奪われるが、美しかった若い時の歴史や記憶は残る。

部屋の中
AIアート121
「部屋の中」
Kay


だが、H.G.ウェルズの自伝小説『ポリー氏の人生』の中の言葉で、コリン・ウィルソンが座右の銘としていた言葉、
「人生が気に入らないなら、変えてしまえばいい」
を思い出す。
もちろん、この言葉は、普通には、考え方を変えたり努力をすることで、人生の様々な境遇を変えるという意味に考えられているだろうが、そうではないかもしれない。
人間の魂は本来、全知全能の神のごときものだ。
ブスやブサメン(不細工な面=不細工な顔)に生まれても、美人やイケメンに生まれたことにしてしまえるかもしれない。
今のように生まれたことに意味があるわけではない(意味があると思うと、なかなか変わらない)。
気に入らないなら変えてしまえば良い。
そして、本当に変えてしまったという者もいる。
もちろん、そんな話は、迫真性はあっても、ただの作り話かもしれない。
だが、量子力学の考え方の1つである多世界解釈では、あらゆる可能性が実現した世界がパラレルワールド(並行宇宙)として存在している。
人生を変えるのも、一生で1度や2度ではなく、その気になれば1日に何度でも、あるいは、今この瞬間にでも頻繁に変えられるかもしれない。

ある人は、前はブスで学校の成績も悪かったが、今は超絶美少女で成績はトップクラスと言う。
それを聞くと、大抵の人は笑ったり「デタラメを言うな」と怒るが、別段、不思議なことではないと感じる。
実を言えば、私も何度も世界を変えてしまっているとしか思えないのである。
別に今、超絶美人とかMITを出たとかいうのではないが(それはそれで面倒と感じる)、ある意味小さなことで、複数の記憶がある。

最近ご紹介している世界コマンド「私は何も考えない」あるいは「私は何も信じない」の威力は予想を超えて凄く、人生を変えた履歴を思い出したり、今から好きなように変えられる自信を感じる。
「私は誰か?」と自分に問い続け、思考を完全に消してしまえば、そもそも、宇宙は創造するものでしかない。
人生を思い通りに変えるのも楽しいだろうが、今の人生を1つの夢、あるいは、劇のようなものとして傍観するのも面白いものである。
思考を消せば、そのあたりもうまくやれるだろう。
世界コマンドを使うことをお薦めする次第である。








『老子』(80/81)「内なる静寂」

今回は『老子』第80章である。
いよいよ、残り2章だ。
この章を一言で言えば「内なる静寂」である。

この章は、表向きは、文明や進歩を否定し、昔のままの生活をしろと書かれている。
老人であれば、これを喜んで肯定する者が多いだろうが、若者は、こんな論を馬鹿にするだろう。
しかし、老子は、これを物質世界のこととして言ったのではない。

あのH.G.ウェルズ(イギリスの作家。『宇宙戦争』の作者)の原作で、ウェルズ自ら脚本を書いた映画『来るべき世界』で、テクノロジーが高度に発達した未来社会で、世界のリーダーの男がこう言う。
「このまま進むか?戻るか?」
答は出ていないが、現実世界でも、やがてこのことを考えなければならなくなる。

桃の節句
AIアート27
「桃の節句の初音ミク」
Kay


そして、老子の後継者とも考えられる荘子は、こう述べている。
「本当の知恵者は太古の人であった。彼らは一切の区別をしなかった。やがて、人々は区別はするようにはなったが、まだ、優劣はつけなかった。だが、優劣をつけるようになってから、世界はおかしくなった」
外的なことで区別や優劣があるのは当然だ。
しかし、内面においては、そうであってはならない。
例えば、こんな感じだ。
大谷翔平は優れた選手だ。
しかし、内的には、どの選手も同じなのだ。
そのことを一番分かっているのが大谷翔平であろう。

優劣をつけるのは思考である。
そして、優劣をつける思考が、あらゆる不幸や災難を生む。
だが、思考を消し、余計なことを考えず、つけるべきでない優劣をつけないようになれば、魂は蘇り、あらゆる障害を克服する。

『世界に一つだけの花』というヒット曲があったが、これも同じで、外的にはナンバー1はやっぱり存在する。
しかし、内的には、そんなものはないのだ。
もし、この歌の作者に善意や知恵があるなら、「外的な価値を内的な価値より上位に置くな」と言ったのだ。

外的には、何をしても構わない。
テクノロジーが進歩するならさせれば良い。
しかし、内的には変わってはならない。
なぜなら、内なる真の自分は、全知全能の無限の魂(=神)なのだからだ。
ところが、地球上の人間は、外的な進歩ばかり重要視し、内的には低下する一方・・・そしてついに、神から虫けらになってしまった。
だが、今こそ、「私は誰か?」と自分に問い、自分が本当は何であるか思い出せば、我々は再び太古の知恵者のようになる。
そうなれば、不可能はない。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼

最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード