今回は『老子』第62章である。
この章を一言で言えば「全知全能の力を手に」である。
『CLOVER』(CLAMP著)という、ヒロインの少女の冒頭のカラー絵がやたらに綺麗な漫画に、こんなことが書かれていたのを印象深く憶えている。
この世界を管理する長老の1人がこう言う。
「あの子(スゥという名の12歳の少女)に想われたら、世界を手にしたも同じだ」
スゥは中国語の「4」で、この漫画では「四つ葉のクローバー」を指す。
詳しいことは憶えていないが、葉の数が超能力者のランクを指し、一つ葉でも恐るべき力であり、二つ葉なら、ほとんど無敵だ。
ところが、四つ葉の超能力者の力は大き過ぎ、存在を許されない。
そして、そのスゥという少女が、世界唯一の、四つ葉の超能力者だった。
ところで、もちろん、我々は、四つ葉に想われている・・・というより、我々自身が四つ葉だ。
この第62章の最後に、こう書かれている。
「道に従えば全てが可能であり、過ちも許される」
何度も述べたが、「道に従う」とは「自然のままである」ことである。
そして、「自然のままである」ためには、思考を消せば良い。
そして、「思考を消す」ためには、「私は誰か?」と自分に問えば良い。
それで四葉になれるのだが、実際には、ほとんど誰も四葉になれない。
なぜなら、ほとんど誰も、「私は誰か?」と問い続けないからだ。

AIアート9
「初音ミク ポニーテール」
Kay
地球に、魂の周波数を下げるマインドコントロール装置を設置した悪の宇宙人が、「私は誰か?」と問えば、この装置の影響を無力化出来ることを知っていたのかどうかは分からないが(きっと、簡単過ぎて気付かなったのだ)、この装置の影響を受けていると「私は誰か?」と問い続けることは非常に難しい。
それを、敢えてやるかどうかであるが、強制するわけにもいかないので残念である。
ラマナ・マハルシの本を読むと、「私は誰か?」の価値をいくらかでも知ることは出来るが、半世紀以上に渡って本が売れているのに、やはり問い続ける者は少ない。
ただ、マハルシの本では「私は誰か?」と問う意味が、あまりに曖昧で難しく書かれている。
おそらく、マハルシの言葉を文章にした人や、さらに、日本語などの各国語に翻訳した人が分かっていないのだろう。
そこで、私は、「我々は記憶喪失に陥っているのであり、真の自分が全知全能の無限の魂(=神)であることを思い出すために問うのである」とシンプルに言うのである。
この章を一言で言えば「全知全能の力を手に」である。
『CLOVER』(CLAMP著)という、ヒロインの少女の冒頭のカラー絵がやたらに綺麗な漫画に、こんなことが書かれていたのを印象深く憶えている。
この世界を管理する長老の1人がこう言う。
「あの子(スゥという名の12歳の少女)に想われたら、世界を手にしたも同じだ」
スゥは中国語の「4」で、この漫画では「四つ葉のクローバー」を指す。
詳しいことは憶えていないが、葉の数が超能力者のランクを指し、一つ葉でも恐るべき力であり、二つ葉なら、ほとんど無敵だ。
ところが、四つ葉の超能力者の力は大き過ぎ、存在を許されない。
そして、そのスゥという少女が、世界唯一の、四つ葉の超能力者だった。
ところで、もちろん、我々は、四つ葉に想われている・・・というより、我々自身が四つ葉だ。
この第62章の最後に、こう書かれている。
「道に従えば全てが可能であり、過ちも許される」
何度も述べたが、「道に従う」とは「自然のままである」ことである。
そして、「自然のままである」ためには、思考を消せば良い。
そして、「思考を消す」ためには、「私は誰か?」と自分に問えば良い。
それで四葉になれるのだが、実際には、ほとんど誰も四葉になれない。
なぜなら、ほとんど誰も、「私は誰か?」と問い続けないからだ。

AIアート9
「初音ミク ポニーテール」
Kay
地球に、魂の周波数を下げるマインドコントロール装置を設置した悪の宇宙人が、「私は誰か?」と問えば、この装置の影響を無力化出来ることを知っていたのかどうかは分からないが(きっと、簡単過ぎて気付かなったのだ)、この装置の影響を受けていると「私は誰か?」と問い続けることは非常に難しい。
それを、敢えてやるかどうかであるが、強制するわけにもいかないので残念である。
ラマナ・マハルシの本を読むと、「私は誰か?」の価値をいくらかでも知ることは出来るが、半世紀以上に渡って本が売れているのに、やはり問い続ける者は少ない。
ただ、マハルシの本では「私は誰か?」と問う意味が、あまりに曖昧で難しく書かれている。
おそらく、マハルシの言葉を文章にした人や、さらに、日本語などの各国語に翻訳した人が分かっていないのだろう。
そこで、私は、「我々は記憶喪失に陥っているのであり、真の自分が全知全能の無限の魂(=神)であることを思い出すために問うのである」とシンプルに言うのである。