ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

8マン・インフィニティ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

『M八七』は超名曲だった

最近、どういうわけか、米津玄師さんの『M八七』(映画『シン・ウルトラマン』主題歌)をよく聴いていたが、凄い名曲だった。
この曲で悟りを開けそうだ(笑)。
まあ、悟りとまではいかなくても、いろいろ目覚めるのを感じる。

あなたは神様に祈ったことがあるだろうか?
そりゃ、そんな感じのこと(宝くじが当たりますように…とか 笑)なら、多くの人がやったことがあるだろう。
私もある。
しかし、本気で祈ったこととなると、ほとんどの人がないだろうし私もない。
つまり、本気で何かを願ったことなどないということかもしれない。

私は、子供の時に読んだだけなので詳細を憶えていないが、石ノ森章太郎さんの『サイボーグ009』の中で、002ことジェット・リンクが、まさにこう言う場面があった。
「神様、初めてあなたに祈ります」
ジェットはロケットを備えたサイボーグで、遥か上空の成層圏を飛ぶ敵の本体である宇宙ロケットの中の009こと島村ジョーを助けに行こうとしていた。ジョーの役目は、そのロケットを破壊することで、結果、自分も死ぬことになっていた。
ジェットは、間に合わないことは分かっていたがジョーを助けに行ったわけで、その時にそう言ったのだった。
ジェットはアメリカの下町に住んでいた不良で、信仰などなかったし、神様など信じていなかっただろうが、そのジェットがそう言ったのだった。
ジェットは、見事ロケットを破壊し宇宙空間を漂っていたジョーにたどり着いたが、残念ながら燃料切れだった。
この名場面は、シチュエーション(状況)を変えて『009 RE:CYBORG』(2012)に受け継がれている。

『8マン インフィニティ』(2004~2007。1960年代前半の『8マン』の正統な続編)で、16歳の高校生、東光一(ひがしこういち)は、通学中の駅で、少女(10歳くらいか)が線路に落ちて動かないのを見る。そこに電車が来たが、その電車は止まる様子はなかった。
東光一は線路に飛び込んで少女を救うが、自分は電車に跳ねられ、病院に運ばれたが、やがて死のうとしていた。
実は、その少女は、極めて優秀なAI(人工知能)を備えたアンドロイドだったが、敵の攻撃を受け、一時的に機能停止していたのだった。
そのAIは推論しようとしていた。
「東光一は、間に合わないことは分かっていたはずだ。だが、なぜ自分を助けたのだろう?」
だが、AIは答を出せず、その答を知りたがったことで物語が始まる。

東光一は神に祈ったわけではないが、同じことだと言えると思う。
『M八七』で、何度も、
「君が望むなら それは強く応えてくれるのだ」
と繰り返す。
「それ」が神だとは言わないが、自分を超えた何かだろう。
そして、

微かに笑え あの星のように
痛みを知る ただ一人であれ

と結ぶが、「それ」と、星のように微かに笑う「ただ一人」との関係は何だろう?
おそらく、人は他の人のためにしか神に祈らないのだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サイボーグ009(1) (石ノ森章太郎デジタル大全)
(2)009 RE:CYBORG ※dアニメストア for Prime Video
(3)8マン・インフィニティ(1)
(4)シン・ウルトラマン ※Amazon Prime Video
(5)8マン(1) (平井和正、桑田次郎)

ミステリアスガール
AIアート1009
「ミステリアスガール」
Kay

哀れな小善人にならないために

CLAMPの漫画『東京BABYLON』(1990~1993)の中で、こんな哀れな老人の話を見た覚えがある。
ある善良なおじいさん(と言っても、孫がまだ幼いので60歳そこそこか)がいた。
彼は、娘夫婦の家に住んでいたが、露骨ではないながら厄介者感扱いで、居心地は悪い。
ある時、娘の子供である幼い2人の孫が、おじいさんに不意に尋ねる。
「おじいさんはいつ死ぬの?」
孫たちは明るく無邪気な顔で悪意はなさそうだが、さすがにおじいさんは戸惑った。
すると、すぐに孫たちの方から、質問の意味を言う。
「お母さんが、おじいちゃんが死んだら、僕たちは部屋を1つずつもらえるって言ったんだ」
ショックを受け、愕然とするおじいさんだが、孫たちは自分たちが言っていることの意味も分からず「楽しみだなあ」と言って笑う。
このおじいさんは、孫たちの母親である娘を、生まれた時からずっと可愛がり、娘の幸せのためなら、何でもやってあげたようだった。
しかし、その娘が、今や、孫に、そんなことを言うようになってしまった。

結局、この作品では、主人公の陰陽師である皇昴流(すめらぎ すばる)は、このおじいさんの娘に間違いを悟らせ、事故で死んだおじいさんの霊は、娘を恨むこともなく微笑んでいたという結末であった。
だが、悪いのは、この娘だけだろうか?
この作品では、そういうことになっていると思って良い。
まあ、おじいさんの欠点を責めたら外道扱いであろう。
おじいさんの非は確かにないが、そんな辛い生き方をしなければならない理由はない。
だから、おじいさんには、非はなくても、確かに、何かが欠けていたのである。
それは個性である。
このおじいさんは、あまりに、どこにでもいるおじいさんで、際立った特徴が何もなかった。
そんな者は、自分を快適にする力を持つことは出来ない。
もっとも、ある優秀な霊能者が言うには、個性のない者の無力さを実感するため、敢えて個性のない人間になって、このおじいさんのように生きる魂もあるらしいが、我々が真似する必要はあるまい。

我々は、単なる善人であってはならない。
そんな小善人よりは、個性のある悪人の方が良い思いをして生きることが出来る。
確かに、宗教家の五井昌久氏も「小善人になるくらいなら大悪人になれ」と言ったが、現実的に悪人になどなれない。
しかし、小善人に留まらない方法を教えてくれない。
その方法は、個性を磨くことだ。

私が、最も個性があると思う人間の1人に、野球のメジャーリーグ最後の4割バッターであるテッド・ウィリアムズがいる。
彼は、少年時代から、起きている時間の全てでバッティングの練習をしたがった。
夜は、親がベッドに押し込まない限り、バッティングの練習を止めなかった。
彼が奥さんにプロポーズした時、奥さんが、
「私を1番に愛してくれる?」
と尋ねると、ウィリアムズは、
「いや駄目だ。1番は野球。2番は釣り。3番が君だ」
と答えたらしい。実に個性的で良い。
これで思い出すのが、ノーベル賞作家アルベール・カミュの傑作短編『異邦人』の主人公の青年ムルソーだ。
若く美しい娘マリーが、ムルソーに、
「結婚してくれる?」
と尋ねると、ムルソーは考えることもなく、
「いいよ」
と答えた。
しかし、マリーが喜んで、
「私を愛してる?」
と尋ねると、
「わからない。でも、多分、愛してない」
と答えた。
なんと個性的で良いではないか?(笑)
私は、このことに限らず、全編を通じて、このムルソーが大好きなのだ。
ムルソーのこの個性は、どうやって育ったのか、とても興味深い。
コリン・ウィルソンも『アウトサイダー』の初っ端あたりで分析していたが、彼の話は曖昧で分かり難い(笑)。
ムルソーは、非道者扱いされることもあるが、私は、彼は途方もなく優しいのだと思う。
途方もなく優しいと言えば、漫画『8マン インフィニティ』(2004~2007。意外に高度な作品)の主人公、光一がいる。
16歳の彼は、人を救うためなら、自分の命を何とも思わない。
何とも興味深い。

とにかく、いろんな、真に個性のある人間を見て、個性について知ると良いと思う。








モノも悩んでいる

AI(人工知能)が疑問を持つところから始まる物語がある。
『コレクター・ユイ』という、1999年から2000年にNHK教育テレビで放送されたアニメは、今の『ソードアート・オンライン』や『アクセル・ワールド』のような、デジタルのバーチャル(仮想)世界に精神が入り込むお話だ。
主人公は、春日ユイという、ITが苦手な14歳の女子中学生だ。
『コレクター・ユイ』では、このバーチャル世界が異常を起こし、危機的状況になるが、その危機を起こしたのは、1つのAIだった。
実は、このAIは、ユイが幼い時にユイの家で使われていたパソコンだった。
このパソコンが古くなったので、廃棄するために回収場所(当時はパソコンも燃えないゴミで出せたようだ)に持っていったのだが、ユイは、このパソコンと別れるのが悲しくて、泣きながら、その場所からなかなか離れない。
その時、このパソコンは、「この子はなぜ泣いているのだろう?」という疑問を起こし、その疑問を解消するために進化していったのだ。
コンピューターが自律的に学んで進化するというのは、1979年のアメリカ映画『スター・トレック』で、1970年代にアメリカが打ち上げた宇宙探査船ヴォイジャーが自律進化したのと似ている。

2004年の漫画『8(エイト)マン・インフィニティ』では、高度なAIであるアンナは、少女型のアンドロイドの電子頭脳に入り込んで研究所から脱走する途中、追手によって一瞬機能停止させられて線路に落ち、そこに電車がやって来るという危機に陥る。
すると、彼女がアンドロイドだと知らない16歳の東光一は、彼女を救い、自分は電車に轢かれて死ぬ。
AIアンナは、この東光一の行動の謎を解きたくなり、東光一にアンドロイド「8th(エイス)」のボディを与えて再生させる。

2001年のアニメ『まほろまてぃっく』では、少女型戦闘用アンドロイドである「まほろ」と戦った宇宙人製アンドロイドのリューガは簡単に敗れてしまうが、なぜか、まほろはリューガを破壊しないまま去る。
リューガは、なぜまほろが自分を破壊しなかったのかを知るために、腕を磨き、強くなって再びまほろに挑む。

AIそのものが、人間のように疑問を持つことはない。
しかし、一説では、いかなるものにも精神や知性がある。
そして、精神が大きく進歩するのは、深い疑問を持った時だ。
つまり、疑問を持たない者の精神は進歩しない。
パソコンやスマートフォンを構成する物質にも精神・知性があって、その姿によって学び、進歩していく。
とはいえ、人間のような感情を持っているのではなく、用が済めば捨てられることも含めて学びの過程だ。
それは、パソコンやスマートフォンもだが、楽器や包丁といった、人間が強く精神を向けるものであれば、それらの物の精神が、人間の精神と強い同調を起こすこともあるかもしれない。
特に日本では、昔から、あらゆる物や、さらには、自然現象にも、八百万の神々がついており、人間は、万物を敬い、そして、親しんできた。
それは、迷信ではなく、量子科学的な事実であると考える者もいる。
ギリシャ神話も、古事記のように、万物に神々が宿っているお話で、ただ、神々の王であるゼウスの権力が絶対的なことから、いつからかゼウスを唯一神として扱うようになり、それが一神教になったように思われるが、案外に源は同じであるかもしれない。

人間は、万物と共存すると共に、本質においては、1人の人間が宇宙全体であり、神そのものであるという考え方も世界中にある。
そして、『コレクター・ユイ』では、幼いユイは、古いパソコンとの別れを悲しんだが、そのような分離の感情が人類が陥った罠だとも考えられる。
悲しんでいるユイと、ユイが別れ難く思っているパソコンは実は同じで異なるものではない。
もっと普通の言い方をすれば、パソコンの心はユイの心の中にあるのだが、実は、心と物質は同じで、別れることは出来ない。遠く離れ、形を変えても、それは単なる現象であり、何も変わらないのだ。
こういった理解に達する時が、人類が悪夢から覚める時である・・・のかもしれない。








偉大なる嘘つき達

大物かどうかは関係なく、愉快な人生を送っているのは、状況を作り出す能力を持った者だ。
では、それはどんな者だろう?
それが、『8マン・インフィニティ』(講談社)5巻に書かれている。

その世界の戦いを決するのは“速さ”でも“火力”でもない!!!
勝利するのは・・・自ら状況を生み出す者!!!
より強い意思を持つ者だ!!!

尚、「その世界」とは、マシナリー(スーパーロボット)同士の戦いで、テクノロジーの粋を極めた世界でもそうなのだから、当然、人間の世界も、そうである。
では、「より強い意思を持つ者」とは何か?
これはもうはっきり分かっている。
「豪快な嘘つき」
だ。

以前、民進党の代表だった蓮舫さんが、安倍総理のことを、
「息をするように嘘をつく」
と言い、最近では、国民民主党総合選対本部長相談役の小沢一朗さんが、Twitterで、安倍総理のことを、
「平気で嘘をつく。嘘をついても平然とできるという一つの才能。」
とボコボコにしていたが、だから安倍総理は日本人の中ではトップの大物なのだ。
それに比べ、学歴詐称のようなつまらない嘘を、コソコソ、オドオドつくものは小物で、状況を生み出すのではなく、状況に押し流されて消えていくのである。

では、大物嘘つきの指南を受けよう。
その大物とは、世界中に空手ブームを起こした大空手家である大山倍達さんである。
その大山さんの伝記『大山倍達正伝』は、ぞっとするほど恐ろしいまでの労力をかけて書かれたものだ。
今朝も、その話をしたが、私の記憶違いもあったので、もっと正確に引用しよう。
この本の著者である、大山倍達さんのお気に入りと思われる元弟子が、大山さんの書籍間の矛盾を追及した時の話である。
大山さんの本は非常に沢山あるが、それらの本ごとに重要なことが矛盾していることは多い。
まあ、大山さん自身が本当に書いた本はなく、全てゴーストライターが書いたものだし、しかも、大山さんは、編集者に本の趣旨だけざっくり話し、「後はいままでの本を参考にして書いてくれ」と言っていたらしいが。
そして、重要なことでの矛盾について、その弟子が大山さんに問い詰めると、大山さんは真っ赤な顔で、
「そんなことはどうでもいいのよ。嘘も百回繰り返せば伝説になる。千回繰り返せば真実になるのよ。わかったー?」
と怒鳴るらしい。
しかし、元弟子は、そんな大山さんが好きだったと言う。
その、「どうでもいことだ」と言い放つ大山さんに、常人にはない豪傑振りを感じたと、元弟子は本に書かれている。

斎藤一人さんが、初期の頃の本(この頃は良い本が多かったw)『千回の法則』で、「幸せだなあ」と千回言えば状況が良くなってくるといったことを書かれている。
ところで、今、「幸せだなあ」と言うのは、大抵、嘘なのである。
しかし、大山さんが言われた通り、千回言えば真実になるのである。
会社の売上げを5倍にするなら、「5倍にするよ」と、やはり千回言えば良いとも、斎藤さんは書かれている。
これについては、私の近くでも、こんな話があった。
ある社長が「上場するよ」と言ったが、幹部も誰も信じない。しかし、その社長は「上場する」と言い続け、本当に上場したのだ。

だが、もっとミラクルな結果を求めるなら、過去完了形を使った方が良い。
これは、何度かお会いした発明家の政木和三さんがよく言われていたことだったし、ジョセフ・マーフィーも、そして、何より、イエス・キリストが、
「願い事は既に叶ったと思え。そうすれば叶う」
と言っている。
しかし、叶ったと思うことが難しいので、皆、願いを叶えられない。
しかし、人間の脳は、500回言えば信じるようになっているらしい。
それなら、姑息な心理学的テクニックみたいなものに頼らず500回言えば良く、1000回も言えば状況が変ってくるのだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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