ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

黒住宗忠

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

常識と超常識

イエス並の奇跡の力を持っていたと言われる江戸末期の神道家、黒住宗忠が好きだったという「梯子仙人」の話を再度振り返る。
こんな話だ。
仙人になりたい若者がいたが、仙人になる方法を知っていると言う男に、それを教えてもらうために、若者はその男の言うままに、長い間タダ働きをする。
「そろそろ教えて欲しい」と言う若者に、男は「分かった」と言って教え始めた。
若者を高い木に登らせ、そこで枝にぶら下がるよう命じ、そして、「手を離せば良い」と言った。
無論、男は仙人になる方法なんて知らず、若者をタダ働きさせたかっただけだ。
後は、文句を言われないよう始末すればそれでいい。
だが、手を離した若者は仙人になって飛んで行った。

ミヒャエル・エンデが、アインシュタインについて、こんな人間だったと書いていたらしい。
アインシュタインが高い崖で木の枝に掴まっていた。手を離したら落ちて死ぬ。
アインシュタインは、「神様!助けて!」と祈る。
すると、神様の声がして、「手を離せば助ける」と言う。
だが、アインシュタインは、枝を握ったまま「神様!助けて!」と言う。

言うまでもなく、両方共、作り話だ。
黒住宗忠は、若者の何を気に入ったのだろう?
そして、エンデは、アインシュタインの何が気に入らなかったのだろう?
多くの人が、素直に信じる心が大切だといったことを思うが、全然そんなことではない。
手を離せば仙人になるとか、神様が助けてくれるなんて、信じようとして信じられるものではない。

実は、若者もアアインシュタインも手を話せば死ぬことが分かっていた。
そんなのは常識だ。
彼らには常識があった。

フロイトは、自我の上に超自我があると言い、超自我の方が上位で正しいと言った。
しかしフロイトは、本当は超自我というものはないと言った。
だが、ユングは、超自我は本当にあると言った。

上の若者は、自我の常識に従わず、超自我の超常識に従った。
アインシュタインは、自我の常識に従い、超自我の超常式に従わなかった。

我々は、自我の常識に従って生きている。
だが、心で「私、私、私」と言い続けるほど、自我が弱まり超自我が輝く。
それなれば全知全能である。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)自我と無意識(C.G.ユング)
(2)心理療法論(C.G.ユング)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(4)人間の建設(岡潔、小林秀雄)
(5)量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」(岸根卓郎)

非常識の楽園
AIアート2936
「非常識の楽園」
Kay

「私」と唱えることの現世利益について

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、ハンセン氏病に罹った武士に、1日1万回「ありがたい」を声に出し、心を込めて唱えるよう指示し、それで武士は1週間で全快したという。
ただ、宗忠は、普段から、まずは口先だけでも良いから「ありがたい」と唱えることを勧めていた。
つまり、切羽詰まった時に1万回唱える荒行より、普段から行うことの方が大事であると思う。
法然も、普段から念仏を、なるべく多く、声に出して唱えるよう教えていた。

我々も、彼らの言う通りにすれば大きな報いを受けることが出来るかもしれない。
これらの場合、「ありがたい」や「南無阿弥陀仏」は一種のマントラ(真言)、呪文のようで、しかも、声に出して唱えるものである。
だが、もっと優れたマントラは「私」である。そして、これは声に出さず、心で唱えるものである。
なぜなら、「ありがたい」や「南無阿弥陀仏」は、他のほとんどの言葉と比べ良い想念を起こす言葉で、集中して唱えれば、想念は限りなく減少する。良い言葉とは、想念の連鎖を起こさない言葉であり、優れた効果というのは、想念の消失によって起こる。
ところが、「私」であれば、1回で想念を消し、少なくとも確実に弱め、継続する間、ずっとそうである。
そしてこれは、心で唱えるだけで、心の中の想念を退治するのである。
理屈で考えても、何とも合理的である。

「ありがたい」がハンセン氏病を治癒したことを述べたが、「南無阿弥陀仏」に利益があるのかというと、法然も親鸞も、明らかにあることを記している。
法然によれば、これを唱える者を仏が守るからという原理であり、親鸞も基本的には同じであるが、人間の不幸の原因である想念の連鎖を止める行いをし易いよう、全能の魂が守るというのは自然であり、これは法然や親鸞の言う通りと思う。
宗忠の「ありがたい」も同じ理屈であり、あらゆるマントラの効能も同じと思われる。
では、「私」と唱えれば良いことがあるか、たとえば、お金が儲かるか、健康になるか、モテるかというと、困るのであるが、凡人にとっては重要なことだろう。だが、「私」と唱えることは、自分が神であることを思い出すことである。神にとって、そういったことは問題にならない。
これに関しては、こんな話が参考になるかもしれない。
親鸞が、戒律を破ることである結婚をしたいと言った時、師の法然は「念仏を唱え易くなるなら問題ない」と言ったという。
ところが「私」は、結婚しようがすまいが、お金があろうがなかろうが、まるで問題にならない。
ただ、たとえば、お金がないという不安は消えるし、不安が消えれば問題も消える。結果としてお金が出来ることもある。
岡田虎二郎が、金に窮していると言う男に、「金?腹に力がつけば金はいくらでも出来ますよ」と言ったが、腹に力がつくとは、想念が消えることである。
よって、「私」と唱えれば、必要ならば金はいくらでも出来るかもしれない。
こんな話がある。想念を消すことを感覚的に掴んだデヴィッド.R.ホーキンズ博士は経営する病院の規模がどんどん大きくなってしまった。それは必要だったのかもしれないが、本人は別に嬉しくも何ともないのである。

何か知らんが良くなると思う程度で、心で「私、私、私」と唱えれば、必然的に幸運に恵まれるとは思うが、それよりも、なるべく多く唱えるべきである。
『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』で、アズサが「生活費程度になればいい」と思いながら、無欲に1日25匹のスライムを楽々倒したら、やがて世界最強になったお話がまさにピッタリである。300年もかからないが、300年かけるつもりでやれば、非常に良いだろう。300年も一瞬である。
私など、アズサの真似だと思うと結構楽しいのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)
(2)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) K
(3)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)
(4)<わたし>(デヴィッド・R・ホーキンズ)
(5)スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました ※Amazon Prime Video dアニメストア

魔女の気持ち
AIアート2913
「魔女の気持ち」
Kay

人生の一切のコントロールを諦める

最高の賢者達の教えは、いろいろに表現出来るが、つまるところ、一言で言えば「人生の明け渡し」と言えると思う。
人生の明け渡しとは、自分に関する一切を自分でコントロールすることを諦め、神の意思にゆだねることだ。
ラマナ・マハルシは「私は誰か?」と問うことだけが真の自分になる道だと言ったが、実は、人生の明け渡しでも良いと言っていて、ラメッシ・バルセカールは、人生の明け渡しの方を圧倒的に勧めている。
荘子が言う、「思慮分別を捨て、一切をなりゆきにまかせる」と言うのも、宇宙の真の主催者に一切をまかせるということだ。
南無阿弥陀仏という念仏も、一切を阿弥陀仏と言う至高の存在にまかせ切るという意味と言って良いと思う。
江戸末期の神道家、黒住宗忠の教えがまさに、全てを丸ごと神にまかせるというものだ。

ラマナ・マハルシは21歳の時に、こう教えたようだ。これが明け渡しを見事に言い切っていると思う。

どんな重荷を負わされようと、神はそれに耐える。
神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか?
われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。

イエスもまた、いろいろ教えはしただろうが、結局は明け渡しを教えたのではないかと思う。
これに関しては、敬虔なクリスチャンであったある人物がこう神に祈ったことが、彼が聖書の教えをよく理解していた証と思う。
彼は1960年頃に大金とアメリカの高級車と大きな野望を持って日本に来て事業を行ったが、35歳の時には物質的なものは全て失い膨大な借金まで背負っていた。その中でクリスチャンになったのだが、ある時、こう神に祈った。
「これまでの人生の失敗は私の責任です。しかし、これからの人生の責任はあなたに取って欲しい」
翌日には具体的な神の導きがあり、彼は成功者への道を邁進することになる。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(ラマナ・マハルシ。山尾三省翻訳)
(2)誰がかまうもんか?!(ラメッシ・バルセカール)
(3)新釈 荘子 (PHP文庫)
(4)歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(5)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)

神秘の夜
AIアート2333
「神秘の夜」
Kay

超人達は腹を鍛えた

他愛ないお話だが、岡田虎二郎が普通の人の相談を受けたこんな話がある。私はこのお話がなぜか好きである。
お金に窮していると言う男性に対し、虎二郎は、
「金?腹に力がつけば金はいくらでも出来ますよ」
と答えた。
これだけである。
では、どうしたら腹に力がつくかだが、それは岡田式静坐法ということになるのだが、虎二郎は、常に腹に力を込めよとも教えていた。
これは、神道家の黒住宗忠も同じで、彼は常に下腹を手で押さえ力を入れていたらしい。
腹に力を入れる重要性は多くの偉人が教えている。
力の入れ方なんてどうでもいいと思う。
要は力を入れれば良いのである。

その中で、イーロン・マスクの電気自動車会社テスラの名前の元である天才技術者二コラ・テスラのこんなお話がある。
彼は若い時、自然の中で生活し、その中でクロスボウ(弓矢の一種)を自作してよく撃っていたらしい。
クロスボウは、弓を引く時、腹に強く押し当てるタイプのものが多く、テスラのものもそうだったようだ。
これを毎日使っているうちに、テスラの腹は鍛えられてワニの腹のようになったと言う。
私は、ひょっとしたら、テスラの人間離れした能力の秘密は、腹を鍛えたことにあるのではと思う。
彼は、頭脳だけでなく、肉体的にも、60歳を過ぎても超人的であった。
私は(2025年)7月から毎日プランクを行い、ワニの腹とは言わないが、トラの腹のように鍛えられた。
今は、1回3分のプランクを1日4回行い、1度のプランクは最高で5分まで記録した。
そうしたら、やはり肉体だけでなく、引き寄せをより簡単に行えるようになった。
どんな方法でも良いが、腹を鍛えることはお薦め出来る。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ニコラ・テスラ 秘密の告白(二コラ・テスラ)
(2)岡田式静坐の道(柳田誠二郎)
(3)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)

陽だまり
AIアート2163
「陽だまり」
Kay

他は忘れても構わない

引き寄せと言っても良いが、不幸や不安を消し、幸運、安心に至る秘訣は、ラマナ・マハルシの根本的な教えが凝縮された小冊子『私は誰か?』全28章の中の18章に完全に書かれている。

どんな重荷を負わされようと、神はそれに耐える。神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をま
かせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか?
われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。

ただ、神の力に身をまかせることについて、これだけでは分かり難いかもしれない。
ところで、イエスは「重荷を背負っている人は私のところに来なさい。休ませてあげよう。私の荷は軽い」と言ったことになっているが、はっきり言って意味が分からない。専門家(牧師等)の解説も、大抵どれも納得出来ない。
黒住宗忠は、「まるごと神にまかせよ」と教えたが、どうやって神にまかせるかが分からない。

しかし、具体的にどうすれば良いかは、江戸末期から昭和の初めの教育のない農民である因幡の源左のお話がヒントになる。
源左は、可愛がっていた牛と山に草刈りに行き、5束の草を刈り取った。牛に4束担がせたが、自分も1束背負った。
しかし、どうにも重くて、申し訳ないと思いながら、自分の1束も牛に担がせたが、牛は全く平気そうだった。
源左は、このように、阿弥陀仏に全てまかせれば良いのだと気付いた。
自分の力が阿弥陀仏に象徴される至高の存在と比べ、あまりに小さいことを悟り、大きな力を持つ存在に丸投げすれば良いのである。
我々にとって、どんな大きな重荷(問題)でも、至高者にとっては、あまりに小さく解決は簡単なのである。
そして、念仏が、至高者である阿弥陀仏に全てをまかせるというメッセージで、阿弥陀仏(本物の至高者)はこれを決して断らないのである。
イエスの「私の荷は軽い」は、「私にとって(あなたの)荷は軽い」という言葉が間違って伝わったのものではないかと思う。

念仏だけで、マハルシ、黒住宗忠、そして、おそらくイエスの教えも完全に実践出来るのであると思う。
念仏に近い、キリスト教的なアファーメーションは「神に出来ないことはない」「神に難しいことは何もない」「神は決して失敗しない」などであると思う。
イエスも、ある難問に対し、「私には出来ない。だが、神に出来ないことはない」と言ったそうである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)
(3)ラマナ・マハルシの教え ※『私は誰か?』収録
(4)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)

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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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