ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

魔法騎士レイアース

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

「継続は力」の真の意味

私は「継続は力」という言葉が好きだが、この言葉の浅い意味しか知らない人が大半である。

つまり、普通の人が知っている「継続は力」は、毎日練習すれば上手くなるとか、毎日鍛えれば強くなるといったものである。
例えば、あるプロゴルフプレーヤーは、コース10回を回るのと同じ量のスイング、ショット、パットを5年間欠かさず毎日行って初優勝したといったものだが、こんな話は分かり易い。

私は、落合博満さんが球団のゼネラルマネージャーだった時、指導を請いに来た若い選手に、5時間ひたすら素振りをさせたという話が好きだが、この選手は重要なことを掴み損ね、選手として成功しなかった。
この場合がそうだが、毎日長期間繰り返すのではなく、5時間という、とんでもなく長い時間繰り返すことでも同じ効果がある。
しかし、これは決して、素振りで使う筋肉を鍛えるとか、スイングが上手くなるというのではなく(もちろん、それらもあるが)、もっと重要な意味がある。
この選手の最後のスイングに対し、落合さんは「今の良かった。それを忘れるな」と言ったらしいが、この選手には、どう良かったのか分からなかったのだろう。

あくまで伝承であるが、柳生宗矩が、子供だった徳川家光に、部屋の中に立てた木の棒の頭を、木刀で毎日叩かせた。
最初は、馬鹿らしく思えて嫌がった家光だが、宗矩は「毎日同じ所を叩けるようになったら鉄の兜を切ることが出来る」と言うので、家光は「ではやってみろ」ということになったが、宗矩は見事、鉄の兜を切って見せた。
このエピソードの真偽は分からないが、この修行法は本物である。
しかし、この修行法も、単に、剣を振り下ろす速さが速くなるとか、振る軌跡が良くなるといったことだけではない。

寝覚め
AIアート48
「目覚め」
Kay


何事も、恐ろしい数を繰り返すことで、思考が消え、心が消え、無になるのである。
そうすれば、心身の鍛錬などというレベルを超えた力が現れる。
以前、『老子』全81章は全て、「心を消す」というただ1つのことを言葉を変えて言っただけと書いたが、心を消せば、真の自分である魂が現れるが、我々の魂は、全知全能の無限の存在で、神そのものである。

継続することで、新しい力を得るのはなく、元々持っていた力を思い出すだけである。
そして、そのための最も易しい方法が、「私は誰か?」と自分に問うことである。

『魔法騎士レイアース』という漫画・アニメで、導師クレフが、ヒロインの3人の14歳の少女達に言う。
「お前達に魔法を授けようとしたが、魔法の方でお前達を選んだ」
この意味は、魔法のごくささやかな呼びかけに対し、少女達は心を消し、無になったということだ。
これが、アニメのオープニングでの、3人の少女達の全裸の場面に象徴されている。

「神様の奇跡が起こる」「お金がある」といったアファーメーションも、野球の素振りと同じで、とんでもない数、あるいは、とんでもない期間繰り返せば、心が消え、魂の力の一部が現れ、願いは叶う。
しかし、全ての力を得るのが「私は誰か?」なのである。

無になることで現れる力について、元々は『列子』の引用と思うが、中島敦の『名人伝』にうまく表現されていると思う。








信念を得るには

映画やアニメの中の、普通のスポーツや勉強とは異なるスピリチュアルな要素が大きい修行風景は、何か心躍るものがある。
例えば、『マトリックス』で、ネオがモーフィアスに導かれながら、仮想空間での戦い方を身に付けていく場面だ。
ここでは、心の能力が強さを決定する。
「速く動こうと思うな。速く動けると知れ」
といった感じである。
実は、このようなことが描かれた映像作品は多い。
日本のアニメ映画『HELLO WORLD』では、堅書直実(かたがきなおみ)が、先生(10年後の自分だが)の指導の下、思考を物質化する能力を磨き上げていく。
他にも沢山あるが、このネオや直美の訓練は、非常に熱が入っており、見ていると、自分もこれだけ熱心に集中して何かに打ち込めたらと思うに違いない。
分かり易いのは直美の場合で、これまで欲しいと思いながら全く縁のなかった「彼女」というものに、美少女、一行瑠璃(いちぎょうるり)がなるかどうか、そして、恋人関係になった後は、彼女を守れるかどうかがかかっていたのだから、熱も入ろうというものだ。
ネオの場合も、やはり強い動機があった。

普通のスポーツや武道のトレーニングでは、才能や根性といった現実問題があり、なかなかうまくいかないし、特に現代人は「努力したからって何でも出来るわけではない」ことを理屈で理解している。
しかし、上のネオや直美らの場合は、あくまで心の問題であり、素質も頭の良さも無関係で、ある意味、執念を持つ理由があるかどうかだけが問題である。

そして、『マトリックス』にしろ『HELLO WORLD』にしろ、仮想空間の話なのであるが、我々の現実世界も同じなのである。
漫画・アニメ『魔法騎士レイアース』で、異世界セフィーロに来て間もない頃、14歳の極めて聡明な少女、鳳凰寺風(ほうおうじふう)は、とてつもなく遠くの的を弓矢で射貫く必要に迫られるが、遠過ぎて、とても当たるとは思えない。だが、そこでフェリオ(風の恋人になる少年)が言う。
「ここ(セフィーロ)は想いが全てを決める世界だ。お前が当たると思えば当たる」
それを聞いて、風は悟る。
「私(わたくし)が当たると思えば…矢は当たる」
そして、風の放った矢は、見事、目標を貫通する。
セフィーロが、想いが全てを決める世界と言っても、我々の世界も同じである。
想いが全てを決める・・・つまり、信念が何より重要な世界だ。宇宙のいかなる場所もそうであるし、そうでない宇宙は存在しない。
合氣道家の藤平光一は、毎朝、鏡を見ながら「お前は信念が強くなる」と念じたそうだが、そんなやり方もあるというわけだ。
新約聖書の福音書にも、湖の上を歩くイエスに「来い」と言われたペテロも水の上を歩くが、途中で疑いを持ち、沈みそうになり、イエスに助けを求める。
イエスは、「なぜ疑った。信仰の薄い者め」とペテロを叱る。
イエスは、ペテロの信念の弱さをたしなめた(反省をうながした)のだ。

信念を得るには、一般的には、成功体験が必要とされる。
それは、小さなもので良い。
自分には出来るということを認識すれば良い。
私は、中学の1年の時だったが、ある簡単な一人遊びのゲームを作ったことがある。
きわめてアナログなゲームだ。
簡単な1回のゲームで、勝ちか負けかが、全くの偶然で決まる。
つまり、勝率は50%だ。
ところが、そのゲームを初めてやった日、私は27連勝で一度も負けないまま終わった。
コインを投げてずっと表を出したに等しい。つまり、確率的にあり得ない。
別の日にやってみたら、確かに、勝ちと負けは、ほど同数になった。
初めてやった時の私は無であった。
そのようにやれば、この世界は自由自在である。
ドストエフスキーの『賭博者』でも、初めてルーレットをやった老婆は、ずっとゼロに賭け、大勝する。しかし、別の日に、同じようにやったら大敗する。
最初の日は、信念があった、あるいは、無であった。
そして、実は、信念があるとは、無であることなのだ。
無になるために情熱が役に立つことがある。ネオや直美のように。
ただし、欲があってはならないのだ。
絶対に、欲張ってはならない。
ここらが難しい。
あなたにとっての、一行瑠璃を見つけることだ。
人類最高の信念をもつ人間であるイエスに信念を学ぶために新約聖書の福音書を読めば道は開けるだろう。








悪しき願望を持ってしまったら

引き寄せの法則で叶う願望の範囲はどこまでか?
限界は一切ないが、制限はあるのか?
分かり易い例で言えば、不倫の願望でも叶えて良いのか?
それはあくまで一例であるが、「不倫は文化」などという戯言を支持するかどうかは別として、社会学の1つの説では、法的な規制がない限り、不倫は止められないものであるらしい。
つまりが、元々、人間は一夫一婦制に適合するように出来ていないということだ。
しかし、法律的、道徳的、倫理的、あるいは、宗教的には、厳しく非難される。
ところが、おかしなことに、科学だけが、それに同調しない。
それがどういう意味かは、考えても仕方がない。
単に、そういうことに関しては、科学より、法律、道徳、倫理、宗教、さらに、伝統や慣習がはるかに重要視されるというだけのことだ。

同性愛に関しては、昔は激しく非難され、法律で禁じる場合すらあったが、今や文明国では、それを非難することの方が偏見と言われるまでになっている。
だがまあ、不倫までがそうなるのは(なるとしたらだが)相当先の話かもしれない。
とはいえ、イエス・キリストの時代では、不倫は死罪もあり得、マリア(イエスの母)だって、ヨセフの態度如何では処刑されたと考える学者も多いが、それに比べれば、今はだいぶ緩くなり、「不倫は文化」という発言が称賛されることすらあるという訳だ。
では、ロリコンは、どうかというと、世界で5000万部を売り上げた(世界歴代22位)『ロリータ』の中に、そういったことも肯定される場合があるという証拠が、おそらく、著者のウラジミール・ナボコフの研究から示されている。

2400年のロングセラー『荘子』には、「善悪は立場の問題でしかない」と言い、中島敦の『名人伝』(『列氏』の引用と思われる)では、悟りを開いた弓の名人は「私には善と悪の区別がつかない」と言う。
CLAMPの漫画『魔法騎士レイアース』の主題は、「この世に絶対的な正義、絶対的な悪は存在しない」らしく、1つの世界を、自分の感情に従って滅ぼそうとした神官ザガートも英雄と見なされるかもしれない。
私は、ザガートは嫌いではないが、「もっと考えろよ」とは言いたいと思う(笑)。

結論として、やはり、悪というものを定義することは難しい。
そんなことをするよりも、ヒトラーのような者が現れた時、その被害に遭わないよう、引き寄せの法則をマスターした方が良いのではないかと思う。
むろん、引き寄せの法則を受け入れることが出来ない者には、それは妄言である。
それはつまり、引き寄せの法則を認めない者が、悪という概念を作り出しているとも言えるのではないかと思うのである。

悪がないと言うなら、盗んでも構わないのかといった極端論が出されることがある。
それに対し、キリスト教では「与えたものが与えられる」とし、「盗めば盗まれる」と教え、道徳ではなく、法則として「損だよ」と教えたとも考えられる。
だが、むしろ、「盗めば盗まれる」のではなく、「盗む者は既に自分から盗んでいる」のであり、だから、物質的にも精神的にも貧しいのだ。
また、引き寄せの法則では、盗まれる者も、盗まれる状況を自分で引き寄せたのだとされる。
納得しない人が多いと思うが、私は、その通りだと思う。
あなたは、引き寄せをマスターする限り、ロリコンもヒトラーも、あなたに害を及ぼすことはない。

『幻魔大戦』で、高校3年生の東丈は、深い劣等感や虐げられ否定されてきた屈辱や恨みから、ヒトラーになることを夢見ていた。
また、現代日本で、自分はヒトラーの再来だと言う、出版や映画界の大物もいる。
ある意味、彼らは、そんな状況を引き寄せた。
だが、正義というよりは、彼らは、ヒトラーよりも宇宙の法則を理解していたので、ことさらに悲惨を引き寄せなかっただけなのかもしれない。
2人とも、どこか純粋なところがあったのだ。
いや、ヒトラーだって、根は純情な小心者である。それに、当時は、今とは比較にならない偏見や横暴がまかり通っていた(だからといって擁護される訳ではないが)。
むしろ、彼の欠陥は、引き寄せの法則を正しく理解していなかったことだろう。
ヒトラーになるとまでは言わなくても、悪と見なされる願望が強ければ、東丈を参考にしたりして、賢くなることだ。
実を言えば、そんなプロセスを通った人間でなければ、世界は救えないのである。








どんな世界でも通用する最高スキル

川原礫さんの『ソードアート・オンライン』は壮大な話だが、面白いことに、キリトが行くどんな仮想世界もソード・スキル(剣技の力)が通用してしまう。
たとえ不遇な状況にあっても、剣の実力が道を開いてくれる。
しかし、現実ではそうはいかない。
バーチャル・リアリティ(仮想現実)という概念がなかった時代、CLAMPの漫画『魔法騎士レイアース』の異世界セフィーロが、『ソードアート・オンライン』のVRゲーム世界とほとんど同じ概念であることには驚くしかなく、こちら(セフィーロ)でも、やはり剣の腕が運命を大きく左右する。

では、現実世界で通用するスキルとは何であるかというと、実は、仮想世界や異世界も同じで、それは「精神力」である。
そして、高い精神力とは不動心であり、それは、無我、忘我、没我と同じである。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」が、宇宙を貫く根本原理なのだ。
では、どうすれば、不動心が得られるかというと、キリトがぽろっと教えてくれている。
それが Stay Coolだ。
これは、英語で普通に使われる別れ際の言葉で、「クールでいろよ」ということであるが、「クール」が、イケてる、つまり、格好良いであることはご存知と思う。
しかし、言葉通り、冷静であることが一番格好良く、キリトも、そんな意味で使っていたと思う。
英語では、他にも、Keep it one hundred とか Keep it real と言うが、日本人にも馴染みそうなのは、やはり「ステイ・クール」くらいだし、もっと簡単に言えば、
「心おだやかに」
とか、
「落ち着け」
になると思う。
ドイツの自己啓発分野の世界的作家、ベルベル(ベーベル)・モーアの『星の宅配便』にも、「心おだやかに」が威力ある魔法の言葉として紹介されている。
人間、息をしていれば、何か問題は起こるものだ。
そんな時、自分を失う・・・つまり、精神を乗っ取られたような感じになった時、「心おだやかに」とか「ステイ・クール」と唱えて、なるべく冷静に対処すれば、ゲームで言うところのMP(マジックポイント:魔力)やHP(ヒットポイント:耐久力)を高める。

心がグラグラしていては、どんな世界でもうまくいかない。
ジョージ・アダムスキーが言ってたものだ。
「地球でうまくやれないやつは、他の(進歩した)惑星に行ってもうまくやれない」
アダムスキーは、もし妄想家だとしても、大した妄想家である。









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絶対的善は存在するか?

『荘子』には、善と悪は相対的なもので、同じことが立場によって善にもなれば悪にもなると書かれている。
また、ラマナ・マハルシも、ものごとが善という印象下にあれば善と感じ、悪という印象下にあれば悪と感じるだけだと述べたようだ。
私は、以前は、そんなことを信じていた。
だが、今は全く信じていない。
絶対的善、絶対的悪は「ある」。
無論、荘子やラマナ・マハルシの全てを否定する気はない。
彼らは素晴らしいところも多いが、人間である。彼らの教えの全てが正しくなくても、何の不思議もない。

荘子の時代は、自分の子供を塩焼きにして、主君に献上して食べてもらうのが最高の善と考えられていた・・・といったようなこともあったかもしれない。
そして、社会的な現実として、荘子自身がそう思っていなかったとしても、そんなことも善と言わざるを得なかった。
しかし、今の時代では、どう考えても、それは悪だ。

CLAMP(女性4人組の漫画家ユニット)は、昔のことだが、漫画作品『魔法騎士レイアース』のテーマは、「この世に絶対的正義や絶対的悪はない」だと書いていたと思う。
この漫画のお話を簡単に言うと、こんな感じだ。
異世界セフィーロは、「想い」が現実になる世界だった。
そのセフィーロでは、世界を安定に保つために、特別な精神能力を持った人間が一人、「柱」になって、セフィーロの平和を祈り続ける必要がある。
そうでなければ、セフィーロは急速に崩壊していく。
「柱」になっていたのは、エメロード姫という、10歳くらいの美しい少女だった。
ところが、ザガートという、強い魔法力を持つ神官が、エメロードをさらって幽閉したので、エメロードはセフィーロの平和を祈れなくなり、セフィーロは急速に壊滅に向かっていた。
セフィーロが消えてしまえば、ザガートにとっても何にもならないはずなのに、なぜザカートがそんなことをしたのか、ザガートの部下達にすら分からない。
そして、それは、物語の謎でもあった。
今、アニメが再放送中なので、ネタばらしは避けるが、ザガートの目的は、悪とも言えるが善とも言えるというものだった。

だが、やっぱり、ザガートは悪であり、阿呆だったのだ。
私も昔はザガートに共感したが、今は、ザガートのアホさ加減に呆れるのである。

そりゃ確かに、自分のやっていることが至高の善だと言って、多くの人に大迷惑をかける阿呆は、いつでもいる。
だがそれは、その人の歪んだ偏見で「善」と主張しているだけで、絶対的に言えば、やはり悪なのだ。

何が絶対的な善かは、インドの古典『ラーマーヤナ』で、魔王ラーヴァナがラーマに教えている。
それは、「私心なきことは善であり、私心があれば悪」である。

稲盛和夫氏は、「私心なきか否か」を自分に問うことを経営の、あるいは、人生の指針にしているのだと思うが、迷うことも多かったようだ。

だが、それは多分、私にも出来ると思う。
なぜなら、私には、善と美の化身である初音ミクさんがいるのだから。
実際、ミクさんは、純粋な善であり、天使そのものだ。
だって、ミクさんには、私心を起こす、「私」も「心」もないのだから。
そして、ミクさんの歌の多くは、クリエイターの方々が、私心なく作ったものなのだから。

我々は、『ラーマーヤナ』(ラーマ鏡。ラーマの物語といった意味)と共に、『夏祭初音鑑』(「初音鑑」は「ハツネヤナ」)等を鑑賞して、私心を忘れることの高貴さを育てなければならない。

ミクさんを愛せば、自然に、私心のない絶対的な善に導かれるだろう。
ただし、そこは未熟な人間のことなので、本当に私心がないかどうかは、確認してみると良いだろう。

今朝も書いたが、本当の善を行えば、頭が良くなり、きっと運も良くなるのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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