ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

非線形科学

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

科学やコンピューターを超えて世界を動かす

昔、手塚治虫さんの漫画『アラバスター』を読んだが、印象深い部分があった。
アラバスターというのは、ある怪人の自称だったと思う。
アラバスターは、元は有名なスポーツ選手で、大きな名声を得ていたが、黒人であることが原因で、ある間違いが起こり、刑務所に入れられるという身に転落してしまう。
その刑務所での話だ。
アラバスターが入れられていた独房の電灯に、蛾が引き寄せられて飛び回るのを見て、アラバスターは、ピーナッツだったか石の粒だったか、あるいは、もっと別のものだったかは忘れたが、それを指で弾いて蛾にぶつけようとした。
もちろん、そんなに簡単に当たるわけはないが、とにかく暇でやることがなかったので(テレビもラジオもなく、当時はインターネットそのものがなかった)、ずっとやっていたら、たまに当たることもあった。
当たったところで、蛾に致命傷を与えることはなく、蛾は飛び続けたが、ある時、それが命中した途端、蛾が粉々になってしまった。
興味を惹かれ、アラバスターが、延々と蛾への指鉄砲攻撃を続けると、極めて稀にだが、やはり、蛾が木っ端みじんになってしまうことがあった。
そして、それは、特殊なタイミングでの攻撃で起こることをアラバスターは感覚的に掴み、ついに、自由にそれを起こすことが出来るようになった。
さらに、アラバスターは、このつぶて攻撃に磨きをかけ、拳銃を含め、あらゆる武器に勝てるまでになった。

ピーナッツのようなもので、そのような現象を起こせるかは分からないが、ある程度は、共振、共鳴、同調などを扱う非線形科学で考察出来るかもしれない。
例えば、人間が全力で押そうがビクともしない重い鐘を片手で、それほどの力ではなくても、あるタイミングで繰り返し押し続けると、鐘が大きく揺れたりする。
また、沢山の自動車が安全に走行出来るよう作られた頑強な橋なのに、その上を人間が足並みを揃えて行進したら、その橋がぐらんぐらんと揺れ出して、遂には、崩壊してしまうといったことが実際に起こることがある。
このように、特別なタイミングで同調すると、予想も出来ないことが起こる。
そんな現象を研究するのが、非線形科学というものらしい。

上で、アラバスターは、紙に何かを書きながら論理的に、蛾を粉々にするタイミングを掴んだのではない。
仮に、そんなことが出来るとしても、計算で突き止めるのは非常に大変だろう。
だが、人間の直観は、大型コンピューターでも解析不能なことを突き止めてしまうことがあるに違いない。
例えば、水が流れて自然に出来る渦は、法則性そのものはあるかもしれないが、その法則は非常に複雑で、複雑系科学とかカオス理論などと呼ばれているが、この分野の解明は、コンピューターの発達に負うところが大きい。つまり、コンピューターでシミュレーションを行って、初めて、理論があることが推測され、そこから、知的考察を開始するのである。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、水の渦を見て、これには法則性があると直観し研究していたことがあるが、ダ・ヴィンチの直観は現代のコンピューターに優っていたのかもしれない。

凄い美人が、どうにも冴えない男と恋に落ちるのを見て、普通の人は、「蓼(タデ)食う虫も好き好き(人の好みは説明出来ないの意)」とか言ったりする。
しかし、その美女を陥落させる何らかの法則があるが、それがカオス的に複雑なため、誰も気付かないだけなのかもしれない。
そして、この冴えない男は、直観的に、この美女を落とせて当たり前の法則を知り、それに則って攻めたのかもしれない。
だが、その法則は、単純なナンパテクニックなどとは全く異なる、高度で複雑なものであるに違いない(ナンパテクニックは、実際はほとんど成功しない)。

この世界の因果率は非常に複雑であるため、人間には、全ては偶然に起こっているとしか見えないが、実は、あらゆることが、厳密な法則の上に必然的に起こっているのである。
仏教の根本的な教えも、そうなのだと思う。
量子物理学には、不確定性原理という、確定不能な現象という考え方があるが、確定出来ないと言っても、本当に決まっていないかどうかは分からないし、実際、これまでは確定不能と思われていたものを確定することが出来るということが分かったこともある。
そして、実際には、方法さえあれば、全てが確定可能なのかもしれない。

科学やコンピューターでは分からなくても、人間の直観には分かることがあり、それを味方にした人間の話は多い。
そして、それは、人間が、無になった状態、つまり、無我、忘我、没我の状態でし起こらない。
それを起こり易くする方法が、強く思い、それから、ぼーっとすることだ。
この場合、強く思うとは、強く決意することである。
何かをはっきりと決意し、それから、ぼーっとすれば、どうすれば良いか分かったり、適切なことが適切なタイミングで起こったりする。
ぼーっとするには、薄目になるのが手っ取り早い。
要するに、何を成し遂げるかを決心し、それから、ぼーっとするのである。








ミクさんの歌を聴くと幸運が来るのは科学的原理である

少し昔に、波動ブームがあり、波動というものが大事だということは何となく分かり、また、波動をうまく使うことでそれなりの利益を得た人もいたが、やっぱり、本当の原理は分かっていなかった。
もし、波動を本当に効果的に活用出来れば、健康になり、幸運になり、お金持ちになり、理想的な恋人も得られる。
まあ、そんなことを言った人は少なくなかったが、ほとんどが、やり方がひどかった。やっぱり、肝心のところを分かってないのだ。

波動の同期とか、共鳴というものは、まだまだ不思議なことがある。
2本の太いローソクを一定距離に置いて燃やすと、まるで、お互いを知っているかのように、同じように、あるいは、補うように揺らぐことは分かっているが、なぜそうなるのかというと、それほどはっきりとは分かっていないそうである。

中野信子さんという優秀な脳科学者が、『脳科学からみた「祈り」』という本で、祈りが実際に効果があることを、その豊富な科学知識で説明してくれているが、あくまで仮説であり、その仮説が間違っていることもあるのだろうが、効果については、確かにそうなのだろうと思う。
中野さんのこの本は、波動の中でも、非線形科学を導入すれば、一段、優れたものになると思う。
中野さんは、「南無妙法蓮華経」という念仏の効果を、様々な科学を組み合わせて説明してくれているが、やっぱり非線形科学が抜けているので、肝心のところで曖昧になってしまっている。
「南無妙法蓮華経」でも「南無阿弥陀仏」でも、効果を発揮するには、「何と同期するか」が重要であり、偶然に大変な効果を得る人もあれば、そうでない人もいるはずだ。
まあ、心理学が教える通り、良いケースがクローズアップされるので、念仏は普遍的に優れているということになってしまうのかもしれない。
それでも、念仏をずっと唱えてれば、何に同期すれば良いかは分かってくるものであると思う。
でも、そんなの面倒だと思う人が多いので、大抵は、それほどの効果はないのかもしれない。

そこにいくと、初音ミクさんの声というのは、非線形科学的に、とても良い影響があるのだと思う。
ただ、細胞に良いのか、脳神経に良いのかといったことは分からない。
それでも、良い効果があることは間違いないと思う。
そして、その効果は、精神的安らぎのようなものというよりは、活動エネルギーを使う際に起こる何らかの化学作用と同期するのだと思う。
つまり、ミクさんというのは、行動派の味方なのだと思う。
アメリカのある男性が「ミクは人生を本当に楽しむことを教えてくれる」と言っていたが、ミクさんの声は、やはり前向きな心や行動と同期するのである。
ミクさんの歌を聴きつつ、積極的、前向きであれば、成功疑いなしだが、後ろ向きだったり拗ねてると、あまり良いことはないだろう(悪いこともないと思うが)。
そして、気持ちをしゃんとさせるのは自分の責任なのである。
このあたりは、コリン・ウィルソンの世界的ロングセラー『右脳の冒険』が参考になると思う。









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ペンライトとホタルの明滅は同じ

初音ミクさんのライブに限らず、ペンライトを使うコンサートに初めて行く時、「他の人達とどうやって合わせよう。自分だけ外れた振り方をしないだろうか?」と悩む人は多いと思う。
Q&Aサイトにも、そんな質問がよくある。
しかし、考えてみると良い。
田んぼのある場所では、夏の夜はカエルの大合唱が聴けるが、これが実に調和のとれたハーモニーになってるのである。
ペンライトに似ているということでは、ホタルの明滅もそうで、ホタルは別に、周囲に合わせようとしているのではないし、さりとて、「あ、今、俺、変なところで光ってしまった」なんて焦らない。
それでいて、全体で見事に調和している。
ペンライトは日本式で、アメリカでそれが使われるのは日本の真似である。
西洋全体で、ペンライトは元々馴染みがなかった。
西洋は、指揮者が全体をコントロールする方針の文化だが、対して、日本は阿波踊りのように、誰もコントロールしなくても全体が調和してくる。
子供の時から徳島で阿波踊りに親しんだ、チームラボの猪子寿之社長が、よくそんなことを言われていたようだが、チームラボの巨大な作品も、作っている人達は近隣とのみコミニュケーションしながら制作しても、全体が揃うらしい。

私も、2016年の「マジカルミライ2016」でペンライトデビューしたが、別に振り方にルールや決まりがある訳ではないし、誰かに合わせる訳でもないが、なんとなくやってたら、全体と調和するのである。
勉強が出来る頭でっかちの人は、「ペンライト振り方講座」なんてものに行きたいのかもしれないけどね。

ピアプロ公式コラボ『初音ミク「マジカルミライ 2017」楽曲コンテスト』でグランプリを獲得した、keiseiさんの『Singularity(シンギュラリティ)』という歌の中にある、

僕らは非線形の世界を翔ける
そこらじゅうわけわからないことだらけだ
~『Singularity』(作詞・作曲・編曲:keisei、歌:初音ミク)より~

が、全く、上で述べたことを表している。
人類全体が、インターネットの発達によって、線形から非線形の時代に進化しているのである。
非線形とは、調和と共感である。
ホイヘンスの原理というのを教科書で見たことがあると思うが、このニュートンと同じ時代の大科学者は、壁の2つの振り子時計の振り子が、鏡にでも映したように、全く逆に動くのを見て驚いた。
この場合は逆だったが、同じ方向に動く場合もある。
振り子どうしが、壁の振動によって同調してしまうのである。
ホタルの明滅、カエルの合掌もこれと同じだ。
そして、阿波踊りとミクさんライブのペンライトも同じなのだ。

ミクさんのお父さんの、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長も、今後は共感の時代で、共感を起こせない企業に未来はないと言われていたし、初音ミクさんは共感の象徴なのだが、これは非線形科学で説明が出来るかもしれない。
最近、私が、人類誰もが読むべき本としてお奨めしている、デヴィッド・アール・ホーキングの「I<わたし>」でも、何度も「非線形的」という言葉を使っている。
ヒトラーのように、1人の人間が大衆をコントロールするのは、共感ではなく洗脳によるものである。
非線形的な人間は洗脳されない。
学校の優等生が変な宗教に洗脳されてしまうのも、彼らが線形体であるからだ。
線形的な人間は、誰か権威者に従わないと不安なのである。
だが、我々は、共感と調和の女王、初音ミクさんによって非線形的に生き、ホーキング博士の言う真のパワーを得るのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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