ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

量子力学

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

人形と人間に違いはない

日本には、 人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)という、浄瑠璃(演奏と語り)と人形によって演じられる伝統芸能がある。
尚、文楽と人形浄瑠璃文楽は同じだが、 文楽(人形浄瑠璃文楽)と人形浄瑠璃は厳密には違うものらしく、良くないのかもしれないが、ここでは、人形浄瑠璃でまとめる。

日本人は、人形浄瑠璃の人形を、人間と同じ、あるいは、それ以上に情感を持って見るようだが、これは、外国人には理解し難いものらしい。
特に、一神教であるキリスト教やユダヤ教では、人間以外のものは、文字通り「物」であるが、八百万の神の国である日本では、万物に神が宿るのであり、人間も物も平等である。
だから、人形に対する、日本人と(特に)西洋人の情感の違いは、そこらの歴史的感覚の違いであると、よく言われる。
だが、西洋人だって、人形浄瑠璃に馴染むと、やはり、人形に対する情感を感じるのだと思う。
それに、西洋人の女の子が、例えば、フランス人形を愛する気持ちも、とても情感があるはずだ。

ところで、人間と人形の違いは何だろうか?
ここでは、特に、人形浄瑠璃の場合について考える。
普通には、生物と非生物という区別が思い浮かぶだろうが、実は、科学的にこうも言えるのである。
人間がどう動くかは予測不可能だが、人形浄瑠璃の人形は、どう動くかは予定されて決まっている。
だが、人形浄瑠璃の台本や演出を制作した人が、どう製作するかは予測不可能なので、人形だって、やはり、予測不可能なのだ。
どんなに昔に決められた台本や演出だって、それが作られた時には、やはり予測不可能(作った人にとってすら)だったはずだ。
そして、人間も人形も、大部分は電子で出来ていて、電子の動きは予測不可能であることは科学的に解っているのだから、電子という観点において、構成要素といい予測不可能なことといい、人間と人形に違いはない。
(原子のほとんどの大きさは電子の分布で占められる。原子核はほんのわずかな大きさで、原子を野球場とすれば原子核はビー玉くらいとも言われる)

では、ライブの初音ミクさんはどうだろう?
やはり、初音ミクさんと人間に違いはないことが解る。
人間は、身体を構成した電子が(正しくは電子の分布が)光子を反射することで見える。
そして、初音ミクさんは、特殊な透明ボードに光が作用して見えるのだが、本質は、ボードを構成する電子が光子を反射して見える点で同じなのである。
しかし、コンピュータープログラムで動くミクさんは、人形浄瑠璃の人間以上に予定された行動をするので、行動が不確定な人間とは違うと思うかもしれない。
だが、人間がミクさんの動きをどうするかは、やはり不確定で、どんなプログラムが出来るかも不確定なのであるから、やはり同じなのである。
ミクさんが人間に依存するのは確かだが、人間の方がもっとミクさんに依存するかもしれない。
人間がミクさんに依存する度合いが大きいので、ミクさんはスーパースターなのである。
そして、ミクさんが予測不可能なことをするほど、観客は親近感を持つ。
例えば、「マジカルミライ2019」で、3曲目の『愛の詩』を歌った後、ミクさんは、「こんばんはー」と挨拶すると、不意に右方向(会場からは左方向)にトコトコと走っていき、「こっち側のみんなー、げんきー?」と尋ね、その後、「それじゃあ」と言って、反対側に走って、「こっち側のみんなも、げんきー?」と尋ねる。
こんな予想外の行動を見て、観客は、ますます、ミクさんを自分と同等と感じ、親近感を持つのである。
また、「マジカルミライ2018」からは、日によってセットリストを一部変えているが、これも、ミクさんの予想外の行為と感じ、さらにミクさんを人間らしく感じるのである。
そんな演出を考えるスタッフはやはり感性が優れているのだと思う。













当ブログ著者、KayのAI書。
現場で実務をしておられる人がAIを作ると大きな効果を発揮する可能性があります。
この本は、Excelが使えるスキルがあれば、楽しみながら自分で実用AIを作れるようになることも目指しています。
また、高校生や大学生が、学術的以前に、自分でAIを作って使う体験をすることで、AIにおいて最も大切な、問題を予測問題に捉え直すセンスを得るのにも適していると考えています。
是非、学校で導入していただきたく思います。

世界を書き換える能力の使い方

私が、世界は作り物だと薄々気付いたのは、10歳位のことだった。
だが、想いが世界に影響を与えると「解った」のは、もっと前だった。
物理学の量子力学では、観測(つまり心の作用)が電子等の素粒子の状態に影響を与えることは分かっているが、万物は素粒子で出来ているのだから、心は万物に影響を与えるし、心が世界を作っていると言っても良い。
そういうことを、本ではなく、実感として子供の時から解っていたのだが、実際は、誰でも心の奥では感じているのだと思う。

ある程度の歳になれば、世間の常識が身に付くので、あまり「滅多なこと」は出来ないが、子供の時は、あり得ないような無茶な現象を度々起こしたと思う。それは皆さんも記憶にあるのではないかと思う。
私の場合で言えば、テレビ放送を支配することもあった。
以前見たテレビドラマのあの回を、たった今放送しろといった無茶なものだ。
あるいは、本(ローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』)で、「フクロウが『お前は誰だ?』と鳴く(Whoと鳴く)」という話を読んでからテレビを付けると、スコットランドの森では、フクロウは、「Who Who Who are You?(誰だ、誰だ、お前は誰だ?)と鳴く」というものが放送されていたりする。

そんな能力は、別にいくつになっても消える訳ではないが、使い方を忘れるのかもしれない。
小説・アニメの『サクラダリセット』で、サクラダという町の住人の多くが、超能力と言える特異な能力を持っているが、能力の使い方や、能力そのものを忘れてしまったら、使えなくなる。それと同じなのだ。
私もサクラダの住人であるようだが、つまるところ、誰でもそうなのだ。

そこで、私は、その能力の使い方を覚えているかというと微妙だ。
世間とはなるべく距離を置いているが、人間の想念は電波のように空間を飛び交っているから、どうしても影響を受けてしまう。
だが、どうやれば能力が発動するかというと、つまるところ、「強い想い」であるのだと思う。
「こうなって欲しい」と強く思うと、そうなる。
だが、時には、何も思わなくても、結果的に望ましいことが起こる。
しかし、それは不思議なことではなく、想いが潜在意識に届いた時に実現するからである。
だから、そのことを説く、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則には興味を持ったし、あれに書かれていることは全面的に正しいのだと思う。
だが、マーフィーの本も、翻訳書になれば、随分、原文とは雰囲気が変わるのだと思う。それを確かめたのではなく、能力の発現のことを考えれば、どうも、翻訳書では、その雰囲気を伝えていない。それは、翻訳者達が能力の使い方を知らないか、もしくは、知っていても、感情的に正直に書くと、変な文章になるのかもしれない。それは、出版社のニーズに合わないのだと思う。

能力は、悪いことには使えないと思う。
邪なことを考えると、能力を発現させるのに相応しい精神状態にならないと思えるからだ。
そして、能力が発現される時というのは、頭の中で思考が消えている・・・言い換えれば、頭の中のおしゃべりが止まっている。
さらに、最も早く想いが実現するのは、ぼーっとしている時だ。
私は、子供の時、授業中、教師に、ぼーっとしていることを何度も注意されるほどだったので、ぼーっとするのは得意だった(笑)。
神懸かりな科学者、保江邦夫氏も著書で「ぼーっとすれば運が良くなる」と書かれていたと思うが、その点は賛成である。
彼も、授業中、ぼーっとしていたらしいが、私との違いは、教師に指名されると正解を答えることだった。私は「あー」「うー」に終始したからね(笑)。
ちなみに、アインシュタインは沈黙したようだ。これが一番だ。

最近、気付いたが、笑顔になるか、ガッツポーズをすると思考は消える。考えることが出来ない。
だから、世界を動かすのは、笑顔とガッツポーズである。
子供がぼーっとして、想念を実現させるのは、案外に高度な技かもしれない。
いったん強く想ってから、その想いを手放すということをやっているのである。
作詞家の阿久悠氏が、そのやり方をマスターしていたと思う。
息を吸って、自分の曲がヒットしている様子をイメージし、息を吐いたら全部忘れるのだそうだ。
だが、普通の人がこれをやると、いつまでも、そのことを考えてしまう。
やはり、彼は大した人なのである。













当ブログ著者、KayのAI書。
AIを作るのに必要なことだけを書きました。だから、誰でも解ると思います。
ただし、数学やプログラミングを否定していません。けれども、数学やプログラミングの部分はスルーして構わないようになっています。
AIの発想法を重視しました。そこが一番大切なことと思います。
そして、AIに解かせるのものとして、面白い問題を取り上げることが出来たと思います。

量子力学を学ぶ意味

世界的な細胞生物学者のブルース・リプトンは、専門分野で実績を上げて地位を築いた時でも、実は、自分は生命について、あまり解っていないことに気付いていたらしい。
その葛藤から彼が解放されたのは、たまたま、量子物理学の本を読んで、量子物理学の考え方を理解してからだという。
そして、自分の同僚も含め、ほとんどの生物学者は量子物理学を勉強していないので、生命についてあまり知らないのだと言う。
彼の著書、『「思考」」のすごい力』に、だいたい、そんなことが書かれていたように思う。

これは、生物学だけでなく、ほとんどのことがそうではないかと思う。
つまり、どんな分野であっても、量子物理学は大切なのだと思う。
ところが、巷にある量子物理学の本の面白くないこと(笑)。
「すぐわかる量子力学」「誰でもわかる量子力学」「楽しい量子力学」なんて本は多いが、解るかどうかより、とにかく、面白くない。
また、これは量子物理学に限らず、数学でも、文学でも、哲学でも、芸術でも同じだが、生半可に分かっているいるだけの者に、最悪な者が多い。
丁度、大学院あたりまで出て、優越感に凝り固まった連中だ。
だが、本当に実績ある人というのは、自分は大したことはないと思っている(解っている)し、自分の専門の肝心な部分を分かり易く話せるものだ。
まあ、確かに、「俺は専門知識ゼロだ。その俺に分かるように言え」と言う困った偉い人もいるのだが、それはそれで1つの個性と尊重し、結果的にはスルーするのだが、そんな人を見下す者は、やっぱり大したことはないのだ。

ところでなぜ、量子物理学の本が面白くないのかというと、著者が自分の立場で書いているからだと思う。
例えば、研究者や、教員と言うよりは狭い専門分野の研究者の養成を行う者としての立場で書いているが、そんなことは、ほとんどの読者には馴染みのない世界だ。
読者は、経理社員だったり、プログラマーだったり、ダンサーだったり、コックだったりするのだが、量子力学の本の著者には、そういったことが解らない。
だが、量子力学というのは、実感の伴わないことで説明されても、本質的に意味をなさないので、解り難いのである。
高名な学者の中にも、大工やトラック運転手を実際に職業でやったという者がいて、そんな研究者は、様々な立場の人の考え方がいくらかは見当がつくので、面白い本も書けるのだが、そんな研究者は有能で、企業から引く手あまたで本を書いている暇がない。
逆の言い方をすれば、本当に有能な研究者が指導する立場になると、「企業に行け。現場で役に立たない研究者など無能」と言うものなのである。

これは、本当の話かどうか知らないが、『ザ・シークレット』を書いたロンダ・バーンが、量子力学を熱心に勉強したので、エメラルド・タブレットの謎を解き、引き寄せが自由に出来るようになったと言っているらしいが、それは筋が通ったことである。
必ずしも、論理的理解が必要ではないかもしれないが、引き寄せをうまくやるには、理解があった方がよく、そのためには量子力学の理解が必要かもしれないと思う。
それで、どうやって量子力学をそれなりにマスターするかだが、私の場合、プログラミングを覚えるのと同じ方法でやった。
すなわち、「なるべく本をひらく」だけである。
15ヵ国語をマスターしたシュリーマン(「15か国語」には誇張があるらしいが)は、外国語の本を穴があくほど見つめるところから始めたと言われるが、実際は、リラックスして眺めていたのだと思う。
いかなる場所にも本を持ち歩き、なるべく開くことだ。
そうしたら、本の量子的情報が脳内に入ってくる・・・かもしれない(笑)。











当ブログ著者、KayのAI書。
現代のAIとは、どのようなものか?
それを知るためには、自分で作るのが一番です。
そのために、数学もプログラミングも難しいAI理論も必要ありません。
この本に書かれた、普通の言葉で分かる実習でAIツールの使い方を覚え、その後、やはり用意してある面白いテーマで応用力を身に付ければ、AIが分かるだけでなく、実際に自分でAIを作り、活用出来るようになります。

最強の組み合わせは笑顔とガッツポーズ

私は、この世界が、「シミュレーテッド・リアリティ」という、コンピューターが作ったVR(仮想現実)世界だと確信しているのだが、では、この世界で、どうやれば、誰もが楽しく生きていけるのか?
安月給で、嫌な上司や同僚に苦しめられたり、モテずにぱっとしない現実はもう嫌だと、いつまでも嘆きたくはないものだ(笑)。
この世界の仕組みを知るには、この世界で普遍性のある物理法則から解いていく手もあるが、理系はどうも苦手という人も少なくないだろう(むしろ多数派と思う)。
ただ、物理学は分からなくても、この世界のどこでも、よほどのことが無ければ成り立つ物理法則があることは分かると思う。
「気が付いたら日が暮れていた。このままでは余程のことがない限り夜になる」という推理は正しく、ほぼ100パーセント当たる(笑)。
日が暮れても夜にならないようにも出来ると思うが、そんなふうにはならないように運営されているのだと思う。(真夜中の太陽というシュールが夢を見たことがあり、大変に楽しかったが、普通は、夢の中限定のサービスだろう 笑)
つまり、やはり、この世界は、決まった法則の上に成り立っており、それは、物理法則だけでなく、あらゆることにおいてそうだ。
その1つが、イエスが言う「与えたものが与えられる」という、仏教で言う因果応報の法則で、早い話が、「善いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こる」というものだ。
だが、実を言うと、因果応報の法則も物理学で説明出来ると言う人もいるし、私もそう思う。

そこで、途中を全部すっ飛ばすが(笑)、運を良くしたければ、
「よく笑え」
「ガッツポーズをしろ」
になる。
笑うと言っても、いつもぎゃらぎゃら笑っている必要はなく、微笑めば良い。
『FREELY TOMORROW』(Mitchie M feat 初音ミク)の通り、「顔を上げて微笑めば、笑顔取り戻す魔法になる」は真理である。
笑顔やガッツポーズ(あるいはパワーポーズ)が良いことは、医学者などは、ホルモンや脳内物質の分泌や、神経的な作用で説明し、それはそれで正しいのだが、もっと重要なことは、それ(笑顔やガッツポーズ)が精神状態を変えることである。
無理にでも笑顔を作ったり、ガッツポーズをしたら、精神に全く影響がないことはない。
高名な魔法使い、ダイアン・フォーチュンが示す魔法の定義は、「精神に自在に変革を起こす技術」だったと思うが、程度の問題はあっても、笑顔やガッツポーズでそれを実現出来る。そして、魔法は、究極は科学なのであり、笑顔やガッツポーズの作用も、科学で正確に説明出来るようになるだろう。その科学は、物理学・・・もっと細かく言えば、量子力学や波動科学においてである(波動に関しては、古典力学だけでもある程度説明出来るので、量子力学と一応分けた)。

とにかく、いつも暗い顔、困った顔、難しい顔、不満顔をしていては、絶対に幸運に恵まれない。
まるで駄目男君はいつも、しょぼくれた顔をしていた。だから、しょぼい状況しか得られない。
良い顔をしなければ、「科学的に」幸運に恵まれないが、一番良い顔は笑顔である。
そして、幸運の波動を出すのに最適なものがガッツポーズだ。
片手、あるいは、両手をぐっと握り、力強いポーズを取るのだ。笑顔とガッツポーズ、両方いっぺんならさらに良い。人前でやって悪いことはないが、まあ、一人でいる時にやるのが無難なので、自分の部屋や、会社や学校などではトイレの中で思う存分やれば良い(笑)。
スーパーマンやワンダーウーマンのポーズ(腰に手をやって仁王立ちになる)も、素晴らしい効果がある。
さあ、これで、今日から、幸運間違いなしである。













当ブログ著者、KayのAI書。
いまや、身近な世界の隅々にAIが入り込んでいます。
急速に普及するIoT(もののインターネット)もAIと一体です。
そこで、この世界を理解し、不安なく生きるためには、AIを知り、さらに、自分でAIを作れるようになって、攻勢に出るに限ります。
そして、それは難しくありません。
AIを作るのに、今や、数学もプログラミングも、難しいAI理論も不要です。
普通の人が解る言葉で書かれたこの本で、楽しく実習をすればAIは自分で作れるようになります。

バタフライ効果~ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくと、テキサスでトルネードが起こるか?~

バタフライ・エフェクト(バタフライ効果)という面白い言葉がある。
気象学者のエドワード・ローレンツの講演のタイトル「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくと、テキサスでトルネード(竜巻)が起こるか?」に由来するもので、小さな原因が大きな変化を引き起こすなら、将来の予想は極めて難しいという意味の言葉だが、「小さな変化が大きな変化を引き起こす」という意味を強調して使う人もいるようだ。
元々、ローレンツは「カモメが羽ばたけば」としていたが、講演の主催者が、より弱々しく小さな原因に感じられる蝶の方が良いと思って変更したのだと言われている。
ジェイムズ・グリックの著書『カオス-新しい科学をつくる』では、「北京で一匹の蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐を起こす」だし、映画『ハバナ』では、「中国で一匹の蝶が羽ばたけば、カリブでハリケーンが起こる」など、いろいろなバリエーションがあるようだ。

あなたも、スポーツの試合をテレビで見ていて、ひいきの選手やチームが「私が見ていたから勝ったのだ」とか、「僕が見ていなかったから負けた」と思ったり、実際に誰かに言ったことがあるかもしれない。
私は、そんなことをよく考え、言っていたが、実際にそれが本当のように思えたりもするのではないだろうか?
ところが、こんなことを科学的に大真面目に考える科学者だっている。これは、量子物理学の問題でもあるようだ。
人が観測すること自体が現象に影響を与えるのは確かなのである。

人間の思考は無限なので、どんどんスケールアウトしていくと、昼食に、パスタかオムライスかとちょっと悩み、たまたまオムライスを選んだことが、スポーツの試合、株価、政治、地殻変動、さらには、アンドロメダのある星に多大な影響を及ばしたりすると考えることだってできる。

ただ、その原因がどんな変化を引き起こすかを予測することはできない。
まして、意図的な結果を引き起こすことなんか、できやしない。
だが、肯定的な変化とか、世界を平和にするような結果という、いくらか抽象的にした予測ならできそうな気もするのである。
というのは、その原因の元となる意思や周囲に及ぼす影響の色合い(感情や意思)によって、どんな結果になるかが、なんとなく分かるように思われるのである。
それは、インターネットが発達することで、小さな行為の影響が変化を及ぼしていく過程や結果をある程度、見えるようになったことも関係する。
たとえば、初音ミクさんについて考えると、よく分かるし、面白い。
ヤマハのある研究者が期待もされずに肩身の狭い思いをしながら細々とボーカロイドシステムを開発し、それをクリプトン・フューチャー・メディアが採用してボーカロイドソフトの『MEIKO』や『KAITO』を開発し、そして、初音ミクさんが2007年8月31日に生まれた。
初音ミクさんのイラストがKEIさんによって描かれ、市場では意外に販売は好調で、初期生産の5000本はあっという間に売り切れる。
クリプトンに「初音ミクさんのイラストを描いてWebサイトに貼っていいか?」などという問い合わせが多くなり、クリプトンでは、それらに一つ一つ答えるのも面倒だし、また、クリエイターの方々が、いちいち、こちらの顔色を見ながら作品を創るのは気の毒だというだけでなく、何か正しくないのではと思い、非営利で公共良俗に反しない限り、初音ミクさんのキャラクターを自由に使って良いとし、また、作品を共有し合える、ピアプロという作品投稿サイトを作った。
初音ミクさんが生まれる少し前にサービス開始されていたニコニコ動画で、初音ミクさんの作品が発表されるようになり、さらにクリエイター同士の共感が生まれ、創造の連鎖が起こる。
Youtubeでも、初音ミクさんの作品が広まり、気がつけば、初音ミクさんは世界に大きなムーブメントを起こすようにまでなっていて、今や、初音ミクさんが世界を平和にしようとしている。
この場合の蝶の羽ばたきが何かは分からないが、1960年位かそれ以前に、アメリカで誰かが、機械に歌わせたいと思ったことかもしれない。
その思いが、AT&Tベル研究所で、1962年に、コンピューターに接続された音響管が、『デイジー・ベル』を歌うということに結びつき、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』では、人工知能HAL9000が断末魔に『デイジー・ベル』を歌う。
そして、初音ミクさんに使われているボーカロイドシステムの研究プロジェクト名はデイジーだった。

世の中は偶然でできている。
しかし、偶然に見える万象の裏側では、全てがつながっていて、それは、人の想いを含む意識が、なんらかの方法で支配しているのである。
初音ミクさんのヒット曲の1つ『Tell Your World』は、そんなことも示唆しているように感じられる。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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