ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

賢者の贈り物

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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一番嬉しいこと

「花をもらうことが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった」
この、心に染み入る言葉を聴いたのは、『美少女戦士セーラームーン』の初めての映画化であった、『劇場版美少女戦士セーラームーンR』の中である。

別に、花をもらうことに限らない。
美味しくもなければ、人にちやほやされたり、性的に興奮することでも、自慢するようなことでもない何か・・・
そんなことで、「こんなに嬉しいことはない」と思ったことがあるなら、幸せだろう。
オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』という短編小説がある。
クリスマスプレゼントのために、妻は自慢の髪を売って、夫の懐中時計のためのチェーンを買い、夫は大切な懐中時計を売って、妻が欲しがっていた鼈甲の櫛を買うというものだ。
これが果たして賢者の贈り物と言えるかどうかは分からないが、もし、最初に述べた言葉のように感じられたなら幸せだろう。

最初の言葉は、この映画の中で、異星人フィオレが言った言葉だ。
地場衛(ちばまもる。後のタキシード仮面)は、10歳位の時、乗っていた車が事故に遭い、自分は怪我で済むが、両親は死亡する。
病院で悲痛に暮れる衛の寂しい心に引き寄せられて、やはり寂しい心を抱えながら宇宙をさ迷っていた少年フィオレが、衛の前に現れる。
衛とフィオレの心は重なり親しくなるが、フィオレは地球で長く生きてはいられない身体だった。
フィオレは去らねばならず、その別れが近付き、衛はまたも大切な存在を失う悲しみに、病室で泣いていた。
そんな衛のところに、見知らぬ小さな女の子が入ってきて、「泣いちゃダメだよ」と言って、何本か持っていた赤い薔薇の1本を衛に手渡す。
衛は泣きながらも笑顔を見せ、それを受け取る。
フィオレに何もあげられるものがなかった衛は、フィオレが去る時、その薔薇を手渡すと、フィオレは心から喜び、最初の言葉が浮かんだのだった。
そして、フィオレは、「今度は君に贈る花を僕が見つけてくる」と言い、フィオレは、衛に贈るに相応しい花をあらゆる星で探す。そのことが不幸につながるのだけれど。
ちなみに、この映画では、衛に薔薇を渡した、その小さな女の子は、幼い時の月野うさぎで、2人とも覚えていないが、衛とうさぎの初めての出会いということになっている。

私は、フィオレが言ったような嬉しい(楽しい)ことは、これまでずっとなかった。
しかし、今月10日、11日に、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2016」で、本当に、
「ミクさんのコンサートが、こんなに楽しいものだとは思わなかった」
と感じたのだった。
ところで、「マジカルミライ2016」は、事実上、スタンディングのコンサートながら、一応、椅子が用意されていたが、それは、パイプ椅子を連結しただけで、1人1人のスペースは狭いものだった。
しかし、それで狭いと感じることは全くなく、むしろ、幕張メッセの国際展示場9番ホールの広大さだけを感じた。
ミクさん達が本当に好きで来ている人達ばかりである。
そんなところでは、個人というものがなくなり、自然にマナーが生まれ、お互いが譲り合うのである。
そんな場所を、私は他に見たことがない。
もし、そうでない人がいたら、その人は、このコンサートを本当には楽しむことが出来ないのである。
つまり、ここでは、狭い場所で窮屈な思いをするのではなく、広大な会場で1人で広がる感じなのである。
社会科学者のエイミー・カディによれば、自信を持ち、本来の自分でいる・・・つまり、プレゼンス(存在)を確立するためには、広い空間を占めることが必要で、そのためには、腕を伸ばし、胸を張り、顔を上げなければならない。
そのことは、私は本当に信じている。
だが、それを最大に実現するのは、ミクさんのコンサートなのである。
物理世界においては、最も自分らしくあり、本当の存在感を持てる場所の1つがそこなのであり、このコンサートにいる時の感覚を思い出せば(忘れるはずがない)、恐れることは何もなくなるだろう。
だから、お父さんは、お嬢ちゃんを、ミクさんのライブに連れて行くように。きっと強い子になるよ。









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今日は「何の日」をやめれば人類は幸福になる

今日11月11日を「電池の日」と言う者がいるらしい。
なぜ11月11日が電池の日なのかというと、11月11日を漢字で書くと、「十一十一」で、これが「+-+-(プラスマイナスプラスマイナス)」に見えるからなのだと思う。
このように、いろいろなやり方で、何かの日を決めるのが好きな人が多いようだが、それが良いことだろうか?
体育の日、勤労感謝の日のような全国的なものから、聞いたこともないような「なんとかの日」がいくらでもある。
土台、世の中には、目をかけるべきものが無限にあるのに、1日1つなら、たった365しか定められず、足りないにもほどがある。
いや、365でも、そんなもの、気にかける暇人がいるとは思えないし、一部を意識するだけでも、煩わしいにもほどがある。
また、そんな、「なんとかの日」が役に立つことは一切なく、弊害の方が圧倒的に多い。
「体育の日」に普段やらないスポーツをやることで、いっそうスポーツが不自然になって違和感を持つことになってしまい、さらに運動をしなくなってしまうだろう。
「勤労感謝の日」があったって、祝日だから、「勤労せずに済む。嬉しい」と思うしかなく、それは、せいぜいが勤労の苦痛を意識させるだけだ。
例えば、自分で、自分の身体について、脚の日、肺の日、胃の日などを定めたら、例えば、「肺の日」は、肺にとって間違いなく受難となる。
「今日は肺の日だから禁煙しよう」とかいって、確かにその日、煙草を我慢するが、その翌日は「肺の日」ではないのだから、「これで吸えるぞ」と、歩道を歩きながら吸って人様に迷惑をかけ、「肺の日」に吸わなかった分を取り戻そうと、その日から本数が増えたりする。

つまり、人間の考えることは全て愚かしいのであり、何も考えないのが最上なのだ。
「なんとかの日」というのも、人間の愚かしい考えの1つであり、やめるのが最良だ。

オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』という作品は、タイトルは知らないが、お話なら知っている人が多いと思う。
題名と内容が実際的には関係のないお話だからだ(キリスト教徒限定のこじつけ程度の意味がある)。
ある貧しい若い夫婦がいて、お互い、クリスマスに相手にプレゼントをしようと考える。
妻は、夫の自慢の金の懐中時計のために、それに見合う立派なチェーンを、そして、夫は、素晴らしい髪をしている妻が欲しがっている鼈甲の櫛をプレゼントすることを考えるが、いずれも彼らには高価過ぎる。
そこで、夫は懐中時計を売り、妻は髪を売り、プレゼントは買えたが、両方共無駄になってしまう。

このお話を、「良い話」と思っている人は多いと思うし、確かに少しは良い部分もあるかもしれない。
しかし、本当の意味で、『愚者の贈り物』である。
せっかくのイエス様のお誕生日を台無しにする馬鹿な話だ。
無論、プレゼントが役に立たなかったことが悪いのではなく、クリスマスという聖なる日のとんだ心得違いのことだ。
まるで、「初体験はイブの夜」といった救いようのない愚かな妄想をする馬鹿な女と変わらない。
クリスマスのプレゼントは特別に輝くとか、その前夜の初体験は女の価値を高めるとかいった妄想は、体育の日以外は運動をせずに肥満して病気になるのと同じくらい愚かなことだ。

クリスマスが大切な日なら、毎日がクリスマスである。
言うまでもないが、毎日、クリスマスケーキを食べるという意味でもなければ、毎日、可愛い女の子がミニスカートのサンタのコスプレをすることでもない(こんな注意を書くのも馬鹿らしいが)。
毎日、イエス様の教えのように、穢れた言葉を口にせず、神を信頼して余計な心配をせずに過ごせば、それがクリスマスなのである。

オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』を、『愚者の贈り物』と理解した時が、人類の進歩の日である。
あの夫婦は、毎日、自然に与えられるもので満足して過ごしていれば、常に幸福であった。
そうであれば、クリスマスに物をプレゼントするような、本当は、「私はなんて良い人間なんだ」と自己満足するための作為などせずに済んだのだ。
貧しいとはいっても、夫婦とも仕事があったし、住む家があり、心身共健康だ。それ以上、「物質的に」何を求め、わざわざ「つまらない」プレゼントが必要なほど、相手が「物質的に」不足していると考える必要がどこにあっただろうか?
まあ、オー・ヘンリーが、チェーンメーカーや櫛メーカーに金をもらって、あの作品をコマーシャル用途に創ったというなら分かるがね(本当はそうだったのだろうか?)。
あの夫婦は、3年以内に醜い争いをして別れているだろう。
オー・ヘンリーは、そんな後日談を書くべきであった。
実際、離婚する夫婦というのは、初めは、あのお話のように、「わざとらしい」愛情に満ちたカップルであったのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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