信憑性を示し難いが重要な話というものを、頭の良い人は、フィクション(創作話)として書くことがある。
コリン・ウィルソンが小説を書くことは珍しかったが、彼が書いた完全な小説である『賢者の石』が、そのようなものだ。
この小説について、簡単に言えば、脳には、何らかの理由で、潜在能力とか生命力を抑える機能があり、その機能を外してしまえば、知性、若さ、健康、美しさといった、あらゆる好ましいものが手に入ることが書かれている。
これが夢物語かというと、あながち、そうでもない。
ウィルソンは、かなり脳科学を研究した後に、敢えてフィクションとして、この本を書いたのである。

聖書には、知恵の木の実の話があり、もし、それが本当に知性を発達させる木の実であれば、是非、欲しいものであるが、そんなものは実際にはないと思われているだろう。
しかし、実際には、それはある。
ただし、知恵の木の実という特定の果実があるわけではなく、言ってみれば、どんな果実でも良いのである。
具体的な研究者のことは忘れたが(私が子供の時に古い本で見たものだ)、ある小学校で、低学年の子供に「知恵の木の実」と言って、一定期間、子供達に珍しい果物を与え、その後、数年に渡って調査をしたら、その果物を与えられた子供の成績が極端に良くなったという話がある。
もちろん、一種のプラシーボ効果であるが、十分にあり得ることと思う。
また、第二次世界大戦中のことだが、ドイツ(他のヨーロッパの国かもしれない)で、「頭が良くなる機械」が発明され、この装置を使った子供が、驚異的な学習成果を上げたという話がある。
おそらく、この装置の使用にあたり、子供達や、その親に、この装置や、その発明者の権威を信じさせるなどで、一種のマインド・コントロールを行ったのだろう。
この種の事柄の調査記録として有名なものに、哲学者のチャンピオン・トーチェ氏の『トーチェ氏の心の法則』という本がある。

私は、小学校低学年の時、いわゆる「信じやすい子」だったが、友達に巧妙な作り話をする子がいて、ただの紙切れを「パワーが出る紙」、「記憶力が良くなる紙」と言って、友達に配っていたが、見ていると、明らかの効果があるように見えたのである。
その呪術的な紙切れによって、私は、運動が得意な方ではなかったが、走り高跳びで無敵になったり、各種の簡単な(遊戯的な)対戦競技で、一番強いと言われる子に楽勝して驚かれたりした。
また、アフリカ諸国の国と首都の名前を暗記してしまい、今だ覚えている。
しかし、学校の勉強となると、教師の「お前は出来ない子」という決めつけの態度に毒され、やる気をなくして成果が出ないのだった。

そんな、プラシーボ的な力を得るために、具体的にどうすれば良いかというと、簡単過ぎて難しいのだと思う。
要は、子供っぽくなれば良いのであるが、それが出来ない人も多いだろう。
特に、知性派を自認しているような人はそうなのであるが、実のところ、人間の能力とか、世界の成り立ちなんて、案外に緩いと分かることの方が、ずっと知的なのかもしれない。
日本最高の思想家の1人、吉本隆明氏によれば、国家そのものが幻想なのであり、そうであれば、我々の能力や人生なんて、まさに夢のようなものである。
理性を一時的に麻痺させることで、高い学習効果を上げたり、能力を発揮する手法はいろいろあるが、最も簡単には、息を吸って止めることである。
後は、淡々とした繰り返し効果である。
(ブルガリアのロザノフ博士の研究が起源と言われる、スーパーラーニングとか加速学習と呼ばれる超スピード学習法の研究段階で、バロック音楽の単調な繰り返しが、人間の能力を驚異的に高めたことをきっかけに、研究・確認されたと言われる。)
よって、やはり、腕振り運動や、マントラの繰り返しに効果があることは、子供の時からの経験者として、私には信憑性があると思える。