ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

至高体験

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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引き寄せの影のバイブル

立花隆氏の1983年の著作『宇宙からの帰還』を、私は昔一度読んだだけで、内容は正確には憶えていないが、感動的だったように思う。
私には印象的だったフレーズは、「いったん宇宙に出た人間は以前とは全く違う人間になる」といったものだった。
現在、民間人が宇宙に行く機会が増えているが、今はまだ相当な費用がかかる。富豪であれば大金をかけて、そこそこの金持ちでも、かなりの額を支払って宇宙に行こうとするのは、やはり、宇宙に行けば何かが起こるという期待があるのかもしれない。
まあ、それで、3千万円ほどかけて宇宙に行ったら、「別に何もなかった」なんて言う人も出てくるのだろうと思う。
民間の宇宙旅行は、宇宙空間にいる時間はわずかで、それでは足りないような気もする。
それに、『宇宙からの帰還』が書かれた時代の宇宙旅行は極めて危険だったことも関係するかもしれない。
現在の民間人の宇宙旅行は、限りなく安全だ。

具体的に誰とは憶えていないが、アポロ宇宙船で月に行き、月面に降り立った宇宙飛行士の話では、神を限りなく身近に感じたという話もあったと思う。その割には、その宇宙飛行士はその後、あまりエレガントとは言えない活動をしていたような気もするが(笑)。
この、神とか、宇宙の意志といったものを身近に親しく感じたというのは、おそらく素晴らしい体験で、それが、その宇宙飛行士の意識を変えてしまったのだろう。
それは、地上での悟りと似た、あるいは、同じ体験かもしれない。
というよりも、最近、ここでよく話題にしている至高体験の大きなもの、長時間のものと同じであると思う。

それなら、我々も是非、なるべく強い至高体験を起こしたいものである。
そのためには、それなりの集中をしながら、何かを延々と繰り返すだけで良いと思う。
ただし、実際に至高体験が起こるまで、心を静めて淡々と繰り返さないといけない。
それは凡人には難しいことの代表的なことだ。
何をやっていいのか分からないなら、たとえば、腕振り運動とか佐川幸義流四股とか、念仏とか呪文とかマントラとか。
高貴と思う本を延々と淡々と読むのでも良い。
至高体験はいつ訪れるかは分からまい。10分後かもしれないし、30年後かもしれない。
ただし、「来なくてもいいや」と思いながらやったら、早く訪れそうな気もする。
だが、そんなことをやっていたら、小さな至高体験は無自覚ながら起こり、かなりの引き寄せが出来るようになると思う。

神託の巫女
AIアート748
「神託の巫女」
Kay


宇宙飛行士達は、至高体験を適切に表現している。
それを集めた『宇宙からの帰還』は、引き寄せの優れたテキスト、あるいは、バイブルになるかもしれない。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)宇宙からの帰還(立花隆)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)至高体験(コリン・ウィルソン)
(4)佐川幸義 神業の合気
(5)超訳甩手功(スワイショウ、うで振り)

ぞっとするこの世の秘密(劇的内容)

前回の記事で、我々という存在は小説や漫画の登場人物であり、世界は小説や漫画であるという、割とよく聞く話をした。
その小説や漫画の作者が、ある人物が悟りを開くというストーリーにすれば、その人物は最高の人間だし、魔法使いになるというストーリーにすれば、その人物は無敵かもしれない。
まあ、そこまででなくて良いから、自分は引き寄せの達人にして欲しいと作者様にお願いしたいものである(笑)。

ところで、世界は小説や漫画というよりは、劇であると考えた方が納得し易いかもしれない。
というのは、今まさに、自分は世界という舞台の中で、自分の役を演じているからであるが、20世紀最大の詩人と言われたW.B.イェイツも『ラピス・ラズリ(瑠璃)』という詩で、まさに世界とはそのようであることを書いている。

私は、小学4年生の時、誰に教えられたわけでもないが、この世界は劇であることを見抜き、爽快な気分になったことがある。
ところで、劇と言えば、そのストーリー・脚本を文学作品として書いたものを戯曲と言い、人類最高の戯曲家(劇作家)はウィリアム・シェイクスピアであると考えられていることも多いと思う。
ただ、シェイクスピアの作品というのは、どこか地味な印象があるかもしれない。いや、実際に地味なんだと思う。
しかし、だからこそ、作中の登場人物に自分を重ね易く、つまり、登場人物に共感し易いのだと思う。
アメリカを代表する現代作家カート・ヴォネガットは、「シェイクスピアは下手な作家だったが、人間をよく知っている」と述べていたが、この言葉は、シェイクスピアが下手な作家であるというのではなく、人間を本当によく知っている人だと言いたかったのだと思われる。

で、レベルの低い話かもしれないが、我々としては、この世界という劇の作者様に、自分がお金持ちになるストーリー、モテモテになるストーリーをお願いしたいものである(笑)。
そのためには、引き寄せが簡単に出来れば良く、そして、そのためには、至高体験を起こさせてくれれば良いのである。

前回の記事がまさに、どうすれば、我々が生きているこの劇の作者様に、自分に至高体験を起こさせてもらえるかという話であった。
登場人物の分際でそんなことが出来るのかというと、どうも出来そうなのだ(笑)。
その鍵が、イェイツの『ラピス・ラズリ』である。
さすが、イェイツは魔法結社の会員だっただけあり、魔法の秘儀をこの『ラピス・ラズリ』に埋め込んだ。
私は、この詩を、原文(英語)と、少なくとも5種類の訳文を読んだ。
やり方は、後でまとめて述べるから安心して欲しい。

そういえば、『美少女戦士セーラームーン』の作者、武内直子さんもイェイツが好きなようだが、『美少女戦士セーラームーン』もイェイツの影響が大きく、転生後の土萠ほたる(セーラーサターン)によくイェイツの詩を暗唱させ、ほたるがサターンに覚醒するきっかけを与えたのもイェイツの詩だった。
ちなみに、ほたるが暗唱した詩で印象的なものは『再来(再臨)』であった。
この詩も、世界の壮大な仕組みを見事に明かしている。

あまり言われることはないかもしれないが、シェイクスピアの作品は、よくマンデラ・エフェクトを起こすのである。
つまり、人によって、憶えているストーリーが違うのだ。
『ハムレット』や『リア王』の結末が、どうも記憶がぼんやりしている人が多いと思う。
ハムレットとオフィーリアのどちらが死んだのか、両方死んだのか、どんな順番で死んだのか、いろんなバージョンの記憶があり、両方死ななかったというストーリーを憶えている人もいるほどだ。
実のところ、シェイクスピアも迷ったのだ。
そして、作者たるシェイクスピアが迷うことで、沢山のパラレルワールド(並行宇宙)が出来てしまった。
作者が迷った時に、関係する登場人物は至高体験を起こすのである。
そのコツは、実にイェイツが『ラピス・ラズリ』に書いている。
「主役を務めるほどの役者は泣かないものだ」
「ハムレットもリア王も陽気(Gay)なのだ」
本当にぞっとする話である。
これを見たあなたほど幸運な人はおるまい。

夕暮れの薔薇
AIアート733
「夕暮れの薔薇」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)ハムレット(新潮文庫)
(2)リア王 ――シェイクスピア全集(5) (ちくま文庫)
(3)イェイツ詩集(対訳) (岩波文庫)
(4)薔薇: イェイツ詩集 (角川文庫)
(5)塔: イェイツ詩集
(6)最後のロマン主義者 イエーツ訳詩集 (加島祥造セレクション1)
(7)W.B.イェイツ全詩集
(8)美少女戦士セーラームーン 完全版(1)

ドラマチックなことがなぜ起こるのか?

最近、私は長い至高体験の状態・・・超越意識状態と言うべきものになったが、その時感じたのが、至高体験を起こすために深呼吸をしたり、マントラを唱えたりは大変過ぎるということだ。
私はその時、深呼吸をしたり呪文を唱えていたのではなく、至高体験の方で勝手にやって来たのだった。
『魔法騎士レイアース』で、導師クレフがこう言ったようなものだ。
「お前達(3人の少女)に魔法を授けようと思ったが、魔法の方でお前達を選んだようだ」

悟りというものも、望んで得られるものではなく、悟りの方で人を選んで起こるようなものだが、どんな理由でその人を選ぶのかは分からない。
それは、推測も出来ない。
そして、このことは、至高体験にも当てはまる。
つまり、どうすれば至高体験に選んでもらえるようになるかは、どうしたって分からない。

引き寄せによる願望の実現には、必ず至高体験を必要とする。
そうであるなら、願望が叶うかどうかは自分の意思とは関係がないし、実際、そうであるように思える。

これら全てをまとめたような、こんな話がある。
ある人には、どうしても叶えたい願いがあった。
それは、「どうしても叶えたい」という演技でも思い込みでもなく、本当に叶えたいことだった。
たとえば、余命一か月の病気を治したいと願うようなものだ。
その人は、願いを叶えるために何でもやったが、全てうまくいかず、かえって状況は悪くなっていった。
そして、ついに完全に絶望の状態、つまり、敗北確定となった。
その時、ついにその人は諦めた。
すると至高体験が起こり、願いが叶った。
それはまた、こんなことでもある。
宝くじを当てようとして、毎月10万円を宝くじ購入に当てたが、いつまでも当たらない。
そして、ついに諦めたが、そうしたら至高体験が起こり、その時、無意識に宝くじを買ったら当たったのである。
これをもって、「欲望を手放せば叶う」と言う人は多いが、欲望を手放すことは出来ない。
本当に手放したら、叶っても嬉しくないはずだから、叶って嬉しいなら、実は手放していないのである。

では、解答はどうなるだろう。
つまり、至高体験は本当は、どうやったら起こるかだ。
最初に戻り、3人の少女は、なぜ魔法に選ばれたか分かるだろうか?
「可愛いから」というのは、ある意味当たっているが、的外れでもある。
答は作者(CLAMP)がそう決めたからである。
作者は最初、導師クレフが少女達に魔法を授けることにしようと考えたかもしれないが、より印象的にするために、そんな設定にしたのだ。
だから、我々は作者に全面降伏するしかない。
「全面降伏しろ」と言うインドの聖者もいたが、全面降伏する以外に選択肢はないのだ。
では、至高体験とは何かというと、作者の迷いなのである。
だから、至高体験が起こると、運命が変わることが多いし、珍しいことが起こることも多い。
作者はルーチンを変えるために迷ったからだ。
よって、至高体験を起こし、運命を変えるためには、作者を迷わせないといけない。
そのためにどうするかというと、シェイクスピアが割と教えてくれている。
作者の友人からチャチャが入ったので次回に続く。

池の妖精
AIアート732
「池の妖精」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)量子力学の多世界解釈 なぜあなたは無数に存在するのか
(2)ハムレット(新潮文庫)
(3)リア王 ――シェイクスピア全集(5) (ちくま文庫)
(4)魔法騎士レイアース(1)
(5)涼宮ハルヒの憂鬱
(6)BEATLESS(上)

宇宙人が至高体験を言葉で表現した

至高体験がどんなものか、言葉で言うことは出来ない。
無理に言おうとしたら、「絶対調和」だとか「あらゆるものごとの意味が押し寄せてくる」みたいな言い方をすることになり、それは確かにそうなんだろうが、言葉にすれば、やっぱりまがい物になってしまう。
それでも愚民は、自分の頭で分かる言葉で示して欲しがり、それを与えられると満足する。
それは、『星の王子さま』であったように、美しい家を見ても、その美しさを愚民に分かるように表現することは出来ず、愚民の方でも自分のちっぽけな頭で分かる言葉を欲しがり、それで「3千万円の家」と言われたら、「なるほど」と満足するようなものである。
自分の好きな友達のことも、愚民(両親が大抵そうだ)には、「その子のお父さんは弁護士」と言わないと満足してもらえないのだ。

私が知る範囲で、至高体験について、ぎりぎり言えることは・・・なんてことはやっぱり言いたくないが、とはいえ間違いないこととして、思考が完全に静まっていること、それに・・・何かすごくいいんだ(笑)。
その何かすごくいいことを、希望を感じるとか、楽しいとか、安心する・・・みたいに言えば、やっぱり本当のこととはかなり違うのだ。
ただ、大きな至高体験は、絶望的な状況にある時に起こることも多いが、そんな時には、確かに希望を感じて安心するかもしれない。

至福・・・と言えば、確かにそうなのだが、やはり、本物の至福と言葉の至福とは違うのだ。
無敵・・・というのは、いい線いってる気もするが、人によって感じ方が違うだろう。

ところが、賢い人がいて、至高体験を見事に言葉で表現してくれた。
その賢い人は、宇宙人と融合した人で、チャネリングと言うより、政木和三さんが言うように、宇宙人の生命体が宿っている人のように思う。まあ、正確なことは分からないが。
その人が言うには、至高体験とは良い目覚めなのだそうだ。
なるほど、確かにそうだ。
だが、最後に良い目覚めをしたのはいつだろう?
私はなかなか思い出せず、せいぜい、幼稚園の時には、そんなこともあったかもしれないといった感じだ。

良い目覚めをした時には、ほとんど思考していない。
思考が戻ってくると、噛み古したガムのような現実が戻って来る。
アラビアのロレンス(T.E.ロレンス)が長い至高体験を起こしたのも早朝の砂漠で、確かに彼は、思考が戻っていなかったと述べている。

最近は、よく眠ることの重要さが認知されてきた感じがする。
睡眠が専門の超優秀な学者が睡眠の重要性を訴えたり、大谷翔平さんが睡眠を何より大事にしていることを明かしたことからも、そうなってきた。
そういえば、ひろゆきさん(西村博之さん)も、「最高の能力開発は寝ることです」みたいなことを言ってたような気がする。
だが、本当に大切なことは良い目覚めで、目覚めが悪ければ、どれだけ眠っても駄目だ。
とはいえ、よく寝ることと良い目覚めの関係は大きく、よく寝ることは大切だ。しかし、それだけでは駄目なのだ。
要は、どんな精神状態で眠りに入るかの問題だろう。
上のロレンスの場合は、疲れていて何も考えずに寝たそうだが、やはり何も考えずに寝るのが良いのだと思われる。
だが、酒を飲んで寝ると、アルコールが神経を刺激し、眠り自体も悪くなるし、結局、脳の中で思考が止まらないので、酒を飲んでから寝てはならない。

良い目覚めに近い状態を作り出すのは良いことで、それが至高体験に近い状態に導き、引き寄せ状態にもなる。
そのためには薄目をしてゆっくり深く呼吸すると良い。
それを十分にやれば、良いことばかり起こって驚くのである。

UFOの呼び方
AIアート730
「UFOの呼び方」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)星の王子さま (サン=テグジュペリ。新潮文庫)
(2)砂漠の反乱 (T.E.ロレンス。中公文庫)
(3)驚異の超科学が実証された(政木和三)
(4)至高体験(コリン・ウィルソン)
(5)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(6)フランケンシュタインの城(コリン・ウィルソン)

愚直さで勝つ

ずっと前からだが、特に最近、私は、誰でも簡単に至高体験を起こす方法はないかと想い続けている。
至高体験とは、自分が万物と一体となった忘我・没我の至福の体験だ。
深い意味では、至高体験とは自分の本体が万物の根源と一体化すること・・・と、やはり言葉で表現するのは難しい。
なぜ難しいのかというと、ここでたまたま使った言葉「自分の本体」とか「万物の根源」なども、定義が曖昧で、全ての人の共通の認識にならないからだ。
そこで、ややこしいことは言わず、「こうやれば至高体験になりますよ」といった公式的なものがあると有難いし、凡人はそんなものを有難がるが、そんなインスタントなことで良いものを得られたことなどないはずだ。
たとえば、「ケーキを食べたら美味しい」とか「酒を飲んだらいい気持ちなる」みたいな単純なものはあるが、そんなことで得られるのは、ごく限定的な幸福で、それは快楽と言うのである。
快楽も必要だが、決して人生のメインにはならない。

至高体験が起きれば、確実に引き寄せが出来るが、逆もまた真なりで、至高体験が起きなければ引き寄せも出来ない。
だから、同じやり方でやっても、至高体験が起きれば引き寄せが出来、至高体験が起きなければ引き寄せは出来ないのである。
政木和三さんは、脳波がシータ波になりさえすれば良いと考えたように思えるが、それなら、ヘミシンク効果で簡単に脳波をシータ波に出来るのに、それで何か良くなる人は少ないと思う。
それで、政木さんも、「脳波がシータ波になっても、欲望があるうちは駄目」と言っていたのである。
政木さん自身は、小学生の時に、腹式呼吸でおそらく至高体験を自在に起こせるようになり、天才・超人化した。分かり易いことで言えば、習ったこともないピアノを自在に弾けるようになって作曲も出来るようになり、お経を見たら意味が分かるようになった。
後には、自分で作曲した曲をピアノ演奏したCDを出し、自分が作った楽曲を中国の天才音楽家に歌唱させたり、1秒で大発明が出来るようになった。残念ながらCDは絶版で入手は難しいが、私は保有している。版権の問題があるので、リッピングして配布するわけにはいかず残念である。

しかし、つまるところ、至高体験を起こす、さらに、至高体験を起こせるようになるのは簡単である。
ただし、凡人が大好きな「すぐに出来るようになります」みたいなことはない。
コンピューター科学者のピーター・ノーヴィグが、巷に「3日でプログラミングをマスター」みたいな本が氾濫していることに苦言を呈していたのも、やはり、愚民はそんな言い方に惹かれ易く騙され易いということなのだろう。
至高体験は、子供でも出来る簡単なことを長時間やれば誰でも起こせるようになる。
それは、大東流合気柔術の達人、佐川幸義の佐川流四股のようなもので、この子供でも老人でも楽々出来る運動を毎日長時間やれば、根本的に強くなるのと同じであると思う。

だが、至高体験を起こすメソッドをやっていたら、やはり現代人のおかしくされてしまっている精神性のため、数日・・・下手したら1日もしないうちに、「何だか効果が出そうに思えないぞ。このやり方で本当にいいのだろうか?やり方は沢山ある。別のに変えよう」などと思い、やり方をコロコロ変え、結局、何十年経っても駄目なのである。
どのやり方でも大して変わらない。
ひょっとしたら、より時間がかかるかもしれないが、法然並に念仏を唱えたっていつかは至高体験に達すると思う。別に、念仏に霊的効果があるとかいうのではない(ないとも言わないが)。単に繰り返しが必要なだけである。
佐川流四股だって、肉体的な効果だけではなく、至高体験に達したり、至高体験を起こすコツを掴めることで達人になるのではないかと思う。
「神様の奇跡が起こる」とか「お金がある」と唱えることで凄い引き寄せを起こした話があるが、本当に1日中、少なくとも2週間は唱え続けたことで至高体験に至ったから、そんな引き寄せが出来たのだと思う。
私の知人の事業で成功した人が、勝海舟の「愚直であれ」(正確には「事を遂げる者は愚直でなければならぬ」)という言葉を取り上げていたが、至高体験も愚直な者にしか起きないのだと思う。
案外、ルーチンワークを毎日、淡々と行う者が一番良いのかもしれない。あくまで淡々と。

座り心地の良いベンチ
AIアート729
「座り心地の良いベンチ」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)フランケンシュタインの城(コリン・ウィルソン)
(4)佐川幸義 神業の合気
(5)四股鍛錬で作る達人
(6)「大企業の時代」は終わったか (夏野剛、猪子寿之)
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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