ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

自己実現

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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自分が何者か思い出せない人達

最底辺から最高位という極端でなくても、ずっと蔑まれる惨めな存在だったのが、上位の存在に逆転する人がいる。
ある意味、これこそが人間の醍醐味であるのではないかと思う。

自分の立場の惨めさを嘆くが、ただ不満を言うだけで終わってしまう人が多いと思う。
こんな人達は、何が問題だったのだろう?
逆転のための努力をしなかったから・・・というのは、その通りだろう。
だが、こんな人達には、根本的に欠けたものがあるのだ。
それは、表面的には、高みに至りたい、強くなりたいという願望である。
しかし、それより先に、自分が高みに至ることが出来る、強くなれるということを知らないことが根本的な問題なのだと思う。

実は自分は尊い存在であるということを述べる、ラルフ・ウォルドー・エマソンの『自己信頼』の中のお話がある。
酔っ払って路上で寝ていた浮浪者の男が、公爵邸に運ばれ、身体を洗われ、上等な寝間着を着せられ、高級なベッドで寝かされる。
彼が目覚めると、身なりの良い使用人達がうやうやしく仕える。
彼は、自分が公爵であることを忘れてしまっていたのだ。
エマソンは、これが人々の状態なのであると言う。

だが、そう言われても、自分が凄い人間だとは思えないという人が多いだろう。
そこで、イギリスの作家コリン・ウィルソンのこんな話がある。
本当に駄目駄目な青年がいた。
何をやっても駄目で、蔑まれることが多いのだろう。
そんな青年がある時、「僕ってなんて駄目なんだろう」とつぶやく。
それを聞いた誰かが、青年に、
「きみはちっとも駄目じゃない。自分でそう思っているだけだ」
と言う。
その言葉が青年の心に残った。
その言葉をずっと想い続けているうちに、青年は啓示を受け生まれ変わる。
そして、少しの間に、人々に敬われるような人物になった。

ドイツのストークス社のキャンディー「ヴェルタース オリジナル」の印象深いテレビCMがあった。
老人が、「子供の時、このキャンディーをもらった私は、こんな美味しいものをもらえる私は特別な存在であるに違いないと思った」と言う。
こんな人間は、間違いなく強く大きく、そして幸せになれる。
しかし、ほとんどの人は、親に、弱くつまらない者として扱われ、自分が本当は巨大な存在であることを知らずに一生を過ごす。
だから、早く親の元を離れないと回復は難しくなる。

解決法はいろいろある。
だが、それは「こうやればいいよ」「あ!なるほど!簡単だ!」という安易なものではない。
まずは、自分がしゃんとしなければならない。

行かなくちゃ
世界で一番 綺麗なものなら
今まで奪われてた分は
取り戻すまでさ!
~『テオ』(作詞・作曲・編曲:Omoi。唄:初音ミク。コーラス:GUMI、鏡音リン、IA)より~

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)
(2)超越意識の探求(コリン・ウィルソン)

エデン
AIアート2013
「エデン」
Kay

自己実現とは揺るぎなき自己満足

人生の目標は自己実現だなどと言う人がいるが、そもそも自己実現とは何かと言うと、何のことはない。
自己実現とは自己満足だ。
自己満足と言うと、安っぽく聞こえるかもしれないが、満足出来なければ、絶対に実現だと思うはずがなく、それも、あえて言えば、自分が満足することが大切だ。
それで言えば、「幸福とは?」なんて、人類の永遠のテーマも、実は、自己満足であることが分かる。

詳しくは知らないが、イスラム教では、唯一神アッラーの教えを守って生きた立派な男は、死後、百人近い清純で美しい乙女が与えられるという話がある。しかも、その乙女達を清純でないようにしても一晩で清純に戻るとか。
これほどの自己満足はなく、それを信じることが出来れば、アッラーに従ったとしても不思議はない。
ゾロアスター教の聖典アヴェスターによれば、やはり、善の神アフラ・マズダーの教えを守って生きた男は、死後、15歳の絶世の美少女と仲良くなれるらしい。
男は本質で、ロリコンの馬鹿なのかと思う(笑)。いや、それなら、女の方はどうなのか?(笑)
ついでに言っておくと、お釈迦様の従弟のアーナンダは、16歳の美少女と結婚することが決まっていたが、お釈迦様はアーナンダに天女を見せ、「アーナンダよ、修行すれば、この天女はお前のものである」と言った。アーナンダは、自分の嫁になる16歳の美少女も、天女に比べれば、自分の嫁とヨボヨボに老いた雌猿ほどの違いがあり、あっという間に嫁を捨て、修行に励んだ。
男って、馬鹿だなあ・・・(笑)

さて、我々は、この世には、何か大きな幸福が隠れていると思っている。
百人の美少女、百人のイケメン青年ということはないかもしれないが、何かあるはずだと。
それで修行に励もうとするのだが、それは困難であることが分かる。
例えば、我流で真言密教の修行をしたが、本物の真言密教の高僧に聞いたら、やり方が全く間違っていることが分かる。
「いや、本にはそう書いてありました」と言ったら、その高僧は、「その本が間違っておるのじゃ」と言う。
だが、その高僧の教えも「間違っておるのじゃ」である可能性が高いのじゃ(笑)・・・というより、絶対、間違いである。

じゃあ、ラマナ・マハルシなら間違いないと思い、ラマナ・マハルシの本を読むと、「私は誰か?」と問えと書いてある。
で、一生懸命やってみるが、冷静に考えると、何の成果も出ていない。
すると、ラメッシ・バルセカールという有名な聖者の本を見ると、バルセカールは、「マハルシは『私は誰か』と問えと言ったのではなく、『自分とは何か』と言ったのだよ」と述べている。
そりゃ、マハルシの本は、「タミール語→英語→日本語」訳で、想像以上に間違いが多いし、そもそも、マハルシがどのくらい自分の考えを言葉で言えたかも分からない。

さらに、別の本で、マハルシの証言を取ると、その「私は誰か」すら、「呪文にしてはならない」と書いてある。いや、呪文にしてましたよって(笑)。
こんなふうに、修行なんて、方法すら分からないものなのである。

本来、最高の修行は、自分の職業を究めることなのだ。
仙道、すなわち、仙人道は、仙人になる道であるが、将棋仙人とか、剣仙人などと言うように、1つの道を究めることで仙人になるもののようだ。
しかし、じゃあ、イチローが仙人になれるかというと、それは考えられない。
イチロー以前のアメリカ、日本の偉大な野球選手達だって、皆、離婚したり、麻薬中毒になったり、病気になったりで、仙人どころではなく、普通の人間の幸福すら得られていない者が圧倒的なのだ。
日本の野球界のレジェンド、王貞治さんや長嶋茂雄さんも、大病を患い、いろいろシンドい目に遭い、果たして幸福なのかなあと思う。
むしろ、我々は、もう名前を思い出す人も少ないが、イチローや浅田真央さんらが不幸にならないよう祈るのみである。彼らが、自己満足出来ない、つまり、不幸になる可能性が高いと思えるからだ。

ところが、長い間、熱心に念仏を唱えていた普通の人が、ある日突然、世界は自分の中にあることが実体験として分かり、あっという間に自己実現、つまり、自己満足してしまった。
そして、そうなると、富豪になれるかどうかは宿命の問題もあるが、必要なものであれば、苦労せず豊富に得られるようにはなる。
だが、普通の人に出来る修行のほとんどは、念仏のように座ってやるもので、まあ、長くは続かず、成果は出ない。
この、念仏で悟りを開いた人も、実のところ、脳の欠陥のために、そんな修行が続けられたのだと私は思う。
そこにいくと、腕振り運動は継続し易く、念仏などの行に絶対に劣らない。
どこかの、困った新興宗教が。信者に「修行するぞ!修行するぞ!」と暗示をかけたが、あれは、「修行させられるぞ!修行させられるぞ!」ということだ。
それで言えば、念仏も、その他の宗教的修行も、似たところがある。
しかし、腕振り運動は宗教ではなく、教義もポリシーもない。
あくまで、自主的にやる者だけがやる。
ただ、成果は何もない無駄な努力に終わる可能性が高い。
それでもやるから良いのである。
とはいえ、それでは、欲深な現代人はやらないので、健t康面では優れているとは言えるのである。
しかし、岡田虎二郎の岡田式静坐法を、健康法とだけ捉え、岡田虎二郎死後、忘れられてしまったような愚を再び犯すべきでない。
どこかの宗教で、美少女が百人、イケメンが百人なら、腕振り運動は千万人以上なのである。








何でもいいから願いを叶える

名を聞けば、誰でも知っている有名な事業家、政治家、スポーツ選手、ミュージシャンらが使っている、高価な自己開発教材がある。
また、3日くらいで、百万円くらい必要なセミナーもある。
さらには、10日から20日くらいで、とんでもない費用がかかる自己実現トレーニングみたいなものもある。
それらの中には、評価が高く、それなりに歴史のあるものだってある。
ところが、そんな教材やセミナーで、何をするのかというと、目標設定なのである。
要するに、自分に相応しい目標を定めることが、いかに重要で、しかし、同時に、いかに難しいかということである。

世の中の大半の人間は、目標を持っていない。
いや、持っていると言う者もいるが、その目標を聞くことが出来れば、あまりの下らなさに驚く。
なぜ、そんな下らない目標を持つのかというと、学校、テレビ、さらには、会社で、おかしな訓練をされてしまったからだ。
つまり、我々は、子供の時から、目標を自分で考えるのではなく、誰かに与えられてきたのだ。
まだまともな子供が、学校が嫌いになる主な理由は、この、目標を与えられることだ。つまり、選択肢は、最初から決められている(しかも嫌な選択ばかり)のが耐えられないのである。
例えば、算数のテストが80点だったら、次は90点を取ろうなんて目標を与えられる。
そうやって訓練され、いつしか、与えられた目標を当然のように受け入れるロボット人間、つまり、奴隷が出来上がる。

中には、自分独自の目標を持っていると言う者、あるいは、自分ではそう思っている者もいる。
しかし、目標を与えられる訓練をされている者は、チャチな目標、あるいは、変な目標しか持てない。
例えば、資格を取るとか、女優になるとか、いい歳こいたオッサンが女子高生(あるいはもっと若い)の彼女を作るとか・・・

そして、学校やテレビに想像力を壊され、自分で目標を立てられない者が、高額なセミナーに行ったり、高価な教材を使っても、大半は駄目なのだ。
優秀なトレーナーがマンツーマンで長期間指導したって、ほとんどうまくいかないだろう。

今はもう知らない人が多くなったが、中国の世界的カンフー俳優だったブルース・リー(1940~1973)が、だいたいでこんな内容のメモを残していたらしい。
「私、ブルース・リーは、2千万ドルの財産を持ち、武道家として安らかに生きる」
つまり、彼の目標は2千万ドル(現在で約20憶円)と、武道家に専念することだったわけだ。
おそらく、彼も、何かの自己開発教材を使っていたのだと思うが、それは彼を幸福にしなかったのだ。
彼だけでなく、表向きはそれなりに成功している人々が、そういった自己開発教材を使っているおかげで、実際は非常に不幸なのだと思う。

ジョセフ・マーフィーの本の中で、マーフィーが講演で、
「何でもいいから、『私は〇〇だ』と言いなさい。その〇〇になるから」
と言ったのが良いと思う。
人間や宇宙は、「私は〇〇だ」と言えば、そうなるようなっている。
ただ、マーフィーらも、ほとんど書かないが、「心の中で、穏やかに丁寧に唱える」ことが大切だ。
そして、唱える内容は、もう本当に「何でもいい」。
上で述べた、資格を取る(例:「私は基本情報資格者だ」)、女優になる(例:「私は女優だ」「私は人気アイドルだ」)、女子高生の彼女を作る(例:「私は女子高生の彼氏だ」)でも良い。
唱え続けることが出来れば実現するが、ほとんどが続かない。
2日や3日、1回か2回唱えただけでは叶わない。
だが、意外と簡単に叶ってビックリすることだってある。例えば、給料を2倍にするとか、課長になるとかなら叶い易い。
ロクでもない目標は、唱えていたら、気が重くなったり、恥ずかしくなったり、自分が惨めになったりで、どうにも唱え続けられないものだ。
おそらく、ブルース・リーだって、あの目標は、あまり気持ち良くなかったと思うが、何かの教材に洗脳されたか、あるいは、彼は根性があり過ぎたので、唱え続けることが出来たが、それが不幸を呼んだのだと私は思う。
この、何でもいいから「私は〇〇だ」と言えというのは、『マーフィー世界一かんたんな自己実現法』に載っていたものだが、『マスターの教え』に簡単な説明がある。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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