ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

臨死体験

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

この世界は幻想だと実感した人達

『パワーかフォースか』の著者である精神科医のデヴィッド.R.ホーキンズは、少年時代に凍死寸前に追い込まれ、臨死体験をしたらしいが、それ以来、この世を仮のもの、夢のようなものだと感じるようになったらしい。
それで、戦争中、兵役に就いていた時に死の危険に直面しても、死への恐怖を感じなかったと言う。
さらに、精神科医であった38歳の時、病気で命が絶望的な状態になるも、神に全てを明け渡したら命は助かるが、それ以降、通常の意欲がなくなり、成功も名声もお金も、何の意味もなくなったと言う。
しかし、それから精神医として限りなく成功し、病院もどんどん大きくなっていったようだ。

要は、世界は夢のようなものであると見なし、全てに執着がなくなれば、魂の力が作用するのだろう。
イエスが言った「死ななければ生きることは出来ない」という意味がここに現れていると思う。
つまり、この世的には死ななければ、本当の生に目覚めることは出来ない。

ジョセフ・マーフィーも、重病の果てに、医者に死亡を宣告されたらしいが、自分はスピリット(霊)になって、自分の身体や他の人達を病室の上から見下ろしていたと言う。
それで、世界の真の様子が分かったが、それを論理化し、分かるように説明することはとても難しいのだと思う。
なんとか、普通の人に分かるように、一般的な言葉を使ってマーフィーの成功法則として教えたのだろう。
だが、元々、言葉や一般的概念でうまく説明出来ないことも多く、本を読むだけでは納得出来ない部分も多いに違いない。

それで、臨死体験とは言わないまでも、疑死体験を経験しておくと、この世のいろいろなことがもっと分かってくるし、引き寄せも簡単になる。
少し危険もあるので、嫌な感じがしたら無理をしてはならないが、呼吸を出来るだけ静かにすれば、物質世界から意識が離れ、高次の世界に入り込んでいく。
これをやると、時々、この世ならざる存在を見たり、不思議な音を聞いたりするが、それは単なる幻覚かもしれない。
そこで、そういったものに、あまり惑わされず、ひたすら静かな呼吸をすれば、意識が拡大するのを感じる。
いきなり長時間行わず、10分から20分程度から始め、安全に出来ると感じたら、少しずつ時間を伸ばしていくと良いだろう。
身体を健康に保ち、睡眠を十分に取って行わなければならない。
また、ホーキンズの本も読みながら行うと良いと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)パワーか、フォースか(デヴィッド・R・ホーキンズ)
(2)<わたし>(デヴィッド・R・ホーキンズ)
(3)自分に奇跡を起こす心の法則(ジョセフ・マーフィー)
(4)マーフィーの「超」能力(ジョセフ・マーフィー)

花の中のコッペリア
AIアート2221
「花の中のコッペリア」
Kay

死後の生があることがこれで分かる

死後の世界はあるだろうか?
あるいは、死後の生はあるだろうか?
これに関しては、「ある」と主張する側の論が駄目過ぎる。
死後の生の証拠とされるものは2つで、「臨死体験」と「前世の記憶」だ。
だが、臨死体験は、「ただの幻覚」と言われたらそれまでだ。
「いや、臨死体験者の報告が一致、あるいは、非常に似ている」という主張もあるが、実際はそれほど似ていない。
一方、前世の記憶に関しては、1つでも客観的に証明されれば大きな証拠になると思われる。
しかし、前世の記憶があると言われた者(多くが子供)の、その前世の記憶と、調査で得た事実では、実際はそれほど一致しておらず、捏造の報告も多い。前世の記憶とされる内容の正確性が高い場合でも、前世の記憶として語られた内容が、実は現世でたまたま知ったことだったとか、酷い場合には、調査と同時に教えられたという場合もあったようだ。

『青い鳥』で有名なモーリス・メーテルリンクが、死後の生について『死後の存続』(原題は『La Mort(死)』1913)で、自信たっぷりに死後の生があることを書いているが、説得力はなかったと思われる。

だが、死後の生があることは分かる。
たとえば、物凄く大きな望みがあり、「これさえ叶ったら死んでもいい」と本当に思う人は実際にいると思う。
これは、死後の生がなくては、出て来る発想ではない。
『フランダースの犬』で、ネロが最後にルーベンスの絵が見たいと思って大寺院に行くが、これは、その絵を見ることが出来たら死んでも良いという意味だ。
しかし、死んだら全て終わるのなら、そんな気持ちが起こるはずがない。
死後の生で満足感を味わいたいと思うから、特に死の直前に最高の気分を味わいたいのである。

安楽死についても同じである。
苦しまずに死にたいと思うのも、死後の生で、死に際に苦しんだことを憶えていると思うからだ。

最大の願いを叶え、
「これでもう思い残すことはない。安らかに死を待つ」
と、本当に思う人は・・・実はいない。
逆に、
「このままでは死んでも死にきれない」
と思う人は少なくない。

まだ叶わぬ大きな望みを持っているが、
「叶っても叶わなくてもどっちでもいい」
と思うと、死後の生が分かる・・・と言うより、生や死を超越する。つまり、生と死の区別がなくなる。
これは、本当の願いであるが、諦めたという時によく起こる神秘現象だ。
これが神になる秘法と言われている。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)臨死体験(上)(立花隆)
(2)前世を記憶する子どもたち(イアン・スティーヴンソン)
(3)[完全版]生きがいの創造(飯田史彦)
(4)フランダースの犬(マリー・ルイーズ ド・ラ・ラメー) ※無料

空と瞳の共鳴
AIアート1631
「空と瞳の共鳴」
Kay

特別な人間に共通する経験

成功したとか、偉業を成し遂げたというモノサシではなく、人間を超えたような、神と一体となったような、極めて神秘的な・・・そんな人間に共通する、ある経験が必ずある。
私は、以前は、それは「死の体験」だと思っていた。
臨死体験もそうなのであるが、特に臨死体験でなくても、死が間近に迫って来ることを感じたといったものも含む。

小説・アニメの話だが、『Another』という作品で、見崎鳴という特殊な少女が登場する。
まだ中学生の少女だが、とにかく、いつでも冷静で、教室内で担任教師が包丁で喉を切って自殺し、生徒達が叫び声を上げ、あるいは、ショックのために心神喪失する中、見崎鳴は、何も感じていないわけではないが、落ち着いて立っている。
彼女は、4歳の時に左目に悪い腫瘍が出来、手術をしたのだが、その際、死にかけた時のことをうっすら憶えているという。
その経験が、彼女を特別な精神の持ち主にしたのだと思える。

そして、精神が特別であれば、必ず特別な力を持つ特別な人間なのである。

ただ、必ずしも臨死体験がなくても、特別になった人もいる。
アメリカの世界的心理学者アブラハム・マズローは、「偉大な人間と、その他の人間との唯一の違いは、至高体験があるかないかだ」と言ったが、イギリスの作家コリン・ウィルソンは、至高体験は誰にでもあるありふれたことだと言い、後に、マズローもそれを確認し、同意することとなった。
だが、マズローは、着眼点は良かったのである。

至高体験とは、英語のPeek Experience(絶頂体験)を誰かが「至高体験」と翻訳し、それが定着したのだが、それは何かというと、「忘我」「没我」「無我」といったもので、世界と自分が一体になる体験だ。
今日よく言われるゾーンとかフローも、至高体験と同じか、かなり近いことなのだと思う。
「忘我」は英語でエクスタシーで、我々にも馴染みのある言葉だが、我々は極めて狭い意味で使っている。
「20世紀最大の詩人」と言われたアイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツは、芸術の目的はエクスタシーだと言った。
岡本太郎は「爆発」と言い、夏目漱石は「天賓」と言ったが、どれも同じである。
しかし、皆、その実体をちゃんと言い表すことが出来なかった。

至高体験も、エクスタシーも、爆発も、天賓も、皆、「今、この瞬間」に在る体験なのだ。
「今、この瞬間」のことを、日本では古来から「中今」と言う。
そして、特別な人間であるために重要なことは、単に、「中今にいない時間が、どれほど少ないか」である。
「中今」に時間はないので、本当は適切な言い方ではないが、分かり易く言えば、「どれほど多く中今に在るか」だけが問題なのである。

さて、最初の話に戻るが、特別な人間の共通点は、臨死体験ではなく、少なくとも一時期、何かをじっと観察したことだ。
なぜなら、自主的に、しっかりと観察すれば、自ずと、中今に在ることになるからだ。
塩田剛三は8年間、毎日、金魚を観察したらしい。1日、どのくらいの時間、観察したかは分からないが。
観察する期間の長さには、いろいろある。
関博士は、宇宙から来る電波をずっと観測していて、ある時、不意に精神が覚醒したのだが、どのくらいの期間かかったかは明かしていない。
ミルトン・エリクソンは、ポリオウイルスに感染し、目玉しか動かせなくなったが、その目玉で1日中、見えるものを観察した。これも期間は分からないが、数か月ではないかと思う。
特別な人間には、必ず、こんな経験がある。
そして、臨死体験の場合は、その経験の重さのためか、極めて短時間の観察で、精神が変容を起こす。
上の『Another』の見崎鳴の場合は、手術中のある時間だった。
ラマナ・マハルシの場合は、「死が忍び寄ってきた」と思えた時の数分の観察が、16歳のマハルシを偉大な聖者に変えた。

我々はもう、このことを知っているので、ただ、「今、この瞬間」に集中すれば(意識すれば)良いだけである。
「今、この瞬間」を意識することは「今今メソッド」と呼ばれていることは何度も述べたし、特にやり方というほどのものはないが、例となることを何度かご紹介した。
そして、今今メソッドは、やはり、何かを観察することだ。
最も効果があるのは、自分の思考や感情、あるいは、呼吸を観察することだと言われているが、何でも良い。
歩いている時には、歩いている自分を観察すれば良いし、食べているなら、食べている自分を観察すれば良い。

実は、引き寄せに成功する時というのは、自分では気付いていなくても、中今に在ることが多い時である。
だから、意図的に中今に在れば、自然と引き寄せが簡単に起こるのである。
スティーブ・ジョブズは、高校生の時、ラム・ダスの『ビー・ヒア・ナウ』を愛読したといい、生涯に渡る、強い影響を受けた。
ビー・ヒア・ナウ・・・今、ここにあれである。
実は、今に在るということは、ここに在ると同時に、宇宙全体に在ることであるが、それも、今、ここに在れば、自然に分かることである。
とにかく、中今に在るようにすれば、世界は意のままである。








死ぬか生きるか

理屈の上では、修復不可能な機械は無いが、全体があまりに壊れてしまった場合や、全体の中で極端に高価な部分、あるいは、最も重要な中枢部分を交換しなければ直らない場合は、直さない方が合理的という理由で直さない。
人間の場合、脳か心臓が活動停止した場合に修復不可能な死ということになるかもしれない。
一説ではあるが、顕在意識は脳に、潜在意識は胃の後ろの膵臓(すいぞう)に、そして、魂は心臓に宿ると考える人達がいる。
ただ、他の臓器であっても、他人のものを移植すると人間性が変わるということがあるらしい。
臓器にも重要な情報が存在するのかもしれないのである。
だから、臓器の移植を受けるということは、予想外に重いものを背負う可能性がある。
人間は複雑で神秘的な存在であり、論理的に解明することは極めて難しいと言われる。
論理的に解明するとは、デジタルとして捉えるということであるが、人間とか潜在意識とか魂をデジタルで解明出来る時は、いずれは来るだろうし、AIの発達によって、存外に早く達成されるかもしれない。だが、とにかく、今のところは謎が多い。
その謎の多い人間の力を、我々・・・と言うか、私は使えないものかと思っているのだ。
普通の人間は「制限モード」で動いていて、世界の中で1人で生きるのに十分なパワーが無いので、群れていなければならない。
大きな力を得たからといって、必ずしも孤独でいる必要はなく、そんな新しい人間の他者とのつながりは、今の社会で見られる様々なコミュニティーとは根本的に異なるだろう。

つまり、人間は自分にならないといけない。

痛いくらい強く結んだ手と手を
振りほどくようにさ 君は君になってゆく
~『Birthday』(作詞・作曲・編曲:びにゅP。歌:初音ミク)より~

この歌は、子が親の手から放れることのプラスとマイナスの感情を感じさせるが、大人である我々もこうでなければならない。
親が子の手を掴むのが執着なら、我々も執着を捨て、自分を解放しなければならない。
地獄少女の「いっぺん、死んでみる?」は面白い言葉だ。
なぜ面白いかというと、普通の人は、いっぺんも何も、死んだらおしまいと思っているからだ。
だが、賢者達は、死んでから本当に生きるのだと言う。
それとは少し違うのだけれど、臨死体験というのは、死の疑似体験として貴重なものをもたらすことがあるかもしれない。
念仏を1日何万回も唱えると、やがて自我は死んでしまう。
「私」に意思を向け続けると、私は私を葬ってしまう。
しかし、普通の人は、なかなかそこまでやれない。
だから、やりたいことをやりたいようにやることが一番だ。
本当に、自分になってそうする時、誰かが支払ってくれる。
宇宙はそんなシステムになっているらしい。
体験上、分かっている人も多いはずである。
まあ、あなたの悩みは、今の(嫌な)環境から抜け出せないことだろう。
それなら、死の準備をすることだ。それから好きなことをすると良い。
死ぬ瞬間に悔いを残さないように。









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人を変容させる死の体験の原理

何かのきっかけで、一瞬で違う人間に生まれ変わる体験をした人がいるのだろうと思う。
臨死体験をしたり、宇宙空間から地球を見たり、妻や夫や、あるいは、親しい友人が突然に亡くなったり、長期の断食をしている間に、何かこの世のものではない者の存在を感じ、一瞬で精神の変容を起こしたという話を、あなたも、どこかで聞いたり、何かで読んだことがあるかもしれない。
いろんなケースについて考えてみれば、本質的には、死を感じた時に、そんなことが起こっているような気がする。
宇宙空間に出た場合のことは、ちょっと見当が付かないのだが、惑星規模のとても大きな生命の存在を感じ、個人としての自分の死を感じるか、あるいは、そこでは、何らかの意味で死を体験するのかもしれない。それは、重力が弱まることと何かの関係があると思うのだが、はっきりとは分からない。

また、あまりに強い恐怖や絶望に襲われた時に自我が消え、死を感じたのが、それ以降は、なぜか気楽で幸福な人間になったということもあったように思う。
あるいは逆に、世俗的な意味ではないのだが、不思議な幸福感に包まれ、それから人生が一変してしまったり、その際に、不治の病が治ってしまったという話も聞いたことがある。まあ、本当か嘘かは分からないが。
そして、その不思議な幸福感というのは、自分が万物と一体化したような、忘我の状態であり、やはり、自我が消えた死の体験なのだと思う。

死の体験では、光に包まれるのを感じる。
その前に、深い闇を感じることはあるのだが、最後の瞬間には光が溢れるのを見るのだと思う。
闇を感じるというのは、自我が消失したことを表している。
自我が消えれば、我々は空っぽになる。
空っぽになった程度に応じて、そこに光が差し込んできて来るようだ。
もし、人が無になることができれば、光に満たされ、絶対的な幸福感と共に、絶対肯定の境地に達するに違いない。
たとえ、最初は恐怖や絶望を感じても、それによって自我が消失して無になれば、光が射し込んでくる。

その光に満ちた無の状態には、テクニックで至ることはできない。
何かに集中する瞑想や、マントラの繰り返しで、そうなることはできないのだ。
それはただ、日常の体験の中で、自分の心に注意を払っている時にのみ起こることだ。
そして、世俗的な欲望が叶えられた時には、そのようなことは起こらない。なぜなら、そんな時には、心は完全に外側に向いており、心自身に注意を向けない。
また、不幸な出来事が起こった時にも、やはり心は外側にある苦しみの対象に向くことが多い。しかし、苦しみや悲しみがあまりに大きく、しかも、心が別の何かに逃避しなかった時、心は、方向をぐるりと変えて、自分自身を見る。
その時に奇跡が起こるのである。

だが、急激な体験は、心が消えるのではなく、破壊されてしまうリスクを伴う。
普段から、自分の心を静かに観察するようにすれば、心が自己を観察することに慣れ、それに上達していき、いずれ変容は起こる。
そして、自己を観察するコツは、自分に対する先入観を捨てることだ。
つまり、自分を初めて見る人のように、自分の心を観察するのだ。
そうすれば、あなたの内に眩しい光が差し込み、それは全てを包み、あなたは、万物と自分の区別がつかない。
あなたは、万物と一体になっているのである。
その時、あなたは宇宙なのである。

なぜ、自分に対する先入観がなくなり、自分を初めて見る人のように見れば、心が消えるのだろう?
それは、以外に簡単な理屈だ。
例えば、車の運転を始めたばかりの頃は、心は運転に注意を払い、こわごわ運転しているのだが、それは楽しいことだ。
しかし、運転に慣れてしまえば、普通は、運転はそれほど楽しいものではない。
心が、あまり運転に注意を払わなくなってしまっているからだ。
しかし、新しい車を買ったり、好きな人とドライブをすれば、心は再び運転に注意を向け、それを楽しむのである。
普通の人は自分に飽きてしまっている。
しかし、自分を初めて見る人のように見れば、自分に新鮮な注意を払うことができるのである。
そして、それを本当の瞑想と言うのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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