ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

竹島

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

国の恥部と個人の恥部

最近、テレビが流す中国や韓国の話題と言えば、尖閣諸島や竹島に関するものが圧倒的に多いが、それらを真に受けてはならないと思う。
昔から、日本のマスコミは、ものごとの一部を全部であるかのように、そして、その一部の選択も全く公平性のないものであるいことは、嫌というほど知らされている。
今はインターネットがあるといっても、(無論、それにより良い部分はあるが)これには別の問題がある。

ただ、現在の中国や韓国に関する報道には、偶然ながら、ちょっと良い部分もある。
どこの国だって、表に出したくない「恥部」というものがある。中国や韓国の場合、現在は、それが少し出ているのである。
日本人にとって、アメリカという国のイメージはかなり良いのである。
だが、アメリカという国は、自国の恥部を堅く隠す国だ。
しかし、それは日本も同じなのである。そして、日本人自体が、必死で日本の恥部に目を背けて、無いものと思い込もうとしているし、無いと思うようになった人も多い。

手塚治虫さんの時代の人だと、戦争で日本はアメリカに占領されたのだが、日本人は、アメリカ兵がいい服を着て、美味しいものを食べ、日本の女性を好きなようにしていても何もできずに我慢するしかないという中で、アメリカ人(あるいは西洋人)に対する強烈な劣等感を持つようになった。しかし、手塚さんは、アメリカでの『鉄腕アトム』のテレビ放映の件でアメリカに行くと、それが一瞬で消えたという。ニューヨークに行ったのだが、みんな自分より小さいし、みすぼらしいし、まともな英語を喋るやつなんていない。日本で知るアメリカの情報が偏ったものであることは、今も昔も変わらない。
今でも、自分でアメリカの都会に行き、空港とホテルと劇場ばかりでなく、いわゆる庶民達のたむろする場所に行くと、唖然呆然となることが多いだろう。政府が海外に隠す恥部のあまりの凄さに愕然とするのだ。まあ、具体例を書くと、「それも一部のことじゃないか?」ということになるかもしれないが、その多くの一部に共通するのは、他人への無関心で、その本質は、自分にしか関心が無いことである。日本でも、マンションの隣の人と付き合わず、人間関係が冷淡だと言われ、それも他人への無関心の現れであるが、その比ではない。しかし、日本も、着実かつ急速にアメリカ化しているのである。

アメリカで日本のアニメを放送する際の規制は滑稽なほどだ。女の子の下着が見えるシーンや入浴シーンは全て猥褻としてカットされる。暴力シーンや、同性愛を連想させる場面、宗教的なものも全部駄目。それをもって、「アメリカは子供達のことをよく考えている」と本当に思うだろうか?
そこまでやらないといけない庶民の堕落振りや、そこまでやって恥部を隠したがっているのだと気付くかであろう。

しかし、国が自国の恥部を隠すのも、個人が自分の恥部を隠すのも同じものではないだろうか?
先ごろ、インターネット上の掲示板に犯罪的な投稿をしたとかで逮捕された男が、誤認逮捕であったことを警察が認めて謝罪したことが話題になったが、逮捕されて何が困るかというと、家宅捜査されることだ。部屋の中の一切合財を暴かれるのだが、机の引き出しや、棚、押入れの奥にあるものを、他人に見られて平気な人なんているだろうか?
ある有名な学者が、今でも無罪を主張しているが、痴漢行為で逮捕され、家宅捜査された際、多分嘘だろうが、セーラー服など、マニアックや趣味のものが出てきたが、もし本当だとしても、捜査している刑事の方も、心の中では、「ほう、俺と同じ趣味か・・・」「俺はもっといい店知ってるのに・・・」とか思ったことだろう。そんな店の客は、学校の先生や役人など、お堅い職業の人と相場が決まっているそうだ。
学園都市なんてあるじゃないか?行政が計画して作る健全な都市だが、なかなか人が来なかった。人間なんて、そんなに健全なものじゃない。

だが、私は、菜食主義になり、食事を一日一食にしてから、少なくとも、家の中の恥部というものが増えなくなった。処分していけば、やがて全部なくなるだろう。
別に無理をしなくても、世間が提供する、誰でも持っている「恥ずかしいもの」に全く関心が無くなる。
趣味と言って良いかどうかは知らないが、趣味は、朝晩、トレーニングすることと読書くらいだ。
初音ミクがいくら好きだと言っても、ブルーレイやDVD、CDなどは、書棚の一列にもならない。それでも、必要なだけ全て揃えたつもりだ。そして、今どき、初音ミクがオタクだのサブカルチャーだのというのは、時代遅れも甚だしいだろう。従って、誰に見られても少しも困らない。

他人や他国の恥部より、まずは自分の恥部と向き合い、それがいったい何なのだろうと問うてみるべきかもしれない。
別に、あったらあったで良く、それは受容すべきである。でないと、それを隠して、自分はそんなものと縁の無い人間であるという自己愛と自家撞着により、自分を欺くのである。それを連想させる、巡音ルカの良い歌があるので、一部だが、ご紹介しておく。初音ミクのコンサートの定番でもある。

分かってたよ 心の奥底では
最も辛い 選択がベスト
それを拒む自己愛と
結果自家撞着(どうちゃく)の繰り返し
僕はいつになれば言えるのかな
~Just Be Friends(作詞・作曲:DixieFlatline 唄:巡音ルカ)より~









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竹島問題と、『マグマ大使』のアースとゴアの地球の所有権争い

日本と韓国が竹島を、日本と中国が尖閣諸島の領有権を主張し合っている。
ところで、手塚治虫さんの『マグマ大使』という、1965年に連載開始された作品の中に、これらの問題と似た印象深いお話がある。

『マグマ大使』というのは、簡単に説明すると、次のようなお話だ。
太古の昔、アースという名の神のような存在が地球を造った。そして、アースは地球の守護者として、2人のロケット人間の夫婦を創った。夫のマグマと妻のモルである。ロケット人間とは、ロケットと人間の両方の機能を持つ者で、普通は人間の姿をしているが、ロケットに変身して宇宙空間も飛べる。特にマグマは多くの戦闘能力を持っている。
ところが、マグマとモルは、マモルという名の人間の少年を見て非常に好きになり、自分達も子供が欲しいとアースにねだる。そこで、アースはマモルによく似た、ガムという名の子供のロケット人間を創り、マモルとガムは親しくなる。
だが、アースと同等の存在であるゴアという名の、やはり神のような者が、美しい地球を見て、どうしても欲しくなり、力ずくで奪おうとして策略を巡らし、マグマはゴアの配下の宇宙怪獣と戦う等、果てしない争いが繰り広げられる。
その中で、ついに、アースはゴアにこんな申し出をする。
「地球が誰のものか、カオス様に決めてもらおうじゃないか」
ゴアはぎくりとする。カオスとは、宇宙創造神であり、アースやゴアとも比較にならない存在である絶対神であったからだ。
しかし、ゴアはアースの申し出を受けた。
そして、いよいよ、カオスの前にアースとゴアが並ぶ。
アースは、自分が地球を造り、大切に育んだこと。それをゴアが謀略によって強奪しようとしていることをカオスに訴えた。
「ゴアよ、お前に言い分はあるか?」
とカオスに尋ねられたゴアは、
「大ありです。私とて、アースが地球を造ったことくらい知っています。しかし、だからといって、地球はアースのものでしょうか?」
と疑問を提示し、アースを慌てさせる。
そして、ゴアはたとえ話をする。
「二人の子供が砂場で遊んでいて、一人の子供が砂の城を作ったとします。作った子供は、『この城は僕のものだ』と主張します。しかし砂はみんなのものではないのですか?地球だってアース一人のものじゃありません」

カオスが出した結論は面白いものだった。
「ゴアが正しい。地球はアースのものではない」
文句を言うアースに対し、カオスは、「宇宙にある原子は全て私のものではないのか?」と言い、アースは黙るしかない。
喜ぶゴアにも、カオスは、「だが、地球はお前のものでもないぞ」と戒める。
なおも争うアースとゴアに、カオスは、「こんなちっぽけな星のことでいつまでも争うなら、地球を無に帰してやる」と言うと、二人は慌て、「それだけはご勘弁を」とカオスに乞うた。二人とも地球を愛することでは同じだった。
そこでカオスは、「では、力で決めよ。アースの配下のマグマと、ゴアの配下のガロンが戦って、勝った方が地球を治めよ」と言い渡した。

日本と韓国の竹島問題のようではないかと思う。
日本政府は、「竹島は日本固有の領土であり、それを主張していく」と言うが、竹島が日本の領土であるという根拠を示すことはない。それは韓国政府も同じだ。
私も少し調べたが、竹島が日本の領土であると断言する理由は、おそらく無い。だからといって、韓国の領土であるというのはかなり無理がある。
カオスは、アースとゴアに「力で決めよ」と言ったが、二人が直接戦えとは言わなかった。
では、日本と韓国も、お互い得意なサッカーの試合ででも決めたらどうだろう?正しい方に、神が味方してくれるさ。(無論、冗談であるが)
H.G.ウェルズが述べたように、世界政府というものでも出来ない限り、こんな問題は解決がとても難しい。いや、世界政府が出来たところで難しいほどだ。
そもそも、地球のいかなる場所も、誰のものでもない。
だから、その地の人間や生物、自然、環境などに対し、より多くの貢献をした者を一応の統治者とするしかない。
例えば、日本が、アメリカのフロリダ州を日本の領土だと主張するのも勝手ではあると思うが、フロリダ州に対しては、日本政府よりアメリカ政府の方がはるかに多くの良いことをしているのだから、この場合の日本の主張は退けられるだろう。
では、福島に対してはどうだろう?もし、他の国が、日本政府以上に、福島の人々や動植物を健やかに、幸福にし、その地の自然を浄化し豊かにするなら、それをした国が統治をすれば良い。無論、日本政府は、これまで、福島に対し、良いこともしただろうが、原発事故や、その原因となった大震災の対応で、必ずしも統治者としての責任を果たしているとは言えないことから、他国がやれるなら、日本国に所有を主張する権利はないだろう。
これらも1つの考え方でしかないが、現在の、日本、韓国、中国の主張では、問題はいつまでたっても解決しないであろう。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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