ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

童話

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

精神に変革が起こるお話

『The Magic Story』という本がある。
翻訳書では、『マジック・ストーリー』『人生を変える魔法の物語』があったが、昨年(2024年)9月、『奇跡を起こす『魔法の物語』』が出版されたようだ。
私は、優れた翻訳家である高橋璃子(たかはしりこ)さんが翻訳し、電子書籍(Kindle)のみの出版だった『人生を変える魔法の物語』の訳が気に入っていたが、この電子書籍がなぜか販売中止になっている。
『奇跡を起こす『魔法の物語』』は私は未読だ。
『マジック・ストーリー』は絶版だ。なぜ、こんないい本が絶版なのかと思うが、要は売れなかったのだろう。
何度か言ったが、本当に良い引き寄せの本は売れない。特に日本では。その理由も何度か書いたが、今回は割愛する。

これはどんな本なのかというと、ある古い、10分もあれば読める短いお話を、一度読む、あるいは、聞いたら、たちまち精神に変革が起こり、成功者になるという、おとぎ話のような、魔法の杖のようなお話だ。
あくまで、フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ(作家、弁護士)という人の創作ではあると思うが、ただの作り話ではない何かがあると思う。
それに、そんな効果をもたらす文章を書くことは可能と思う。書き手に余程の知恵と文才が備わっていればだが。

ただ、童話の中には、そのような、読めば精神に変革が起こるお話は沢山あるが、それで気付くのだが、読者次第というところもある。
よく知られているもので言えば『シンデレラ(サンドリヨン、灰かぶり姫)』(グリム版、ペロー版がある)がそうだ。
また、とても短いお話である『星の銀貨』もそうだが、このお話は、元々は1行で書けるほど短かったものに、グリム兄弟が文を付け足している。だが、グリム兄弟は、良い創作をしたと思う。
教訓としての知恵を学ぶなら、イソップが良いが、深くに隠された神秘的英知に関しては、伝承で伝えられたお話を取り上げたグリムやペローの童話の中に良いものが多い。
それで、世界的な心理学者の河合隼雄さんも、グリムなどの昔話に注目したが、河合さんは人間の成長のような面で語っていると思う。

童話・・・特に、よく知られている『シンデレラ』『星の銀貨』『白雪姫』を注意深く読み返してみると、精神の変革を得られるかもしれない。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)グリム童話 赤ずきんちゃん・白雪姫他(楠山正雄訳) ※良作の宝庫。99円
(2)ペロー童話集(江口清訳)※こちらも良作・良訳
(3)目で見るグリム童話 ※かなりお薦め
(4)奇跡を起こす『魔法の物語』(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)
(5)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)
(6)昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (河合隼雄)

花と交わる
AIアート1443
「花と交わる」
Kay

夢の世界に馴染むには

夢の中で飛行機や宇宙船の操縦をすることがあるかもしれないが、多くの場合、ごく当たり前に操縦する。
操縦の仕方の偽りの記憶が与えられていると言って良いだろう。
夢の中で、現実世界と同じような家に住んでいることはむしろ珍しく、初めて見る家に住んでいるのだが、そこに居るのが当たり前のように感じるはずだ。
一方、現実世界で、目覚めたら普通にキッチンに行ってコーヒーを入れたり、テーブルに座ったり、テレビを付けたりするが、それらは全て、初めて目にし、初めて触るものかもしれない。
いや、間違いなく、初めて目にし、初めて触るものなのだ。
つまり、偽りの記憶によって、不自然さを感じないのである。

夢も現実も、一瞬一瞬、作られるもので、その意味では、両者に違いはない。
ある意味、夢も現実も、偽りの世界で、今流に言えば仮想世界だ(この「今流」という認識も偽物だが)。
そして、偽りの世界に対する真実の世界が存在するが、夢の方が真実の世界にずっと近いのである。
見ることも聴くことも出来なかったヘレン・ケラーは、そのことに簡単に気付き、真実の世界の方を、プラトン哲学に基づいて「イデアの世界」と呼び、五感で感じる現実世界を「幻想の世界」と呼んだ。
まあ、ヘレン・ケラーという人物が、そんなことを言ったというのも、我々の幻想なのであるが、イデアの世界から送られてきた情報を基にした幻想であるところが、普通の幻想とは違う。

私が中学生の時、以前見たテレビドラマの、ある回のある場面を思い出し、それをもう一度見たいと思った。
そして、当たり前のようにテレビを付けて、テレビを見ていたら、そのテレビドラマのその回が放送された。
このことは、このブログでも何度も書いたが、私は、二十歳くらいまでは、そんなことを時々行っていたのである。
こんな「夢のようなこと」が、他にもいろいろ出来たし、本当は、どんなことだって出来たのだろう。
それが、固定観念を持つに従って出来なくなったのである。
ピタゴラスではないが、私は中学1年の時の夏、風呂に入っていた時、「固定観念を消せば時間移動も出来る」と気付いて興奮したものである。

そんなわけで、固定観念を消せば、世界を自由自在に作り変えることが出来る。それも瞬時に。
だが、あまりに自由になれば面白くないのだと思う。
それで、ある程度の制約があった方が良いのかもしれない。
ちなみに、固定観念が増えると老化する。
ピーターパンは、固定観念を持たない人間の象徴だ(後で言うが、ディズニーのピーターパンはそうではない)。

では、どうすれば固定観念を消せるのかというと、童話を読むに限る。
童話の世界は夢の世界だ。
ところで、童話は伝承として伝わったものであるが、アンデルセン童話は、アンデルセンという個人が書いたものだ。
しかし、アンデルセンは夢の世界に住んでいた人なので、彼が書いた童話も十分に有益だ。
一方で、ディズニーアニメやディズニー映画は、固定観念を作るための偽物の童話なので見てはならない・・・まあ、個人的意見であるが、確信している。
ディズニーランドは夢の世界ではなく、金と欲の世界である。まあ、彼らの金と欲への熱情的な崇拝は、ある意味、感心するのではあるが。

尚、童話も、多少古い翻訳が良いかもしれない。
昔の日本は夢に近かったのだからだ。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)ペロー童話集(江口清訳)
(2)初版グリム童話集1 (白水Uブックス)
(3)アンデルセン童話集 1(完訳) (大畑末吉訳)
(4)アンデルセン童話集(上)(山室静訳)
(5)現代語訳 古事記(福永武彦訳)
(6)超訳 古事記(鎌田東二訳)

フェアリー
AIアート1308
「フェアリー」
Kay

サンタの嘘は早くばらせ

「子供だまし」なんて言葉があるが、子供は、騙したつもりでもなかなか騙されないし、また、本当に本当のことだが、騙してはいけない。
『涼宮ハルヒの憂鬱』から始まる『涼宮ハルヒ』シリーズと言われるヒット小説があるが、この小説の始まりは、高校に入学した男子であるキョンが、
「サンタをいつまで信じていたか?」
と語るところから始まる。
キョンはこれを「どーでもいい話だが」と前置きしてから語り始めるが、どうでも良くない。
サンタこそ、犯罪的子供だましであると私は思う。
幸い、キョンは、「実のところ、最初から信じていなかった」と言う。
賢い子供だ。
一方、私はというと、サンタを信じていた。
私が、サンタは本当はいないと知ったのは、幼稚園に行く通園バスを待っている時、1人の男の子に、
「サンタは本当はいない。プレゼントを持ってくるのは親」
と言われた時だった。
そう言った男の子の思いつめたような顔をよく憶えているし、その時の自分のショックも憶えている。
だが、ショックではあったが、私だって、少なくとも、薄々は気付いていたのだ。
サンタを信じている子供に真実をばらしてはいけないと思っている人は多いかもしれない。
ところが、サンタを信じている子に本当のことを言うと、その子はショックを受けるかもしれないが、複雑な表情をすることが多い。それはやはり、その子も、サンタが本当は実在しないことを、薄々と、あるいは、本当のところははっきりと気付いていたからだ。

キョンはサンタを馬鹿にしていたが、彼は本当に賢い。彼は小説の中では凡人ということになっているが、それは絶対ない。彼はかなりの大物だ。彼は元々、高IQだったのだが、サンタを信じさせない家庭環境が彼を高IQにしたのかもしれない。
あくまで子供時点でだが、サンタを早く信じない子供ほどIQが高いのである。
ちなみに、私がなぜ、実際はサンタを疑っていたのかというと、親がサンタにプレゼントのリクエストをしたという話が噓臭かったからだ。

サンタの話は有害だ。
あれは、コカ・コーラ社が商売のために考案したもので、子供の精神を害することなど全く配慮せずに広めたものだ。
そして、IQが低い大人達が平気で、子供の頭を悪くすることに協力したのである。
と私は思うのだが。

『赤い鳥小鳥』という童謡をご存じと思う。

赤い鳥 小鳥
なぜなぜ赤い
赤い実を食べた

から始まり、白い鳥、青い鳥も同様であると歌う。
大正時代に、なんとあの北原白秋が書いた詩だ。
幼稚園時代のキョンなら、この歌を聞いたら、「そんなアホな!」と言いそうだ。
残念ながら私は、「え?本当?」という奇妙な感情は感じたが、嘘だと否定するには至らなかった。
何も感じなかったら、その時点ではIQが低い。そして、この歌を聞くことでさらに低くなる。

これらのような、子供を騙す悪い嘘が蔓延し、子供の頭を駄目にしている。
レコード、カセットテープ、CD、インターネット用デバイスとメディアは変わったが、それらが普及した昭和30年代あたりから、子供のIQは下がっている。
これらを一緒に聞くような賢い親であれば良いが、多くの馬鹿な親は子供に聞かせっぱなしなのだろうし、今は、子供が何をしていようが親はスマホを見ているのだろう。親のIQも低いが、子供のIQもますます下がる。

私は、幼稚園の紙芝居でこんなものを見た。
(現代の小説『変態王子と笑わない猫。』で紙芝居の話があったので、今も紙芝居はあるのかもしれないが)
その紙芝居の中で、宝物を地中に隠した男が、隠し場所が分かる目印を決めるため周囲を見たら、空に白い雲があったので、目印を「白い雲の下」と決める。
超アホなやつである。
そして後日、宝物を掘りに行ったが、雲が沢山出ていて、「彼にはどの雲か分かりません」と語られる。
子供の脳を破壊するにもほどがある極悪犯罪級のお話である。
まず、賢い子供なら、雲が一時的にも目印にならないことが分かる(私は疑問に思っただけだが)。
そんな賢い子供の知能すら引き落としかねない。
そして、後日、沢山の雲がある状況に対し、そのアホな男が「どの雲か分からないや」と言ったのならともかく、語り手が「彼にはどの雲か分かりませんでした」と・・・よくもしらふで言えたものである。
これには、幼稚園の時の私も呆れたものだったが、私より頭が悪い子供もいて、そんな子供の脳を修復不能なほど恐しかねない。

妖精
AIアート418
「妖精」
Kay


童話やおとぎ話(正確には、日本の童話のことをおとぎ話と言う)、あるいは、怪異譚(かいいたん。おおよそ怪談のこと)が悪いと言うのではない。これらは、子供の想像力を育てる良いものである。
しかし、闇の勢力(一応、こう言う)は、子供の脳を破壊するためのお話を、良い童話の中に巧みに滑り込ませて普及させているのである。
また、悪意のない童話の中にも、害のある話は少なくない。
私は、高校生の時、いい年をして童話を読み直し、自分で誤った観念を修正したので、少しはマシな脳になったように思う。
この作業をしてこそ、童話や昔話が知恵になる。私はそう思う。








黒魔術的引き寄せに近寄らない

「悪が栄えたためしはない」とは言うが、悪がかなり長く栄えることもある。
ナチス・ドイツだって十数年は続いたし、大国のマフィア的なものとなると、完全に悪と言えるかどうかは分からないが、数百年以上続いているものもある。
ヒトラーは、彼が何と呼んでいたかは知らないが、やはり、引き寄せの高度なテクニックを用いていた。
だが、それは邪悪な手法、つまり、黒魔術だった。
黒魔術というのは、安易な方法で、確実に、心のエネルギーを起こして、それで世界を書き換える技術で、手段を選ばない。
最も邪悪なものであるが、「殺しの味は忘れられない」と言うように、生贄の儀式は、少し慣れると、大きな狂喜のエネルギーが確実に起こり、これを利用した引き寄せは、邪悪ながら強力である。
あるいは、黒魔術系と思われる宗教の秘術の中には、かなりどぎつい性的儀式があるのも、同じ理由(確実に心のエネルギーが湧き起こる)からである。
それ(黒魔術的性的儀式)には、若い美男や美女を使うが、高級なものになると、美少年や美少女を使う。
それは、単に、性的満足のためではなく、魔術の力を得るために行うのである。
もちろん、そのような、邪悪な道に入れば、心がどんどん闇に浸食され、たとえ形は人間の形態を留めていても、人間とは言えないし、いずれは、人間らしい姿を保てなくなる。

一方、正当な引き寄せは、全ての人間が行使する権利を持つ神の力を使うのであり、いくら使っても良いが、使うためには、ある程度の条件がある。
その条件とは、健全な方法で、心のエネルギーを取り出すための状態である。
それ(心のエネルギーを引き出す状態)は、子供なら普通そうであるという部分もあるが、強力なものでは、高い志を持った大人にしかない部分が多いのである。
その状態を言葉で言えば、「愛に満ちた状態」なのであるが、ほとんどが自己に向かう子供の愛より、他者に向かう大人の愛の方がずっと大きいのである。
だから、愛する者がいない大人は、あまり大した引き寄せが出来ないのである。
とはいえ、安楽に過ごす程度の引き寄せは出来るのであるが、それでは人生の満足は得られない。
それで、白魔術のグルの中には、「何でもいいから愛しなさい」と言う人もいる。
例えば、絵画や彫刻や音楽や武術や初音ミクさんなどである。
それらを、高貴に愛するべきである。

今の時代は、病気というのではなく、家庭や学校やマスコミによる(悪い)影響で発達障害を起こし、例えば10歳くらいの精神のまま大人になった者が多い。
そのような者は、本来、大きな引き寄せは出来ないのであるが、そんな者が間違って黒魔術に長けてしまうと、富豪や権力者になってしまうこともあるので恐ろしいのである。
おそらく、ヒトラーもそうだったのではないかと思うが、よく解らない。

黒魔術は、儀式的な手順が快楽的だし、確実に力を得られるので、安易にのめり込む者がいるが、それは悪魔の奴隷になるようなもので、惨めなんてものではない哀れな状態になるので、決して、その道に行ってはならない。
とはいえ、心の弱い者は、その魅力に抗えないので、出来るだけ心を鍛えておかないといけないし、子供の心が自然に強くなるようにしてあげないといけない。
白魔術の道を行くには、本当に美しいもの、高貴なもの、優れたものへの憧れや敬意を持つことだ。
邪なものへの傾倒は防がねばならない。薄汚い快楽に耽溺すると、たちまち悪魔が誘いをかけてくるだろう。
童話や神話は、普通は良い影響があるものだが、童話を邪悪に解釈したもの、あるいは、実際に邪悪な童話や神話にも注意しなければならない。
確かに、グリムには、多少なのであるが、黒が混じっているかもしれない。あくまで多少と思うが。
そういえば、フランスの天才画家ギュスターヴ・ドレは、グリムを知らないことはないと思うが、ペロー童話の方ばかり描いている。
元々、ドレは、聖書とダンテの『神曲(原題:神聖なる喜劇)』を描くために画家になったのであるが、この両者も、光の道が描かれている。
聖書や神曲を愛読する黒魔術師などいないものであるが、ペローやイソップの童話もそうである。

是非、白魔術的な引き寄せの力を得るように。
ラマナ・マハルシ等のインドの聖者には、「何でも出来るけど何もしない」透明魔術(無色透明魔術)の系統の人が多いが、これはこれで幸せなのである。








かつて日本が強かった訳

30年以上前、日本経済は強く、世界中で「経済の覇者は日本」と認識されていた。
まあ、その割には、一般国民が貧しいし、大会社の社長もアメリカのような超豪華とは程遠いことが世界を驚かせてはいたが、まあ、それは置いておく。
日本の経済が強い時には、日本に対するイメージが悪い場合が多かった。
うまくいっているやつ、特に、儲かっているやつは恨まれるものだ。
それで、日本がなぜ強いかについて、宮本武蔵の『五輪書』に、「意表を突け」と書いてあることを引き合いに出し、
「これだ!日本のビジネスは『五輪書』の精神を活かしているんだ」
などと、とんでもないことが言われることもあった。
(武蔵は確かに、正々堂々の戦いを説いた訳ではないが、武蔵の戦いはスポーツではなく、生きるか死ぬかの戦い、つまり、戦争なのであり、戦争で意表を突くのは当たり前である)

一方で、日本の強さは「勤勉」であると、素直に認める外国の人も多かった。
それがかなり当たっていたと思う。
今の日本人は、格好はともかく、中身は勤勉ではない。

ところで、日本かアメリカか、他のどの国かに関わらず、幸福の秘訣は全て、童話に描かれている。
その中でも、日本の『舌切り雀』は素晴らしく、親切であること、正直であること、そして、親切で正直なおじいさんが、雀に、プレゼントの、大きな箱と小さな箱のどちらを選択するかと聞かれ、おじいさんは、小さな箱を選ぶことで「欲張らない」という最高の美徳を示した。
一頃のアメリカ人や、今の日本人なら、「両方いただいてもいいかね?」と言いかねない(笑)。
西洋には『金のオノ、銀のオノ』という、正直さを褒めるお話があるが、似たお話は世界中にある。
そして、かつての日本の強さの要因であった「勤勉」については、『シンデレラ(サンドリヨン、灰かぶり)』にこそあったのである。
若い女の子が、毎日、灰にまみれて懸命に働いたからこそ、彼女は幸福を掴めたのである。

ところで、私は、たまたま『プリパラ』という2014年開始のアニメの第1話を見たが、これが印象的だった。
真中らぁらという名の小学5年生の女の子が、急ぎの用事がある中で、街中で貴重なものが入ったバッグの落とし物を拾うが、それが、「早く届けてあげる必要がある」ことや「落とし主がいる場所の手がかり」が分かってしまう。
そこで、らぁらは、面倒や労力を厭わず、それを、持ち主のみれぃに届ける。
だが、実は、みれぃは、こんな親切な子を見つけるために、わざとそれを落としたのであり、みれぃはらぁらに、自分とペアでアイドルオーディションで歌うよう要請する。それがきっかけで、らぁらはアイドルの道に入る。
それで思い出したのが、ペロー童話の『仙女たち』というお話だ。
母親と姉がいじわるで、いつもこき使われているという、シンデレラと似た境遇の女の子がいた。
長い道を、毎日、大きな水がめで水を運んでこないといけなかった。しかも、急いでやらないといけないという中で、女の子は、喉が渇いたというお婆さんに出会う。
優しい女の子は、水がめをきれいに洗い、水を入れ、自分が手で持って支えながら、お婆さんに水を飲ませてあげる。
ところが実は、おばあさんは仙女(仙人の女性)で、このような優しい女の子を探していたのであり、女の子に幸福な魔法を授ける。

笑われるかもしれないが、童話に書かれたようなシンプルな教えが幸運の秘訣なのである。
また、童話には、秘法的な成功の秘訣が隠されていることも多い。
とはいえ、秘法もまた、親切、正直、勤勉があってこそである。
それがなければ、引き寄せなんて出来ないと思う。
そこで、特に、ペローやイソップを読み返すと良いと思う。
ついでに言えば、命がけの戦いでは『五輪書』の精神は、やはり役に立つだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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