ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

空海

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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ブッダになるということ

私が人生の指針書、引き寄せの極意書としているのが、ひろさちやさん(1936~2022)の『空海入門』だ。
ひろさちやさん流の空海の密教を一言で言うなら「ゴールからスタートする」だ。
つまり、ブッダ(仏陀)になりたいなら、ブッダになるのである。
ひろさちやさんは、そのことをこう言う。
ブッダらしく歩き、ブッダらしく話し、ブッダらしくメシを食い、ブッダらしくクソをする。
だが、当時(1984年)、ひろさちやさんは誤解をしていたと思う。いや、今も人類は誤解しているのだが。
それは「ブッダになるとしても、ブッダらしくする必要はない」ということだ。
ひろさんの「ブッダとして生きる」は正しい。
しかし、大切なことは「ブッダとして生きる」ことだけで「ブッダらしくする」「ブッダらしく振る舞う」必要はないし、してはいけない。
ブッダとして普通に生きれば良いのだ。

たとえば、『空海入門』に、こんな話がある。
空海が、遣唐使の1人として(最澄もそうだった)船に乗っていた時、当時は唐(中国)まで無事に行ける可能性は低かったので、皆不安で青くなっていた。
だが、空海は「ブッダである俺が唐に着くのは当たり前。次は天竺(インド)に行こうかのう」と超然、悠然としていたはずだと。
そんなことはないのだ。
ブッダになったとしても、皆と一緒に「本当に難破しないかなあ。恐いなあ」とビクビクすればいいのだ。
空海だって、震えていたに違いないのだ。
ブッダとしてぶるぶる震えていれば良いのだ。
だが、ブッダなんだから、やがて落ち着くだろうが、無理に落ち着く必要はない。勝手に落ち着くのだ。

億万長者は、億万長者らしくしようとは思っていない。
単に、自分が億万長者だと分かっているだけだ。
言い換えれば、自分が億万長者であることを憶えているのだ。
思い出したり、確認する必要もない。
最初に一度「億万長者の私」と思えば良い。

ニサルガダッタ・マハラジは、師に「あなたは神だ」と言われたことを憶えていただけで、修行は一切せずに悟りを開いたという。
マハラジは、師にそう言われた時に神になったのだ。
調整に7年ほどかかったようだが、それは自然に自動的に行われる。
神になるのすら、現実に現れるのに7年だ。大抵のことは一瞬である。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)空海入門(ひろさちや。中公文庫)
(2)空海入門(ひろさちや。祥伝社ノン・ブック)
(3)アイ アム ザット 私は在る ~ニサルガダッタ マハラジとの対話~

軽やかな朝
AIアート2108
「軽やかな朝」
Kay

私が選ぶNo.1引き寄せ書

私の個人的な引き寄せ書No.1は、ずっと昔から、ひろさちやさんの『空海入門』だ。
だが、この本は、あくまで空海の評論であって、引き寄せの本ではない。
しかし、これほど、引き寄せの核心を掴み、さらに引き寄せを実戦的に書いた本を、私は他に知らない。
ひろさちやさんは、数百冊の著書があり、この『空海入門』は、特にひろさちやさんの代表作というわけでもない、若い頃の本である。
祥伝社「NON BOOK」での初版が1974年で、現在も中公文庫でロングセラーを続けている。
実際、この本は神がかっている・・・いや、仏がかっていると思う。
まるで空海がひろさちやさんに乗り移ったかのようだ。

この本の表紙に、2人の人物が推薦文を書いている。
1人は、ジョセフ・マーフィーを日本に紹介し、大島淳一のペンネームでマーフィーの代表作『眠りながら成功する』『眠りながら巨富を得る』を翻訳した渡部昇一(哲学博士。上智大名誉教授)さんだ。
もう1人は、海外のIQを高めるノウハウ書を多数翻訳し、私も利用させていただいた渡辺茂(工学博士。東大名誉教授)さんだ。

1つ、空海の引き寄せというか「ブッダ・パワー」を紹介しよう。
空海は遣唐使として中国に渡っている。
当時の技術的に欠陥の多い船での中国渡航は、失敗、つまり、沈没して海の泡になるのが当たり前というレベルで、何隻もの遣唐使船団の乗員は皆、不安に怯える中、あくまでひろさちやさんの想像であるが、空海は超然としていた。
なぜか?
これもひろさちやさんの想像ではあるのだが、空海は既に「次はインド」と考えていたからだ。
次はインドに行こうとする者にとって、中国に着けるのは当たり前で、空海には何の不安もなかった。
これだ!
ひろさちやさんは、こんな喩えを述べている。
悟りを開いてブッタになることを富士山の頂上に登ることに喩えると、普通の仏教(顕教)は、麓から一歩ずつ頑張って昇っていくやり方だ。
しかし、空海の仏教(密教)では、ヘリコプターで一気に富士山の頂上に達し、見晴らしを味わうのである。
では、ブッダになるためにはどうすれば良いか?
ブッダになりきる・・・もっと卑俗な言い方をするなら、「ブッダの真似をすれば良い」のである。
ブッダらしく話し、ブッダらしくメシを食い、ブッダらしくクソをし(ひろさんが書いたのだ)、ブッダらしくエッチする(これはひろさんは書いていない)のである。
ここで私の秘法を言うなら(聞かれてないが)、ブッダらしく呼吸し、ブッダらしく笑うのである。
どんな呼吸の仕方や笑い方がブッダらしいかは、自分の判断でよろしい。
分かるはずである。我々は元々ブッダであるのだから。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)空海入門(ひろさちや) ※中公文庫
(2)空海入門(ひろさちや) ※NON BOOK
(3)眠りながら成功する(ジョセフ・マーフィー。大島淳一訳)
(4)眠りながら巨富を得る(ジョセフ・マーフィー。大島淳一訳)
(5)頭脳がよくなる!(ウィン・ウェンガー。渡辺茂訳)
(6)頭脳を鍛える(ドロシー・コリガン。渡辺茂訳)

ある乙女の肖像
AIアート1116
「ある乙女の肖像」
Kay

神化の条件

思考を消して神化、超人化した面白い話をする。
空海や宮本武蔵がやったと言われるもので、単に、崖の上から飛び降りるというものだ。
もちろん、言うまでもなく、普通の人がやれば失敗して死ぬ。
だが、ここに非常に貴重な真理を見い出せる。

なぜ、普通の人が高い所から飛び降りると死ぬのかというと、気絶するからだ。
飛び降り自殺する場合も、皆、地面に激突する前に、自然の配慮によって気絶する。
また、スカイダイビングの際、パラシュートの事故で死亡する場合も、割と早く失神するものらしい。
気絶、失神して意識を失うと、何も起こらず死んでしまう。
だが、飛行機事故で、身体が外に投げ出されながら、気絶しなかったために生き延びたという人が本当にいるのである。
ただ、飛行機の機内にいて墜落した場合は、気絶しなくても死ぬ。意識は残っているが、心も残っているからだ。

つまり、神化する条件とは、思考(心と言っても良い)が消えて、意識は残っていることだ。
気絶したり、眠ってしまうと意識が消えるが、意識が消えると神化は起こらないのである。
言い換えると、心(思考)は消えているが、意識は残っている時に神化が起こるのである。
空海も、宮本武蔵も、崖から飛び降りても、最後まで意識を保っていたのだ。
まあ、この空海らの話は作り話かもしれないが、彼らの他の話から考えると、彼らが崖から飛び降りるようなことがあったとしてもおかしくないし、同じくらい危険なことを、彼らは何度もやっているのである。

涙
AIアート92
「涙」
Kay


物理学者のフレッド・アラン・ウルフも私も、子供の時にこれを体験しているようだ。
ウルフ博士は、7歳くらいの時、2階から1階にテレポートした体験があるらしいが、その過程の記憶はないながら意識はあったのだ。
私もまた、4つの時、2階から地面に落下した際、意識ははっきりしていたのである。

このブログで何度か引用したが、ある空手家が、真剣を持った剣術の達人と素手で決闘した際、死ぬ気で飛び掛かった後の記憶がないが、気がつけば、剣術の達人は地面で伸びていたという。
つまり、その空手家は、命を捨てた刹那、思考(心)は消えたが、意識は残っていたので、超人化したのである。

これを手っ取り早くやる方法が、やはり、「私は誰か?」と自分に問うことだ。
「私は誰か?」と自分に問えば心は消えるが、意識は残っているのである。
そうであれば、必要があれば奇跡も起こるのである。








金持ちらしさ、ブッダらしさ、モテ男らしさ

昨日書いたが、引き寄せの最も簡単で最高の奥義は「らしくする」だけである。
「なったフリをする」「なったように振舞う」「なった態度をする」と言っても良い。
さらに言ってみれば「真似をする」ということだ。

だが、誤解し易い点があるので、それについて述べる。
金持ちになるのに、金持ちのフリをしようとして、「金持ちはどんなことをするだろうか?」と考えてしまうと難しくなる。
「金持ちなら高級車を買うだろうなあ」とか、「大金をポンと寄付するだろうなあ」とか思っても、そんなフリをしたり、そんな振る舞いは出来ない。
そうではないのだ。

このことについて、仏教学者のひろさちや氏の『空海入門』にうまく書かれている。
「ブッダ(仏陀。仏。悟りを開いた人。たとえば釈迦)になるにはブッダの真似をすれば良い」のであるが、それはただ「ブッダらしくする」ことである。
ブッダらしく話し、ブッダらしく飯を食い、ブッダらしく糞をする。
何も特別なことをする必要はない。
言うなれば、日常全て「気分はブッダ」である。
そして、ひろさちや氏は、空海はそうやったのでブッダになれたのだと言う。
修行してブッダになったのではない。
いきなりブッダになったのだ。
ブッダらしく飯を食い、やったかどうかは知らないが、ブッダらしくナンパしてね。
だから、遣唐使団の船に乗り、唐(中国)に渡った時も、すでに気分はブッダなので、沈んで当たり前のような当時の船に乗りながらも、
「ブッダが乗った船が沈むわけがないじゃないか」
と超然とし、他の遣唐使達が「着けるだろうか?」と心配する中、「次はインドに行こうかなあ」と悠然としていたのである(あくまでひろさちや氏の想像であるが)。

同じように、金持ちになりたいなら、もう金持ちなのである。
日常全て、金持ちらしくいくのである。
自分が考える金持ちの態度で構わない・・・いや、自分流でないといけない。
金持ちの気分で猫を撫で、金持ちの気分で駅の改札を通り、金持ちの気分で靴を履き、金持ちの気分でコーヒーを飲むのだ。
その中でも大切なことは、金持ちらしい表情をし、金持ちらしいポーズを決めることだ。
くどいが、人が見て金持ちらしいようにするのでは断じてない。
自分がそう感じることが大事なのである。
それはきっと、穏やかな表情であり、さりげないが気品あるポーズに違いない・・・といったように考えるのだ。
そして、最も重要なことは、「金持ちらしい呼吸をする」ことである。
全ての奥義中の奥義はこれである。
美人になるなら美人の呼吸。
総理大臣になるなら総理大臣の呼吸。
美少女の彼氏になるなら美少女の彼氏の呼吸。
一億円当てるなら一億円当てる者の呼吸。
それがどんな呼吸であるかは分かるはずなのだ。
真面目にやればすぐに分かるようになると思う。








空海式引き寄せは意外にお手軽

引き寄せに関する興味深い余談をする。実話である信憑性が高い。

第二次世界大戦中、日本海軍の船に乗っていた男の話だ。
彼が乗った船は、何度もアメリカ軍の船に魚雷で撃沈された。
そんなふうに、船が沈没させられた時は、木の板にしがみ付いて海の上を漂い、運良く通りかかった船に救助されるのを待つしかない。
だが、果て無く続く暗い海は恐ろしく、水は冷たい。
それだけでなく、サメが襲ってくることも多く、サメが来る度に、掴まっている木の板の中に手足を引っ込めて、喰いちぎられないようにしないといけない。
多くの者が一緒に漂っているが、皆、疲労よりも、暗い海とサメの恐怖で気力を失って、一晩もたず、朝までに死んでしまうらしい。
だが、その男は、5回ほども、そんな目に遭いながら生き抜いたのだった。
なぜ、彼が生き抜けたかというと、彼は途方もない酒好きで、「俺は絶対、陸に戻って酒を飲む」という執念を燃やし続けたことによる。
彼は、必ずその願いを叶えたのだが、陸に戻りさえすれば、戦闘被害の補償金がもらえて酒が飲めるので、潜在意識の力で、適当な救助船を引き寄せれば良かったのだ。
酒は自分の意思と行動で飲みに行くが、助かることに関しては、自分がジタバタしても仕方がないので何もしなかった。それが良かった。つまり、潜在意識の邪魔をしなかったので、潜在意識が力を発揮したのだ。
彼は、海の上で、もう一度酒を飲むことを考えている時、酒を飲む情景が鮮明に浮かんだそうだ。
そうなると、陸に帰れるのは、もう当たり前なのだ。

私は、この引き寄せのやり方を「空海式」と呼んでいる。
空海は、9割以上が沈没する遣唐使の船に乗って中国に渡ったが、他の乗組員が不安を抱える中、平然としていたらしい。
なぜなら、空海は、中国の後はインドに行くつもりだったので、中国に着くのは当たり前だったからだ。

つまり、願いがあれば、その願いが叶ったことを前提とした、次の願いを持てば、最初の願いは、叶って当たり前となり、自然に、潜在意識に丸投げになる。潜在意識は、その方がずっと力を発揮し易いのである。
これは、ある意味、最初の願いを軽く考えていることになる。
上の、海を漂流した男の話で言えば、適当な船が来て救助されるのは当たり前で、そんなこと、願うまでもないのである。
本命は、あくまで酒なのだ。
空海にしたって、インドに行こうという男が、たかが中国など、無事に到着して当たり前なのだ。

引き寄せでお金を得るには、お金そのものを願うより、それを使うことを考えるのが確実であるとよく言われる。
つまり、使い道を決め、それを意識すれば、金が入るのは当たり前になる。
言うなれば、「金は入ったことにする」と、軽く考えるのである。
スピリチュアル界隈では、これを、「ことにする理論」と呼ぶらしい。
次の望みがなくても、「お金が入ったことにする」と思えば、その軽さからか、エゴは反発せず、コロっと騙されて大人しくなり、潜在意識の邪魔をしないので、潜在意識は叶え易いのである。
彼氏が欲しいなら、「彼氏がいることにする」と思うか唱えると良いし、脚を長くしたければ、「脚が長いことにする」である。

尚、海を漂流する男が、一切の想念を消せば、救助の船はやって来る。
しかし、想念を消すことがまだ出来ない人のために、ここでは、それに近い効果を発揮する方法を述べたのである。
尚、海を漂流する男の話は、『誰でも勝てる!完全「ケンカ」マニュアル』にあったものである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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