努力主義というのは、ごく若いうちは悪くないし、必要な場合もあるが、いつまでもそれではいけない。
なぜなら、若いうちは、まず、暇だということがあり、努力も出来るわけだ。
また、若いうちは、何かに打ち込んでみて、駄目なら方向を変えるという余裕がある。
しかし、ある程度、歳を取ると、努力していられるような時間はあまりないし、人生や仕事の方向も、ある程度は決まっているので、全くやったことがないことを、時間をかけて無理にマスターする必要もあまりない。
若い頃なら、1日スクワット500回とか言ったら、偉いなあと思うが、いい歳をして、それをやってたら、まあ、立派でもあるが、どちからかと「暇だなあ」ということになる。
別に、暇が悪いわけではないが、他にやることがあるんじゃないかと思う。
ちなみに、私は、今年の8月31日から、11月4日まで、1日も欠かさず、ネイビーシールズ式スクワットを毎日500回やっていた。どうも、突発的に酷いアレルギーになったのも、それが関係するかもしれない。
ある武道の有段者で立派な人物が、「腕立て伏せなんてのは、1日、10回でも20回でもいいから、とにかく、やることが大事だし、何なら1回でもいい」と言っていたのに合点がいった覚えがある。
似た話を、やはり印象深く覚えているからだ。
例えば、ある、かなりピアノを弾ける人も、「1日5分でもいいから、必ず弾くこと」と、よく言われていた。
他にも、以前、テレビで見たが、ヨーロッパで活躍するプロサッカー選手が、腹筋運動が好きだと言うので、司会者が「何回くらいやるのですか?」と尋ねた時、誰もが、何千回という答を期待したと思うが、彼は「20回」と答えたのだった。これも、毎日、必ず20回以上ということと思うし、普通の人なら、最初の武道家のように、「何なら1回でも良い」のである。
何百回、何千回が良いと認識しつつ、1回だけやるのである。
また、私が大嫌いな人の話で恐縮だが、物理学者で合気道家の保江邦夫氏が、昭和12年に、剣の達人、小泉太志命(こいずみたいしめい)が、天皇に降りかかる邪気を払うため、毎夜、真剣を3万3千回振ったのに倣い、自分がそれをやることにしたと言う。あるやんごとなき人からの依頼のようなものだったらしい。それで、それに相応しい太刀も用意出来、実際にやったと言う。
だが、小泉太志命の3万3千回とは違い、毎夜、1回だけなのだそうだ。
保江氏は小泉太志命ではなく、3万3千回も出来ないし、3万3千回にこしたことはないが、1回でもやらないよりはマシで、しかも、長期に及べば、マシもマシ、大マシなのだと思う(笑)。
ただ、ダイエット法の宣伝などで言われる「1日たった3分で」というのは、間違いが2つある。
それは、そういったものは、長期間の継続を言わないし、また、「本当は、3分でなく30分が良いのだが」という認識に欠けるのである。
好きな話なので、度々取り上げるが、あるホームレスの男が、「神様の奇跡が起こる」と、1日中唱えていたら、1憶円の宝くじが当たったという実話がある。しかも、1憶円を2回も当てたのだ。
彼は、本当に1日中、2週間の間、唱えたようだ。
彼は、ホームレスとはいえ、真面目な努力家なのだと思う。
実は、努力家であるがゆえに転落した人もいるし、私の知り合いにも有名な外資系商社で努力し過ぎて、すっかり身体が駄目になり、仕事をやめてしまった人もいる。
我々も、そのホームレスのように、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えることが出来たら、1憶円というのではないが、何かの大きな奇跡が起こると思う。
しかし、それだけやるのが良いことは認めつつ、1回でも良いから唱えることだ(もちろん、多ければ多いほど良い)。
さっきの保江邦夫氏の話ではないが、1回でも、毎日続ければ、マシもマシ、大マシで、何か素敵なことが起こるに違いない。
なぜなら、若いうちは、まず、暇だということがあり、努力も出来るわけだ。
また、若いうちは、何かに打ち込んでみて、駄目なら方向を変えるという余裕がある。
しかし、ある程度、歳を取ると、努力していられるような時間はあまりないし、人生や仕事の方向も、ある程度は決まっているので、全くやったことがないことを、時間をかけて無理にマスターする必要もあまりない。
若い頃なら、1日スクワット500回とか言ったら、偉いなあと思うが、いい歳をして、それをやってたら、まあ、立派でもあるが、どちからかと「暇だなあ」ということになる。
別に、暇が悪いわけではないが、他にやることがあるんじゃないかと思う。
ちなみに、私は、今年の8月31日から、11月4日まで、1日も欠かさず、ネイビーシールズ式スクワットを毎日500回やっていた。どうも、突発的に酷いアレルギーになったのも、それが関係するかもしれない。
ある武道の有段者で立派な人物が、「腕立て伏せなんてのは、1日、10回でも20回でもいいから、とにかく、やることが大事だし、何なら1回でもいい」と言っていたのに合点がいった覚えがある。
似た話を、やはり印象深く覚えているからだ。
例えば、ある、かなりピアノを弾ける人も、「1日5分でもいいから、必ず弾くこと」と、よく言われていた。
他にも、以前、テレビで見たが、ヨーロッパで活躍するプロサッカー選手が、腹筋運動が好きだと言うので、司会者が「何回くらいやるのですか?」と尋ねた時、誰もが、何千回という答を期待したと思うが、彼は「20回」と答えたのだった。これも、毎日、必ず20回以上ということと思うし、普通の人なら、最初の武道家のように、「何なら1回でも良い」のである。
何百回、何千回が良いと認識しつつ、1回だけやるのである。
また、私が大嫌いな人の話で恐縮だが、物理学者で合気道家の保江邦夫氏が、昭和12年に、剣の達人、小泉太志命(こいずみたいしめい)が、天皇に降りかかる邪気を払うため、毎夜、真剣を3万3千回振ったのに倣い、自分がそれをやることにしたと言う。あるやんごとなき人からの依頼のようなものだったらしい。それで、それに相応しい太刀も用意出来、実際にやったと言う。
だが、小泉太志命の3万3千回とは違い、毎夜、1回だけなのだそうだ。
保江氏は小泉太志命ではなく、3万3千回も出来ないし、3万3千回にこしたことはないが、1回でもやらないよりはマシで、しかも、長期に及べば、マシもマシ、大マシなのだと思う(笑)。
ただ、ダイエット法の宣伝などで言われる「1日たった3分で」というのは、間違いが2つある。
それは、そういったものは、長期間の継続を言わないし、また、「本当は、3分でなく30分が良いのだが」という認識に欠けるのである。
好きな話なので、度々取り上げるが、あるホームレスの男が、「神様の奇跡が起こる」と、1日中唱えていたら、1憶円の宝くじが当たったという実話がある。しかも、1憶円を2回も当てたのだ。
彼は、本当に1日中、2週間の間、唱えたようだ。
彼は、ホームレスとはいえ、真面目な努力家なのだと思う。
実は、努力家であるがゆえに転落した人もいるし、私の知り合いにも有名な外資系商社で努力し過ぎて、すっかり身体が駄目になり、仕事をやめてしまった人もいる。
我々も、そのホームレスのように、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えることが出来たら、1憶円というのではないが、何かの大きな奇跡が起こると思う。
しかし、それだけやるのが良いことは認めつつ、1回でも良いから唱えることだ(もちろん、多ければ多いほど良い)。
さっきの保江邦夫氏の話ではないが、1回でも、毎日続ければ、マシもマシ、大マシで、何か素敵なことが起こるに違いない。