昨日は、世界的に評価の高い政治家である我が国の元首相が撃たれて死亡した。これが個人的な恨みによるものか、普通の人には予想も出来ないような組織的犯行なのかは分からないし、ずっと分からない可能性もある。
平和だと思われている我が国も、本当は恐ろしいことになっている。
世界では、大国であるロシアが小国を軍事侵攻し、そのロシアは、(主要メディアの報道とは異なり)実は最良の成果を得つつある。
そして、中国は台湾、日本を狙っていることを隠しもしない。
それ以前のパンデミックは、パンデミック自体も恐ろしかったが、それよりも、それを利用する支配者や企業の醜い欲望を見せ付けられた。
そういった、目に見えるものだけではない。
我が国の主要メディアは既に、単に資本ということだけを見ても外国に乗っ取られているし、我が国の企業も土地も外国に買い漁られ、日本は海外のスパイが楽々活動出来る珍しい先進国であるが、これらは政府の無能・無策が招いた事態だ。
巨悪に対して、ちっぽけな存在である個々や、あるいは、正義のグループはどう戦えば良いのか?
それに関しては、イギリスのH.G.ウェルズの小説、および、それを原作とする1953年のアメリカ映画『宇宙戦争』が参考になる。
今、世界や日本で起こっていることも、地球人が手も足も出ないほど進歩した宇宙人が侵略して来るのに比べれば、少しはマシである(昔は「大いにマシ」であったが)。
他の侵略ものの映画は、儲けだけを考えて作られているので参考にならない。
この『宇宙戦争』では、人類より数千年とも数万年とも言われるほど進歩した火星人の侵略の前に、人類は何の抵抗も出来ない。力の差があり過ぎるのだ。
科学文明を持たない未開の島を、大国の軍隊が侵略するようなものだ。
それでも、地球人の軍人、科学者、政治家らは、あらゆる手を尽くすが、何をやっても全く効果はなく、火星人の地球征服は、あっという間に完了しつつあった。
だが、そこで大逆転が起こる。
人類は何をしたかというと、何もしなかった。
映画の最後、こんなナレーションが流れる。
「万策尽きた時、奇跡が起こり、人類は救われた。賢い神が作った小さな生命によって」
人類は何もしなかったと、さっき述べたが、実は、本当に何もしなかったわけではない。
たとえば、イギリスでは、人々は教会で祈っていたのだ。
こう言うと、「なんだ」と思う人が多いかもしれないが、それが、人類の危機を招いたのだ。
カール・グスタフ・ユングのレインメーカー(雨乞師)のお話でも、レインメーカーは、数年、干ばつに苦しむ村で、何もせずに雨を降らせた。
しかし、レインメーカーは本当に何もしなかったのではない。実は、最も重要なことをしたのだ。
4日の間、神の意思に身をまかせたのである。これが、祈るということである。
祈りは、宗教でもあるが、宗教だけのものではなく、本来、人間の最も重要な営みである。
祈りとは、神の意思に身をまかせることであり、外側から内側に意識を向けることであり、魂に意識を向けることであり、自分を超えた存在に意識を向けることである。
それを忘れてしまったら人類は滅びる。
そして今、滅びに向かっている。
「祈りだけでは駄目で、しっかり地に足を付けねばならない」と言いたい人もいるだろうが、それは、少しだけ間違っている。
しっかり地に足を付け過ぎたせいで祈りを忘れたのだ。
正しくは、「最低限」地に足を付けるのである。
人類は、地に足を付け過ぎるか、全く付けないかの両極端に別れてしまった。
一説では、人間の意識は、顕在意識の割合が5%で潜在意識が95%と言われる。
それなら、顕在意識の10%、地に足を付ければ良い。
あくまで、たとえばであるが、全意識で言えば、0.5%である。
それは、決して小さくはない。
人間の意識は小宇宙なのであるから。
平和だと思われている我が国も、本当は恐ろしいことになっている。
世界では、大国であるロシアが小国を軍事侵攻し、そのロシアは、(主要メディアの報道とは異なり)実は最良の成果を得つつある。
そして、中国は台湾、日本を狙っていることを隠しもしない。
それ以前のパンデミックは、パンデミック自体も恐ろしかったが、それよりも、それを利用する支配者や企業の醜い欲望を見せ付けられた。
そういった、目に見えるものだけではない。
我が国の主要メディアは既に、単に資本ということだけを見ても外国に乗っ取られているし、我が国の企業も土地も外国に買い漁られ、日本は海外のスパイが楽々活動出来る珍しい先進国であるが、これらは政府の無能・無策が招いた事態だ。
巨悪に対して、ちっぽけな存在である個々や、あるいは、正義のグループはどう戦えば良いのか?
それに関しては、イギリスのH.G.ウェルズの小説、および、それを原作とする1953年のアメリカ映画『宇宙戦争』が参考になる。
今、世界や日本で起こっていることも、地球人が手も足も出ないほど進歩した宇宙人が侵略して来るのに比べれば、少しはマシである(昔は「大いにマシ」であったが)。
他の侵略ものの映画は、儲けだけを考えて作られているので参考にならない。
この『宇宙戦争』では、人類より数千年とも数万年とも言われるほど進歩した火星人の侵略の前に、人類は何の抵抗も出来ない。力の差があり過ぎるのだ。
科学文明を持たない未開の島を、大国の軍隊が侵略するようなものだ。
それでも、地球人の軍人、科学者、政治家らは、あらゆる手を尽くすが、何をやっても全く効果はなく、火星人の地球征服は、あっという間に完了しつつあった。
だが、そこで大逆転が起こる。
人類は何をしたかというと、何もしなかった。
映画の最後、こんなナレーションが流れる。
「万策尽きた時、奇跡が起こり、人類は救われた。賢い神が作った小さな生命によって」
人類は何もしなかったと、さっき述べたが、実は、本当に何もしなかったわけではない。
たとえば、イギリスでは、人々は教会で祈っていたのだ。
こう言うと、「なんだ」と思う人が多いかもしれないが、それが、人類の危機を招いたのだ。
カール・グスタフ・ユングのレインメーカー(雨乞師)のお話でも、レインメーカーは、数年、干ばつに苦しむ村で、何もせずに雨を降らせた。
しかし、レインメーカーは本当に何もしなかったのではない。実は、最も重要なことをしたのだ。
4日の間、神の意思に身をまかせたのである。これが、祈るということである。
祈りは、宗教でもあるが、宗教だけのものではなく、本来、人間の最も重要な営みである。
祈りとは、神の意思に身をまかせることであり、外側から内側に意識を向けることであり、魂に意識を向けることであり、自分を超えた存在に意識を向けることである。
それを忘れてしまったら人類は滅びる。
そして今、滅びに向かっている。
「祈りだけでは駄目で、しっかり地に足を付けねばならない」と言いたい人もいるだろうが、それは、少しだけ間違っている。
しっかり地に足を付け過ぎたせいで祈りを忘れたのだ。
正しくは、「最低限」地に足を付けるのである。
人類は、地に足を付け過ぎるか、全く付けないかの両極端に別れてしまった。
一説では、人間の意識は、顕在意識の割合が5%で潜在意識が95%と言われる。
それなら、顕在意識の10%、地に足を付ければ良い。
あくまで、たとえばであるが、全意識で言えば、0.5%である。
それは、決して小さくはない。
人間の意識は小宇宙なのであるから。