「今は、何でもかでもセクハラ、パワハラと言われてやり難い」と言い、労働者保護が過剰なのではないかという声もあるのだと思う。
しかし、それは単に、
「これまではセクハラ、パワハラが横行していた。立場が強い者のエゴが無制限に通っていた」
というだけのことなのだ。
「え、これがセクハラ?(パワハラ?)」
と言うのを見ると、ほとんどが、
「もちろんセクハラ(パワハラ)だ。当たり前だ」
なのである。
もう何十年も前の本だが、竹村健一さんの著書の中で、
「社員旅行は行きたくないなら行かなければよい。ただし、ちゃんと『行かない』と言っておかないといけない」
と書かれていたのは、当時としては非常に進歩的なことだった。
しかし、実際は、ほとんどの場合、「行かない」なんて言えるわけがなかった。
今でもそんな会社が多いかもしれないが、何とか状況は変わりつつある。
社員旅行に行かないなどと言うと、上司に脅され、怖い目に遭わされるか、「従業員の誰もが尊重される良い会社」でも、若い社員のところに、普段は会うこともない偉い人がやってきて「穏かに恫喝」したり、あるいは、延々と「説得という名目のいじめ」を行うようなことも、よくあった。
「社員旅行は仕事だ。参加が当たり前だ」
「普段、交流のない人達と知り合う貴重な機会」
「仲間と深く交流する大切な場」
などという「呆れるほど馬鹿らしい」理屈を押し付けることがまかり通ってきた。
だが、これらは全て、完全なパワハラだ。
「社員旅行への参加の強制は立派なパワハラ」という、当たり前のことが、ようやく認識されてきたのである。
実際、自由であるはずのことを強制すれば、責任者(最高責任者は社長だが)にペナルティが与えられることが普通になってきつつある。
ちょっと信じられないが、昔は(最近も?)、女子社員は社員旅行の宴会は水着で参加が強制されたことがあったらしいが、これは完全な犯罪行為であり、首謀者は懲役で当たり前というのが「当たり前」というのが、やっと認められてきたのだと言える。
そんなことが行われた会社の社長は、当然やめさせるのが当たり前と思う。
最近、テレビニュースなどで、上司に暴言を吐かれ続けて精神に異常をきたしたと会社を訴えるも、会社側は「それは単なる指導だった」と主張するというものを見ることが多くなった。
だが、今の時代、スマホで簡単に録音が出来、それ(上司の暴言等)をマスコミで公けにされて会社側が言い逃れが出来ないというものもよく見る。
それらは、完全に会社側に非があることを認めた上で、ちょっと別のことを言うが、私はそんなものを見る度に思うことがある。
「そんなん(上司の暴言等)普通や」
である。
私は昔の人間であるし、礼儀正しい私は、若い頃、むしろ、良い扱いを受けた方だったが、それでも、上司に殴られこそしなかったが、怒鳴られるなどはかなりあったし、それで鍛えられたのも事実である。
上司はさほどではなかったが、セールスマンやシステムエンジニアをやってきた中で、暴力的か狡猾的かの違いはあったが、お客様によるパワハラは割とよくあったと思う。
お客様の社長に、「言う通りに出来ないなら、(収めた商品等を)全部持って帰ってくれ」などと言われると、若い私は凍りつくしかなかったが、今となっては「鍛えてくれてありがとう」と本気で思える。まあ、その社長は、それほど立派な人ではないのかもしれないが、私には利益があったのである。
昔の『機動戦士ガンダム』で、ブライトさんだったと思うが、「殴られずに一人前になったやつがいるか」というセリフが有名なのではないかと思う。
そして、それはそれで1つの真理なのである。
「愛情持って殴ったかどうかが問題なのだ」などという馬鹿なことは言うべきでない。
上司のエゴで殴るから部下は鍛えられるのである。
人間は、大切にされ過ぎると、確かに駄目になる。
本来は、パワハラに負けない精神力を持ちたいところである。
そして、限度はあるが、強い精神力があれば、状況は改善されるものだと思う。
しかし、セクハラは全面的にいけない。
今もセクハラは実は多い。
自然にセクハラがない世界になれば、この星は合格であるが、それは無理なのかなあと思う。
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しかし、それは単に、
「これまではセクハラ、パワハラが横行していた。立場が強い者のエゴが無制限に通っていた」
というだけのことなのだ。
「え、これがセクハラ?(パワハラ?)」
と言うのを見ると、ほとんどが、
「もちろんセクハラ(パワハラ)だ。当たり前だ」
なのである。
もう何十年も前の本だが、竹村健一さんの著書の中で、
「社員旅行は行きたくないなら行かなければよい。ただし、ちゃんと『行かない』と言っておかないといけない」
と書かれていたのは、当時としては非常に進歩的なことだった。
しかし、実際は、ほとんどの場合、「行かない」なんて言えるわけがなかった。
今でもそんな会社が多いかもしれないが、何とか状況は変わりつつある。
社員旅行に行かないなどと言うと、上司に脅され、怖い目に遭わされるか、「従業員の誰もが尊重される良い会社」でも、若い社員のところに、普段は会うこともない偉い人がやってきて「穏かに恫喝」したり、あるいは、延々と「説得という名目のいじめ」を行うようなことも、よくあった。
「社員旅行は仕事だ。参加が当たり前だ」
「普段、交流のない人達と知り合う貴重な機会」
「仲間と深く交流する大切な場」
などという「呆れるほど馬鹿らしい」理屈を押し付けることがまかり通ってきた。
だが、これらは全て、完全なパワハラだ。
「社員旅行への参加の強制は立派なパワハラ」という、当たり前のことが、ようやく認識されてきたのである。
実際、自由であるはずのことを強制すれば、責任者(最高責任者は社長だが)にペナルティが与えられることが普通になってきつつある。
ちょっと信じられないが、昔は(最近も?)、女子社員は社員旅行の宴会は水着で参加が強制されたことがあったらしいが、これは完全な犯罪行為であり、首謀者は懲役で当たり前というのが「当たり前」というのが、やっと認められてきたのだと言える。
そんなことが行われた会社の社長は、当然やめさせるのが当たり前と思う。
最近、テレビニュースなどで、上司に暴言を吐かれ続けて精神に異常をきたしたと会社を訴えるも、会社側は「それは単なる指導だった」と主張するというものを見ることが多くなった。
だが、今の時代、スマホで簡単に録音が出来、それ(上司の暴言等)をマスコミで公けにされて会社側が言い逃れが出来ないというものもよく見る。
それらは、完全に会社側に非があることを認めた上で、ちょっと別のことを言うが、私はそんなものを見る度に思うことがある。
「そんなん(上司の暴言等)普通や」
である。
私は昔の人間であるし、礼儀正しい私は、若い頃、むしろ、良い扱いを受けた方だったが、それでも、上司に殴られこそしなかったが、怒鳴られるなどはかなりあったし、それで鍛えられたのも事実である。
上司はさほどではなかったが、セールスマンやシステムエンジニアをやってきた中で、暴力的か狡猾的かの違いはあったが、お客様によるパワハラは割とよくあったと思う。
お客様の社長に、「言う通りに出来ないなら、(収めた商品等を)全部持って帰ってくれ」などと言われると、若い私は凍りつくしかなかったが、今となっては「鍛えてくれてありがとう」と本気で思える。まあ、その社長は、それほど立派な人ではないのかもしれないが、私には利益があったのである。
昔の『機動戦士ガンダム』で、ブライトさんだったと思うが、「殴られずに一人前になったやつがいるか」というセリフが有名なのではないかと思う。
そして、それはそれで1つの真理なのである。
「愛情持って殴ったかどうかが問題なのだ」などという馬鹿なことは言うべきでない。
上司のエゴで殴るから部下は鍛えられるのである。
人間は、大切にされ過ぎると、確かに駄目になる。
本来は、パワハラに負けない精神力を持ちたいところである。
そして、限度はあるが、強い精神力があれば、状況は改善されるものだと思う。
しかし、セクハラは全面的にいけない。
今もセクハラは実は多い。
自然にセクハラがない世界になれば、この星は合格であるが、それは無理なのかなあと思う。
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