ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

知能指数

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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IQに関する雑記

偉人のIQ(知能指数)がいくらだったという話をよく見る。
ゲーテが190だったとか、ニュートンが125だったというものだ。
それらは皆、推測と言うよりはデタラメであり、信じる価値は全くない。
心理学者のアブラハム・マズローのIQがいくらだったかという話は、私は聞かないが、彼は大学院生の時にIQテストを受けて196だったという。
こんなふうに、ちゃんと計った人のことは言われない。
ただし、マズローの話は昔のこと(1930年代だろう)であり、彼が受けたIQテストにどのくらい信憑性があるのかは分からない。しかし、本当にIQ196かどうかはともかく、IQテストに関しては、マズローは統計的に稀な好成績を上げたことは間違いなく、やはり彼はかなり頭が良いのだろう。

自分のIQがいくらか気になる人も多いと思う。
精神科や精神内科の病院やクリニックに行けば計ってくれるという話があるが、面倒臭いし、判定する医師の偏見も入ると思う。
ネット上には沢山のIQテストがあるが、信頼出来ないと言う人が多い。しかし、やや高めに出る(10から15くらい)ということを除き、そこそこのことは分かると思う。IQとは、その程度で分かるようなものであるのだと思う。
『IQってホントは何なんだ?』という本に、10ほどの知識問題でIQ判定するものがあり、「こんなものでIQが分かるのか?」と思う人が多そうだが、統計的にはだいたい正しく分かるらしい。
「頭の良さは知識ではない」という意見もよく聞くが、頭が良いと知識も多くなるのが普通である。いや、頭が良くないと知識が多くなることはない。もちろん、ただの暗記知識のことではないが、暗記知識だって、本当に多ければ、やはりIQが高いと思う。

IQには、良い指標がある。
それは学校の成績だ。
何度か書いたことがあるが、小学校の時であるが、私は、IQと学力がぴったり一致していることをクラスメイトで確認したことがある。
確かに、本当に感情的に学校や教師が嫌いという場合に、「学校の勉強なんかやってたまるか」「教師が憶えろということなんか憶えてたまるか」という気になって、それが原因で成績が悪いということもあるかもしれない。
アインシュタインがそうで、権威主義的な教師や、詰め込み学習を、彼は本当に毛嫌いしていて、成績は悪かったらしい。
だが、私が思うに、アインシュタインのIQはそれほど高くなかったのだと思う。
アインシュタインのIQが160だったとか190だったとかの話はよくあるが、それはやはり何の根拠もないデタラメだ。
アインシュタインは大学入試に失敗しているが、その原因は「暗記力があまり良くなく、外国語や歴史など暗記系科目の成績が悪かったから」などと言われている。しかし、それはいかにも短絡的な考え方で、アインシュタインは詰め込み学習は嫌いながら、特に記憶力が悪いわけではないはずだ。とはいえ、特に良いわけでもなかったし、総じて、アインシュタインのIQがそれほど高いわけではなかったのだろうと思う。
いくら学校に反発しても、IQが高ければ、そこそこ良い成績を取るものである。
それに、アインシュタインも優等生ではないながら、そこそこの成績は取っていたと思う。でないと、大学受験をしたり、大学入学資格を得られる予備校に行ったりはしなかったはずだ。

東大の教授だった有名な物理学者の竹内均さんが、「学校の教科書は1年ではなく1日で読むべき。せめて1週間で読め」とよく言っていたが、それが出来る人がIQが高い人だろう。
だが、竹内さんはIQが低い人のことが分からなかったのだと思う。凡人は教科書を1日だの1週間で読めない。
ドワンゴ創業者の川上量生さんが、小学校の時だったか、授業中、好きな本を読んでいたら教師に怒られ、「教科書を読め」と言われたから、教科書を1日で読んでから好きな本を読んでいたら、それでも怒られたことを理不尽だと言っていたらしいが、そんなことが出来るのはIQが高い者だけだ。川上さんは京大工学部を出ているが、受験勉強というか、授業時間以外で勉強はしなかったという。よほどIQが高いのだと思う。
矢追純一さんは、高校に全く通わず、毎日アルバイトに明け暮れ(妹2人を養っていた)、勉強は全くしなかったが、名門の中央大学法学部に現役で入れたし、大学の試験も楽にこなしたというから、やはり相当頭が良いのだろう。母親の方針で、家では全く勉強しないが、試験はいつも100点で通信簿はオール5でないといけなかったそうだ。

私が思うに、通信簿が平均3でIQ100、平均4でIQ120、平均5でIQ130超と考えて大体合っていると思う。
平均2以下は、そもそも学校の勉強に適応していないので、こういった評価は出来ない。
「学校の成績は悪いがIQは高い」というのは、残念ながら、ほぼないと思う。
ただし、通信簿や普段の試験の成績が悪くても、受験でうまくいくなら、それに応じてIQは高いと思う。
滅多にないが、通信簿がオール3でも、一流大学に入れるなら、オール4程度のIQはあるのだろう。
そんな者は、学校生活や家庭環境が原因で、普段の成績が悪いのだろう。
だから、普通の学校生活を送り、家庭にもさほど問題がないのに、学校の成績が悪ければ、やはり頭が悪いのだと思う。

ただ、IQは後天的に高めることは出来ると思う。
遺伝的IQより10から20くらいは高く出来ると思う。
頭が良くなりたいと本当に思えば、きっかけは掴めると思う。

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(1)IQってホントは何なんだ?(村上宣寛)
(2)頭脳がよくなる! (ウィン・ウェンガー)
(3)アインシュタイン・ファクター(リチャード・ボー、ウィン・ウェンガー)
(4)ニコニコ哲学(川上量生)
(5)新装版 ヤオイズム(矢追純一)

自然の城
AIアート1316
「自然の城」
Kay

自分は頭が良くないと認める勇気

私は小学5年生の時、クラスメイト全員のIQ(知能指数)を知る機会があり、IQと成績がピッタリ一致することに気付き衝撃を感じた。
IQについて、「人間の本当の優秀さを示さない」「単にIQテストが得意かどうかを示すだけ」みたいに軽く言う人がいるが、私のような体験をすると、そうではないことは明白だ。
IQが分かると、その子のキャラクターが完全に理解出来た。
優等生は全員IQ120以上で、130以上は「賢いなあ」と思わせる子だった。
100から110だと、馬鹿ではないが、張り切った時だけそこそこ出来るという程度。
90から100は、頑張っても低空飛行で、言動にも冴えたところがない。
80未満は勉強ということに関しては、明らかに劣等生で、これは努力してどうなるものでもないとはっきり感じた。
ちょっと面白いのが110から120で、それほど賢くはないが、地味にそこそこ良い成績を取り、授業中、教師に指名されると、何だかんだ言いながら正解を言う場合が多い。
一説では、IQ110から120が、最も社会でうまくやれ、そこそこの規模で成功する可能性が高いと言うが、このクラスのIQの者は、努力すればそこそこの成果を出せるが、怠けると全く駄目で、良い想いをするためには頑張らないといけないことが分かり、自助努力をして引き締まった人間になる場合が多いのだと思う。

『サザエさん』というアニメの磯野一家のキャラクターは不自然だ。
カツオが試験で悪い点を取って怒られる場面が昔はよくあったが、怒られたってIQが低いと良い点は取れない。
カツオはすぐに遊びに行くことが勉強が出来ない理由のように思わせているが、IQが低いと勉強に興味がないのは自然で仕方がない。
ところが、カツオの父親の波平は、少なくとも原作では京大卒で、カツオだってIQは高いはずで、実際、カツオは頭の回転が速いことが一貫した設定である。
つまり、カツオの設定はおかしいのである。

ただし、これが世の中の大誤解なのだが、IQは固定されたものではない。
限度はあるかもしれないが、かなり伸ばすことは可能と思える。
しかし、特に子供は、良い環境にないとIQを伸ばすことが出来ない。子供は自分ではどうにもならないのだ。
だが、IQが低い親は、たとえば「男の子は外で元気に野球みたいなことをするのが良い」と思い込んでいて、息子が家の中で本を読んでいたら、その母親は、それが悪いと思うよりも嫌だと感じ、「外に出て遊びなさい」と強要し、息子がIQを伸ばす機会を奪ってしまう。
ところで、現代は、子供は親を見習ってスマートフォンばかり見ていることが多く、ほぼ明らかであるが、スマートフォンの過度の使用は確実に頭を悪くする。これによって、IQが高い子も低い子も、多くが、IQが低くなるのだと思う。

面白いのはUFO研究家で名高い矢追純一さんの場合で、矢追さんが子供の時、母親は矢追さんが家で勉強したり本を読むことを決して許さなかったが、母親は、矢追さんが、試験はいつも百点、通信簿はオール5でないと許さず、矢追さんの成績はほぼその通りだった。
ただし、これにはカラクリがあり、矢追さんの父親は天才的に優秀な人で、矢追さんもIQが高いに違いないのだ。
つまり、誰でも矢追さんのように出来るわけではない。

有名な知識人は、一流の大学に入っている人が多い。
インフルエンサーと言われる堀江貴文さんや成田悠輔さんは東大で、有名IT事業家の川上量生さんは京大、人気国会議員の原口一博さん、米山隆一さんは東大で、特に、米山隆一さんは親しみやすいキャラクターながら医師、医学博士、弁護士である。
個人的偏見かもしれないが、どこかお馬鹿に見える深田萌絵さん(ITビジネスアナリストを自称)も早稲田(25歳で入学)だ。
IQ110以下の普通の人は、死ぬほど努力したって彼らのようにはなれないのは、いくら野球が好きでも大谷翔平さんになれないのと同じような理屈だ。

よって、特に子供はそうだが、大人もIQを高くする(この言い方が嫌なら頭を良くする)努力をした方が良い。
IQ90とか100とかのまま頑張っても、辛いだけで成果は少ないと思う。
とはいえ、脳トレみたいな世の中で出回っているものは、ひょっとしたらIQ110程度までは伸ばせるかもしれないが、子供だましであると思う。
そうではなく、知的好奇心を持つよう導く優れた方法論が必要である。
ただし、支配者層は国民が馬鹿であることを望むので、難しい面はある。
大人の場合で言えば、まずは、自分の頭を良くすることに興味を持つことが必要だと思う。そう思わない限り、頭が良くなることはないと思う。
だが、馬鹿ほど、自分は頭が良いと思っている。だから、馬鹿は馬鹿と言われたら激しく怒る。
そこで、自分は努力したって東大に行けないことを認めると良いと思う。
東大に入ったからといって、人間として優秀ということはないが、地頭が良いのは間違いない。
まずは、自分は頭が良くないことを認めないと始まらない。私はそう思う。

夕暮れ
AIアート797
「夕暮れ」
Kay


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(1)頭脳がよくなる! (ウィン・ウェンガー)
(2)アインシュタイン・ファクター(リチャード・ポー、ウィン・ウェンガー)
(3)新装版 ヤオイズム(矢追純一)
(4)新装版 神経言語プログラミング(リチャード・バンドラー)
(5)皇帝の新しい心(ロジャー・ペンローズ)

あるIQテストで私のIQは72だった

IQ(知能指数)の話を長々と書いているが、それで読んでくれている人は間違いなくIQが高い。
IQや知性に興味がある人は、IQや知性が高いからである。
それは、美人やプロポーションが素晴らしい女性に興味がある女性が美人でプロポーションが良いようなものだ。
自分では美人だと思っていなくても、美しい人に関心が高いなら、本当は美しいのであるが、自信がないので、いつもうつむいていたり、お洒落をしないといったことは多い。
まあ、みにくいアヒルの子みたいなものだ。
これは、変な希望を与えて喜ばせたいのではなく、全く道理にあったことなのである。
それなら、ひ弱な少年が格闘技のヒーローに憧れるということもあるのは、おかしいと思うかもしれないが、そうではない。
今はひ弱でも、強くなれる素質があるから強い男に憧れるのである。

ただ、確かに、「憧れていると思い込んでいるが、実際はそうではない」ということも少なくはない。
周囲の者と合わせて、流行のものに憧れたり、複雑な事情で、自分には相応しくないものに憧れ、それを求めるということも不思議なことではない。
しかし、深呼吸して気を落ち着かせて、あまり何も考えていない状態でも、それが良いと思うなら、それはやはり自分のものなのである。
一般的な理屈では、なかなかそうは言えない場合でも、引き寄せの法則や、量子力学的に考えると、そうであると言えるかもしれない。
しかし、理屈はともかく、「自分の中に同じ美点がなければ、それを高く評価したり憧れたりしない」というのは本当に正しいことで、直観的には正しいことだと感じると思う。
そして、純粋な直観ほど正しいものはない。

ところで、心理学者の村上宣寛(むらかみよしひろ)氏の『IQってホントは何なんだ?』という本に、こんなことが書かれている。
村上氏は大学の授業で学生に「知能指数を自慢する人は本当に馬鹿な人だ」と言っていると言う。
その理由も理路整然と述べてくれている。
その理由は長くて少々複雑なので、別の話でそのことを説明する。
スティーブン・ホーキングやアルベルト・アインシュタインのIQが160だとかまことしやかに言う者がいるが、それは誰かが言ったデタラメか、誰かの無責任な想像を信じ込んだ馬鹿な発言である。
アインシュタインらはIQを計ったことはない。
そもそも、現在でも正確にIQを計ることなど出来ないのに、彼らが若い頃に正しいIQを計る方法はなかった。
それどころか、IQという概念があったかどうかも怪しい時代のニュートンのIQが200と言う者もいる。昔は、ニュートンのIQは125というのが定説で、それで「私のIQはニュートンより高い」と自慢する馬鹿も多かったのである。
そして、IQを尋ねられたスティーブン・ホーキングは、
「分かりません。ただ、IQを自慢する者は負け犬です」
と言ったらしい。

とはいえ、IQテストで測れるIQと本当のIQ(本当の頭の良さ)は、そこそこには比例することもあり、私も、本当の頭の良さという意味で一応IQという言葉を使っているのである。
実際、本当に天才級に頭が良い苫米地英人さんという人も、そんな意味でIQという言葉を使っているように思われる。
ところで、苫米地さんの場合は、頭が良過ぎるのか、彼が言うIQ向上法というのは、普通の人には向いていないように思う。

先程の『IQってホントは何だ?』の中に、簡単なIQ検査が書かれている(1分で出来る)。
やってみたら、私のIQは72で、9段階の下から2つ目だった。
「けしからん。これは試験内容が悪い」と思っているかというと、私は、一般的には合ってるなと思うのである。
そして、これは、学生を対象に、正しい方法で作成したテストである。
だが、言い換えれば、日本の大学の心理学科であるから、文系の学生用であるとは言える。
テストの内容は、単なる教養テスト・・・知識クイズみたいなものである。
つまり、それなりに有意義なことで、それなりの幅広さの教養があることが、それなりのIQを示すのである。
実際にIQが高いと思える若い頃のビル・ゲイツも、純粋にIQが高い人の特徴を「何でも話題に出来る」ことと述べていたが、私も賛成だ。
とはいえ、この「何でも」は、それなりに有意義なことでの「何でも」であるのだろう。
そこから推測すると、私は、宇宙人と対話したなんて人の話は信じない。
宇宙人からすれば、地球人を知的生命体と認識しないと思う。
それは、たとえて言えば、大人が「5歳の子供としては何でも知っている」と言われる子供と対話するようなものだ。
あるいは、とても賢いと言われる犬を構うようなものである。

青と白と風
AIアート267
「青と白と風」
Kay


しかし、正確なことは分からないが、地球人のIQを引き下げている何らかの力のようなものは確実にある。
その力は、我々の脳内に思考を起こさせることで、IQを引き下げているのである。
その力の影響が少ない者は、脳内に余計な思考を起こさないので、高いIQを発揮する。
だから、思考を消すほどIQを下げる要因がなくなり、IQが高くなる。
これは、実験方法を確立して実験しても確認出来ると思う。割と当たり前のことだからだ。
よって、思考を消せばIQはいくらでも上がるし、これは説得が難しいが、さらに思考を消せば超越的な知能に至る。
超越的な知能に関しては、案外に『荘子』を読むとよく分かる。
高いIQや超越的な知性を獲得するためには、適切なリズムの呼吸をすれば良いが、それは、一般的には静かな呼吸である。
そして、いつもここでご紹介している呼吸法で確実にIQが向上し、全知全能に近付くと思う。








IQの嘘

少し前に、テレビで、「生徒の平均知能指数が170の小学校」なんてものを見た。
一言言っておくが、「信じるな」。
そんな学校は、昔からあった。
その正体は、次の2つで言うことが出来る。
以下、「知能指数」を「IQ」と書く。

(1)IQが170ではなく、IQテストでIQ170と判定されるだけ
(2)仮に子供のIQが本当に高くても、大人になれば平凡なIQになる

(1)について言えば、IQテストの問題の練習をすれば、IQが低い私でもIQ170くらい出る。
昔、ひどい例では、同じIQテストの問題を何度も子供にやらせるという学校があったが、そんな学校では、IQ180以上とかいう子供がゴロゴロいた。
ネット上のIQテストのサイトでコメント可能なところでは、「私は200でした」なんてコメントだらけだ。そりゃ、同じ問題を何度もやったり、そんなサイトのIQテストの問題の解答を作って勝手に公開しているサイトがよくあるので、それを見たら、確かに200以上も簡単だろう。

(2)は、どういう意味かというと、IQというのは、精神年齢(月数)の生活年齢(月数)の割合で出すので(大人は18歳の月数である216で固定)、子供の時は変動がある。
幼いうちは、訓練すれば、例えば、6歳の子供を、平均的な8歳の子供の精神年齢まで引き上げることは出来るかもしれない。その場合、IQは8/7×100で、約133になる。
IQテストの成績だけなら、6歳の子供を訓練して10歳の平均的な成績を取らせることも、そう難しくはないと思うが、その場合はIQは、10/6×100で、約167である。
まして、(1)と(2)を組み合わせれば、IQ200以上も珍しくなくなる。
ところで、実際に、6歳の子供の精神年齢を10歳まで引き上げたところで、18歳までには成長が止まるので、いずれは、他の平均的な者に追いつかれる。
実際に、知的に早熟な者もおり、そんな者は、子供の時は同級生の間で際立って優秀でも、いずれただの人になる。
昔から言われる、「十で神童、十五で才(才人)、二十歳過ぎればただの人」は、そんな事情を示すが、昔から、よくあったことだということが分かる。

私の知人にも、小学5年生くらいまでは、天才と言われるほどの秀才で、本人も自分は頭が良いと思いこみ、すっかり天狗になっていた者がいた。
しかし、そこから知的な発達が止まり、6年生くらいまでは、思い込みとプライドでなんとかがんばっていたが、中学2年生頃には全く平均的な知性になってしまっていた。
ところが、プライドだけは高いままという哀れなものだった。
彼だって、高慢にならず、「ああ、僕は凡人なんだな」と素直に認めれば、それなりのことが出来たはずなのに、プライドだけの愚か者になってしまった。

IQは生まれつきのものであり、遺伝的にほぼ決定するが、子供のうちは成長を早めることも可能というだけのことだ。
尚、上に挙げた、「天才揃い」の学校の中に、たまたま、本当に(生まれながらに)優秀な子もいるかもしれないが、あのテレビ番組がそうだったように、そんな子供は宣伝に使われてしまう。
まあ、それは、ごく普通の宣伝広告手法かもしれない。つまり、例外をいかにも普通と思わせるのだが、「誤解した方が馬鹿」という論でいえば、学校は嘘をついていないということになる。
しかし、既に世間では、「騙される方が馬鹿」は通用せず、「誤解させるような言い方は罪」になっている。
少なくとも、あのような学校は、誇大広告ということになると思う。そうであれば、被害者は、変なプライドを持ってしまう、あの学校の子供達なのかもしれない。

確かに、ああいった学校では、生まれつき、普通の子供より頭の良い子供を集めているのだろう。
そして、そんな子供達は、大人になって成功する可能性も高いと思う。
しかし、中には、単に知的早熟であって、ある程度の年齢で普通の知性になってしまう子もいるだろう。
また、本当に生まれつき頭が良いとしても、高慢になってしまえば、普通の人より悪い人生になる可能性が高い。
成功出来る優秀な人というのは、劣った人間とも、うまく折り合いをつけられる者なのである。

ちなみに、IQは生まれで決まり、後天的には、変えられない。
だが、こんなことを言った賢人がいた。
「バガヴァッド・ギーターを繰り返し読めば、知性は向上する」
「法華経を繰り返し読めば、知性は向上する」
「無量寿経を繰り返し読めば、知性は向上する」
「聖書を繰り返し読めば、知性を正しく使えるようになる。こちらの方が重要である」
「聖書を繰り返し読めば、霊的能力が得られる」
これらのことは、だいたい本当だと思う。
ただし、最も大切なことは「捨てる」であるらしい。
妙な欲や自惚れは捨てることだ。









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IQはやはり優等性を表すのか

IQ(知能指数)は必ずしも頭脳の優秀さや、まして、人間の全体的な能力を示すものではないと言われることが多い。
しかし、私は、IQと能力はほぼ一致していると思う。
小学生の時、知能テストを受けさせられた後で、クラスの担任教師が、生徒たちがいる教室の中で採点を行っていた。まあ、それは批判すまい。
そして、生徒達が興味深く採点結果を見ていた。
すると、やはり成績の良い優秀な子はIQが高く、120とか130といった点数がつけられていた。
やがて、ついに私のものが採点される番になったが、全く高くはなく、がっかりしてしまった。だが、同時に、「やっぱりそうか」と思ったのだった。優秀な子というのは、根本的に自分とは違うということは薄々感じていたのだが、それが具体的に示されたからである。
しかし、これだけではまだ、IQが絶対的ではないのではないかと言われるかもしれないが、他にもこんな話がある。
心理学者のアブラハム・マズローは、大学院生の時、知能テストを受け、自分のIQが197もあることが分かったが、マズローは、私とは逆の意味で、「やっぱりそうか」と思ったらしい。というのは、それまで、他人と議論をしていても、自分の方が優っていて正しいと感じていたのだが、その根拠があるということが分かったからだ。
また、私は、ある立派な国際ITコンサルタントの人と、優秀なシステムエンジニアとはどのような者であるかという話をしていたのだが、その時、私が多少、自論を展開し始めると、彼は即座に、「所詮、知能指数ですよ」とすぱっと断言し、彼はそれ以上、一言も言わなかったが、私も何も言えなかった。
尚、コンピュータプログラマの能力は純粋に知能指数だというのは、ビル・ゲイツも常に言っていたと思う。

IQというのは、ある程度、あるいは、ほとんど、生まれながらの能力だろう。
そうであるなら、人間の能力というのも、生まれでかなり決まってしまうのかもしれない。
SF作家の平井和正さんが原作を書いた石ノ森章太郎さんの漫画『幻魔大戦』で、高校3年生の東丈(あずまじょう)は、生まれつき身体が小さくて体力がなく、頭も良くはなかった。姉と弟がいるが、姉は美人で素晴らしい女性だし、弟は自分より身体が大きくて力も強く、自分がいじめらて弟に助けられる始末だった。丈は、勉強もさっぱりだったのだろう。ある時、丈は、父親が姉に、自分のことを「きょうだいに1人くらいは出来損ないがいるものだ」と言うのを聞いてしまい、ショックを受ける場面があったが、これにはひどく同調してしまった。
そして、悲観のあまり自殺を試みてしまった丈に、姉は、「丈が誰からも尊敬される立派な人になるまでお姉さんが側にいて護ってあげる。お嫁さんに行けなくてもいい」と言うのを見て、異常に感激したものである。このあたりの感覚は、生まれつき優秀な者には分からないことであろうと思う。
生まれつき欠けたところのある者は、不遇な生まれの者に強い思い入れを持つのかもしれない。
『エル・カザド』というアニメで、エリスという名の十代半ば位の少女は、人工的に造られた人間であったが、彼女について、「エリスは神の子では・・・ない」という語りがされたり、また、『魔法少女リリカルなのは』というアニメでは、フェイトという名の9歳の少女が、ある時、自分は科学者(あるいは魔導師)である母親が、死んだ自分の娘の代わりにするために造った人工生命体で、しかも、母親は自分を失敗作と見なして心底嫌っているということを母親の口から聞くのだが、これらのアニメに私がのめり込んだ理由は、そんなところにあるのだと思う。

だが、たとえ下級人種に生まれたとしても心配はいらない。
欠けている分、素直に神に任せてしまう気になれば、神は面倒を見て下さる。
チン・ニンチュウという、作家で自己啓発分野の事業家は、幼い頃から不遇で、歌手になろうとしたが失敗したこともあった。ところが、彼女はある時、夢の中で自分が羊になり、目が醒めた時、自分はただ、神様にしっかり面倒を見てもらえば良いのだと気付いたという。そして、涙がとめどなく流れたという。
法然が、「自力を頼らず、全て仏に任せる絶対他力」の方法として、ただひたすら念仏を唱えることを教えたように、岡田虎二郎も、「岡田式静坐法は絶対他力である」と説いていた。
実際は、能力の無い者ほど、異常な努力家になり、ちょっと成果が上がれば、滑稽にも英雄にでもなった気になりやすい。私もそんなことがあった。
だが、進歩した宇宙人から見れば、あるいは、お釈迦様から見れば、地球人の間で天才と言われる者も劣等な者も、さしたる差はないかもしれない。それが分かれば、優秀な者も愚鈍な者も、共に自分が人の前に立とうとせず、身を慎むことで世界も平和になるに違いない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
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◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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