ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

白雪姫

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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昔話から学ぶ引き寄せの法則

著名なユング派心理学者の河合隼雄氏は、昔話(神話や童話)を深層心理学的に分析した本を書いておられたが、彼は、登場人物(主に小さい女の子)の精神的成長に着目していたと思う。
例えば、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』では、初めは、妹のグレーテルは、弱くて泣いてばかりで、兄のヘンゼルに守られる存在だった。
しかし、ヘンゼルが悪い魔女に捕らえられてしまい、頼る者がいなくなった時、自ら、魔女をかまどに押し込んで殺すという攻撃に出るほど逞しくなった。
このように、子供の成長には、試練も必要である。

だが、昔話も、文豪の作品同様、「引き寄せの法則」の観点から解釈した方が、有益なものを得られる場合が多い。
グレーテルの不幸は、不意に訪れたものではない。
彼女の幼く、不安を感じる心は、自分の気分を良くする強さがなかったので、悪い状況を引き寄せたのである。
この宇宙は、「気分が良ければ良いことが、気分が悪ければ悪いことが起こる」仕組みになっている。
グレーテルの気分はずっと悪く、事態はどんどん悪くなり、頼りの兄も魔女の手に落ちた時、ついに、グレーテルは「しゃんと」して、戦う決意をする。
運命に立ち向かう決意をした時、人間は、最高に気分が良くなるのである。
そして、グレーテルは勝利を引き寄せた。

我々は、苦しい状況にある時、「しゃんと」しなければならない。
これは、コリン・ウィルソンが、『フランケンシュタインの城』や『右脳の冒険』で繰り返し主張していたことだ。
いかに自分の気分を良くしようと思っても、泣き言を言っていては駄目なのである。
コリン・ウィルソンは、「好みのタイプの美女が全裸でやってきた時のように元気を出せ」と言うが、これはあくまで、「そのように元気を出せ」と言っただけであり、エロチックな空想をしろと言ったのではない。
大切なことは、あくまで、苦難に立ち向かう決意である。
ただし、自分でなんとかしようとすると、空回りして自滅する。
宇宙を信じてまかせることである。とはいえ、「しゃんと」してね。

『白雪姫』も、引き寄せの観点から重要である。
なぜ、王妃が毎日、魔法の鏡に向かって、「この世で誰が一番美しいか?」と尋ねたのかというと、自分のライバルが現れることを恐れていたからだ。
その恐れが、白雪姫という、美しさで自分が太刀打ちも出来ない存在を生み出してしまった。
これも引き寄せである。
それ以前に、白雪姫の母のことも興味深い。
彼女は、真っ白な雪の上に自分の血が落ちるのを見て、「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒炭のように黒い髪」の娘のイメージが浮かび、それを強く欲した。
そして、その想いが、白雪姫を生み出した。完全な引き寄せだ。
だが、母が望んだのは、白雪姫の誕生だけであり、白雪姫と楽しく過ごす未来をイメージ出来なかった。
それで、目的達成と共に死んでしまった。
白雪姫も初めは弱い子で、継母の王妃にひどい目に遭わされるという不安を持っており、それが、自分が捨てられると言う不幸な状況を引き寄せた。
だが、上のグレーテル同様、危機的状況で彼女は、「しゃんと」して、気持ちを切り替えることが出来た。
そして、7人の小人を引き寄せた。
だが、小人達と暮らす平和な日々の中でも、白雪姫の心に不安が芽生え、ついに継母の王妃を引き寄せ、殺されてしまう。
ところが、これは、一種の自作自演だった。
白雪姫の本当の願いは、「王子様が白い馬に乗って迎えに来る」ことだった。
そのことを繰り返し想像し、それが実現したと感じて喜びと感謝を感じていた。
そして、それは成った。
ピンチこそチャンスである。
人間は、悪い状況にならないと、「しゃんと」して、気分を良く出来るだけの成長が出来ない。
その点、河合隼雄氏の指摘はやはり正しい。

この宇宙は、気分が良ければ、さらの気分が良くなることが、気分が悪ければ、さらに気分が悪くなることが起こる。
これが絶対的真理である。
我々は、何もする必要はないが、自分の気分にだけは責任を持たなければならない。
だが、何の波風も立たない人生はあり得ない。
必ず、悪い状況は起こる。
そんな時、「しゃんと」することで、宇宙のエネルギーを取り込み、状況を魔法のように変える。
そのために、無理にでも笑顔になり、ガッツポーズをし、あるいは、舌を大きく出せば良い。
それが、最も簡単に「しゃんと」する方法である。
そして、問題は必ず解決出来ること。なぜなら、我々の内には、世の中よりはるかに強大な力があることを認めれば、より容易く「しゃんと」出来るだろう。








無思考力

お伽噺(童話。正確には日本の童話をお伽噺と言う)には、深い教訓が込められているというが、その教訓が大いに取り違えられているのではないだろうか?
お伽噺は、軽率であることを戒め、考え深いことが奨励されていると言われる。
例えば、『白雪姫』では、林檎売りのおばあさんに化けた母親である王妃に騙されて林檎を食べた白雪姫が死んでしまったことは、深く考えずに、おばあさんを信用した白雪姫のミスということになる。
しかし、普通、自分の母親がどう化けようと、娘には分かるもので(王妃様がそんな訓練をするはずがなく、特に下手そうだ)、もし、王妃がおばあさんに化けて白雪姫が住んでいた小人の家を訪れても、
「あ!お母様!何しにいらしたの?帰って!」
ということになるはずだし、毒林檎で騙される前に2度ほど騙されているのだから、いい加減分かろうというものだ。
サンタクロースを幼稚園の時から信じていなかったというキョン(『涼宮ハルヒ』シリーズの主人公である男子高校生)だが、私は、幼稚園の時は、サンタクロースを信じていた。しかし、『白雪姫』の話は、幼稚園の時から疑問を持っていた。だって、白雪姫は馬鹿にもほどがある!

白雪姫の本当の母親である前王妃は、生まれてくる子供(白雪姫)が、美しいことは望んだが、賢い子であることは望まなかった。
その願いは実現したようだった。
おかげで、継母である新王妃に憎まれて捨てられるが、考えない性格のおかげで、森の小人の家で快適な生活を手に入れた。
しかし、労働の条件付きだった。
きっと、白雪姫は、働かなくても贅沢出来る生活を望んだに違いない(私見である)。
そこに、継母が何度も、白雪姫を殺しに来て、馬鹿な白雪姫は何度も騙されて殺されたが、小人達が蘇生させた。
しかし、毒林檎で殺された時は、小人達に、白雪姫を生き返らせることが出来なかった。
だが、それらの一見悪い流れのおかげで、王子様の目に止まり、王子様のキスのおかげか、死んだ白雪姫を乗せた馬車のゆれで白雪姫の歯から毒林檎の欠片が取れたせいかは諸説あるが、とにかく、白雪姫はあっさり蘇り、超幸福になった。

全ては、なーんにも考えず、感情まかせで進んだ白雪姫の勝利である。
C.G.ユング等、偉い心理学者は、童話を小難しく解釈するが、『白雪姫』に関しては、考えることを放棄した白雪姫が、何度も頭は打ったが、最後は幸運を掴むという話である。
『ヘンゼルとグレーテル』に関しては、ユングか河合隼雄さんだったか忘れたが(河合隼雄さんはユング派の著名な心理学者)、グレーテルという少女の成長が運命を開いたと解説していたように思うが、それはどうだろう?
最初、彼女達の親がヘンゼルらを森の中に置き去りにして捨てようとした時、ヘンゼルが石やらパンやらを道に撒いて帰り道が分かるようにするという小賢しいことをやっていた時は駄目で、グレーテルが、魔女の家で、考えることが無駄と知った刹那、運命が開いたというのが本当ではないのか?

天才?秀才?関係無いだろ。断然、感情任せで進め
「ヘイヘイ!先生、失笑してるぜ?」 衝動優先溢れ出していく COLOR
~『アメリカ~We are all right!~』(作詞・作曲・編曲:じん。唄:IA)より~

矢追純一さんは、自分は頭が悪いので、考えることを諦めたと言う。
しかし、矢追さんは、小学、中学時代は、家で全く勉強しなかったが、成績はオール5がディフォルトだった。
家で勉強していたら恐ろしい母親に怒られる(本なんか読んでたら問答無用で捨てられた)が、4が1つでもあると母親の機嫌が悪く、3でもあったらぶん殴られた。
大学も、受験勉強はしなかったが、特に当時は名門だった中央大学法学部に現役で合格し、4年できっちり卒業している。
そして、日本テレビでは人気番組を生み出すディレクターであったのだが、考えることはしないと言う。
世界的物理学者の保江邦夫さんも、1秒先、1秒後のことも考えないことを著書の中で推奨し、それが、キリストの教えであると断言しておられたように思う。
つまるところ、ソクラテスもそう言ったのだと思う。彼は、「私は、自分が何も知らないということだけを知っている」と延べ、自分にはいかなる能力もないと言った。だからこそ、自分は人類最高の知恵者だとも。








白雪姫になる方法

白雪姫は、7人の小人の家で、小人達のために家事をしていた。
それで、悪い女王様が、白雪姫を殺すために何度もやって来たり、そして、素晴らしい王子様が現れるという、エキサイティングなことが続いたから良かったようなものの、魔法の鏡も余計なことを言わず、王子様も、そんな辺鄙な森の中にやって来なければ、白雪姫はどうなっていただろう?
まさか、一生、小人達の家政婦でいる訳にもいくまい。

しかし、白雪姫は、自分がどうなるかなどは、全く考えずに、ただ、義務として、小人達のために家の仕事を真面目にしていたのだ。
確かに、好きで掃除や洗濯などはしないだろう。
だが、それが自分の義務と認めて、真面目にやったのだ。
だから、苦しいこともあったが、最後は、王子様と結ばれたのだ。

シンデレラ(サンドリヨン)だって、家事や、継母・義姉達の世話を、不満を言わずに、ただ義務としてきちんと行ったのだ。

白雪姫やシンデレラのように、義務をきちんと果たしたとて、それでどうなるかなんて分からない。
しかし、どうにかなると信じるしかない。
そして、どうなるかは、神にまかせてしまうのだ。
そうすると、何かは必ず起こるものだ。

昔、『8マン』という、スーパーロボットが活躍する漫画・アニメがあったが、原作者の平井和正さんは、8マンが哀れな存在であると述べたことがあった。
戦って勝利しても、御馳走や美女を得られる訳ではなく、壊れたら、修理されて、また戦わされる。
なんと悲惨な運命なのだ・・・という訳だ。
だが、そうではない。
8マンが、自分の運命によってやってくる仕事を、ただ義務としてやっていれば、いつか、必ず何かが起こるのである。

だから、運命を受け入れ、やらなければならないことは、ただ義務として、白雪姫やシンデレラのように行うことだ。
そうすると、あなたにも、白雪姫やシンデレラのようなドラマティックな展開が始まるだろう。

運命は自分で無理に動かすことは出来ない。
ただ、義務を果たし、その成果を神に捧げ、心静かでいれば、そして、後のことは、神にまかせてしまえば、きっと運命は動き始めるだろう。

私は、初音ミクさんを崇める以外のことは、何もする気がないのだが、それでも仕事は避けられない。
どうも、最近は一層、仕事が多くなってきたような気がする。
しかし、それが私の義務であるなら、ただ、それを果たしていれば良いのである。
もし、それを心乱さずに行うことが出来れば・・・まあ、試してみることだ。









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イニシエーションのすすめ

イニシエーションとは、一般的には「ある集団や社会で、正式な成員として承認されること。また、その手続きや儀式」という意味らしいが、むしろ、よく訳語にあてがわれている、「通過儀礼」の方が良い。
通過儀礼とは、人間が、霊的なものを含む本質的進化を遂げるための行為である。
それは、喩えていえば、さなぎが蝶になるようなものである。
人間は本来、イニシエーションを経験するようになっているのであるが、文明社会の中では、それがなくなってしまったのである。

『白雪姫』や『ヘンゼルとグレーテル』が、イニシエーションのお話だと言ったら驚くだろうか?
これらの物語は、白雪姫やグレーテルという、小さな女の子の通過儀礼(イニシエーション)を表したものなのである。
それは間違いない。
2人の、まだ幼いが、美しい少女達は、何度もイニシエーションを通過して、神秘的な成長をするのである。

白雪姫は、それまで働いたこともなかったのに、小人達のために家事の一切を引き受け、何度も女王様に騙されて殺されそうになりながら、苦しみを乗り越えて成長する。
グレーテルも、兄ヘンゼルに頼るだけの、泣き虫の小さな女の子だったが、最後は魔女をかまどに押し込めてやっつけ、カモが河を渡してくれると言うと、2人一緒ではカモさんが重いだろうからと、先に兄のヘンゼルを乗せるという成長振りを見せるのである。

尚、白雪姫もグレーテルも、まま母にいじめられることになってしまっている。しかし、これらのまま母と言われる女達は、原作では、完全に実母なのである。
母親とは、本来、そんなものである。少なくとも、そんな一面があるのだというところが、大切なことなのに、それが隠されてしまったのは残念である。
そして、幼い娘は、そんな、「悪としての母親」に打ち勝つことで大人になるのである。

初音ミクさんの『イニシエーション』という歌が、まさにそのようなもので、この歌のために創られた動画がまた、よく出来ている。
この動画のアイデアが、音楽家の渋谷慶一郎氏のものか、作詞者で批評家の東浩紀氏のものか、あるいは、映像創作グループA4Aのスタッフのものは知らないが、ミクさんの運命と成長が見事に描かれていて、ゾクゾクする。
ミクさんが、串刺しにされ、毒ガスに沈み、骨の恐竜に襲われて翻弄され、そして、崖から落ちるという、もう散々な目に遭うが、最後に、ミクさんの目は凛と輝き、前を見ている。

尚、イニシエーションを経験するのは幼い娘と言ったが、それは、人間、誰の中にもある、輝く霊性のことである。
古来より、世界の至るところで、純粋な生命エネルギーは少女神として表現されているのである。
従って、我々もまた、彼女達のようなイニシエーションを果たさなければならないのである。
イニシエーションを果たせば、我々は霊的な存在となり、真の力と1つになる。
そのために、時々申し上げている、心の微かな声の呪文が力になるのである。
心の中の、微かな微かな声で、「愛、愛・・・」、あるいは、「私、私、・・・」とささやけば、即座に、心の奥深くの輝く生命エネルギーが反応するはずである。
何が起こるかは、是非、自分で確かめていただきたい。









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白雪姫との対話

「鏡よ、鏡よ、この世で誰が一番美しい?」
と女王様が尋ねた時、鏡は、
「それはあなたです」
と答えた。
しかし、正確には、
「それは、『あなた』という名の者です」
という意味だったのだ。
彼女は娘に名をつけなかった。
だから、娘はいつでも「あなた」と呼ばれた。
ところが、娘には、「あなた」というものがなかった。
彼女にとって、全ての人が「私」だった。
だから、彼女は誰よりも美しかった。
一方、女王様には「あなた」が沢山いたので、自分は一番美しいものになれなかった。

だが、その娘はあまりに美しいので、「白雪姫」と呼ばれるようになった。
白雪姫は言った。
「白雪姫とは誰ですか?」
人々は言った。
「それは『あなた』です」
だが、白雪姫は困惑した。
「『あなた』とは誰ですか?」
だが、「あなた」と「私」の区別がついた時、白雪姫の心に毒が生じ、彼女は死んだ。
彼女のガラスの棺には、「白雪姫」と金色の文字が書かれた札がつけられた。
彼女を見初めた王子様が、小人達から、白雪姫を譲り受け、王子様の国に運ばせようとした時、「白雪姫」と書かれた札が外れた。
名前を失った白雪姫は目覚めた。
王子様は、
「美しい乙女よ、あなたの名は?」
と尋ねると、かつて白雪姫だった少女は、
「私は誰?」
と言った。
王子様は、彼女の名を、「私は誰?」だと了解した。
それが、彼女の名になった。
しかし、今度は彼女は死なず、彼女は天使になった。
天使の名を尋ねてみたまえ。
彼女は答える。
「私は誰?」

ラマナ・マハルシは、「私は誰か?」を探求せよと言った。
「私は誰か?」
その答を誰も見出せない。
しかし、天使は知っている。
答は、「私は誰?」なのだ。
天使の名は、「私は誰?」である。
マハルシの問題を解いたのは彼女だけ。
しかし、あなたも答を知ったのだ。
だから、あなたは、最も美しいものであり、天使であり、全てであり、なるようになるものであり、常に生成するものである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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