「世界は自分が作っている」という言葉は、どうも誤解を招き易い。
「〇〇さんよ、私の恋人になれ」と命じてそうなる・・・というふうに、私が世界を作っているわけではない。
では、「本当の想いが世界を作っている」のかというと、それも違う。
たとえば、「俺の本当の想いは、皆が俺の言うことを聞く偉い立場になり、女子大生の彼女がいること」だとしても、そうなるわけではない。
あるいは、「いや、君の本当の想いは、安らかで愛ある生活をすること」だとか「私の本当の想いは、世界平和」だとしても、やはりそうはならない。
では、私の何が世界を作っているのかというと、『ラマナ・マハルシの教え』の中で、私好みの単純な言葉ではないが、適切に表現されている。
それは、「微細な想いの集まりから成る潜在的な傾向性」だ。
これを単純に言えば、「心の癖」「心のパターン」「心の色」と言えるし、こう言えば、少しはピンとくるだろう。
つまり、「自分の心の癖(パターン、色)が世界を作っている」のである。
そこで、心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものにすれば、世界は自分の好ましいものになると考え、「私は金持ちだ」「私はモテる」といったアファーメーションをしたり、好ましいイメージを度々想像して心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものに変えようとする。
それこそ「口ぐせが人生を変える」とか言って、良い口ぐせを持てば良い世界になると言う人もいる。
しかし、それらは全部うまくいかない。
なぜなら、心の癖(パターン、色)は、もっともっと強制的なもので作られたのだから、その程度のもので変えられるはずがない。
強制的なものとは、親や学校の躾けや教育、あるいは、テレビが垂れ流すプロパガンダ(※)だ。
これらは正しくは洗脳と言うべきかもしれない。
※プロパガンダ(propaganda)とは、意図をもって、特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略のこと。 大きな括りでは国家においての思想統制や政治活動、小さな括りでは宣伝広告や広報活動もプロパガンダに含まれる。
もっと簡単に分かるためには眠っている時の夢を考えれば良い。
夢こそ純粋な心の癖(パターン、色)の産物だ。
なぜなら、夢は現実と違い、物理的制約がないからだ。だから、心の癖(パターン、色)がモロに反映される。
目覚めた時、夢を奇怪に感じるのは、目覚めている時の思考が物理的制約に慣れているからだ。
だが、その物理的制約とやらも、1つの心の癖(パターン、色)で、目覚めている時の心の癖(パターン、色)をそのように(物理的制約がないように)変えれば、現実世界でも空を飛べるし、ゾウも持ち上げられるし、屋根まで飛び上がれる。
夢と現実は全く同じなのだが、夢では、心の癖(パターン、色)が目覚めている時のものと少し違う・・・正確には、夢では、目覚めている時の心の癖(パターン、色)の一部が消えるのである。

AIアート470
「星と花の静寂」
Kay
では、どうすれば良い・・・つまり、好ましい世界に出来るのか。いや、正しくは、嫌な世界を終わらせることが出来るのか?
それは、現実が夢と全く同じであると見なすことだ。
ラマナ・マハルシも「現実と夢に違いはない。あるとすれば、長いか短いかだけだ」と言い、江戸川乱歩が「夢の方が現実より本物だ」と言ったのは、夢の方が現実より心の癖(パターン、色)の影響が少ないのだから当然である。
とにかく、現実も夢と変わらないことを見抜くことが大切で、それを心に言い聞かせることも必要だろう。
「これは夢なんだ」とね(笑)・・・いや、マジでやる限り笑うことではない。
そして、現実が夢と同じであることを見抜く最上の方法が、深呼吸と薄目で見ることである。
深呼吸をすれば体調が良くなり、心が静かになり、思考が消える。
そして、薄目で見れば、「世界が製造される様子」が見えるのである。
少なくとも、薄目で見れば現実も夢のように感じる。それが良いのである。
「〇〇さんよ、私の恋人になれ」と命じてそうなる・・・というふうに、私が世界を作っているわけではない。
では、「本当の想いが世界を作っている」のかというと、それも違う。
たとえば、「俺の本当の想いは、皆が俺の言うことを聞く偉い立場になり、女子大生の彼女がいること」だとしても、そうなるわけではない。
あるいは、「いや、君の本当の想いは、安らかで愛ある生活をすること」だとか「私の本当の想いは、世界平和」だとしても、やはりそうはならない。
では、私の何が世界を作っているのかというと、『ラマナ・マハルシの教え』の中で、私好みの単純な言葉ではないが、適切に表現されている。
それは、「微細な想いの集まりから成る潜在的な傾向性」だ。
これを単純に言えば、「心の癖」「心のパターン」「心の色」と言えるし、こう言えば、少しはピンとくるだろう。
つまり、「自分の心の癖(パターン、色)が世界を作っている」のである。
そこで、心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものにすれば、世界は自分の好ましいものになると考え、「私は金持ちだ」「私はモテる」といったアファーメーションをしたり、好ましいイメージを度々想像して心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものに変えようとする。
それこそ「口ぐせが人生を変える」とか言って、良い口ぐせを持てば良い世界になると言う人もいる。
しかし、それらは全部うまくいかない。
なぜなら、心の癖(パターン、色)は、もっともっと強制的なもので作られたのだから、その程度のもので変えられるはずがない。
強制的なものとは、親や学校の躾けや教育、あるいは、テレビが垂れ流すプロパガンダ(※)だ。
これらは正しくは洗脳と言うべきかもしれない。
※プロパガンダ(propaganda)とは、意図をもって、特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略のこと。 大きな括りでは国家においての思想統制や政治活動、小さな括りでは宣伝広告や広報活動もプロパガンダに含まれる。
もっと簡単に分かるためには眠っている時の夢を考えれば良い。
夢こそ純粋な心の癖(パターン、色)の産物だ。
なぜなら、夢は現実と違い、物理的制約がないからだ。だから、心の癖(パターン、色)がモロに反映される。
目覚めた時、夢を奇怪に感じるのは、目覚めている時の思考が物理的制約に慣れているからだ。
だが、その物理的制約とやらも、1つの心の癖(パターン、色)で、目覚めている時の心の癖(パターン、色)をそのように(物理的制約がないように)変えれば、現実世界でも空を飛べるし、ゾウも持ち上げられるし、屋根まで飛び上がれる。
夢と現実は全く同じなのだが、夢では、心の癖(パターン、色)が目覚めている時のものと少し違う・・・正確には、夢では、目覚めている時の心の癖(パターン、色)の一部が消えるのである。

AIアート470
「星と花の静寂」
Kay
では、どうすれば良い・・・つまり、好ましい世界に出来るのか。いや、正しくは、嫌な世界を終わらせることが出来るのか?
それは、現実が夢と全く同じであると見なすことだ。
ラマナ・マハルシも「現実と夢に違いはない。あるとすれば、長いか短いかだけだ」と言い、江戸川乱歩が「夢の方が現実より本物だ」と言ったのは、夢の方が現実より心の癖(パターン、色)の影響が少ないのだから当然である。
とにかく、現実も夢と変わらないことを見抜くことが大切で、それを心に言い聞かせることも必要だろう。
「これは夢なんだ」とね(笑)・・・いや、マジでやる限り笑うことではない。
そして、現実が夢と同じであることを見抜く最上の方法が、深呼吸と薄目で見ることである。
深呼吸をすれば体調が良くなり、心が静かになり、思考が消える。
そして、薄目で見れば、「世界が製造される様子」が見えるのである。
少なくとも、薄目で見れば現実も夢のように感じる。それが良いのである。
