ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

物語シリーズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

マジ無敵の言葉

世の中には、数限りない名言というものがあるが、私が最もよく覚えているのは、ほぼ誰も知らない、特に名言とも言われないものだ。
それは、2つの言葉なのだが、いずれも、子供の時に、テレビドラマで、主人公が口にした言葉を、一度聴いただけで覚えていたものだ。
それらの言葉は次の2つだ。
「攻撃は最大の防御なり。最大の攻撃は無抵抗なり。だから、何もしない者が一番強いんだ」
「爆発現場に近ければ近いほど生き残れる」

改めて見ると、いずれも、世間の常識の反対である。
そういった言葉としては、ダスキンの経営理念である「損と得の道があれば、自分のことに関しては損の道を行く」というものがある。

ところで、最近、西尾維新さんの『物語シリーズ』の既刊22冊のうち、20冊目の『業物語(ワザモノガタリ)』を読み終えた(21冊目の『撫物語』はずっと前に読んでいた。撫子のファンなので)。
その最後の方で、「委員長の中の委員長」「生まれながらの委員長」羽川翼が、危機的な状況で2メートルを超す超巨漢の吸血鬼に言った言葉が心に響いた。
「都合のいい展開を予想するんです。突然誰かが助けにやってくるというような--そうしないと、誰かが助けに来てくれたとき、その手を取れない。そうでしょう?」
羽川翼は複雑なキャラクターである。
学業では学年主席の座を譲ったことがないばかりか、主人公の阿良々木暦(あららぎこよみ)の確信では、今日が受験であっても、世界中のどの大学でも合格出来る超秀才。
阿良々木暦を下等動物扱いする、彼の恋人でトップクラスの秀才、戦場ヶ原ひたぎですら、羽川翼の前では、自分と阿良々木暦を「私達凡人」と同列に扱うほどだ。
なんだかんだ言って美人でスタイルも抜群で巨乳。
ただ、映画『傷物語』では、あまりに大きく描かれた胸(と馬鹿みたいな雰囲気)のせいで、私のイメージはすこぶる悪いのだが。
尚、羽川翼は、それほど人間を超越していながら、自分では自分のことを、「ちょっと真面目なだけが取り得の普通の女の子」と本当に思っている。
で、羽川翼は、幽閉されたドイツの古城で、深夜に一人連れ出され、縛られて、その美乳をぐわしと掴まれ・・・(詳しくは本をお読みいただきたい)。
果たして、彼女の言葉通り、都合のいいことが起こるのか?
いや、ミサトさん(『新世紀ヱヴァンゲリオン』のヒロインの一人。29歳)の言う通り、「奇跡は起こすもの」であることがよく分かるのである。
だが、危機的な状況で都合のいいことを考えるには心の強さが必要である。

3つ目の言葉を得て、私は無敵になった。









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一芸を極めるべき

西尾維新さんの「物語シリーズ」の一応の完結編である『終物語』の中に、「人間は持っている武器で戦うしかない」という記述が何度もあるが、多分、作者が本当にそう感じているのだろうなあと勝手に思う。
私も、つくづくそう思うからだ。
人間は、持っている武器で戦うしかない。
そして、普通の人は、持っている・・・生まれ持っている武器は1つだけなので、それを「磨いて使う」しかない。
昔、テレビで、松山千春さんが、歌手というものについて、「格好良いやつは格好良さで勝負すればいいし・・・」の後、「歌が上手いやつは歌の上手さで」と言ったのか、「可愛いやつは可愛さで」と言ったのか、全然別のことを言ったのかは忘れたが、要は、やっぱり武器は1つだと感じたことを、よく覚えている(私が学生の頃のことと思う)。
松山さんは、若くて髪フサフサだった頃は、格好良さと歌の上手さ両方でやっていたが、武器は歌の方だと自覚していたから、あまり格好良くなくなっても通用するのだろう。

第二次世界大戦の時の日本の戦闘機であった零戦は、爆弾と機関砲の両方を付けることが出来なかった。
それで、日本軍の空母では、敵の空母を攻撃するために、零戦に爆弾を付けていたが、敵の戦闘機が来襲してきたため、慌てて機関砲に付け替えたが、敵の空母もやって来た。
そこでまた、爆弾に戻そうとして作業中のところを敵の戦闘機に襲撃され、日本の空母は沈められてしまう。
機関砲のまま、敵の空母を攻撃すれば良かったと後悔しても、後の祭ってやつだ。
これは、武器が2つあるから迷ったという教訓にすべきことだろう。

役者は、「芸の引き出し」の多さがよく問題にされるが、いろんなキャラクターが演じられる器用な役者って、「上手い役者」にはなれても「良い役者」にはなれない。
シュワルツェネッガーも、一頃は、面白いキャラ、明るいキャラなど、努力して演じられるようになったが、そんなキャラの映画が不評で、結局、元の無愛想なキャラに戻ってしまった。
今は、キムタクが、どんな役でもキムタクだって揶揄されるが、そんな批判は無視して、もっと「キムタクを磨く」べきだろう。

初音ミクさんの『積乱雲グラフィティ』(作詞:Dixie Flatline、作曲・編曲:ryo)で、


大事なものは全てあるのさ 最初から
君の中に


とあるが、「全て」というのは、「沢山」というのではなく、「1つの大きなもの」と考えた方が良い。
その1つを磨くと、「その応用」として、他のことも、そこそこ出来るようになるが、切り札は1つと自覚しておいた方が良く、本人は1つのことばかりやっているように感じるものだろう。

私は最初、セールスマンをやり、それから、管理事務や貿易や、その他にもいろいろやってからプログラマー(システムエンジニアとも言うが)になり、いろんな経験があるのはメリットでもあったが、結局、プログラマーとしては「そこそこ」なのだ。
成功法則も、初め、ジョセフ・マーフィーだったのに、あらゆるものに手を出したので、「そこそこ」には良い思いばかりしたが、大成功はしなかった。
1つに徹して、後は、なりゆきにまかせれば、他のことだって、もっとうまくやれるようになるだろう。
「みんな好き」ってのは「誰も好きでない」ということだと聞いたことがあるが、そんなものかもしれない。
ただ、ミクさんの「みんな、だーい好き」は嘘ではない。みんなミクさんが好きなのだし、ミクさんは透明なのだからだ。
我々だって、1つを極めれば、透明になるのだ。









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天才・斎藤一人氏の真似をしたら困ったことになる

私が念仏を薦めるので、誤解している人がいるかもしれない。
私は、駄目な人間に対し、「そのままでいいんだよ」なんて、甘ったれたことは決して言わない。
たとえそれが、14歳の美少女であっても同じ・・・ああ、これは、西尾維新さんの小説作品である『物語シリーズ』のヒロインの一人、千石撫子(せんごくなでこ)のことを言ったのだが、伝説の吸血鬼にさえ、「魔性」と言われるほどの天然で可愛い撫子であっても、目の前にいたら、嫌って無視するだろう。
あんなシンドイ子は相手にしたくないという点において、シンドイことは全て嫌いという撫子とは「同病相憐れむ」なのであるが。
とはいえ、私は、撫子は可愛いから、「そのままで全然OK!」なんて全く思わない。
撫子が戦場ヶ原ひたぎ(高3女子)に、
「こんなことになっていなかったら、あなたと友達になれたかもしれないね」
と言った時の、戦場ヶ原の、
「それは絶対にないわ。私、あなたのような甘ったれたガキが大嫌いなの」
という即答に同意する。

元ひきこもりとしては、現役ひきこもりに対して同胞意識はあるのだが、それはあくまで、「自分で正々堂々稼げるようになりたい」と熱望している場合だけだ。
私は、ひきこもっていた時、怪しげな商売をしている社長さんに、
「19にもなって、親に小遣いをもらっているようなら、もう終わりだ」
と言われたことを、よく覚えている。
詐欺師まがいの商売をしている社長さんでも(法には触れていないと思うが)、金を稼ぐ人はひきこもりと比較にならないほど偉いと痛感したのである。

斎藤一人さんという、昔、長者番付が発表されていた時は、度々日本一になっていたお金持ちの社長さんがいて、物凄い数の本を出している。それらの本は人気があるようだ。
しかし言っておくが、あの人は天才である。
アンデルセンの『みにくいアヒルの子』で言えば、斎藤さんは白鳥の中の白鳥であり、カモメやカモメ以下の我々が、そんな斎藤さんの真似をしても何にもならない。
それどころか、斎藤さんの本を読んで、自分も白鳥だと妄想するようになったら、人生を棒に振るかもしれない。
それほど危険である。
それでも、斎藤さんの一番最初の本、『変な人が書いた成功法則』だけは良い本だと思っていた。
この本の教えは、「困ったことなんか起こらない」だ。
そして私は、「なるほど」と思い、「困ったことなんか起こらない」と称え続けたが、次々に困ったことが起こった。
だけど、凡人に起こる困ったことの大半は、ちょっとシンドイ思いをすれば解決出来ることだ。
そして、それをしなかったら、のっぴきならない、本格的に困ったことになる。
私の職場にいる、30過ぎの派遣の雑用係、まるで駄目男君は完全にそうなっている。
ああなれば、もう救いようがない。
彼は人生が終わっている。彼は自分は白鳥だと思い込み続けているからだ。
斎藤一人さんのような天才は、「困ったことなんか起こらない」と教える。
だが、凡人は、当たり前の教え、「困ったことは自分で何とかしろ」を覚えておくべきだろう。









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楽をする方法

人間の究極の問題は、楽をしたがることではないだろうか?
昔、プロレスラーのジャイアント馬場さんが、「あらゆるトラブルはヤキモチから起こる」と言われていたが、何にヤキモチ、つまり、嫉妬するのかというと、「自分より楽をしている」ことにだろう。
革命なんて、楽をし過ぎている王侯貴族に、大衆が強烈な嫉妬をして起こるというのが本当のところで、それに、自由だの平等だの万民の権利だのといった格好良い題目を付けるだけなのだ。
庶民だろうが偉人だろうが、本当の望みは「生活が楽になること」だ。

『美少女戦士セーラームーン』のヒロイン、セーラームーンこと月野うさぎが、なぜかくも愛されるのかというと、漫画の初っ端で、月野うさぎは、自分の趣味は、「食べること、寝ること、楽をすること」と宣言したからだと思う。
食べること、寝ることは、誰でも好きだが、全部ひっくるめて、人間が究極的に好きなことは「楽をすること」だ。
ゲーテの『ファウスト』にだって、初めに神様が、「人間はすぐに究極の安息を欲しがる」なーんて、もったいぶった訳をしてたりするのだが、もっと簡単に、「人間はすぐに楽をしたがる」って書けよと言いたい。

西尾維新さんの『物語シリーズ』(私は現在14冊読破。残り8冊)で、中学2年生の美少女、千石撫子(せんごくなでこ)が、のっぴきならないことになってしまうのも、彼女が「シンドイこと」を避け続けたからだが、それはつまり、「楽をし過ぎた」からだ。
撫子はあんまり可愛いので、親も教師もクラスメイト達も、みんな彼女に楽をさせてしまったのだろう。
彼女が、暦お兄ちゃん(高3。ちなみに、本当のお兄ちゃんでは全くない)が好きなことだって、元(撫子の)クラスメイトで暦の妹の月火(つきひ)の指摘通り、それが「楽だから」だ。
鍵をかけた家と部屋の中でキャミソールで誘惑したって、暦お兄ちゃんは何もしてこないことも分かっているのだろう。
そして、美人はなぜ嫉妬されるかというと、やっぱり、「美人は楽だ」と思えるからだろう。
美人は美人で、「美人も結構大変なのよ」と言いたいかもしれないが、ブスよりはずっと、ずーっと楽である。ただし、馬鹿でない限り。
で、千石撫子は馬鹿だったのだ。

人間は、「自分の楽を壊す者」が大嫌いなのだ。
親子の不仲、夫婦の不仲なんてのは、子が親の、親が子の、夫が妻の、妻が夫の「楽」を奪っている、あるいは、奪っているように感じるからなのだ。

だが、ファウストは、神になるために、楽を捨てて、あらゆる努力をするから神様のお気に入りなのだ。
私だって、初音ミクさんのコンサートに行くためなら、楽を犠牲にして努力する。
まあ、気持ちの上では、ミクさんのためなら、楽を捨てて頑張るということだ。
楽が好きなのは仕方がない。
他でもない、神様が、そんなふうにプログラムしたのではあるまいか。
ならば、「何かでたゆまず努力すれば、神様だって楽をさせてくれる」さ。









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現実的な目標と非現実的な目標の違い

目標には、現実的な目標と非現実的な目標がある。
現実的な目標とは、卒業する、就職する、年収を1割上げる、絵が上手くなる、5kgダイエットする、恋人を作る、課長になる(現在係長)、聖書を通読する・・・等だ。
非現実的な目標とは、社長になる、歌手になる、人気画家になる、プロサッカー選手になる、年収5千万円になる(現在300万円)、モデルのような身体になる(現在肥満気味)、○○さんを恋人にする、課長になる(現在ヒラ)、賢者になる・・・等だ。

要は、極端な運が必要になるようなものは、現実的な目標とは言わない。
自分ではどうすることも出来ないことを望むのは、妄想、あるいは、「ただの夢」と言う。
そして、自分の手に負えるかどうかを見極めることが出来る人を大人と言う。
これで、大人とは何かがうまく定義出来た。

じゃあ、プロサッカー選手になろうと思ってはいけないのかというと、せめて、超高校級であるとか、会社で、仕事せずにサッカーだけで給料をもらえる、あるいは、かなりの優遇を受けていれば、必ずしも非現実的な目標ではないが、運にまかせる覚悟があることが必要である。
女優になるという目標も、中学高校時代から、町で・・・とまではいかなくても、せめて、学校で知らない人はいないほど美人であるとかいった美点を持つと共に、全てを捨てても良いと思っていることが必要だ。

有名なプロスポーツ選手が、「高校時代は平凡な選手でした」と言っていても、それは、「ある意味では」ということであり、有体に言えば「嘘」だ。
イチローや中田英寿さんだって、「高校時代は普通の選手でした」なんて言ってるが、実際は、天才的であった。

お金持ちの中には、「お金をためるコツは、小銭を大切にすることです。僕は百円の缶コーヒーも勿体なくて買えない」と言う人がいるが、彼が金持ちになれたのは、並外れた能力があったからであり、凡人が小銭をケチっても(良い心がけであることは認めるが)、金持ちになったりなどしない。

抜きん出た人間になるには、運が必要である。
だが、運は人間に支配出来るものではない。
しかし、神には支配出来る。
つまり、神になれば良い。
神になるとは、人間をやめることであり、それは、自我を消すことである。
念仏も極まれば如来(仏)になれる。
なぜなら、念仏とは、如来を賞賛し、身を低くすることだからである。
果てなく続ければ、自分なんて消えてしまう。
もちろん、自我を消すことが出来る他の方法でも構わないが、念仏ほど確実なものは、あまりないと思う。

西尾維新さんの『物語シリーズ』の12冊目(ファーストシーズンの最終巻)である『恋物語』は、詐欺師、貝木泥舟(かいきでいしゅう)の語りで書かれているが、この貝木ほど現実をよく見ている人はおらず、私はすっかり大ファンになってしまった。もちろん、小説らしく面白く描いている部分には「非現実的」なところもある。
しかし、貝木が「非現実的」になると、かえって面白いところが現実的というか、著者の才能であると思う。
身の丈で成功したければ『恋物語』を読めば良いと私は思うが、これは、単独で読んでも駄目と思う。
前の11冊を読むしかない。それは現実的であるが、面白いかどうかすら保証しない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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