ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

無駄な努力

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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幼稚な夢から覚めない人達

文章でも動画でも良いのだが、見ていて楽しいのは、
「スクワット100回を1か月やってみた」
「プランク3分3回を3か月やってみた」
「読書30分を半年やってみた」
といった、前向きな動機で自主的に継続して行ったというお話だと思う。
そういった文章や動画になるということは、継続に成功したということであるが、そんな強い意思を証明した達成記録は、見ていて元気が出るものである。
まあ、ひろゆきさんのような人に嘲笑われそうな、「それ、何か意味あるの?」といった努力もあるのかもしれないが、そういった類のものは、すぐ分かると思うので、別とする。
別とはするが、たとえ本当に馬鹿な努力だとしても、やっている者が満足しているなら笑うべきではないだろう。単に無視すれば良い(笑)。
一方で、真面目な努力を嘲笑う人間もいるのだが、それは、かなり寂しいやつであると思う。

やはり、「やってみる」ことが大切なのだと思う。
ニコニコ動画などで、軽いノリで実施した「やってみた動画」というものが昔からあるが、思ったことをやるというのは、やらないよりずっと良い。
まあ、やっていいことと悪いことの区別がつかない馬鹿も多いのだが、人に迷惑がかからないことなら、見栄を捨て、恥をかくことを恐れずに、やりたいことをやるのは、疑いようもなく良いことだろう。

「無駄な努力」という言葉があるが、これは正確には、「無駄になるかもしれない努力」だろう。
本当に無駄な努力であれば価値はないが、無駄かどうか分からないことに取り組むことは高貴な心構えであると思う。
映画やアニメで、適役が「無駄なあがきをするな」とヒーロー達に言う時は、実際は、無駄とは決まっていないのである。とはいえ、うまくいく可能性は極めて低いかもしれないが、ヒーローたるもの、そういった可能性に賭けなければならない時もあるだろう。

人生というのは、無駄なあがきをすることが最も楽しいのである。
とはいえ、強豪でもない高校の野球部ですらレギュラーにもなれない選手がプロになろうとするのは本当に無駄なことで、そんな無駄をやろうと志すのは、夢が大きいのではなく、幼稚なだけであり、弱過ぎるのである。
だいたい、強豪校のエースですら、プロになるのは無理とすぐに分かることも多い。
そもそも、幼稚な夢を卒業出来ない者は、大して努力はしないものである。

僅かな可能性しかなく、うまくいくとしたら「たまたま」でしかない。よって、うまくいかなくても文句は言わない。
そういったことを敢えてするのは楽しいものだ。
そういったことは、若い間は割と自由に出来ることが多い。しかし、歳をとっても、工夫すればなんとかやれることがある。
こんな話で、宝くじのことを考えるのは程度が低いと思われる。
まあ、当たらなかったら殺されてもいいとか、当たらなかったら破滅する状況で、外れても一切文句を言わないというなら、勝手にすれば良いが。

「星を掴もうとするのは危険だが、それをしないと寂しい惨めな人生になる」
「叶わない夢はない」
というのは良い言葉だが、その星や夢が、本当に価値があることか、プロペラ機で月に行こうとするような愚かなことでないかは分からないといけない。
だが、そんな常識のない者が、やたら多くなってきた。
これは支配者の洗脳なのだろうか(笑)。
それは分からないが、愚か者には引き寄せが出来ないことは、多少カウンセラーみたいなことをしていたら、つくづく思い知るのである。

私は今朝書いた、バードドッグを1日3回やろうと思う。
それと、大海で針とは言わないが、大海でUFOを見つけるくらいのことはやろうと思う。勝算はないが。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マスターの教え(ジョン・マクドナルド)
(2)アルケミスト ~夢を旅した少年~(パウロ・コエーリョ)
(3)偶然のチカラ(植島啓司)
(4)人生に奇跡をおこす(ジョセフ・マーフィー)

みずうみ
AIアート1981
「みずうみ」
Kay

奇跡が起こる条件

私は「努力」は嫌いだが、「無駄な努力」は大好きだ。

「努力」とは、褒美や報酬を得るために行う、「報われる」行いだ。
例えば、受験に合格するための受験勉強。
就職するために、WordやExcelの勉強をしたり、資格を取る。
好きな女の子を彼女にするために、プレゼントをしたりお洒落をする。
男にモテるためにエステに通って外見を美しくする。
給料を上げるために仕事に励む。
スポーツの大会で勝つためにトレーニングに励む。
その他、「見返り」を求めて行うことが、世間で言う努力だ。

一方、「無駄な努力」は、見返りを期待しない、何の得にもならない行いだ。
例えば、可能性が全くない状況で、ピアニストを目指しピアノの練習に励む。
進学が不可能な状況で受験勉強に励む。
彼女に出来る可能性が全くない女の子に対して献身的に尽くす。
大海の中で1本の針を探すような、ほぼ絶望的な状況に挑む。

「努力」は現実主義者の行いで、「無駄な努力」は、非現実的な夢想家、妄想家の行いだ。
ただし、それは本人の意識の問題なのだ。
例えば、ミュージシャンを目指す者がいるとする。
本人は、いつか大きなコンサート会場で、大勢のファンの喝采を浴びながら演奏したり歌うことを夢見て、今日も音楽に励んでいる。
しかし、周りから見れば、作る曲は全然駄目だし、何より、本人に華がなく、ミュージシャンとして活躍する姿がイメージ出来ない。
そんな状況でも、本人が見返りを求めている以上、これは「努力」である。
一方、そんな者とは違うミュージシャン志望者もいる。音楽は好きだが、自分がプロのレベルに程遠いことや、外見が良くないことも自覚し、ミュージシャンになれる可能性はほぼないことを、はっきり理解している。それでも音楽を続けている。こんなのが、私の言う「無駄な努力」だ。
言い換えれば、「欲望を持っている」者のやることが努力で、「欲望を捨てた」者がやることが無駄な努力だ。
ただし、欲望を持っている者は「魂の願い」を見ていない。
一方、欲望を捨てた者は「魂の願い」を見ている。
上のニュージシャンの例で言えば、音楽で儲けたり称賛されること夢見る者は、魂を曇らせている。
対して、音楽での成功をほとんど諦めているのに音楽を続けている者は、単に腕前の向上を目指しているのであり、音楽の神に1センチでも近付こうとしているのである。

「諦めて尚且つ進む」ことが無駄な努力である。
こう言うと、小説や漫画や映画やアニメで、こんな場面が多いことを思い出すかもしれない。
「勝利の可能性は万に1つもない。しかし、彼は諦めていない!」
ベタなヒーローの姿である。
だが、本物のヒーローは諦めている。だが、それでも進むのである。
その時、奇跡が起こる。
彼に甘い期待がある限り、奇跡は起きないのである。

「神様の奇跡が起こる」と唱え続け、くじで1億円を当てたホームレスがいたらしい。
1~2週間の間、1日中唱えていたらしいが、その中で、諦めてしまったのだ。
その時、奇跡が起こったのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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