有名な映画評論家だった淀川長治(1909~1998)さんの著書に『私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない』というタイトルの本がある。
凄いタイトルだと思うかもしれない。
世の中には、ほぼ全ての人間が嫌いとか、好きな人と嫌いな人はハッキリしていると言う者、さらには、自分さえ嫌いという人も沢山いる。それほどでなくても、誰しも「合わないやつ」はいると感じていると思う。
しかし、考えてみれば、嫌いな人に合わずに済むほど幸せなことはそうはない。
天国でもなければ、そんなことがあるはずがない。
では、「私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない」なんて言葉をほざく(笑)人がいたら、大嘘つきか狂人ではないのか?
実は、「私は嫌いな人に逢ったことがある」「私は嫌いな人がいる」と言う人こそ、大嘘つきか狂人であるらしい。
嫌いな人なんかいるはずがない。
嫌いな人がいると思っているとしたら、それは錯覚である・・・つまり幻想を見ているようなものなのだ。
別に、「人を嫌ってはいけません」という道徳論や、「本当に悪い人などいません」という宗教論ではない。
ラマナ・マハルシのように「人を嫌っているのは誰か?それを見出しなさい」というわけの分からないことを言う気もない。
嫌いな人がいたら「私は本当にこの人が嫌いなのだろうか?」と疑ってみれば良いが、そうしたら、「もちろん嫌いだ」で終わってしまうかもしれない。IQ104以下だと、まずそうなる。
では「私は、この人がいるからといって何か困るのだろうか?」と疑うと良い。
すると、IQ119以下だと、「もちろんだ。この人がいて困っているから嫌いなんだ」と言うだろう。
だがここで「本当にこの人がいて私は困っているのか?」と鋭く疑うと、IQが160まで上がり、「いや、別に困っていない」となるのである。
すると、本当に困らなくなってしまう。
その人が消えてしまうことも多い。
そりゃ、いもしない人を嫌いようもない。
私は、小学5年生の時、ジョン・W・キャンベルのSF小説『月は地獄だ!』を読んで感激した場面がある。
月に送られた科学者の1人が、事故で片足を失う。
だが彼は「私は別にマラソンランナーじゃないんだから困らない」と言う。
普通の人なら「私は片足がなくなって本当に困るだろうか?」と疑うことでIQが上がって「いや困らない」となる。
しかし、この科学者は最初からIQが非常に高いので、全く困らなかったのである。
これは、ポジティブシンキングとかではなく、純粋に知能の・・・本当の知能の問題だ。
そして、本当にIQが高いとはメンサの入会試験に受かることではなく、困らないことだ。
メンサの会員でも「困った困った」と思っている者は、本当はIQが低いのである。実際、そんな者はメンサの会員といったところで、科学者にも有名な映画評論家にも・・・いや、凡人以上にもなれないだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない(淀川長治)
(2)月は地獄だ! (ジョン・W・キャンベル)
(3)月は地獄(桑田次郎)

AIアート2212
「花の時」
Kay
凄いタイトルだと思うかもしれない。
世の中には、ほぼ全ての人間が嫌いとか、好きな人と嫌いな人はハッキリしていると言う者、さらには、自分さえ嫌いという人も沢山いる。それほどでなくても、誰しも「合わないやつ」はいると感じていると思う。
しかし、考えてみれば、嫌いな人に合わずに済むほど幸せなことはそうはない。
天国でもなければ、そんなことがあるはずがない。
では、「私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない」なんて言葉をほざく(笑)人がいたら、大嘘つきか狂人ではないのか?
実は、「私は嫌いな人に逢ったことがある」「私は嫌いな人がいる」と言う人こそ、大嘘つきか狂人であるらしい。
嫌いな人なんかいるはずがない。
嫌いな人がいると思っているとしたら、それは錯覚である・・・つまり幻想を見ているようなものなのだ。
別に、「人を嫌ってはいけません」という道徳論や、「本当に悪い人などいません」という宗教論ではない。
ラマナ・マハルシのように「人を嫌っているのは誰か?それを見出しなさい」というわけの分からないことを言う気もない。
嫌いな人がいたら「私は本当にこの人が嫌いなのだろうか?」と疑ってみれば良いが、そうしたら、「もちろん嫌いだ」で終わってしまうかもしれない。IQ104以下だと、まずそうなる。
では「私は、この人がいるからといって何か困るのだろうか?」と疑うと良い。
すると、IQ119以下だと、「もちろんだ。この人がいて困っているから嫌いなんだ」と言うだろう。
だがここで「本当にこの人がいて私は困っているのか?」と鋭く疑うと、IQが160まで上がり、「いや、別に困っていない」となるのである。
すると、本当に困らなくなってしまう。
その人が消えてしまうことも多い。
そりゃ、いもしない人を嫌いようもない。
私は、小学5年生の時、ジョン・W・キャンベルのSF小説『月は地獄だ!』を読んで感激した場面がある。
月に送られた科学者の1人が、事故で片足を失う。
だが彼は「私は別にマラソンランナーじゃないんだから困らない」と言う。
普通の人なら「私は片足がなくなって本当に困るだろうか?」と疑うことでIQが上がって「いや困らない」となる。
しかし、この科学者は最初からIQが非常に高いので、全く困らなかったのである。
これは、ポジティブシンキングとかではなく、純粋に知能の・・・本当の知能の問題だ。
そして、本当にIQが高いとはメンサの入会試験に受かることではなく、困らないことだ。
メンサの会員でも「困った困った」と思っている者は、本当はIQが低いのである。実際、そんな者はメンサの会員といったところで、科学者にも有名な映画評論家にも・・・いや、凡人以上にもなれないだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない(淀川長治)
(2)月は地獄だ! (ジョン・W・キャンベル)
(3)月は地獄(桑田次郎)

AIアート2212
「花の時」
Kay


