ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

洗脳

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

人気アイドルの人気の秘密

日本の国民的アイドルと言えば、美空ひばりさん、山口百恵さん、松田聖子さんで、以降、個人でこれらほどの大物は出ていないと思う。
この3人の人気は、メディアによる洗脳と言っても責められることはないと思う。
彼女らが歌う姿だけを見て好きになる人が、果たしてどれほどいるだろう?
よく知られているが、山口百恵さんは、デビュー当時、そこそこ可愛い普通の女子中学生という雰囲気の時、乙女が恥ずかしくて口に出来ないようなフレーズをさらっと歌い、しかも、その刺激的な部分を、当時はよく使われていたラジオで本当に頻繁に流し、青少年だけでなくオジサンのハートも鷲掴みにした。完全なマーケティングの勝利だった。
同じ手法を真似したアイドルは数多く登場したが、元祖に全く及ばなかったのは、マーケティングの能力の差・・・言い換えれば、洗脳のうまさの差であると思う。

アニメで言えば、最も成功した推しキャラは綾波レイであると思う。
自我が薄い感じながら、なんだかんだ言って徹底的に献身してくれ、時折可愛いところを見せ、なんと言っても「禁断の果実」という雰囲気のエロチックさが、現実の女性に疎いモテないオジサンやオタク達の心を鷲掴み・・・というところは山口百恵さんの場合と似ている。
これらの総合で、綾波レイが理想の乙女・・・というか理想の女性であるように洗脳するのである。
山口百恵さんらはマーケティングで洗脳するが、綾波レイの場合はアニメの表現で洗脳するということと思う。
綾波レイと似た手法を使ったのが、長門有希で、そこそこの成功を収めたと思うが、元祖には遠く及ばない。

初音ミクに関しては、宗教人類学者の植島啓司さんが、彼女の魅力は「未成熟」と言ったことがあるが、それはあのロリータボイスによるところが大きいだろう。
だが、彼女は、キャラクターとしてのマーケティングやストーリー作りがなく、その分、金の臭いや押し付けがましい「いやらしさ」を感じさせない。
彼女は楽器なのだから、彼女の声を自由に使えるだけでなく、彼女の姿も自由に使えるようなライセンス形態にすることで、オタク的な人々が求めるものを、オタク的な人々が作るという強力な流れが出来た。
初音ミクの歌はクセが強いと言われるが、それは学校や社会にスポイルされたクリエイター達が、その鬱屈した心の叫びを表現し、その歌やイラストが、同じような傾向性の心を持つ人々に響くのであると思う。
初音ミクを受け入れるのは、ある程度豊かな国だけであると言うが、豊かな国でないと、初音ミクを楽しむ余裕がないことと共に、豊かな国では、主に若者が同じように、抑圧、スポイルされるのである。
どのような抑圧であるかというと、簡単に言えば、個性的であることを認められず、前に倣えと強制されることである。
この意味で、初音ミクは、山口百恵とは真逆と言えるほどで、山口百恵に関しては、「皆が好きだから好き」みたいなところが大きかったが、初音ミクは、好きな人は好きだが、嫌いな人は嫌いであることが明確である。これは、女子小中学生ですらそうである。
初音ミクのクリエーターもファンも、心にクセがある・・・というか、ある意味で歪みを抱えていることは確かと思う。

それと、初音ミクが成功し、初音ミクに倣ったキャラクターがそれほど成功しない要因には、初音ミクの抜群の分かり易さがあると思う。
青か緑の2本の長いものがあれば、それが初音ミクだと言われたら初音ミクに見えてしまう単純明快さだ。
一方で、他のボーカロイドキャラクターは複雑に設定されていて、たとえばIAのイラストを描いたつもりでも、よほどうまく描かないとIAに見えない。
画像生成AIでも、「青緑のツインテールの少女」といったプロンプトで作った少女のイラストは全部、初音ミクで通用するが、IAだと、誰かが苦労して作ったLoRAモデルでも使用しないと、なかなかIAにならない。
単純さの強さは、何事においても応用可能と思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)創作のミライ ~「初音ミク」が北海道から生まれたわけ~(伊藤博之)
(2)初音ミクはなぜ世界を変えたのか?(柴那典 )
(3)【Amazon.co.jp限定】BT BOOKS 初音ミク オリジナルポストカード付き

この世にないもの
AIアート2222
「この世にないもの」
Kay

洗脳されない人間はいない

かなり以前から、「テレビに洗脳される」「陰謀論に洗脳される」「SNSに洗脳される」などと盛んに言われるようになり、テレビや新聞は放置して、悪い洗脳が起こらないよう、SNSだけ政府が検閲するかもしれない、いや、既にされているといったことが言われている。
一方で、「自分の頭でしっかり考え、洗脳されないようにしよう」などと言う者も沢山いる。

私は、自分に関して言えば、何度も洗脳されたし、今も洗脳されているのだろうが、洗脳されないことは不可能だと思う。どうやったところで洗脳されることは避けられない。
ジッドゥ・クリシュナムルティは「私は何も信じない」と言ったが、私は、そんな文言を真似たところで、何かを信じることはやめられない。それはつまり、洗脳されることを止められないということだ。

そして、私は、クリシュナムルティのような人が本当にいるなら、そんな人は別にすれば、人間には2種類しかないと思っている。
それは、自分が洗脳されていると思っている人間と、そう思っていない人間で、後者が圧倒的に多い。
「データを検証して自分の頭で考え、洗脳されないようにしなければならない」と言う者は、おそらく、全員、後者・・・自分は洗脳されていないと思っているだけの、確実に洗脳されている者だ。

人間は思考する限り洗脳される。
いかなる天才でも、洗脳されないほどの高度な思考力など持っていないからだ。
人間の頭なんて、大天才といったところで、たかが知れていると思う。
だが、思考しなければ決して洗脳されない。つまり、いかなる天才も超える。
洗脳されると、マインドが汚染され、魂の輝きが遮断される。それは、魂の至高の力が封じられている状態だ。
しかし、思考を消すとマインドは透明になり、魂が輝いて現れる。魂は全知全能であり、思考からすれば、なぜか分からない中で、あるいは、気付きもしない中で、容易く奇跡を起こす。
いつも言う通り、少しでも思考を消すため、何の感情もなく、何かの言葉を繰り返し唱えるというのが、最も易しい方法と思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)洗脳原論(苫米地英人)
(2)私は何も信じない ~クリシュナムルティ対談集~(ジッドゥ・クリシュナムルティ)
(3)母なる夜(カート・ヴォネガット・ジュニア )

精霊の訪問
AIアート1979
「精霊の訪問」
Kay

良い洗脳

引き寄せに限らないが、高次の力を使える者の特徴ははっきりしている。しかし、それを分かっている人は少ない。
その特徴とは、その力の指導者を完全に信奉(信じて尊ぶ)していることで、はっきり言えば、「教祖に洗脳されている」ことだ。
これは本当に間違いない。
その教えの内容が正しいとか高度であるとかは関係ない。
ロンダ・バーンを本当に信奉しているなら引き寄せが出来るし、バシャールを信奉しているなら、バシャールが言うようなことが出来る。
ただし、単に「ザ・シークレット」を有り難がっているだけで、ロンダ・バーンも、その教えもそれほど信奉していないなら、惨めなほど引き寄せは出来ない。
邪な宗教では、信者は恐怖や歪んだ洗脳で敬虔な信者を演じているだけで、本当に教祖を信奉しているわけではないので、信者達は無力である。

このことによって、引き寄せが出来ない理由が明確になる。
私の場合は、引き寄せはジョセフ・マーフィーで始めたが、実のところ、最初の頃は、かなりマーフィーを信奉していたが、常に疑いがあり、ある時期からは疑いがかなり大きくなった。マーフィーの本の中に多くの矛盾を発見したし、「愛を実践せよ」とか「実現を信じて疑うな」というのは最初から無理な話であった。
ロンダ・バーン自体は、それなりに一貫性があるように見えるが、『ザ・シークレット』の方は、個人的には矛盾だらけ、欠陥だらけに思えた。
それに、ロンダ・バーンの雰囲気は、個人的には信用に値する人物に思えなかった。

ましてや、新興のユニークさが売りの引き寄せの指導者達は、もう怪し過ぎて(笑)話にならない。「和の成功法則」だの「量子力学で引き寄せる」みたいなものだ。

ところが、私は、法然や親鸞には完全に洗脳されてしまった。
ただし、仏教や、浄土宗、浄土真宗といった仏教宗派に洗脳されたわけでは全くない。
仏教全体は、あまりに統一性がない。キリスト教であれば旧約と新約の聖書があるだけだが、仏教には無数の教典があり、それらの内容があまりにかけ離れている。だから、「仏教を信仰している」という言い方は実際には成立せず、「法華経を信仰している」「法句経を信仰している」といったように言うしかないと思う。浄土真宗の檀家だからといっても、浄土真宗を信仰しているというのとは全く別の話と言って良いと思う。

いわば私は、法然・親鸞教を信仰していると言える。
法然と親鸞の教えは違うと言う人もいるだろうし、私も両者の差異は知っているが、根本は同じと思う。
ましてや、法然は浄土宗で親鸞は浄土真宗であるといったことは全く問題にならない。
正直、浄土宗や浄土真宗には全く興味がない。
また、私が、法然の教えの全て、親鸞の教えの全てを知っているわけではない。
法然に関しては、『選択本願念仏集』と『一枚起請文』だけ。
親鸞に関しては、弟子の唯円が書いた『歎異抄』と『現世利益和讃』だけで、親鸞の代表作の『教行信証』は読んでもいない。
そして、正直言うと、『選択本願念仏集』となると、内容にかなりの無理も感じている。それでも、この本の根本思想は素晴らしく、私は、この本の内容の欠点を知りつつも目をつぶることが出来る。

そして、念仏が論理的、科学的に正しいことは個人的な理論構築によって理解しているのであり、正直、宗教やお坊様の念仏の教えは全く信じていない。
大数学者の岡潔が念仏を唱えていたのも、宗教を信仰していたからではなく、弁栄(べんねい)上人(山崎弁栄)という傑出した思想家・宗教家を信仰していたのであり、また、自分なりに理論を構築して納得していたからであると思う。いわば、岡潔も弁栄上人に洗脳されていたのである。それは良い洗脳である。
尚、私も弁栄上人の本は読んだが、私には合わないようだった。

イーロン・マスクは少年時代に『銀河ヒッチハイク・ガイド』を通して著者のダグラス・アダムスに洗脳されたと言えると思う。
彼は、イエス・キリストにも、ある程度洗脳されたのだと思う。
ビッグ・テックの創業者達も、SF好きが多いらしいが、それぞれに、特別にお気に入りのSF作家に洗脳されたということはあると思う。

大雑把には、私は『歎異抄』に洗脳されているのだが、別に、『歎異抄』の一字一句を絶対肯定しているというのではない。
『歎異抄』の中に、思想的感情的に大いに共感する部分があるというだけのことだ。
一休が、親鸞のことを指し「この男は信用出来る」と言ったらしいが、私もそんな感じである。

本当に洗脳されてしまうと、念仏を唱えると良いことしか起こらない。
皆、何か良いもの、本当に優れたものに洗脳されるべきで、何に洗脳されるかは自分で選ぶべきである。
しょーもないものに、ぬるま湯的に中途半端に洗脳されるのが最も不幸である。たとえば東大卒業者は偉いといったような。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)
(3)銀河ヒッチハイク・ガイド(ダグラス・アダムス)
(4)新約聖書 福音書 (岩波文庫)

水遊び
AIアート1672
「水遊び」
Kay

ギャンブル好きは誰に洗脳されているのか

特に日本人は、熱戦、接戦によるギリギリの勝利というものが大好きだ。
もちろん、日本人に限らず、白熱した互角の戦いを面白いと感じ、それで応援している方が勝つと感動したりする。
野球、サッカー、ボクシング、テニスなど、あらゆる対戦スポーツのルールがなぜ、こんなに複雑なのかというと、なるべく実力差を吸収し、よほどの実力差がない限り、互角の展開にするためではないかと思う。
プロレスのように、戦いのシナリオが決まっている場合も、大勝負においては、互角の熱戦にして観客や視聴者を喜ばせる。
だが、人気選手が、紙一重の勝負で連勝するのだから、真剣勝負であればあり得ない。

『鬼滅の刃』という国際的な人気アニメは、原作からしてそうなのだろうが、まず、新しい敵が恐ろしく強いことが描かれ、炭治郎が大苦戦の末、奇跡的な勝利を掴むというパターンであるが、実際は、そんな戦いで勝ち続けられるはずがなく、アホらしいと思わないといけないと思う。
娯楽だとしても、見るだけ時間の無駄のような気もする。
昔のアニメで言えば『犬夜叉』が全く同じパターンである。

陸上競技の場合は、たとえば100m走で圧倒的に強い選手がいても、世界記録との戦いという接戦、熱戦があるから観衆は興奮し、主催者は儲かる。
また、1970年代から1980年代にかけて活躍したエドウィン・モーゼスは、400mハードルで圧倒的な強さで、全盛期は勝って当たり前だったが、この場合も、連勝記録や、オリンピックでの連続優勝ということがアピールされる。
モーゼスは107連勝、オリンピックは2回連続金メダルの後、3度目のオリンピックでは銀メダルだった。

接戦、熱戦に釣られる・・・つまり、興奮することを期待し、観客や視聴者になるなら、それは資本家にコントロールされているということかもしれない。
騙されない、冷静な判断力を持ちたいなら、このことに気付かないといけない。

私が好きなアニメで、世界的にヒットしている『俺だけレベルアップな件』も、大変な熱戦でギリギリの勝負が行われ、ヒーローの水篠旬は、毎回、奇跡の勝利を掴む。ここも見どころなのだろうが、私は、そんな部分はやっぱり好きでないのだ。
ところが、原作小説を読むと、水篠旬は、主だった戦いでも、実はほとんど楽勝しているのである。
旬が初めて戦ったダンジョン・ボスである青毒牙カサカとの戦いでは、アニメでは旬は大苦戦の末に勝つのだが、原作ではヘッドロック一発で楽勝している。
紅血のイグリッドに対しては、原作でもアニメ同様、実力ではイグリッドが優るが、それほどいやらしいまでの苦戦はせず、あっさり勝っている。
やはり、アニメ製作において、「苦戦の末に逆転勝利」という見せ場が必要なのだろう。
だが、そこに釣られてはならない。
それが、資本家があなたの金を奪う手法なのである。

苦戦するということは準備不足なのである。
そして、競馬の馬の役をやるのでない限り、苦戦する勝負に参加してはならない。
これは、賢い人であれば、当たり前のことである。
しかし、ギャンブルをやってしまうのは、学校やマスコミを通し、洗脳されている証拠なのである。

孫子は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という、当たり前のことを戦いの要諦・・・いや、基礎として提示した。
なのに、我々は負ける可能性のある戦いを好む。
目を覚まし、エリート達の策略に乗らないようにならなければ、負け犬人生になるだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新訂 孫子 (岩波文庫)
(2)流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである(ミスター高橋)
(3)デザインされたギャンブル依存症
(4)やめられない ギャンブル地獄からの生還

見極め
AIアート1666
「見極め」
Kay

最悪の洗脳

「自分に勝つ」とか「弱い己に打ち勝つ」なんて言葉がよく言われるが、本当にトンデモない言葉だと思う。
自分を敵にしてどうするのだ?
自分が弱いとするなど愚かにもほどがある。

「勉強しないといけないのに、怠惰な自分に負けてやりませんでした」
「自分が弱くて食後のケーキを我慢出来ない」
などと言い、「怠惰な自分」「弱い自分」「強欲な自分」「不道徳な自分」に負けて、自分を嫌いになり、自分を信じられなくなり、自分を軽蔑する。
どこまで馬鹿なのか?
いったい誰が、こんな破滅的な考え方を我々に叩き込んだのだ?

英語にも、
The first and best victory is to conquer self.
(最初にして最大の勝利とは自分自身に打ち勝つことだ)
という有名な格言がある通り、どうも世界的な洗脳であるようだ。
特に、「conquer self」が恐ろしい。
conquer(コンクァー)は「制服する」という意味だが、自分を征服してどうするのだ?
自分はconqueror(征服者)であるべきだ。

見たことのある人、あるいは、類似のものを見たことがある人は多いと思うが、アニメの『ちびまる子ちゃん』で、まる子(ももこ)の頭の中で、天使のまる子と悪魔のまる子が戦う場面がよくある。大抵は悪魔のまる子が勝つのだが、天使のまる子という善良なまる子を明確に描くところは、「己に打ち勝つ」よりはマシと思うが、悪魔であるまる子を明確化してはならない。
フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイの『マジック・ストーリー』では、プラスの自分とマイナスの自分を描き、自分がマイナスの自分に支配されることもある。しかし、この本では、マイナスの自分を追い払い、お払い箱にしてしまう。ただし、マイナスの自分は、いつも周囲をうろついている。
著者のダイは、啓示を受けてこの本を書いたのだと思うが、明確には分かっていなかったのだと思う。
それは、『マスターの教え』(ジョン・マクドナルド)も同じことが言える。

では、多くの人が、「弱い自分」「悪魔の自分」「マイナスの自分」と誤解しているものは何かというと、何等かの外部からの精神コントロールである。
それは、学校教育やテレビの洗脳ということもあるが、それだけではなく、もっと根本的な何かがある。
それが何かははっきりしないが、仮説としてでも良いが、ローレンス・スペンサーの『エイリアン・インタビュー』に書かれた、宇宙人が古代に地球に設置したマインドコントロール装置と考えれば、全てが明確に説明出来るのである。
このマインドコントロール装置が、人間の魂の力を制限し、さらに、余計な思考を起こさせ、人間を愚か者にしてしまうのである。
全ての人類が、この装置の影響を受ける。
しかし、釈迦や老子やゾロアスターのような僅かな人達が、この装置の影響から脱却した。
彼らは、そのやり方も教えたが、それは正確に伝わっていない。

だが、私は、そのマインドコントロール装置に感謝し、それを地球に設置してくれた宇宙人にも感謝しているのである。
ほとんど何にも感謝しない私が、それだけには感謝している。
なぜなら、その装置の影響に打ち勝つことにより、装置の影響がなかった時よりも強くなれるからだ。
全知全能の魂だって進化するのである。

悪魔のまる子は、外見はまる子に似ているが、本当は全く違う恐ろしいもので、遠慮なく叩き出して良い。
しかし、そうすることによって、天使のまる子は強くなるのだから、悪魔のまる子には感謝して良い。
だが、悪魔のまる子は、隙あらば、また、まる子に近付き、支配しようとしている。
この悪魔のまる子が、マインドコントロール装置である。そう考えると分かり易い。
天使のまる子が本当のまる子で、それは世界の支配者だ。

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

『人生を変える魔法の物語』
原題:The Magic Story
フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ著
高橋璃子(たかはしりこ)訳
※名訳なのだが、現在、販売が停止されている。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(2)マジック・ストーリー(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ)
(3)The Magic Story( Frederick Van Rensselaer Dey)
(4)奇跡を起こす『魔法の物語』(フレデリック・ヴァン レンスラー・ダイ) ※私は未読
(5)マスターの教え(ジョン・マクドナルド)

神秘の薔薇
AIアート1602
「神秘の薔薇」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼




最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ


タグクラウド
QRコード
QRコード