ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

法華経

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

面倒とは見てもらうもの

昨夜ご紹介した『法華経』の『長者窮子のたとえ(ちょうじゃぐうじのたとえ)』(信解品第四)の窮子が我々である。
窮子(ぐうじ)とは、「貧しく困窮している子、または自己の可能性に気づかず自信を失っている状態」という意味だ。
そのお話では、小さい時に親からはぐれ、貧しく育ち、奴隷のように働いて生きてきた窮子である男は、宮殿のような家に住む大富豪を見たら、その大富豪は自分が近寄ってはいけない相手だと思って恐れ逃げ出し、それがまさか自分の父親だと気付かない。
この窮子に必要なことは、その大富豪が自分の父親であると認めることだけで、それが出来た時、窮子だったその男は、大富豪の財産全てを受け継ぐ。
この大富豪は仏のたとえで、窮子は我々のことである。
キリスト教で、神を父と呼ぶのと全く同じだ。
尚、『老子』『荘子』では、神のような存在を人格化せず「道」と言い、それを「母」にたとえることが多いが、仏教やキリスト教と本質で違いはないと思う。

アメリカの女性事業家・作家であるチン・ニンチュウは、ある夜、自分が、羊飼いに世話をしてもらう羊になった夢を見て、目覚めた時、自分はただ、神様にしっかり面倒を見てもらえばいいだけだと気付いて、安堵と感激の涙を流したと言う。
キリスト教では、神のことを羊飼いにたとえることもよくある。
旧約聖書の詩篇23に、羊飼いである神と羊である我々の関係が端的に示され、これを繰り返し読むとニンチュウのような悟りが得られると思う。
この詩篇23の中で、神である羊飼いが鞭と杖を使うことを嫌がる人もいるだろうが、無知な羊が崖や狼のいるところにどうしても行こうとしたら、羊飼いは止む無く鞭を使うのは当然だ。あなただって、下らないことをして痛い目にあったことは何度もあるだろう。
イエスが語った放蕩息子のたとえでも、大富豪の二人兄弟の次男は、父(神)の元を離れて散々な目に遭ったおかげで父の元に帰ろうと思ったのだ。
実家暮らし最高と言うのではなく(笑)、現実世界ではどんな暮らしをしようが構わないが、本当の父である神から離れず、神にしっかり面倒を見てもらえば良いのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (角川ソフィア文庫)
(2)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(3)新共同訳 新約聖書
(4)新共同訳 旧約聖書
(5)老子 (岩波文庫)
(6)新釈 荘子 (PHP文庫)
(7)歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

神の愛娘
AIアート2325
「神の愛娘」
Kay

来年からの最も楽な指針

来年からは、私は『法華経』の『長者窮子のたとえ(ちょうじゃぐうじのたとえ)』(信解品第四)でいこう。
このお話は、新約聖書の福音書でイエスが語った、有名な放蕩息子のお話と似ている。

イエスのお話を簡単に言うとこうだ。
大地主で大富豪の男には2人の兄弟がいた。
弟が父に、家を出たいので財産を分けて欲しいと言うと、父は了解し、弟に大金を渡した。
しかし弟は、月日が経つうちに財産を失い落ちぶれ、食べるものにも困るほどになった。
弟は、使用人にしてもらおうと思って父のところに帰ると、父は弟を息子として暖かく迎えた。

釈迦が語ったとされる『長者窮子のたとえ』はこうだ。
大富豪の息子が小さい時に行方が分からなくなり、父は必至で探したが見つからなかった。
だが、長い年月の後、遂に父は息子を見つけるが、息子は長い貧乏暮らしで心がすっかり貧しくなり、自分は卑しい人間であると思っていた。
そこで、父は、自分が父であると名乗らず、息子を使用人として雇い、自分も使用人に化けて息子と一緒に働きながら、時間をかけて息子を少しずつ導いた。
長い年月の後、息子の心は立派になり、父は臨終の時、息子に「私がお前の父で、私の財産は全てお前のものである」と告げた。

これらのお話の大富豪の父は、神、あるいは、仏である。
そして、あなたが神の息子、あるいは、娘である。
では、どうすれば、神、あるいは、仏の絶大な加護を得られるのかと言うと、上のお話の通りで、神仏のところに帰り、神仏を信頼すれば良いだけである。
他の条件は一切ない。
アメリカの公式標語が元々「我々は神を信頼する」だったのに、他の条件をいろいろくっつけたがる者が多くて、多くのアメリカ人が不幸になった。
ジョセフ・マーフィーは「自分を神の可愛い息子、娘と思いなさい」と言ったが、どうも、多くの者が、自分にはそんな価値はないと思ってしまうのだ。それが『長者窮子のたとえ』の大富豪の息子の初めの状態だった。
だが、どんな悪人だろうと資格に欠けることはなく、むしろ悪人の方が良いのであると言ったのが親鸞で、そのことが書かれているのが『歎異抄』だ。

そんなわけで、私も神仏(潜在意識)のところに帰り、存分に恵みを得ようと思う。まあ、既に十分に得ているが、まだまだ完全に帰ったとは言えないのだと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (角川ソフィア文庫)
(2)新共同訳 新約聖書
(3)歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(4)マーフィー100の成功法則(大島淳一=渡部昇一)
(5)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)
(6)あなたも金持になれる(ジョセフ・マーフィー)

黄金の時代
AIアート2324
「黄金の時代」
Kay

願いが叶わないという幻想

結局、引き寄せにやり方なんてものはない。
必要なことは願うことだけだ。
そして、願った瞬間に叶っている。
だが、引き寄せ界でよく言われることがある。
それは、「叶ってないじゃないか?」だ。
そこで、「物質界に現れるにはタイムラグがある」なんて変な言い訳をする。
そうではなくて、叶ってないのが幻想であるというだけだ。
催眠術で「あなたの世界から3という数字が消えた」と暗示をかけられた者は、1から10まで数ようとしたら、「1、2、4、5、・・・」と数えるし、「あなたは自分の名前が思い出せない」と暗示をかけられたら、自分の名前が言えない。
また、「私はお前の父親だ」と暗示をかけた相手に「私は誰だ?」と問えば、「私の父親だ」と本気で答える。
そのような幻想を壊せば、数を数えることも、自分の名前を言うことも出来るし、「あなたは他人だ」とはっきり認識出来る。
同じように、願いが叶っていないという幻想を壊せば、願いは既に叶っていることが分かる。

では、どうしたら幻想を壊せるだろうか?
法華経に「長者窮子の譬え」(ちょうじゃぐうじのたとえ)というお話がある。
長年、貧しい暮らしをするうちに、自分は貧乏で無力な人間だという幻想に囚われた男がいた。
その男が、昔生き別れになった自分の息子だと分かった長者(富豪)は、すぐには自分が父親であると名乗らず、一緒に働きながら息子の幻想を壊してやる。
これは、我々が、仏の力を全て受け継いだ仏の子供であることを忘れてしまっていることの喩えである。
イエスだって、つまるところ、同じことを教えている。
幻想を壊すメソッドなんてやってたら、いつまでかかるか分からない。
それより、「長者窮子の譬え」を自分に適用するのが一番早いように思う。

何度か紹介したが、次の文をさりげなく読めば助けになると思う。

私に不可能はない。
世界は私のものだ。私の王国だ。
何ものも私を恐れさせることはない。
何ものも私を止めることはできない。
私が人に何かをお願いすることはない。
単に要求するだけだ。
私は支配者であり、ひざまずくことはない。
私の要求は絶対だ。
私の態度を前にして、敵対者は逃げだしていく。
私は山のように高く、大河のように豊かである。
そして平原をゆくように、何の困難もなく進んでいくのだ。

『人生を変える魔法の物語』
原題:The Magic Story
フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ著
高橋璃子(たかはしりこ)訳
※残念ながら、現在販売中止になっている

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(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (角川ソフィア文庫)
(2)日本語の法華経 新訂版(江南文三)
(3)現代語の法華経(庭野日敬)
(4)神経言語プログラミング(リチャード・バンドラー)
(5)自己信頼(ラルフ・ウォルドー・エマソン)

見習い天使
AIアート2171
「見習い天使」
Kay

世界を受け継ぐ方法

引き寄せの法則では、いかなる願いも叶えられると言われている。
その理由は、パラレルワールド(並行宇宙)が無限にあり、想像出来るいかなる世界も存在する(なければ生まれる)のだからで、引き寄せがパラレルワールド移行であるなら、いかなる願いも叶う可能性があることになる。
たとえば、トランプとバイデンの大統領選挙で、トランプに勝って欲しければ、トランプが勝ったパラレルワールドに移行すれば良いのである。
しかし、私は憶えている範囲では、そのような勝手気ままなパラレルワールド移行はやったことがない。
引き寄せの原理が何であれ、その効力には何等かの制限があるように思われる。つまり、どんな願いでも叶うわけではない。

私は、特に子供の時は、風邪でもひいて熱がある時、半分眠っている状態になると、無限のパラレルワールドが一度に見え、何とも言えない気分になることがあったが、その時、好きな世界を選べば、その世界に行けるわけである。しかし、意外に、特定の世界しか選ばないものである。
つまり、自分の思考を自分でコントロール出来るわけではないということだ。

『法華経』という有名な仏典では、釈迦が瞑想していると、その頭上に沢山の世界が現れるが、それがパラレルワールドで、そのいずれの世界にも釈迦のようなブッダ(仏陀。仏。如来)が存在すると言うが、ブッダがそれぞれの世界の支配者なのだろう。
そして、今から釈迦が、いよいよ世界の秘密を明かすとして話を始めるが、話が長過ぎて、読者はさっぱり意味が分からない。
A4一枚にまとめて話せよである(笑)。
では、まとめて言えばこうである。
沢山の世界があり、好きな世界に行けば良いが、自ずと何らかによって(たとえば仏によって)行く先(というより選択先)がコントロールされているのである。
とはいえ、それなり以上のラッキーでハッピーな世界には行ける。
そのやり方については『法華経』の『信解品』の中の『長者窮子(ちょうじゃぐうじ)』に書かれている。
10分もあれば読めるような話なので、良ければ読んでいただきたい。
だいたいでこんな話である。
世界一の大金持ちの息子が子供の時に父親の家から離れ、長年、貧乏暮らしをしているうちに、性根まで貧乏になり、今は、とてもではないが、父親の財産を受け継ぐことが出来るような人物ではない。
そこで、父親は長年月をかけ、息子を導き、ようやく、自分の膨大な財産を譲る。
我々はこの息子であり、父親はこの世界を支配する仏なのであるが、我々が仏の財産である世界をまるごと1つ受け継ぐに足るほどに成長すれば、それをもらえるということの喩えである。
仏の教えとは、日常起こる出来事であるから、それをどう対処するかで成長が決まる。
必要なことは、別に道徳的に振る舞うとか、合理的に振る舞うことではない。
まあ、自ずと道徳的、合理的に振る舞うようになる可能性が高いが、最も重要なことは、単に、目の前のことを今として意識することだけである。
言ってみれば、今今メソッドをやれば十分である。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳
(2)日本語の法華経(江南 文三)
(3)パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ(ミチオ・カク)
(4)人生が楽になる 超シンプルなさとり方(エックハルト・トール)

日本人形
AIアート921
「日本人形」
Kay

聖典の意外な読み方

『法華経』を読もうとすると、冒頭の大量の仏、菩薩、神の名を見て疲れてしまう。
これは『古事記』も似たようなものだが、『新約聖書』の『福音書』でも、イエスの家系がずらずら説明されていて退屈になる。
『バガヴァッド・ギーター』では、戦士らの名が長く述べられる。
こういうことは、他の聖典にもある。
そこで、これらの、一般読者にとって退屈な部分を、なるべく簡易化して書く著者もいるが、さすがに完全に取り除くことはない。
しかし、簡易にしたものも含め、これらの冒頭の部分を飛ばし読みする読者がおり、特に、再読の際は読まない人も多くいるかもしれない。

結論を言うと、実は、それら冒頭の名前の羅列に霊的な力があり、聖典を読んで神秘な力を得た者は、そこを淡々と読んだ人達だ。
それに、子供に読ませると、冒頭部分を別に苦痛なく読むものである。
さらに驚くべきことに、それらの冒頭部分のみを読んでも、高次の力を得ることが出来るのである。
冒頭部分をやや簡易化したものであっても、かなりの効果がある。
なぜそうであるのかの説明は難しい。
神仏の名などは、日本語に翻訳された時点で、元の名とはかなり違ったものになっているし、仏典であれば、サンスクリット語から中国語に翻訳される時に、全く別の名になった名前が大半である。
それでも威力があることは、経験的に語るしかない。

花と夜景
AIアート565
「花と夜景」
Kay


今は少ないが、昔の本では印刷が不鮮明であったり、時の経過と共に印字が薄れて、特にフリガナが見えなくなる場合が多い。
そんな場合でも、見える範囲の文字だけ眺めていても何かの力を感じるのである。
天才的な発明家であった中山正和さんは、『法華経』を文字を読解せず眺めているだけでイメージが湧くのは、漢字が象形文字であるからかもしれないと書かれていたことがあったが、それもあるかもしれないが、やはり別の霊的な力がある。

信じなくてもいいが、そんなこともあるかもしれないと思いながら聖典を読むと、新しい発見や体験があるかもしれない。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)日本語の法華経(江南 文三)
(2)古事記物語(鈴木 三重吉)
(3)新約聖書 福音書(塚本 虎二)
(4)神の詩―バガヴァッド・ギーター(田中 嫺玉)
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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