ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

永井豪

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

全てを決定する力

今はアイドル歌手はグループ形態が多い。
そのグループ・アイドル達の中で、
「センターを狙う」「センターは渡さない」
などという言葉が言われる。
センターとはセンター・ポジション・・・センター(中央)の位置で歌う人のことで、人気の高いアイドルグループの中で、真ん中で歌うセンターは、まさにトップアイドル中のトップアイドルで、晴れがましいものであろう。
では、どんな人がセンターになれるのだろう?
一番人気のある人だろうか?
基本的にはそうだろうが、逆に言えば、センターになった人が一番の人気者になるとも言えるのである。
漫画やアニメでは、昔から、その座を巡る醜い争いが描かれることも多く、悪だくみや策略などでセンターを奪うこともあるように思われるかもしれない。
まあ、たまにはそんなこともあるかもしれないが、卑怯な手を使った者が長く成功し続けることはない。
では、センターになる本当の要因は何か?
言うまでもない。
意思の力である。
意思の力が最も強い者がセンターになるのである。
たまたまアイドルを例にしたが、この世のあらゆることが同じで、意思の強い者が勝つ。
大きな会社で、社長の座を狙う幹部が大勢いた場合でも、社長になるのは、最も意思の強い者だ。

私は1秒もテレビ放送を見ていないが、今、東京オリンピックが行われているのだと思う(私に実感はない)。
オリンピックも、金メダルを取るのは、最も意思の力が強い選手なのである。
だから、いくら身体や技を鍛えても、意思の力が一番になるように鍛えていないと金メダルは取れない。
実力は1番なのに、金メダルが取れず、銀、銅に甘んじる選手がよくいるだろう。
そんな選手は、意思の力が、金メダルを取る選手より弱いのだ。
番狂わせで金メダルを取る選手は、少なくとも、決勝時に意志力が最大だったのだ。
オリンピックを見る価値があるとすれば、そこだけである。
まあ、その他があまりに醜悪なので、私は一切見ないが・・・

私は、テレビドラマの中で最高の傑作シーンと思っているものがある。
1970年のイギリスのSFテレビドラマ『謎の円盤UFO(原題は「UFO」)』の中のこんな場面だ。
月面基地の1室で、司令官が大佐に銃を向けて対峙している。
大佐は司令官を殺そうとしているのだが、司令官は大佐を殺したくない。
しかし、大佐が襲い掛かってきたら、司令官は大佐を撃つだろう。
ところが、壁に穴が空いていて、空気が漏れていた。大佐がその銃で穴を開けた直後、司令官が銃を奪い取ったのだ。
空気が薄くなっていく中、救援を待つ司令官と、隙を見て飛び掛かろうとする大佐が睨み合う。
緊迫のシーンだ。
時間の経過と共に、ますます空気が薄く、気圧は低くなっていき、2人は苦しくなっていく。
そこで大佐が言う。
「私は・・・若い!若いし・・・強い」
その通りだった。
司令官も鍛え抜かれてはいたが、大佐の方がずっと若く、しかも、大佐は素晴らしい肉体を持っていた。
体力勝負では司令官に勝ち目はない。
だが、司令官は言う。
「君は忘れているな。意思の力をだ」
2人は同時に意識を失って救助され、大佐は拘束される。

永井豪氏は、なぜ、漫画家で大成功したのか?
もちろん、才能や努力もあるが、同じくらい才能があり努力した人はいたのだ。
だが、永井豪氏の意志力は悪魔的だったのだ。
それは、彼の作品、『デビルマン』や『魔法ダンテ』に如実に表れている。
普通の高校生である不動明(『デビルマン』主人公)や、宇津木涼(『魔王ダンテ』主人公)は、共に、強力な悪魔であるアモンやダンテに食われ、肉体や頭脳を悪魔に奪われた。
ところが、不動明や宇津木涼は、食われながら、悪魔の身体や頭脳を乗っ取ってしまうのだ。
最高の悪魔に打ち勝つ恐るべき意思の力を備えていたのだった。
おそらく、これらには、永井豪氏の「意思の力が運命を決める」という信念が込められているのだと思う。

意思の力が全てである。
甘やかされて育てられ、意思の力が鍛えていない者は、何をやってもうまくいかない。
だが、鍛えてやっているつもりで、子供に勉強やスポーツを無理強いしたって、子供が自主的にやろうとしない限り、意思の力は強くならない。そんなことが分からない愚かな親や教師や指導者が多過ぎるのである。
意思が弱ければ何も出来ない。
筋トレもダイエットも、意思の力があってこそ成果を出せることは誰でも分かる。
「いや、無理な意思でダイエットしようとしたって挫折するから、楽しくダイエットする工夫が必要だ」と、ダイエットサロンやダイエット食品の業者は言うかもしれない。
しかし、所詮は、意思の力が必要なのである。

では、意思の力はどうやって鍛えれば良いのか?
これも真言なのである。
真言を唱えれば唱えるほど、自然に意思の力が得られる。
真言を唱えれば、宇宙の大きな意思と融合するのであるから、当たり前なのである。
10年ほど前、私は、極端に食事を減らし、短期間で20kg、30kgと体重を落としたが、こんなことを楽々出来たのも、十分とは言えないが、それより前から真言を唱える習慣があったからだ。
阿弥陀如来真言、念仏、それに、般若心経の呪文(真言と言って良いだろう)を、ある程度は唱えていたのである。

今回の記事でも、真言が全てであることが分かるのである。
是非、真言を唱え、好きなものを得ていただきたい。
尚、真言に関し、『眠れないほどおもしろい「密教」の謎』という本を読んだが、面白かった。
また、よくご紹介する『密教の聖なる呪文』も、沢山の真言が正確に載っていて、しかも、面白いと思う。
個人的には、真言のバイブルは、『歎異抄』と『選択本願念仏集』と思っている。








超人になる

巨匠、永井豪先生の歴史的傑作漫画『ハレンチ学園』の中で、妙に覚えているセリフがある。
それは、ヒーローの山岸八十八(やまぎしやそはち)が、妹を育てるため、小学6年で学校を辞めたままだったのが、15歳で小学校に復学し、3つ年下のクラスメイトに挨拶した時の言葉だ・
尚、その本は、当時10歳の甥っ子が持って帰ったので(エロガキめ)、正確ではないが、こんなセリフだ。
「わけあって3年間、学校をやめたので、歳はみんなより3つ上だ」
「よって、腕力、体力、メシの量にエッチさ加減、みんなの倍だ」
いや、山岸なら、大抵の場所で、みんなの倍以上だが・・・
つまり、山岸八十八の、特にエッチさ加減の偏差値は非常に高い。

ところが、世の中で、重要視され易い偏差値がある。たとえば、出身校の入学偏差値で、これは、大学で言えば、東大がトップだろう。
大人であれば、勤めている企業の時価総額が人気のある偏差値だ。
他にも、単純には、「顔面偏差値」というのもポピュラーで、これは好みの問題もあるかもしれないが、やがて、AIが正確に判定してくれるようになる。
つまり、顔写真と、人々の評価を、ディープラーニングで学ばせれば、かなり普遍的なイケメンの評価が出来る。
いや、それ以前に、平均顔に近いほど美男美女らしいので、AIを使うまでもないかもしれない。

だが、沢山の偏差値基準があり、自分の好きな基準を選べば良いのだ。
まあ、BMI偏差値が高過ぎる(BMIが低過ぎる)のも問題なので、偏差値が高ければ良いという訳でもないだろうけどね。

ピアノが弾ける者は、全ての人間の10%もいないだろうし、かなりの腕前なら、3%未満だろうから、偏差値は68以上となる。学校の偏差値で68なら大変だが、ピアノの腕前があれば、それに匹敵し、別に、どっちが上とも言えない。
私も、ことプログラミングに関して「だけは」、人類の上位3%に入るだろうから、そのことに関して「だけは」かなりのものということになる。

メンサという、IQ(知能指数)で各国の上位2%の者だけが入会出来る組織があるが、医学博士の中野信子(ビューティー中野と呼ばれることもある)さんによれば、自分もメンサの会員だったらしいが、ロクなのがおらず、そもそも、IQテストの練習をすれば誰でも入れるらしいので、もっとマシな基準を自分で持てば、メンサに入って自己満足する必要はない。

そうえいば、私は、腕立て伏せを200回以上出来るので、これも、偏差値70くらいかもしれない。
そして、何か1つ、千人に1人といえるものがあれば、それに関して、偏差値は80を超える。
出来れば、1万人、あるいは、10万人、あるいは、もっと希少な能力を持てば良い。
では、1万人に1人の能力を得るには、どうすれば良いか?
自分の好きなことで、他の9999人より多くの時間をかければ良いだけである。

法然は、1日6万回、念仏を唱えたらしいが、他にも念仏を唱える者は少なくない中でも、それは、無限大の偏差値である。
そして、そのような者は、間違いなく超人なのである。
さあ、我々も、自分基準の超人になろう。それは、確実に報われるだろう。








貧者の逆襲

昔は、貧しい家の中学生や高校生が、電気スタンドは無いが、家が狭くて、部屋で寝ている者もいて電燈を点けられないので、外の街灯がある場所で勉強し、それでも一番の成績で卒業したなんて子がいた。
しかし、今の時代なら、その子の成績は、普通より少し良い程度であれば上出来だろう。
今は、そこまで貧しい家は滅多にないが、それでも、家に余裕がなくて良い塾に行けない子が根性で金持ちの子に勝つのは、かなり難しい。良い塾の講師の教え方は学校の先生とは桁違いで、実際、恥を忍んで塾に教え方を教わっている学校もある。

半世紀以上前、まだ割と平等な時代、生まれつき頭の良い者が金持ちになっていき、そんな者は、子供に快適な勉強部屋を与え、教育にお金をつぎ込んだ。元々、頭の良い親の子だから、子供は優秀になり、そんな子がさらに金持ちになる・・・という構図が出来上がり、今では日本はすっかり格差社会になった。

私がいま、唯一熱心に見ている『BEATLESS』というアニメは、2105年の22世紀のお話なのだが、3人の親友同士の間で格差がある。
一人(リョウ)は大金持ち、一人(アラト。主人公)もそこそこの富裕層、しかし、最後の1人(ケンゴ)は、定食屋を営む家の長男で、貧乏な上、特別なところは何もない。
5体の女性型スーパーアンドロイドの1人で、可憐な少女の姿の紅霞(こうか)は、そんなケンゴに対し、支配的であったはずが、不思議にケンゴに好意を持っているように感じる。
5体の中で、一番最初に作られた紅霞は、凄い性能とはいえ、他の4体のような特別なところはなく、自分に世界を変えることは出来ないと悟る。
そんな自分は、ケンゴを代表とする下層の者達と似ていると、紅霞は感じたのだ。

これからの世の中、下層の人間は蹂躙(じゅうりん。踏みにじられ、強権で侵害されること)されるしかないという、大昔の世界が蘇りつつあるというのが事実だ。いや、もうかなりそうなっている。
超人的な努力をしたところで、IQと資金が足りなければ、せいぜいが出来の良いロボット扱いで、しかも、ロボットのきれいな仕事は本物のロボットがやることになり、人間ロボットに回ってくるのは惨めな仕事ばかりかもしれない。
いや、別に、とりたてて悲観的なことを言うつもりはない。
この時期になると思い出すのだが、私は昔、一部上場企業で、前の年の終わりあたりから、ゴールデンウィークの間もずっと、大晦日、正月も含め、土日祝日全て出勤し、朝7時半から夜12時まで働き(12時で駐車場が閉まるという理由でその時間まで)、かなり実績も上げ、上司は昇進を推薦してくれたが、昇進したのは実績はなくても学歴のある者だった。
丁度、今の時期には遂に過労で倒れ、10分ほど意識不明だったが、意識が戻った時、その上司すら、自分の机で悠然と座っているのを見た。
まさにロボット以下の扱いであるが、まあ、性格の悪さが半分はあった・・・と信じよう(笑)。

紅霞は散ったが、我々は勝たねばならない。
永井豪さんの昔の漫画『魔王ダンテ』は、なんと、太古の昔、神に蹂躙された悪魔が、現代になって(と言っても20世紀だが)いよいよ力を蓄えて神に宣戦布告する様子を力強く生き生きと描いたところで終わっているが、永井さんも、成功したとはいえ、持たざる者出身であり、世の中に逆襲に出ようという意欲があったのだと思う。
別に、エリートと戦うというのではない。
エリート達の世界とは違う、新しい、もっと良い優れた世界を作るのである。
そして、それは可能になったと言える。
それは、真の強者の世界なのである。









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今の人類が滅ぶのは止む無きことか

半世紀前に、地球の人口が20数億と言っていたのが、20世紀末には60億を超え、その僅か十数年後の現在、71億を超えたらしい。
永井豪さんの今でも人気が高い漫画『デビルマン』は1972年頃に連載されていたのだが、大体のお話は次のようなものだ。
太古の昔、地球の支配者であったデーモン(悪魔)族が長い眠りから目覚め、人類から地球を奪還することを目論んでいる。
それを、強力なデーモンであるアモンの身体を乗っ取った不動明がデビルマン(悪魔人間)として、デーモン一族と戦うというものだった。
ところが、普段は高校生である不動明が教室で、他の生徒達が雑談しているのを聞くともなく聞いていると、「現在30数億の人類は今世紀(20世紀)中に50億を超えるが、それだけの人間の食料をまかなうことができない。そんな時は自然の摂理によって天敵が現れ、人類の時代は終る」といったことが話され、不動明は、「デーモンは人類の天敵で、人類は滅ぶべくして滅びるだけのことなのか?では俺の戦いは無駄なものなのか?」と疑問を持つ。
同時代の、石ノ森章太郎さんの『サイボーグ009』では、太古の昔、人類を創った神は、人類の出来があまりに悪いので、今の人類は滅ぼして、新しくやり直すことを決定する。それを阻止しようにも、サイボーグ戦士達がどうあがこうと、太刀打ちできる相手ではない。
しかし、不動明も、サイボーグ戦士達も、結局は戦いの継続を決心する。

だが、地球人口は70億を超え、さらに急速に増えていっており、やがては地球の限界に達する。
ところが、既に人類は何度か滅びたのだと考えられる証拠もあるらしい。
日本を代表する数学者の岡潔は、「今の人類はやはり滅ぶと思う。しかし、1つの人類のサイクルが20億年とすれば、そのサイクルを繰り返す度に進歩しているのだと思う」と言って、滅びは悪いことではなく、滅べば良いのだと考えていたようだ。

今の人類にも、個々には善い人もいるのだが、そんな人には力がない。
力を持つのは、戦闘好きな、人類を滅ぼす要因になりそうな者であると思われる。
例えば、傑出した大事業家というものは、ライバルを叩き潰して事業を拡大するのである。
ライバルと協力することもあるが、それはあくまで利害打算の中でのことで、協力もまた、戦いの作戦に過ぎない。
マイクロソフトは昔、その気になればアップルを潰すこともできたかもしれないが、それをしなかったのも、アップルが存続した方がメリットがあると考えたのだと思う。

今の人類の滅びを願う人も、案外多いと思う。
人間は、自殺を善いことと受け入れることができないようになっているらしく、心から笑って自殺できる人はいない。
しかし、死の願望は持っていて、「なんとかうまく死ねないか」と思っている。
そして、死にたいと思うのは、現在の人類を肯定できないからで、それならば、人類ごと滅んでくれたら良いという考えに至ったとしても不思議はない。
そんな意識が広がれば、何かが起こって人類は滅びるのかもしれない。









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『ハレンチ学園』が起こさなかった深刻な性犯罪を、政府の規制が起こすことになる

漫画等で、児童を対象とした性的描写を禁止する法律を政府が施行しようとすることに対し、日本の財産たる漫画文化を創造した著名な漫画家達が異論を唱えた。
その中で、永井豪さんが、「僕は『ハレンチ学園』で世に出たが、そんな法律ができたら、この作品は出せなくなる」と言われていたのを覚えている。
『ハレンチ学園』は、小学校を舞台に描かれたギャグ漫画で、永井さんが言われる通り、性的な描写が多いと言われる。とはいえ、これは半世紀近くも前の作品(1968年連載開始)で、近年の漫画の過激な性描写に比べると大人しいものかもしれない。
だが、永井さんは、当時、学校やPTAから、「人格を否定される」ような糾弾を受け、テレビでは、「真面目な番組」に引っ張り出され、晒し者にされながら辱められらたようだ。
当時の映像が残っているなら、社会暴力とはどういうものかを示すために、是非、DVD等で販売していただきたいものであるが、昔とはいえ、一般PTAの方々も映っているだろうから、そうもいくまい。つまり、当時は正義の立場だと思い込んでいたような人々は、実際は、現在の専制国家も顔負けの暴力を振るっていたのである。
また、永井さんは、後に、大体でこんなことも述べている。
「『ハレンチ学園』での私への迫害振りは凄かったが、不思議なことに、同じような作品の『あばしり一家』は全く非難、批判されなかった。それで分かったが、『ハレンチ学園』は、教師というものを馬鹿にしたことに対して、学校や教師が攻撃してきただけのことなのだ」
当時は、教師はひどく威張っていたらしい。実際、立派な先生も多かったのだと思うが、教師の権威は高く、教師の影を踏むこともはばかられる風潮であったようだ。
『ハレンチ学園』では、奇怪で、誰が見ても馬鹿にされるような教師達を沢山登場させ、「偉い」教師の権威を否定したことが攻撃された真の理由であり、「猥褻」というのは、取ってつけた理由に過ぎなかったというのである。多分、ほとんどその通りと思う。

ところが、今日では、その「本当に問題されるべきことでなかった」漫画の性描写を、本当の問題にしようとしているのだ。
とすると、ここで鋭く考えなければならないことがある。
永井さんの言われることが本当なら、昔、永井が糾弾された理由は、「猥褻さ」ではなく、「権威の否定」だった。
つまり、今回も、他の問題がいくらでもある中で、政府がわざわざ、漫画の性描写をスポット攻撃する真の目的は他にあるということだ。
そこを良く考えて、問題に対応しなければならないのである。

結局、永井さんは、社会暴力の味を嫌というほど味わい、それをテーマにした作品を描くことで大きくなり、世界的に尊敬される大クリエイターになれた。
世の中の本当の成功者というのは、「あの時、あの人がいじめてくれたおかげで私は成功できた。あの人には感謝しいている」と、本気で思っているものだが、永井さんも、学校や教師やPTAに虐待されたおかげで成功したのも確かだろう。

もし、『ハレンチ学園』の読者が、深刻な性犯罪でも犯していたら、永井さんは本当に潰されていただろう。しかし、膨大な読者がいて、中には変な人もいたはずだが、そんなことは起こらなかった。ここもよく考えるべきことである。
一時、テレビドラマで、格好の良い人気アイドルの男性がナイフを使ったところ、子供達の間でナイフ所持が流行り、傷害事件が発生したことがあった。
ところが、馬鹿げているのは、その時、「ナイフが悪い」となって、ナイフの所持が徹底して禁止されることになったことだ。
悪いのは、そのドラマであり、ナイフではない。ドラマを作った者の思想や人間性に問題があるのに、何の罪もないナイフに責任が押し付けられた。
アメリカの禁酒法で、酒の製造、販売が禁じられることで、闇酒、闇バーが爆発的に増えて、それがギャングの資金源になったように、ナイフの所持を禁止したおかげで、かえってナイフによる凶悪犯罪は増えたのである。淫行条例で、逆に援助交際が爆発的に増えるようなものだ。
禁酒法の教訓くらい、ちゃんと学んでおくべきなのである。
そして、今回も、漫画等の描写に、およそ自分が屈折したような人でないと思いつかないような規制をすることで、永井さんの作品では決して起こらなかった深刻な性犯罪が、今度こそ起こるのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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