社会で働かなければ立派な人間になれない。
だが、昔の日本では、主婦は働かないことが多かったが、強くて立派に家庭を支え、子供が社会に出る準備をしっかりさせる母親が普通にいた。
しかし、昔の日本でも、働かずに立派な人間になった男はいなかった。
つまり、昔の日本では、男女で役割分担がはっきりしていたのだろう。
それが、アメリカやヨーロッパ、それに続き中国ですら、「男がやる仕事は女もする」といった感じになるのを、日本ではまだ驚きの目で見ていたが、今や日本もそうなってきた。
女性も働いて社会のことを理解出来るようになって一人前と言われるが、それは、女性特有の役割が昔と比べ減ったということだ。
女性が働き、女性の家庭での役割が減った分が男性に回ったかというと、そういうこともあるだろうが、そうでなく、消えてしまったものがあるのだろう。
それで、家庭から大切なものが消え、それが日本の家庭の歪みになって国を弱くしている。
いずれにせよ、男は働かないといけない。
男は働いてこそ、まともな人間になれる。
ところがニートが増え、高齢のニートも多くなってきた。
ニートはあらゆる意味で良くないが、『歎異抄』を適用するなら、ニートは全く悪くない。
『歎異抄』は、日本トップレベルの哲学者や文学者らに「究極の1冊」と言わせる名著と言われることもある。
『歎異抄』は、浄土真宗の開祖と言われる鎌倉時代の僧である親鸞の弟子の唯円が、親鸞の教えを書き留めたものであると言われている。
今の日本で、実家に住み、働かずに親に経済面の一切を依存し、自分は1日中部屋に閉じこもってゲームをしているのも、『歎異抄』から考えれば全く悪くない。
そもそも、『歎異抄』では、いかなる悪行も「南無阿弥陀仏」を唱える限り罪でなくなる。
「南無阿弥陀仏」を唱えれば、阿弥陀仏(阿弥陀如来)という仏が助けてくれるからだ。
確かに今の時代、阿弥陀仏という仏が助けてくれると言われても信じないのが普通だが、一休さんも言ったように、人の中に仏がいて、「南無阿弥陀仏」を唱えればそれが出て来るのだと言ったのが少しヒントになる。
『エイリアン・インタビュー』の中で、宇宙人エアルは、人間の魂は神のようなものと言ったのが同じようなものだろう。
魂が内なる仏であり、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏に一切をまかせるという意味だから、魂に完全に頼れば良いのである。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則では、この内なる仏、魂が潜在意識である。
だが、一番シンプルに言ったのが荘子だ。
自分の頭で何も考えず、なりゆきにまかせろと言ったのである。
いちいち仏や魂や潜在意識に「お願い」「頼みます」と言わなくても黙っていたら助けてくれるのである。
ただ、この「黙っている」ことが難しいのだが。
それで、黙る手段が「南無阿弥陀仏」なのであると思う。
「南無阿弥陀仏」と唱えている間は何も考えないので、心は黙っているのである。
だから、本当は「南無妙法蓮華経」でも般若心経(やその呪文)でも、真言でも呪文でも何でもいいのであると思う。
どのくらい唱えればいいのかと言うと、法然によれば「起きている間ずっと」になるが、それは無理だ。
要は、念仏等を唱えていて何も考えていない感覚が身に付けばいいのである。
TM(超越瞑想)では、20分を2回と言い、無理なら10分でも・・・といった感じだったと思う。
大数学者の岡潔は念仏を毎朝1時間だったとも聞く。
後は自己判断である。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)歎異抄(梅原猛)
(3)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)あなたも幸せになれる(ジョセフ・マーフィー著。桑名一央翻訳)

AIアート3117
「白バラ」
Kay
だが、昔の日本では、主婦は働かないことが多かったが、強くて立派に家庭を支え、子供が社会に出る準備をしっかりさせる母親が普通にいた。
しかし、昔の日本でも、働かずに立派な人間になった男はいなかった。
つまり、昔の日本では、男女で役割分担がはっきりしていたのだろう。
それが、アメリカやヨーロッパ、それに続き中国ですら、「男がやる仕事は女もする」といった感じになるのを、日本ではまだ驚きの目で見ていたが、今や日本もそうなってきた。
女性も働いて社会のことを理解出来るようになって一人前と言われるが、それは、女性特有の役割が昔と比べ減ったということだ。
女性が働き、女性の家庭での役割が減った分が男性に回ったかというと、そういうこともあるだろうが、そうでなく、消えてしまったものがあるのだろう。
それで、家庭から大切なものが消え、それが日本の家庭の歪みになって国を弱くしている。
いずれにせよ、男は働かないといけない。
男は働いてこそ、まともな人間になれる。
ところがニートが増え、高齢のニートも多くなってきた。
ニートはあらゆる意味で良くないが、『歎異抄』を適用するなら、ニートは全く悪くない。
『歎異抄』は、日本トップレベルの哲学者や文学者らに「究極の1冊」と言わせる名著と言われることもある。
『歎異抄』は、浄土真宗の開祖と言われる鎌倉時代の僧である親鸞の弟子の唯円が、親鸞の教えを書き留めたものであると言われている。
今の日本で、実家に住み、働かずに親に経済面の一切を依存し、自分は1日中部屋に閉じこもってゲームをしているのも、『歎異抄』から考えれば全く悪くない。
そもそも、『歎異抄』では、いかなる悪行も「南無阿弥陀仏」を唱える限り罪でなくなる。
「南無阿弥陀仏」を唱えれば、阿弥陀仏(阿弥陀如来)という仏が助けてくれるからだ。
確かに今の時代、阿弥陀仏という仏が助けてくれると言われても信じないのが普通だが、一休さんも言ったように、人の中に仏がいて、「南無阿弥陀仏」を唱えればそれが出て来るのだと言ったのが少しヒントになる。
『エイリアン・インタビュー』の中で、宇宙人エアルは、人間の魂は神のようなものと言ったのが同じようなものだろう。
魂が内なる仏であり、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏に一切をまかせるという意味だから、魂に完全に頼れば良いのである。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則では、この内なる仏、魂が潜在意識である。
だが、一番シンプルに言ったのが荘子だ。
自分の頭で何も考えず、なりゆきにまかせろと言ったのである。
いちいち仏や魂や潜在意識に「お願い」「頼みます」と言わなくても黙っていたら助けてくれるのである。
ただ、この「黙っている」ことが難しいのだが。
それで、黙る手段が「南無阿弥陀仏」なのであると思う。
「南無阿弥陀仏」と唱えている間は何も考えないので、心は黙っているのである。
だから、本当は「南無妙法蓮華経」でも般若心経(やその呪文)でも、真言でも呪文でも何でもいいのであると思う。
どのくらい唱えればいいのかと言うと、法然によれば「起きている間ずっと」になるが、それは無理だ。
要は、念仏等を唱えていて何も考えていない感覚が身に付けばいいのである。
TM(超越瞑想)では、20分を2回と言い、無理なら10分でも・・・といった感じだったと思う。
大数学者の岡潔は念仏を毎朝1時間だったとも聞く。
後は自己判断である。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)歎異抄(梅原猛)
(3)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)あなたも幸せになれる(ジョセフ・マーフィー著。桑名一央翻訳)

AIアート3117
「白バラ」
Kay




