日本は長寿大国であるらしい。
これはどういうことかと言うと、老人が不幸だということだ。
「逆じゃないのか?老人は幸福だから長生きなのでは」
と言う人もいるかもしれない。
しかし、表面に現れることなんて、本質と逆のことが多いのだ。
「いい子」と言われる子供ほど心は歪んでいるし、優等生ほど本質で馬鹿だ。
店員の愛想の悪い店ほどよく売れるということも多い。
アメリカの有名な自己啓発プログラム(高額だ)のカタログには、そのプログラムの開発者である億万長者の社長が、豪邸で孫達に囲まれて、みんなで笑っている写真がある。そして、大きな文字で、彼がいかに幸福な人生を達成したかを示す言葉が書かれていたが、この社長は間違いないなく、本当は不幸だ。子供や孫達の笑顔も不自然で不気味だ。
日本はともかく、自然に囲まれた、景色の良い牧歌的な環境で、高齢者が沢山いる長寿国があり、テレビは、これらの高齢者が幸福そうな場面ばかり切り取って放映していた。それで、我々は、「この国のお年よりは本当に幸福だ」と信じて疑わない。
しかし、私には、決して放送されない、老人達の悲惨がはっきり見えるのだ。
人間は、幸福だと、割合にさっさと死ぬものなのだ。
なぜなら、年を取り、幸福だと、死を恐れないようになるので、「もういいや」と思ってしまうのである。
ただ、使命のある人は長寿であるかもしれないが、高齢で現役なんて人は辛いものなのである。
親を邪魔者扱いし、あるいは、放置し、辛い目に遭わせれば遭わせるほど長生きする。
逆に、大切にし、やりたいことをやらせれば、「どうしてこんなに早く」と思うことになるのだ。
ただ、地球人も、老化しないようになれば、数百歳と幸福に生きるようになるかもしれないが、それは老人とは言わないのだ。
ところで、日本に限らないかもしれないが、特に日本は、死ぬのが面倒だ。
「葬式無用、墓無用」なんて遺言した有名人がいたが、それは中々難しい。
携帯電話や保険など、本人が死んでも、手続きが為されないなら金は取り続けるのが当然だし、当然、返金しない。しかし、解約手続きがとにかく複雑怪奇なものが多い。
なるべく、何の会員にもならないことだ。でないと、残された人が苦労する。
大人が自殺するなら、そのあたりはきちんとしないといけないのだが、無責任な人が多いような気がする。
葬式にはかなりのお金がかかる。
寺に収める金も相当なもので、ある人は、お坊様にお金の包みを差し出したら、そのお坊様は、その包みを上から押さえて厚さを測ると、そのまま押し返した。つまり、「少ないんじゃよ、馬鹿者!」と言う訳だ。無論、全てのお寺がそうではないが、1つの寺がそうであるなら、それは、全ての寺の責任だ。そう考えるのが立派な人間じゃないか?
それに、お寺だって、運営にお金がかかるのであり、仕方のないことかもしれない。
あるお坊様が、仕事がしんどいと言っていたが、純粋な仏教者である彼は、住職として寺を守るための、そういった世間的なことが辛いのかもしれない。
『サイボーグ009』や『仮面ライダー』が、今でも新作が創られる、漫画家だった石ノ森章太郎さんは、自分が死んだら、1週間秘密にし、その後、自分が用意した挨拶の手紙を送るよう遺言したらしい。さすが天才。素晴らしいアイディアだ。しかし、我々が真似るのは、やはり難しい。
私も、出来るなら、初音ミク・巡音ルカのデュエット曲『ワールズエンド・ダンスホール』(作詞、作曲:wowaka )の最後から2行目の歌詞、「さよなら、お元気で。」を手紙にでもして、親戚に送りつけるだけで済ませたいものだ(送りつける友達はいないので)。
さて、地球のアセンション(次元上昇)も済み、闇の反撃が始まるかもしれないので、注意して欲しい。
あなたも、子供の頃、夢の中で見たかもしれない。
空間から突然、真っ黒な奇怪な者達が現れる。あるいは、ニシキヘビのような縞柄の黄色と白の、肌とも服とも言い難い身体を持っている。
彼らは、手に持った武器で、片っ端から人間を殺めていく。世界中が血に染まる。
あるいは、恐ろしい姿の怪物が、その巨躯に似合わぬ俊敏な動きで人間を捕らえ、片っ端から食べていく。
『僕は友達が少ない』という小説で、高校2年生の美少女、三日月夜空が、10歳のスウェーデン人の血の入った美少女マリアに、「俺様、お前、まるかじり」と言って、マリアをなぜか本当に恐怖させたのはギャグだったが、案外に、人間は、自分が生きたまま喰われる恐怖心は、潜在意識的に持っているものなのだ。
そして、それらの怪人や怪物は、ボクシングや空手の世界チャンピオンでも、まるで歯が立たないほど強い。
立ち向かっても、『ターミネーター』で、サラの友人(ルームメイト)の女性の恋人であるマッチョな男が、ターミネーターに挑んだ結果と同じになる。
無論、夢で見ることは、我々が現実的に分かることに置き換えた象徴であるので、実際にこの通りである訳ではないかもしれないが、実質ではそんなものだ。
つまり、我々は、自分を同一化している身体や心と共に滅ぼされ、至高者への道を閉ざされるかもしれないのである。
そうならないよう、アセンションで与えられた沈黙の力・・・・精神活動を制限し、ノイズを消し、澄み切った心で本質を見抜く力を伸ばさなければならない。
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これはどういうことかと言うと、老人が不幸だということだ。
「逆じゃないのか?老人は幸福だから長生きなのでは」
と言う人もいるかもしれない。
しかし、表面に現れることなんて、本質と逆のことが多いのだ。
「いい子」と言われる子供ほど心は歪んでいるし、優等生ほど本質で馬鹿だ。
店員の愛想の悪い店ほどよく売れるということも多い。
アメリカの有名な自己啓発プログラム(高額だ)のカタログには、そのプログラムの開発者である億万長者の社長が、豪邸で孫達に囲まれて、みんなで笑っている写真がある。そして、大きな文字で、彼がいかに幸福な人生を達成したかを示す言葉が書かれていたが、この社長は間違いないなく、本当は不幸だ。子供や孫達の笑顔も不自然で不気味だ。
日本はともかく、自然に囲まれた、景色の良い牧歌的な環境で、高齢者が沢山いる長寿国があり、テレビは、これらの高齢者が幸福そうな場面ばかり切り取って放映していた。それで、我々は、「この国のお年よりは本当に幸福だ」と信じて疑わない。
しかし、私には、決して放送されない、老人達の悲惨がはっきり見えるのだ。
人間は、幸福だと、割合にさっさと死ぬものなのだ。
なぜなら、年を取り、幸福だと、死を恐れないようになるので、「もういいや」と思ってしまうのである。
ただ、使命のある人は長寿であるかもしれないが、高齢で現役なんて人は辛いものなのである。
親を邪魔者扱いし、あるいは、放置し、辛い目に遭わせれば遭わせるほど長生きする。
逆に、大切にし、やりたいことをやらせれば、「どうしてこんなに早く」と思うことになるのだ。
ただ、地球人も、老化しないようになれば、数百歳と幸福に生きるようになるかもしれないが、それは老人とは言わないのだ。
ところで、日本に限らないかもしれないが、特に日本は、死ぬのが面倒だ。
「葬式無用、墓無用」なんて遺言した有名人がいたが、それは中々難しい。
携帯電話や保険など、本人が死んでも、手続きが為されないなら金は取り続けるのが当然だし、当然、返金しない。しかし、解約手続きがとにかく複雑怪奇なものが多い。
なるべく、何の会員にもならないことだ。でないと、残された人が苦労する。
大人が自殺するなら、そのあたりはきちんとしないといけないのだが、無責任な人が多いような気がする。
葬式にはかなりのお金がかかる。
寺に収める金も相当なもので、ある人は、お坊様にお金の包みを差し出したら、そのお坊様は、その包みを上から押さえて厚さを測ると、そのまま押し返した。つまり、「少ないんじゃよ、馬鹿者!」と言う訳だ。無論、全てのお寺がそうではないが、1つの寺がそうであるなら、それは、全ての寺の責任だ。そう考えるのが立派な人間じゃないか?
それに、お寺だって、運営にお金がかかるのであり、仕方のないことかもしれない。
あるお坊様が、仕事がしんどいと言っていたが、純粋な仏教者である彼は、住職として寺を守るための、そういった世間的なことが辛いのかもしれない。
『サイボーグ009』や『仮面ライダー』が、今でも新作が創られる、漫画家だった石ノ森章太郎さんは、自分が死んだら、1週間秘密にし、その後、自分が用意した挨拶の手紙を送るよう遺言したらしい。さすが天才。素晴らしいアイディアだ。しかし、我々が真似るのは、やはり難しい。
私も、出来るなら、初音ミク・巡音ルカのデュエット曲『ワールズエンド・ダンスホール』(作詞、作曲:wowaka )の最後から2行目の歌詞、「さよなら、お元気で。」を手紙にでもして、親戚に送りつけるだけで済ませたいものだ(送りつける友達はいないので)。
さて、地球のアセンション(次元上昇)も済み、闇の反撃が始まるかもしれないので、注意して欲しい。
あなたも、子供の頃、夢の中で見たかもしれない。
空間から突然、真っ黒な奇怪な者達が現れる。あるいは、ニシキヘビのような縞柄の黄色と白の、肌とも服とも言い難い身体を持っている。
彼らは、手に持った武器で、片っ端から人間を殺めていく。世界中が血に染まる。
あるいは、恐ろしい姿の怪物が、その巨躯に似合わぬ俊敏な動きで人間を捕らえ、片っ端から食べていく。
『僕は友達が少ない』という小説で、高校2年生の美少女、三日月夜空が、10歳のスウェーデン人の血の入った美少女マリアに、「俺様、お前、まるかじり」と言って、マリアをなぜか本当に恐怖させたのはギャグだったが、案外に、人間は、自分が生きたまま喰われる恐怖心は、潜在意識的に持っているものなのだ。
そして、それらの怪人や怪物は、ボクシングや空手の世界チャンピオンでも、まるで歯が立たないほど強い。
立ち向かっても、『ターミネーター』で、サラの友人(ルームメイト)の女性の恋人であるマッチョな男が、ターミネーターに挑んだ結果と同じになる。
無論、夢で見ることは、我々が現実的に分かることに置き換えた象徴であるので、実際にこの通りである訳ではないかもしれないが、実質ではそんなものだ。
つまり、我々は、自分を同一化している身体や心と共に滅ぼされ、至高者への道を閉ざされるかもしれないのである。
そうならないよう、アセンションで与えられた沈黙の力・・・・精神活動を制限し、ノイズを消し、澄み切った心で本質を見抜く力を伸ばさなければならない。
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