ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

梶原一騎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

汚い作品の値打ち

梶原一騎(1936~1987)といえば、異常なほど成功した昭和の漫画原作者で、今でも、彼の作品である、『タイガーマスク』や『あしたのジョー』などのメディア作品が作られている。
梶原作品には、『巨人の星』などの野球ものもあるが、彼は野球は全く好きではなく、彼の本領は、空手、プロレスといった格闘技分野である。
まあ、正統な格闘技に沿っていたとは言えないかもしれないが。
梶原一騎が、日本に大きな影響を与えた天才作家であることは間違いないと思うが、スキャンダルの多い人物でもあり、逮捕歴もある。
また、今では時代遅れだが、梶原は、『あしたのジョー』に描写された少年院の様子を、自分の多くの作品で、ほとんどそのまま使い回し、読者を食傷気味にさせたが、そのリアリティの高さは、実は、梶原自身の体験であったからだと言われている。

私は、Kindle版が無料だったこともあり、梶原一騎原作の漫画『カラテ地獄変 牙』を全巻読んだことがある。
確かに面白い面もあったが、成年誌掲載だったと思われ(多分)、暴力、性描写というだけでなく、読んでいて、かなり気分が滅入ったので、あまりお勧めする気はない(笑)。
つまり、私の独断であるが、野蛮で、非常に「汚い」作品で、作者にダークな部分がないと書けないものであると思う。
だが・・・
ダークな作者のダークな作品だからこそ、光る部分があることも認めざるを得ない。
つまり、クリーンな作者には、このようなものは書けないと思う。
そして、人間は、穢れた部分もなければ、理解出来ない現実問題があり、理解出来なければ、当然、解決も出来ない。
もちろん、人間の、半分くらいの問題は、クリーンな人間でも解決出来るかもしれない。
しかし、ダークな問題となると、クリーンな人間は「頭の中、お花畑」でしかなくなる。
もちろん、漫画に限らず、小説、映画などで、ダークなものを知るだけでは虚像に過ぎないかもしれないが、それでも、虚像は分かる。

ダークな人間は、ダークな人間にしか分からない現実に関して、まともな人間には不可能な説得力を持って語る。たとえ嘘を言っていても、嘘の中に真実を感じる。
だから、大悪人や大犯罪者の講演会の人気が高いのである。
その意味、こんなダークな作品や、そのダークの根源である梶原一騎の伝記などに手を出すのも・・・さあ、良いかどうかは分からないし、いくら何でも、清純可憐な少女は絶対読んでいただきたくない(笑)。
また、まともな人間・・・たとえば、一流大学を出て就職した会社に、ずっと勤め続けているような人も、読まない方が良いと思う。精神を病む恐れがあると思う。

私とて、『カラテ地獄変 牙』を読み返すことはもうないだろうが、こんなことが書かれていたことを覚えている。
「空手道に極意なし。あるは一つの突き一つの蹴りの千回万回の反復のみ」(空手九段・大山倍達)
賢い人が、こんなことを言ったりはしない。コスパが悪いからね(笑)。
だが、空手に限らず、この世界のことは、だいたいが、これが真理なのだと思う。
また、主人公の牙という青年は、世間的には最も下等で蔑まれてきた人間だが、修行を重ねて強くなり、日本最大の空手組織の中で確固とした地位を築くが、夢に見た、海外の空手道場の道場主に任じてもらえない。そこで、組織のトップの大達人に直訴すると、「お前なんかが、そのようなものになれると思うのか?」と厳しい言葉を返され、呆然とする。
ここらにも、私は臨場感を感じた。お前のようなクズに、そんな立派な仕事は与えられないと言われた牙の気持ちが・・・いや、分からないはずだ(笑)。
それでも、牙は、ようやく海外の道場に派遣される。しかし、行ってみると、人間関係の難しさ、逃れられない世間的駆け引きに苦しめられる。
漫画で、そのようなリアルな、世の中や人間のことが描かれるのは珍しく、また、本来は、描くべきではない。売れないから(笑)。
しかし、いくら横柄に振る舞っているようでも、実は、梶原一騎自身、自分は蔑まれる人間であるという自覚による劣等感が、この主人公、牙に投影されているように思うのだ。まあ、これは単なる想像で、読者にそんな劣等感がなければ、そうは思わないと思う。
私は、こんな作品を歯牙にもかけないようになりたいと思う。








できるだけ単純に

私が、アインシュタインは本当に天才だと信じることが出来る、彼の素晴らしい言葉がある。
それは、
「出来るだけ単純に。ただし、度を超えないように」
だ。
まあ、後半の「度を超えない」も大切ではあるが、まずは、「出来るだけ単純に」であり、その重要さは、いくら強調しても足りない。
この言葉には、もっと深い意味もあるのかもしれないが、今回は、それこそ「ごく単純」に捉える。

『あしたのジョー』というボクシング漫画・アニメは、1968年に連載開始されたものながら、いまだ人気は衰えず、数年前に、昔の漫画の再連載を始めたという話もあった。
原作者は、人間的にはいろいろ問題がありながらも天才作家だった梶原一騎(かじわらいっき。この作品では高森朝雄名義)だ。
梶原一騎には、『巨人の星』や『タイガーマスク』はじめ、歴史的とも言える人気作品が数多くあり、マジな天才なのだと思う。
梶原一騎は、本当に、人間のツボを知っていた。
彼の作品には、美学と言えるほどの「ど単純」の法則がある。
『あしたのジョー』で言えば、多くのファンが、この作品から離れられなくなったエピソードは「明日のためのその1」だろう。
これは、落ちぶれたボクシングトレーナーの丹下団平が、主人公の少年、ジョーこと矢吹丈に、ハガキで、左ジャブ(軽く打つストレートパンチ)の打ち方を教えたものだ。一種の通信教育である。
私は、子供の時に読んだが、書いてあったことを憶えている。
「脇を締め、やや内角を狙い、えぐり込むようにして打つべし」
それを丈がやるのを見て、すぐに自分でやる。子供でも出来る簡単さ、単純さだ。
それでもう、自分は、ボクシングの奥義をマスターした気になり、強くなったように感じるのだ。
『巨人の星』で言えば、ひたすら直球を投げる練習をして、剛速球が投げられるようになればいいのだし、『タイガーマスク』であれば、ブリッジさえすれば、気持ちはタイガーだ(笑)。

もし、これらの漫画を読んだ子供が、本当に、野球やボクシングを習いに行けば、面食らうか、少なくとも、戸惑うであろう。
実際は、梶原漫画のように単純ではないからだ。
しかし・・・一面の真理もあるから、梶原一騎は天才なのである。
梶原一騎自身、こつこつとスポーツをやるような真面目な人間ではなかった。
しかし、喧嘩は本当に強かった。
戦い方のコツを知っていたのだ。
普通、喧嘩に強くなりたくて、格闘技を習いに行くと、(言い過ぎかもしれないが)確実に弱くなる。
昔の極真空手や(今はどうか知らないのでこう言うが)、護身術を専門に教えるようなところではそうではないが、武道というのは、実戦というか、喧嘩の道具ではない。
どういうことかというと、ある喧嘩の達人の本に、見事な指摘があった。
だいたい、こんな感じだ。
「本当の戦いになったら、頭なんて絶対に回らない。多彩な技の練習をしてたって、そんなもの出て来ない。だから、一番単純で効果的な技1つを徹底して練習してるやつが強い。キックなんてやってる余裕はない。複数の敵が相手なら、走り回るのに必死だし、ハイキックなんてもっての他。脚を上げたところを倒されたら、相手が複数なら殺されるだけだ」
実戦武道や護身術では、単純な1つか2つの攻撃を徹底的に鍛え、それが完全にならないと次のことを教えてもらえない。
そして、技にはパワーがないと威力がないが、そのためにも、同じ技を何千回、何万回と繰り返す必要がある。
梶原一騎は、そんなことをよく知っていたし、漫画の読者も、それを直観的に解るので、梶原作品に惹かれるのだ。

人間は、馬鹿なのである。
超単純なことしか、うまくやれないのだ。
そして、我々は別に喧嘩術を修得する必要はないが、引き寄せも同じなのだ。
よく、『なぜあなたの引き寄せはうまくいかないのか』なんて本があるが、その答を言ってしまえば、「やり方が難しいから」の一言だ。
単純なことを、1日中やれば良いだけなのだ。
もう1つ重要な、うまくいかない理由を挙げれば、「やる時間が少ない」だ。
(優秀な人の場合は別かもしれないが、それは私には分からないので、置いておく)
引き寄せの、1つのきれいな模範は、何度も取り上げるが、教育学者、七田眞氏の『奇跡の「右脳」超開運法』にある、ホームレスの男性の話だろう。
彼は、1日中、「神様の奇跡が起こる」と唱えた。
ネット上で、これと同じことをやったが駄目だったという話も多いが、それは単に、やった時間が足りないのだ。
このホームレスは、起きている時間は、ずっと唱えていた。
そして、2週間ほどしたら、不意に頭の中に数字が浮かび、その番号でロト6を買ったら一億円当たり、その後、再度やったら、また一億円が当たった。
高名な著者は、これは絶対に実話だと保証している。
やさしい引き寄せの本を1つ選び、全体を読まなくていいから、その中の、単純な方法を愚直にやり続ければうまくいくだろう。








カラスに騙されるタカであることをやめよう

新型コロナウイルスのために、プロ野球、サッカーJリーグが開幕延期になってる。
どうやら、両方共、無観客ながら開幕が出来ることになったらしいが、これが開催中止となった場合、主催者である新聞社や保険会社等が、当面の収益はもちろんだが、本当に恐れてることが何か分かるだろうか?
それは、人々が、野球やサッカーが自分達にとって必要なものではないことに気付くことだ。

アメリカの光明思想家ヴァーノン・ハワードの『スーパーマインド』(日本教文社)の冒頭に、こんな素晴らしいお話がある。
深い教訓を秘めた、全ての人が知っておくべきものだ。

あるカラスの一族は、トウモロコシの栽培をしていて、大量のトウモロコシを継続的に買ってくれる顧客を探していた。
そこで、悠然と大空を飛びながら平和に暮しているタカを見つけ、彼らを顧客にしようとした。
カラス達は、「タカ達が俺達に頼らずに生きていけないようにする」ことにした。
その戦略はこうだ。

・俺達のトウモロコシが絶対の必需品だとタカ達に信じさせる。
・タカ達に、トウモロコシがないと、愛がなくて、淋しくて、途方に暮れてしまうぞと説得する。
・俺達がトウモロコシを作っていることを知らなかったなんて、なんて間抜けだったのだろうという罪の意識をタカ達に持たせる。

全ての集団営業戦略がこれであることは業界機密だ(笑)。
タカ達は、必死でトウモロコシを手に入れて食べ、飛ばなくなり、羽が弱くなり、地上を歩くと衝突し、争いが起こった。
だが、ある鋭いタカが気付く。
何かがおかしい。
楽しくない。
皆、そして自分も、不満が多く、冷淡だ。
トウモロコシは自分達には美味くない。
鋭いタカは仲間達に「こんなことはやめよう」と言うが、他のタカ達は彼を嘲笑い、馬鹿にした。
「俺達は、他に何も出来ない。それが分かることが大人ってものだ」
そこで、鋭いタカは、羽を伸ばし、飛んでみた。
なんだ!ちゃんと飛べるじゃないか!
彼は山に還り、悠然と、勇ましく空を飛び、煩いなく、幸せになった。

カラスとタカが何を意味するかは、お分かりと思う。
日本人の野球好きは、昔の梶原一騎氏原作の漫画・アニメ『巨人の星』の影響が大きい。
梶原一騎氏は天才作家で、他にも、『タイガーマスク』でプロレスブーム、『空手バカ一代』で空手ブーム、『あしたのジョー』でボクシングブームを作った。
(サッカーは、選手に関しては『キャプテン翼』の影響が大きい場合もあるが、Jリーグはマーケティング戦略で成功したのであり、常に新しい話題が必要であり、1シーズン興行が中止になると、容易く忘れられる。)
昔、この『巨人の星』などの、いわゆる「スポ根」ものは教育者にも推奨され、普段は子供に漫画やアニメを決して見せない教育熱心な親ですら、『巨人の星』の時間には、わざわざ子供を呼びにいって見せたという話があるが、おそらくであるが、これは、国民の洗脳のために、誰かが広めた作り話である。
なぜなら、一連の梶原一騎作品は、あまりに馬鹿馬鹿しいものなのだが、どういう訳か、当時も、そして、今ですら、これらの話が馬鹿話だということが、なかなか理解されず、時に、こう言うと、攻撃すらされるのであるから、洗脳とは恐ろしいものだと解る。
もちろん、これらの作品は、全てが馬鹿話なのではなく、「強烈に良いと感じる話」を埋め込み、その余韻を効果的に使い、巧妙に、全体が物凄く素晴らしいと思わせるようになっている。
これは、現代でも、あらゆる広告マーケティング戦略に使われており、梶原一騎氏というのは、本当に人間についてよく知っていたと思う。だが、残念ながら、それを悪用したのだと私は考える。
梶原一騎氏は、『巨人の星』を書くまで、野球に興味がなく、全く知らなかったようだし、それは、その後も変わらなかったという。また、漫画担当の川崎のぼる氏は、子供の時に野球遊びをしたことすら、一度もなかったらしい。

さあ、カラスに騙されるタカであることを止めよう。













当ブログオーナー、KayのAI書。本日発売!
KIndle版は11日から販売中。紙の本も昨日から売ってますが…
決して、AI技術者を目指す、数学、プログラミングに強い理系の方のために書かれたのではありません。
Excelが出来る位のスキルがある、文系も含めた方が、自分でAIを作れるようになることを目的としました。
しかし、ひょっとしたら、下手な技術系の人より、上手くAIを味方にし、AIを自己を拡張する仲の良いパートナーに出来るかもしれません。

お利口さんは生きるのを止めた人

梶原一騎さんという、一世を風靡した漫画原作者は、おそらく、いろいろ問題の多かった人だったのだろうが、人気の高さが示す通り、面白いお話を作る作家で、天才と言って良いかもしれない。
その梶原さんの空手漫画だったと思うが、ちょっと忘れられない場面がある。
負傷したヤクザの親分が、広い庭に掘った大きな穴に汚物を入れさせ、その中に平然と飛び込む。
驚く主人公の空手家に対し、親分は、
「わしも理屈は解らんが、こうすると確実に早く治る」
と言い、
「先生(空手家のこと)も一緒にどうかね?」
と誘うが、空手家(彼も相当豪胆な男ではあるが)はたじろいで辞退する。
「梶原一騎、またデタラメを!」と思った読者も多かっただろうが、有名な気功や仙道の研究家である高藤聡一郎さんの本で、台湾だったか韓国だったか忘れたが、昔のアジアの国で、怪我をした部分に、汚物を貼り付ける習慣のある地方の人々のことが書かれていたのを覚えている。
本来で言えば、当然、そんなことをすれば、傷口からばい菌が入り、とんでもないことになりそうだが、そこでは、それで早く治ってしまうと信じられているのだった。

さすがに真似する気にはならないし、非科学的と非難されるかもしれないが、案外効果的なことが多いのではないかと思う。
傷から細菌が入ると、免疫作用が起こるが、大量の細菌を送り込むことで、強い免疫力を起こさせると共に、生体に「早く修復しないと大変だ」と思わせる効果でもあるのかなあとも思う。
これも、必ずしもお薦め出来ることではないだろうが、斉藤啓一さんの『ファウスト博士の超人覚醒法』という本で、虚弱でほとんど運動も出来ない少女に、厳しい労働をさせることで、少女の身体が回復したというのも、似た原理なのかもしれない。
精神的に落ち込んだ人に対し、優しく接するのではなく、敢えて厳しくしてやった方が回復が早いと言ったら、少しピンと来るかもしれない。

だから、身体も心も甘やかしちゃ駄目だ・・・ということを言いたいのではなかったが、まあ、そんなことも言えるだろう。
とはいえ、怪我をした身体を汚物の中に浸すというのは、さすがに身の毛もよだつが、あの漫画のヤクザの親分が言った「理屈は解らんが治りが早い」という言い分がやっぱり良い。
確かに良いことでも、理屈は解らない、あるいは、解り難いことは沢山ある。
念仏というのも、そんなところがある。
経典や、法然や親鸞の本を見ても、理屈では納得出来ないのだが、確かに不可思議な効果がある。
ポール・マッカートニの『レット・イット・ビー』で、「苦難に苦しんでいると、聖母マリアが現れて、貴い言葉をかけて下さった。『レット・イット・ビー(あるがままに』と」と歌われるが、その言葉に従うと、きっと問題は問題でなくなるのだろう。
そして、私の場合、困難を抱えていると、ひたすら念仏を唱えていると、おそらくいつも、問題は元々なかったかのように消えてしまう。
自己暗示みたいなものかもしれないが、自分であれこれつまらないことをして墓穴を掘るよりは間違いないように思う。
経典や、それに対する、法然、親鸞の解釈によれば、念仏を唱えれば、諸仏や、観音、勢至といった菩薩が真摯に手助けしてくれるというが、まあ、それは象徴的な意味だとしても、だいたい、そう考えて悪くはないだろう。

いずれにしても、少しもお利口なお話ではなかったが、お利口なことは大抵役立たずで、理屈抜きでやめておいた方が良いことばかりだ。
こちらは、「理屈は解らない」ではなく、「理屈はいらない」のである。
『愛のほほえみ』というイタリア映画で、オルガという名の可愛らしい10歳位の少女が、「私、やっちゃいけないって言われることは全部やりたいの」という「名セリフ」を言うのを覚えているが、彼女は生きている。
お利口さんになるのは、生きるのを止めることなのだろう。
理屈抜きで(直観)でね。









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弱い者達への遺言

この世はバカだらけである。
道理などいっさい通用しないバカが野放しである。
こう言えば、「お前はバカでないのか?」「お前がバカだから目の前にバカが現れるのだ」と言う「バカ」も増えたが、やっぱり世の中はバカばっかりなのだ。
『観無量寿経』で、王妃イダイケが釈迦に、「こんな悪人だらけの世の中に居たくない」と訴えるが、悪人とは、アクティブなバカである。
私は最近、梶原一騎さん原作の漫画『カラテ地獄変牙』が面白いので読んでいるが、公衆便所に捨てられていた子である直人は、少年時代、ある真理を強く強く思い知らされる。
それは、「人間の本性悪なり」である。
なぜ、直人がそれを過激に思い知らされないといけないのかというと、力がないからである。
梶原一騎さんの漫画は、面白いが馬鹿げているのだが、この「人間の本性悪なり」という言葉には、いまだ強く共感せざるを得ない。
共感能力に著しく欠ける私が、「人間の本性悪なり」という「名文」にだけは激しく共感してしまうのである。

そして、弱い限り、悪人の餌食である。
それを避けるにはひきこもるしかないが、ひきこもりが一番弱い。
見事、一生ひきこもれば勝ちとしても、それが出来なくなったら、最弱のまま悪人の餌食になるのであるから地獄である。
そして、ひきこもり続けることは出来ない。
いずれにしろ、道理の一切通用しない「動くバカ」、端的に言えば悪人の餌食にならないためには自分が強くなるしかない。
強い者に保護されていたって、いずれは丸裸で放り出される。その時のために強くならなければならない。
『カラテ地獄変牙』の主人公、直人の場合は、保護してくれる者が初めから誰もいなかったので、人生の初めから悪にさらされた訳である。

強くなるには、昔、セベ・バレステロスが何かのテレビCMで「父の教え」として語ったように、
「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」
の手順しかない。
初音ミクさんのお父さんでクリプトン・フューチャー・メディア社長の伊藤博之さんが講演で話されたことは、「好きになったら続けろ」である。
好きになったら熱心に根気強く続け、強くならないと、この世は地獄である。
「じゃあ、僕はゲームが好きなので、ゲームやります」っていうのもバカだが、いや、それならおやんなさい。
「こりゃ!何してる。もっとゲームやらんかい!」である。
本当に強いと言えるまでになるには、半端なやり方ではいけない。
エッチなことだって、1日24時間やれれば、池田満寿夫さんのように強くなれる。

何やっていいか分からないなら、プログラミングをやりなさい。
死ぬほどやりなさい。
そして、身体を鍛えることだ。
「プリズナー・トレーニング」のままでなくていいから、部屋の中で腕立て伏せとスクワットをやりなさい。
盆暮正月いっさい関係なく、毎日欠かさずやりなさい。
弱く惨めな者達に、私はそう遺言したい。
私に分かる範囲で言えば、他に手はないのだから。








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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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