ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

格差社会

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

コスパ主義の報い

「コスパがいい」という言葉を若者も多用するようになったが、これはゾッとする言葉だと思う。
コスパとはコストパフォーマンスという意味で、少ない費用で大きな成果を上げることである。
たとえば、チョコレートを作るためのカカオの実の収穫を、安い賃金で、子供達に危険な仕事を長時間やらせることが出来る国で行うことが「コスパがいい」ので、実際にそれが行われている。
資本主義社会では、儲ければ儲けるほど良く、コスパが最重要になり、思いやりのようなものは全く価値を置かれない。ただし、見せかけの派手な思いやりは大いに利用される。

資本主義社会では、コスパ最優先に徹し、それをうまく行える者が利益を独占し、一部の者がどんどん豊かになり、それ以外の者はどんどん貧しくなる。その中で、弱い立場の者は超貧困となる。
貧困層への施しは行われるが、必要最低限よりはるかに下の量しか行われない。
貧困層に施すより、超富裕層に支払われる利益の方がずっと優先されるからだ。

資本主義社会では、コスパ至上主義で、思いやりとか人間らしさがなくなり、利益を生まない人や制度を敬わなくなる。
たとえば、利益を生まない知識や知恵は、どれほど素晴らしいものであっても軽視され、それを努力して得た者を「コスパが悪くね」と蔑むことが普通になる。
利益を生まない行いは意味がなく、それはコスパが悪い馬鹿がすることという思想が蔓延っているのである。
さらには、思いやりがある者が、思いやりのある行動をすることが禁止されることも多くなっている。

だが、思いやりを軽視して捨て去り、コスパ主義になると、必ず反動があり、報いを受ける。それが、この世界の仕組みである。
ここらは迷信めいて聞こえるかもしれないが、抗うことの出来ない力によって、外れた分に相応する反作用が起こるのである。
それが天変地異や崩壊の連鎖である。
小さな逸脱に小さな反作用が起こるのなら良いが、逸脱が大きくなったところに、大きな反作用が起こる事態がかなり発生している。
昔、東京都知事だった石原慎太郎が、大きな災害が起こったことに対し「天罰だ」と言ったら、「その地域の人達に失礼」という非難が起こり、石原は謝罪したが、別に、天変地異は、それが起こった地域の人々の不徳だけで起こるものではなく、日本全体、そして、世界全体の不徳の反作用として起こるのは確かであると思う。これは、物理学的に言っても、霊的に言ってもそうである。

学校で、自分は誰よりも勉強が出来るが、出来ない子の面倒を自主的に見ることで時間と労力を使い、1番になれない子に、親や教師が「お前はコスパが悪い」と怒ることが本当によく行われるようになった。出来の悪い子の面倒を見ても、物質的報酬は何もないのだからコスパが悪いということだ。
しかし、その出来る子は、物質的利益よりはるかに大きなものを得ていたのである。

これだ!この感じだ。
永遠の命程度とは引き換えに出来ないこの喜びだ。
~アニメ『キャシャーン Sins』より。デュオの言葉~

洗礼のヨハネやイエスが「悔い改めよ」と言ったのは、今の時代のことである。
悔い改めねば、もう何が起こるか分からないし、もう起こっている。

人を思いやる温かい心だけが人類を生き延びさせるとわしは信じている。
~アニメ『エイトマン』より。谷博士の言葉(脚本は原作者の平井和正)~

ただ、思いやりは、考えて無理に起こすものではなく、自然に起こるものであり、本当は誰でも自然に起こり続けているのである。
だが、思いやりは欲と反するので、考えて無理に(意図的に)捨てているのである。
欲張らないことだ。必要なものは与えられる。それで満足すれば、弱い者から奪うこともないだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)新約聖書 福音書 (岩波文庫)
(3)バガヴァッド・ギーター(日本ヴェーダーンタ協会)
(4)無一文の億万長者(コナー・オクレリー)
(5)運とつきあう(マックス・ギュンター)
(6)キャシャーンSins ※Amazon dアニメストア for Prime Video

柔らかな髪
AIアート1670
「柔らかな髪」
Kay

人類数千年の課題

人間は動物としては弱いが、集団を作り、知恵を発達させることで、地球の支配者になった。
だが、集団の大きさと知恵が発達するほど、持つ者と持たざる者の格差が広がり、国家が出来ると、「これで同じ人間?」という疑問を持たざるを得ない大きな差が出来た。
実際、「王様と乞食」では、果たして、同じ人間と見て良いのかと思うが、確かに、同じ人間なのである。
世界中で、「人間は平等である」という概念が優れた人間によって提唱されたが、実質が伴わない。
だが、本当に人類が進歩したと言えるのは、皆が同じとは言わないが、富が再分配され、極端な格差がなくなった時ではないかと思えるのである。

『インデペンデンスデイ』(1996)というアメリカ映画で、宇宙人の攻撃を受けて大打撃を受けたアメリカで、大統領夫人マリリンが乗っていた政府のヘリコプターが墜落し、マリリンは負傷するが、この映画のヒーローの1人である黒人パイロット、スティーブン・ヒラーの恋人である黒人女性ジャスミンに救われる。
ジャスミンが献身的にマリリンの世話をし、親しくなる中で、マリリンは若いジャスミンに、「お仕事は?」と尋ねる。
ジャスミンは「ダンサーです」と答える。
マリリンは明るい顔になり、「クラシックか何か?」と再び尋ねると、ジャスミンは少し寂しそうに笑いながら「裸で踊るの」と言う。
大統領夫人とはいえ、そこまで世間知らずではないマリリンは、それがストリップ・ダンサーを意味すると分からない訳ではない。
マリリンは、哀れむというほどではないし、軽蔑を示したりはしないが、いくらか同情を込めた微笑みを見せ「あら…」とかつぶやく。
だが、ジャスミンは、決して卑屈にならず、明るく「恥じてはいない」と言う。報酬が良く、1人で息子を育てられているからだ。
ファースト・レディとストリップ・ダンサー、相当な格差がある2人だが、この状況では、ある意味、ジャスミンが上位かもしれない。
だが、ジャスミンの優れた人間性により、2人は全く対等だ。
宇宙人に街が破壊されなくても、こうありたいものである。

このシーンを見ていて、私は、『フラッシュダンス』(1983)を思い出す。
アレックスはダンサーを夢見る若い女性であるが、豊かではなく、昼は労働しながら夜にレッスンを続けていた。
この映画の中で、1つのオーディションの場面がある。
沢山のダンサーが、成功を目指して集まってきて、日頃修練している実力を見せようとする。
大勢のテスト生が踊っている中、監督が、「クラシックバレエの経験がない者は降りろ」と言い、沢山のダンサーが落胆しつつ舞台から去る。
だが、その中で、どう見てもクラシックバレエの素養があるとは思えない若い女性ダンサーが踊り続ける。
監督が、それを見て。「君!クラシックバレエの経験は?」と尋ねると、その若いダンサーは明るく笑いながら「ないわ」と言って平然と踊り続ける。
監督が、「降りろ」と命じるが、女性が無視していると、監督は激怒したように「出ていけ!」と怒鳴る。
すると、女性の表情が急変し、泣き出して崩れ落ち、近くの女性がかばった。
私は、それを見て、いろいろ想像したのだ。
きっと、この女性ダンサーは、こういった場面を何度も経験してきたのだ。
そして、ひょっとしたら、彼女は、クラシックバレエもやりたかったのかもしれないが、育った家庭の経済的な事情などで、それが出来なかったのかもしれない。
これらは勝手な想像ではあるが、そんなツキのなさを思うと、私も非常に無念になる。
この女性も、ジャスミンのようにストリップ・ダンサーで生きるしかなくなるかもしれないという想像も起こった。

日本の映画『さびしんぼう』(1985)で、高校生の百合子は、ピアニストを夢見ていたが、家にピアノがなく、放課後、音楽室のピアノで練習するしかなく、それだけではピアニストにはなれないことを自覚しながらも、諦めずに熱心に練習していた。
だが、百合子の家庭に問題が起こり、百合子は学校に来なく(来れなく)なる。
美しい彼女に好意を寄せるヒロユキが訪ねていくと、おかしな着物を着た百合子は、魚屋で魚を買おうとしていたが、一匹買うお金がなく、半分売ってくれないかと魚屋の奥さんに頼んでいた。
百合子は明るくヒロユキに対応したが、家には来ないで言う。「恥ずかしいから」と。
別れ際、百合子は。「私のもう1つの顔を見ないで」と言う。
彼女の悲惨な状況が推測された。

持てる者は、決して、富の再分配を望まない・・・つまり、持っているものを手放さない。
世界の富の90パーセント以上を2パーセントの者が握っている。
こんな状況が変わらない限り、進歩した宇宙人は地球人類を仲間として迎えることはないのではと思う。
つまり、宇宙人となかなか出会えないのは、こんなことが原因であると考えられる。
持たざる者は、呪文の力を試し、争いなく、富の再配分、平等性が実現出来ればと思う。








貧者の逆襲

昔は、貧しい家の中学生や高校生が、電気スタンドは無いが、家が狭くて、部屋で寝ている者もいて電燈を点けられないので、外の街灯がある場所で勉強し、それでも一番の成績で卒業したなんて子がいた。
しかし、今の時代なら、その子の成績は、普通より少し良い程度であれば上出来だろう。
今は、そこまで貧しい家は滅多にないが、それでも、家に余裕がなくて良い塾に行けない子が根性で金持ちの子に勝つのは、かなり難しい。良い塾の講師の教え方は学校の先生とは桁違いで、実際、恥を忍んで塾に教え方を教わっている学校もある。

半世紀以上前、まだ割と平等な時代、生まれつき頭の良い者が金持ちになっていき、そんな者は、子供に快適な勉強部屋を与え、教育にお金をつぎ込んだ。元々、頭の良い親の子だから、子供は優秀になり、そんな子がさらに金持ちになる・・・という構図が出来上がり、今では日本はすっかり格差社会になった。

私がいま、唯一熱心に見ている『BEATLESS』というアニメは、2105年の22世紀のお話なのだが、3人の親友同士の間で格差がある。
一人(リョウ)は大金持ち、一人(アラト。主人公)もそこそこの富裕層、しかし、最後の1人(ケンゴ)は、定食屋を営む家の長男で、貧乏な上、特別なところは何もない。
5体の女性型スーパーアンドロイドの1人で、可憐な少女の姿の紅霞(こうか)は、そんなケンゴに対し、支配的であったはずが、不思議にケンゴに好意を持っているように感じる。
5体の中で、一番最初に作られた紅霞は、凄い性能とはいえ、他の4体のような特別なところはなく、自分に世界を変えることは出来ないと悟る。
そんな自分は、ケンゴを代表とする下層の者達と似ていると、紅霞は感じたのだ。

これからの世の中、下層の人間は蹂躙(じゅうりん。踏みにじられ、強権で侵害されること)されるしかないという、大昔の世界が蘇りつつあるというのが事実だ。いや、もうかなりそうなっている。
超人的な努力をしたところで、IQと資金が足りなければ、せいぜいが出来の良いロボット扱いで、しかも、ロボットのきれいな仕事は本物のロボットがやることになり、人間ロボットに回ってくるのは惨めな仕事ばかりかもしれない。
いや、別に、とりたてて悲観的なことを言うつもりはない。
この時期になると思い出すのだが、私は昔、一部上場企業で、前の年の終わりあたりから、ゴールデンウィークの間もずっと、大晦日、正月も含め、土日祝日全て出勤し、朝7時半から夜12時まで働き(12時で駐車場が閉まるという理由でその時間まで)、かなり実績も上げ、上司は昇進を推薦してくれたが、昇進したのは実績はなくても学歴のある者だった。
丁度、今の時期には遂に過労で倒れ、10分ほど意識不明だったが、意識が戻った時、その上司すら、自分の机で悠然と座っているのを見た。
まさにロボット以下の扱いであるが、まあ、性格の悪さが半分はあった・・・と信じよう(笑)。

紅霞は散ったが、我々は勝たねばならない。
永井豪さんの昔の漫画『魔王ダンテ』は、なんと、太古の昔、神に蹂躙された悪魔が、現代になって(と言っても20世紀だが)いよいよ力を蓄えて神に宣戦布告する様子を力強く生き生きと描いたところで終わっているが、永井さんも、成功したとはいえ、持たざる者出身であり、世の中に逆襲に出ようという意欲があったのだと思う。
別に、エリートと戦うというのではない。
エリート達の世界とは違う、新しい、もっと良い優れた世界を作るのである。
そして、それは可能になったと言える。
それは、真の強者の世界なのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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