ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

旧約聖書

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

神話の真実は酷いものだった

最近は、このブログでずっと、ローレンス・R・スペンサーの『エイリアンインタビュー』について語っているが、この宇宙人エアルに対するインタビューの内容は、私は事実だと思うが、万一、作り話だとしても、我々が本来持っている力を回復させ、人類の危機的状況を救うために、あまりに「使える」ストーリーを提供してくれている。
これまで疑問に思っていたことへの合理的な解答を得られ、聖典や賢者の教えに統一性をもたらす。

今回は、ちょっと変わった神の話をしようと思う。
神と言えば、キリスト教やイスラム教(いずれも起源は旧約聖書だが)のような、神は1人であるとする一神教と、ヒンズー教、ギリシャ・ローマ神話、北欧神話、神道のように沢山の神々がいるとする多神教がある。
この中で、我々にも比較的馴染みのあるギリシャ神話や神道の神について、疑問を持っている方は多いと思う。
神道の神については、古事記や日本書紀に記述がある。
これらの神々は、良い言い方をすれば「人間味があって親しみ易い」と言えるかもしれないが、神に人間味があってどうなるものでもないし、その人間味の多くは非人格的という意味である。
ギリシャ神話では、神々の王ゼウスが率先して、女神だけでなく、美しい人間の娘を見て欲情しては手を出し子供を作る。
女神の中には、ゼウスの相手になるのが嫌で自分の美しい身体を島に変えて元に戻らなかったり、泣く泣く相手をした女神もいる。
ゼウスの息子のアポローンは、美しい精霊のシュリンクスを無理矢理犯そうとし、シュリンクスは絶対嫌なのだが、アポローンのような偉い神には逆らえない。そこでシュリンクスは父親に願い、葦に姿を変えてしまった。
力のある神々は、人間に対し(下位の神や精霊に対してもだが)、やりたい放題であるが、神のやることに人間が異義を唱えるのは身の程知らずとされるなど、なんともディストピア(暗黒郷)的なお話である。
古事記の神々は、比較的、ギリシャ神話の神々のような奔放さはなく、人間を慈しみ、身を慎む場合が多いが、そうとも言えない神も多い。
『エイリアンインタビュー』によれば、神々は宇宙人である。無論、ギリシャ神話や古事記、あるいは、旧約聖書では、脚色され、物語化されているが、神話と似たことが行われてきた。
地球にやってきた宇宙人の中の良からぬグループは、やはり美しい人間の娘に手を出しまくっていたことは聖書にも書かれている。
聖書では神そのものは1人であるが、神の子とされる特別な人間や権威ある神官なども、そんな宇宙人である。
元々、人間の身体も宇宙人の身体もテクノロジーによって作られた同じ(少なくとも似た)もので、宇宙人が人間に好意を感じても不思議はないし、子供を作ることも出来る(というか出来てしまう)。
尚、『エイリアンインタビュー』の宇宙人エアルは、調査目的に限定して作られたボディー(いわゆるグレイタイプ)を持ち、人間にあまり似ていない。エアルは、いつでも、そのボディーから離れることが出来るが、それは死を意味するわけではない。

厳重に隠蔽されてすら、宗教教団の偉い神職の者達の性的な良からぬ話は昔から少なくないのは、これら宇宙人の行いに倣っているようにも感じるのである。
しかも、連中は滅多なことでは罪に問われなかったし、現在でも正当化される風潮があるだろう。
少なくとも美しい女性は宗教には関わらないことである・・・と私は思う(笑)。
間違えても美少女には、宗教団体の門を絶対にくぐらせてはならない・・・と私は強く思う。

神話のお話は、人間は弱く惨めな存在であり、神のやることに異議を唱えてはならず、いいなりになるべきという根性を叩き込まれたことを意味している。
しかし、本当は、我々は神(のようなもの)である。
宇宙人は、人間にそれを思い出させないよう、テクノロジーを駆使しているので、我々は自分が神であることを自覚することは難しい。
しかし、宇宙人の人間を無力化するテクノロジーを回避し、力を取り戻した人間はいる。
宇宙人の手段は、人間の記憶の消去と偽の記憶の植え込みで、それは、肉体の死と共に行われる。それは、装置によって自動的になされる。
だが、記憶を取り戻した人達がいたし、今もいる。
記憶を取り戻せば力も戻る。
我々の中には、エアルのグループの善い宇宙人の魂を持った者もいる。善い宇宙人にも、悪い宇宙人によって記憶を消され、我々の中で転生を繰り返している魂もいる。
引き寄せの力が強い者、直観や予知能力に優れた者、優れた発明家や芸術家や哲学者は、神の記憶を部分的に取り戻した者であり、それには、地球人やエアルの仲間の宇宙人もいる。

そんなわけで、いつも述べる通り、我々は消された記憶を取り戻し、神の力を回復させなければならない。
しかし、悪い宇宙人はそれを恐れており、妨害があることも考えられ、実際、妨害されているに違いない。
現在の世界情勢も、それを現わしているように思う。








自分に名を付ける秘法

少しは知られていることだが、小説や映画や、あるいは、漫画やアニメで、それがごく娯楽的なものであろうと、その国の神話や伝承に秘められた何かが、意図的、あるいは、偶然に引用されていることがある。
キリスト教圏の作品には、聖書や、旧約聖書の深い解釈であるタルムードの知恵が、さりげなく表されていることがあり、聖書やタルムードを読まなくても・・・いや、むしろそれらを読むより容易に、その英知を得る者もいる。
例えば、イーロン・マスクは、少年時代に『銀河ヒッチハイクガイド』というSF小説を読み、そこから何かを得て人類を救う決意をするが、その小説の中にも、やはりタルムードの英知が込められていたのである。

ジュリアーノ・ジェンマ主演で成功を収めた、1966年のマカロニウエスタン(イタリア西部劇)『南から来た用心棒(原題:Arizona Colt)』は、旧約聖書の創世記32章と共に読むと面白い。
この『南から来た用心棒』の中で、高額な賞金をかけられた悪党ゴルドーが率いる数十名の盗賊集団の前に、恐れもせず颯爽と立った若いガンマンは、ゴルドーに名を問われると、こう答える。
「この銃と、この砂漠の大地が俺の名だ。コルト(コルト社の拳銃)、アリゾナ・コルト!」
つまり、彼は、自分の名は「アリゾナ・コルト」だと言うのだ。
もちろん、親が付けた戸籍上の名であるはずがない。
しかし、彼は、この名で生きていた。

旧約聖書の創世記32章に、こんな話がある。
大勢のしもべを伴って旅をしていたヤコブは、宿営地で1人でいると、何者かが彼に格闘を挑み、彼らは夜明けまで戦った。
この格闘の場面は、レンブラント、ドレ、ドラクロワといった、そうそうたる画家達が名画で現した、聖書の中でも特筆すべきハイライトと言える。
【リンク Wikipedia】天使とヤコブの闘い
人間であるヤコブが強い天使に負けなかった。
天使は、ヤコブに名を問うた。
ヤコブは「ヤコブです」と答えた。
すると天使は、
「あなたの名はもうヤコブではない。イスラエルと名乗りなさい」
と言った。

アリゾナ・コルトの名も、この聖書の話を元にしたものだろう。
名前ほど重要なものはないのに、誰もそのことを顧みない。
顧みないように、知恵を奪われたからだ。
我々は、自分の名前の通りのものになる。
そんな重要な秘法を、一般人は知らないようにさせられた。
自分で自分に、2つ目、3つ目(あるいはもっと多く)の名を付けなさい。
『古事記』には、大国主命は沢山の名を持っていることが記されている。
彼は、それほど多くの力を持つ神なのだ。
金持ちになりたければ「金持ち」「富豪」という名を付けなさい。
美しくなりたければ、「美男」「美女」といった名を付けなさい。
もちろん、それらを意味する、自分好みの名を付ければ良いのである。








鮮やかなまでに巧妙な真言の仕組み

昔から多くの人が知っている伝説には大きな力がある。
それは単に、長く語り伝えられた知恵や教訓であるからだけでなく、多くの人間がそれについて想い、考え、意識することで、人々の集合意識の中に生命力を蓄えてきたからだ。
フロイトは認めなかったが、ユングは、意識には、個人の意識だけでなく、全ての人が共有する集合無意識があり、人間は皆、集合無意識でつながっていると考えていた。
集合無意識の存在を前提にしないと説明出来ない現象は沢山あり、ユングは著書の中で、本当は、フロイトも集合無意識を認めていたはずだという確信を示していた。

長く多くの人が聞き、話し、想った神話やおとぎ話といった伝説は、集合無意識の中で確固とした存在となり、その生命力は強く、人々や、さらには、現象にまで影響を与える。
物質や物質世界は人間の心が作り出す・・・少なくとも影響を与えることは、科学的にも確かである。

ただ、よく知られていることを悪用され、宗教は支配者の洗脳支配のために使わることが多く、集合無為意識の中で負のエネルギーになっている場合がある。
ところが、面白い・・・と言うべきではないかもしれないが、支配者が利用するのは、新しい宗教なのである。
つまり、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教は皆、共通して、旧約聖書を聖典とするが、支配者が、旧約聖書を民衆の洗脳に使うことは、あまりない。
その理由は簡単で、読めば分かるが、旧約聖書は意味が分かり難く、洗脳支配に利用し難いのだ。
洗脳というものは、誰でも簡単に分かる話を使うしかないのである。
だが、新しい預言者(イエスやモーセなど)によって語られたことが書かれた新約聖書やコーランは、支配者に都合の良い解釈を押し付け易く、洗脳に使われてしまったのである。
そこにいくと、確かに、旧約聖書を探求するユダヤ教信者は、洗脳され難いという特徴がある。
そして・・・むしろ、ユダヤ教徒の中の一部の頭の良い人間達が、世界を洗脳支配したのである。

さて、洗脳論が目的ではないので、よく知られた伝説には力があるという話に戻る。
我々は、支配者によって捻じ曲げられた部分をうまく避けて、伝説の力を利用すれば、大きな利益を得る。
そして、それは難しくない。
ただ、庶民の最後の武器である真言によって、簡単に行えるのである。
よく知られた伝説と言えば、やはり、宗教が関係し、各宗教の信仰者は、キリスト教が33%、イスラム教が20%、ヒンズー教が13%、仏教が5.9%、ユダヤ教が0.2%であるが、信仰者の数が決定的な問題ではない。
例えば、ユダヤ教信仰者が0.2%と言っても、旧約聖書の利用率で言えば、キリスト教やイスラム教の53%が入るのである。
その中の、良い伝承を使えば良いのである。
旧約聖書の格言などには、支配者に利用されなかったものが沢山あるが、例えば、「心を静め、自分が神であると知れ」などは、支配者に利用する方法はなく、力ある言葉であるが、使う者は少ない。
神道となると、信仰者は世界的に見れば極めてわずかで、その典拠となる『古事記』や『日本書紀』となると、世界においては無に等しい。その上、神道は明治政府に悪用された歴史もあるが、実は、神道の根幹は、民衆の集合無意識の中に、深く、ピュア(純粋)な形で息づいているのである。
例えば、『古事記』の神が、支配者に味方した話など全くなく、神は神として、自由に考え、行動しているという伝説は守られているのである。
ここらは、ギリシャ神話も同じだ。
そして、『古事記』も『ギリシャ神話』も、あるいは、『旧約聖書』も。最初から、洗脳支配に利用されないように作られていたフシがあり、これらには、古代の叡智や、ひょっとしたら、宇宙人の善意の協力も感じるのである。
だから、「アマテラスオホミカミ」という神の名を真言として唱えれば、集合無意識に潜むエネルギーが、良い形で味方してくれる。
念仏となると、むしろ、支配者に弾圧されながら、真摯な僧や民衆の中で生き続けたのであり、集合無意識の中でのエネルギーの純粋さ、強さは、もし、視覚化出来るなら、実に巨大で美しく眩いものであり、これを真面目に唱える者に恵を与えないはずがない。
そして、こういったことは、優れた真言全般について言えるが、特に、昔も今も、民衆に人気の高い観世音菩薩の真言、あるいは、観世音菩薩が主役の『般若心経』や『十句観音経』の力は非常に大きいのである。
だから、「南無観世音菩薩」とか「オン、アロリキャ、ソワカ」、あるいは、「観音様」と唱えるだけで、ものごとは良い方向に流れ出し、数多く唱えれば奇跡も起こる。
修験者は、数多く般若心経や般若心経の呪文を唱えることで、神通力を得た者が多いと言われる。
尚、般若心経は、呪文のみを唱えるべきと言う研究者がいるが、私もそれに賛同している。
また、神仏の名、真言、聖典の言葉には、宇宙意識と通じるまでになっている場合が多く、それらを真言として数多く唱えることで、至高の力が味方してくれる可能性がある。
自分が良い印象を感じる真言・・・早い話が、好きな真言を選び、たゆまず唱えれば、それで間違いないのである。












アダムとイブの失敗を取り返す念仏

旧約聖書のアダムとイブのお話が面白い。
アダムとイブは初め、知恵はなかったが、安楽な暮らしをしていた。
だが、ヘビがやってきて、イブに、知恵の木の実を食べるよう、そそのかした。
イブは、それを食べたら死ぬと神様に言われているからと断るが、ヘビは、「死ぬことはなく、知恵を得る」と言った。
そして、それがとても美味しそうなので、イブは実を2つ取り、1つをアダムに渡し、一緒に食べた。
そうしたら、ヘビが言った通り、2人は知恵を得た。
神様はアダムを尋問するが、アダムは「イブが勧めたから」と言い訳し、イブは「ヘビが勧めたから」と言い訳する。
しかし、ヘビは言い訳しなかった。
神様はヘビを、「一生、地を這い、チリを食べよ」と言った。
しかし、ヘビは縦横無尽で、案外に美味しいものを食べている・・・なんてことは聖書には書かれていないが。
そもそも、神様が、そこまで危機管理能力がないはずがなく、2人が知恵の木の実を食べることは、予想していたどころか、わざとやったような感じさえする。
とはいえ、神様の意図など人間が知ろうとするものではないだろう。
神様は、2人が生命の木の実(食べたら永遠の命を得る)まで食べたら大変だと、2人を楽園から追い出す。

手っ取り早い話をすれば、楽園は我々の内部にある。
そこには、知恵の木もあれば、生命の木もある。
我々の知恵は、魂の穢れにより低下し、普通の人はあまり賢くはない。
そこで、我々は、内部の楽園にアクセスし、生命の木の実を食べて穢れを払わねばならない。
光明という言葉がある通り、光が知恵の象徴だ。
だから、無量光仏という別名を持つ阿弥陀仏が知恵の源である。
また、阿弥陀仏のもう1つの別名は無量寿仏であり、阿弥陀仏は生命の源でもある。
そして、一休が見破ったように、阿弥陀仏は我々の内にあり、我々の真の心こそが阿弥陀仏である。
だから、極楽浄土(楽園と同じだろう)は、我々のいるところ、どこにでもある。
よって、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えれば、知恵と生命の輝きを得て楽園に舞い戻るのである。
そして、自分が神であると知る。
南無阿弥陀仏とは、内なる神性、あるいは、仏性に対する敬意なのである。
それを思い出すために念仏を唱えれば、ここが楽園となり、神仏と一体化するだろう。
象徴的に言うと、どうしても宗教的になるが、宗教もいいじゃん・・・である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

人間という小宇宙解明マニュアル

インドには、人間は小宇宙であるという古くからの思想があることがはっきりしているが、実際は、他の多くの国でもそうだと思う。
ギリシャ神話、旧約聖書、古事記には、天地創造のお話があるが、これを大宇宙の生成のお話とすると矛盾もあるが、これらのお話は、小宇宙としての個人のお話であると考えると、面白く感じるのである。
そして、実際は、旧約聖書全体、ギリシャ神話全体、古事記全体が、個人に起こることを象徴的に語っているのであると思う。
旧約聖書で、神様は、太陽に昼を、月に夜を支配させたとあるのも、1人の人間の昼が象徴する何かを太陽が象徴する何かが、夜が象徴する何かを月が象徴する何かが支配するのだろう。
古事記にあるように、人間の何かは、初めは、クラゲのようにふわふわ漂っていたが、それが凝り固まるのだろう。
その象徴するものが何かは、やがて分かってくるだろうし、直感的には分かっているのだろう。
自分が納得する答を見つければ良いのであり、他の人の意見は、参考にするのは良いが、鵜呑みにしてはならない。

旧約聖書で、モーセが海に向かって手を上げると、海が裂けて海底が現れ、モーセとその一行は、歩いて進むことが出来たというのも、荒唐無稽な奇跡話ではなく、個人の精神の中で起こる物語で、具体的にどんな意味かは分からなくても、自分のお話だと思えば、とても興味深く感じるのである。

アマテラスオオミカミが天(アメ)の岩戸に閉じこもって世界が暗くなり、アメノウズメが踊って、アマテラスが出てくると世界はまた明るくなったというのは、説明されなくても、よく分かると思うのである。
「いや、分からん。具体的に説明しろ」
と言うのは、心が狭く、頭が固い人だと思う。
少なくとも、
「ああ、これは俺の話だなあ。面白いなあ」
と思えば、お話が自分の内面に作用し、エネルギーを得たり、精神が進歩するのだと思う。

大乗仏教の経典も全て、個人のお話であると思えば、極めて美しく、納得出来るように思うのである。
自分のことが分かれば、自分が本来持っている力も取り戻せる。
それを続けていけば、神仏に近付いていくのだと思う。
仏教の極楽浄土には、美しいもの、楽しいこと、気持ちの良いことしかないと書かれているが、もし本当にそんな世界があったら、そこに住む者は退屈して死んでしまうだろう。
しかし、精神の中には、そんな何かがあり、そこは常に光に満ちた状態であるのだとすれば、そんな何かはあるに違いないと思うのである。
そして、現に自分のことであるのだから、自分に分からないはずがない。
日本人なら、聖書より仏典や古事記が分かり易いかもしれないが、必ずしもそうではないかもしれない。
自分が面白いと思うものを、自分のお話として見れば、自分を知り、自分の力を取り戻すのである。
ただ、実際は、子供のように素直に読めば良いのだと思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼

最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
タグクラウド
QRコード
QRコード