ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

新約聖書

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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キリストの秘法を親切に解説してみた

イエス・キリストは、自分が万能であると堂々宣言し、実際にその力を見せたが、そんなことが出来るのは自分だけではなく、「信じる者には何でも出来る」と言い、誰でも自分と同じことが出来ることを示唆した。
それなら、どんな願いも叶うはずだが、イエスは、願いの叶え方を特別に教えている。
彼が教えたシンプルな方法こそが究極であることを、チャールズ・ハアネルは成功講座である『ザ・マスター・キー』で述べていえる。この本は、若き日のビル・ゲイツも学んだと言われている。
そのイエスの願望達成法について、少し述べる。

イエスの方法は実に簡単で、「願いは既に叶ったものと思う」だけである。
貧しくて豊かになりたいなら、既に豊かであると思い、病気で苦しんでいるなら、既に健康になったと思えば良い。
ただ、貧乏な者が、自分は豊かであると、「本当に」思うことは難しい。
なぜなら、自分は貧乏だと思っているから貧乏という状態を引き寄せたのであるからだ。
その者の「私は貧乏だ」という思いは信念であると言えるが、人の信念を変えることは難しい。
そして、その信念を変える方法こそが、世の中に無数に現れ続ける成功法則、成功講座、成功プログラムで、上に挙げたハアネルの『ザ・マスター・キー』も、その1つということになる。

思い通りの信念を持つことが出来れば、人生は自由自在であり、だから、クラウド・ブリステルは『信念の魔術』を唱え、「魔法使い」ダイアン・フォーチュンは、魔法とは「心に自在に変革を起こす技術」であると定義した。
だが、誰の方法もうまくはいかない。
心の傾向性とは、幼い時の、親や周囲の大人や教師から刷り込まれた、いびつで哀れっぽく、チンケな(程度が低い)教育から出来ていて、それを消去し、優れたものに変えることは容易なことではない。
何百万円もかかる変革法もあるが、それでも上手くはいかなかったのである。

けれども、その方法が単純で簡単であることが分かって来た。
簡単過ぎて見逃していたのである。
例えば、こんなものだ。
私は子供の時、SF映画『火星人地球大襲撃』を見たが、最後に、地球人より、科学力、精神力ではるかに優れた火星人を1人の人間が倒す。
なぜ、そんなことが出来たかというと、その方法が簡単過ぎて、火星人が気付かなかったからだというのが、非常に印象に残っている。
イエスの秘法をうまく使うやり方も同じだ。

願いが叶ったら・・・豊かになったら、健康になったら、素敵な彼氏や彼女が出来たら、希望する学位が取れたら、どうなるだろう?
間違いなく、「良い気分(フィール・ファイン)」になるはずだ。
願いが叶った時の「良い気分」を感じるくらいの想像力は誰にでもある。
それを呼び起こせば良いだけである。
「あの子が僕の彼女」と思ったら、胸の奥が震えるような感動みたいなものがあるだろう。それが良い気分だ。
その良い気分を歌にしたのが、ビートルズの『アイ・フィール・ファイン』で、あのリズムと演奏と歌声の中に、彼らの天才的な感性で表現した『良い気分』がある。
病気が治って健康になった時のように、願いが叶った時の気持ちと、晴れ渡った青空を見た気持ちが似ていることが分かると思う。それを「良い気分」と言うのだ。
また、人によって、良い気分を感じるものが、いろいろあるだろう。
夕焼けの平和な街、猫が平和そうに寝ている姿、一面の花畑、ライブで初音ミクさんが見せる一瞬のポーズ・・・そんなものを見た時の感動、安らかな気持ち、幸福感・・・そんなものに「良い気分」を感じるかもしれない。
それを見た時に感じる感覚を、願いが叶った時のイメージや、「病気が治った」という言葉と合わせれば良いだけである。
断言するが、気分が全てである。
宇宙を運営するプログラムは、あなたの気分に同調するように作られているのである。








我々は法華経や新約聖書に登場する転落した息子である

新約聖書の福音書と、仏教の最も有名な経典である法華経に似たお話があって面白い。
イエスと釈迦が語ったことになっている。
いずれも、金持ちの息子の転落と復活のお話だ。
「俺、金持ちの家の出じゃなから関係ない」なんて思わないで欲しい。釈迦もイエスも、「これはあなたのお話」と言っているのである。

イエスの方のお話はこうだ。
金持ちの地主に、2人の息子がいた。
うち1人の息子が父に、家を出るから財産を分けてくれと願い、父はその通りにしてやった。
だが、出て行った息子は遊び暮らして財産を失くし、貧乏のどん底に陥る。
そこで、父に下僕として雇ってもらおうと思って家に戻ると、父は大歓迎し、盛大なお帰りなさいパーティーまで開いてくれた。
面白くないのは、長年、真面目に働いてきたもう1人の息子だが、父は、その息子の機嫌も取る。

釈迦の方の話はこうだ。
途方もない金持ちがいたが、その息子が幼い時に行方不明になってしまう。
金持ちは必死に探すが見つからなかった。しかし、50年後、遂に息子を見つける。
しかし、貧しい息子は、すっかり貧乏根性が身に付き、父親が近付くとビビってしまい、話が出来そうにない。
そこで、父親は、自分が父であるとは言わず、息子を下僕に雇い、自分も下僕のふりをして一緒に働きながら息子を導く。
20年かかったが、なんとか息子は立派になり、死が迫った父は、有力者達と共に息子を呼び、「お前は私の息子で、私の全財産の相続者である」と皆の前で宣言し、息子もそれを受け入れる。

イエスの話の金持ちの地主は神であり、一度出て行った息子は、我々のことだ。
そして、釈迦の話の大金持ちは仏であり、貧しくなった息子は、我々のことだ。

つまり、人間というのは、宇宙最大の富と権力のある親がいて、その親と一緒に居れば良いのに、(精神的に)離れてしまうことで不幸になるということを言っている。
だが、親の元に戻りさえすれば、欠けているものは何もないのである。
ここまでは、それぞれの宗教の信者は分かっていることであるが、どうすれば親の元に戻れるか、はっきり教えていない。
いや、妙好人(在家の優れた念仏信者)として知られる因幡の源左という教育のない明治時代の農民や、江戸末期の神道家、黒住宗忠らが、苦労の末、それは、神や仏にまかせきることであると教えていて、その通りなのであるが、肝心のところが隠されたままだ。
その最も肝心なことは「気分を良くする」こである。
イエスの話の息子は、家の仕事が嫌で気分が悪かったから、大金を持っても、心の隙間を埋めるために遊び狂って全財産を潰し、気分が悪いので何をやってもうまくいかなかった。
しかし、どん底の中で、わが身を振り返り、少し気分が良くなったので、父の元に帰るというアイデアが浮かび、自分は愚か者だから下僕で良いと覚悟したので、気分爽やか・・・つまり、気分は良かった。
そして、家に帰ると、神である父は「私のものは全部お前のもの」と言ったのである。
けれども、家に残って真面目に働いていた息子が「なんであんなアホが僕と平等以上の扱いを受けるのですか」と文句を言うが、父は、「そんなこと考えちゃいけないよ。私のものは全部、お前のものじゃないか」と言うが、おそらく、その後、「だから気分良くいなさい」と言ったことは削られているのだ。
父が両方の息子に「私のものは全部お前のもの」と言ったことに引っかかる必要はない。神の財産は無限なのだからだ。
釈迦の話の息子は、長い貧乏生活の中で、すっかり、気分を悪くする習慣が身についていたので、どんどん駄目になっていた。
息子は、気分さえ良ければ、父は「私はお前の息子。私のものは全部、お前のもの」と言って、息子もそれを簡単に受け入れ、すぐに幸せになれたのに、父があの手この手で、息子に、気分が良くなることを教えるまで、それが出来なかった。

我々は、気分を良くしさえすれば、すぐに神や仏の財産を与えられる。
宇宙は、人間の気分に同調し、気分が良い者には、さらに気分が良くなる出来事を、気分が悪い者には、さらに気分が悪くなる出来事を起こすのである。
ある意味、我々は、笑顔やガッツポーズで、気分を良くする訓練をすると良いと思う。
訓練とは楽しいものであり、イチローのように、多くやればやるほど上手くなる。
イチローも、トレーニングが楽しいので、毎日長時間やりたいと言っていたはずだ。
仏典も聖書も、「気分を良くすればOK」という最も肝心なことは隠されてしまった。
今、こう言われても「そんな馬鹿な話は信じません」と言う人が多いのである。
ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』の本やDVDを見ると、『ザ・シークレット』が出る前から金持ちで、バーンの手下でも何でもない成功者達が、気分の秘法をあっけらかんと明かしているので、一度見てみると良いと思う。
だが、この本も、こう言ってやらないと解らない人は多いと思うのだ。








キリストは本当はこんなに簡単で楽なことを教えた

イエスより先に現れ、イエスの活動の準備を整えた「洗礼のヨハネ」と言われる人物がいたことが、新約聖書の福音書に書かれている。
イエスは、ヨハネのことを、「天では一番下」と言いながら、「地上では最も偉大」と言った。
ヨハネの第一の教えは「悔い改めよ」だった。
「悔い改める」とは、自分が愚かな人間であることを自覚し、善い人間になる決意をしろという意味と言って良いだろう。
それなら・・・私は、ヨハネがそんなことを言ったのは嘘だと思うのだ。
つまり、福音書(あるいは新約聖書)は改ざんされているのだろう。
考えてみれば分かると思う。
欲張りで、自己中心的で、怠惰で、不親切で、助べえな人間(つまり、我々普通の人間だ)が、「お前は全然アカン。反省せい」と言われて、「はい、分かりました!ちゃんとした人間になります」なんて言うはずがないじゃないか?
そんな偉そうなことを言われたら、「ほっとけ、ボケ!」と言い返すなら、まだマシで(これなら、多少は自分はダメダメという自覚があるからだ)、普通は、「失礼な!私のどこが自己中だ」とか、「ワレ、頭おかしいんとちゃうか!?」といった反応しか得られないだろう。
ここらへんは、今も昔も、東洋も西洋も、そんなに変わらない。
じゃあ、ヨハネは本当は何と言ったか?
「悔い改めよ」ではなく「気持ちを切り替えよ」と言ったのだ。
つまり、圧制の中、民衆は皆、腐り、暗い気分になっていたのだが、気持ちを切り替えて、良い気分になれることをしろと言ったのである。
ではなぜ、この言葉が書き換えられたのか?
それはもう明らかだ。
数千年の昔から、支配者というのは、人民のマインドを憂鬱で不安な暗い状態・・・一言で言えば、悪い気分に陥らせることが、最も効果的な支配の方法とはっきり心得ていたのだ。
悪い気分の人間には力がなく、よって、恐れる必要が全くなく、楽々支配出来ることを知っていたのだ。
(フランス革命の場合は、民衆に力があったというよりは、快楽に耽った王侯貴族が帝王学を忘れてしまっていたのだと思う。)

だが、そこにヨハネが現れて、「気持ちを切り替え、良い気分になりなさい」と教えるのだから、権力者達は慌てた。
ただ、民衆は、これまでの洗脳によって、ヨハネに反発することは分かっていたので、民衆の反発者を煽り、ヨハネの教えを無効化し、さらに、罪をデッチ上げてヨハネを捕え、殺した。
ヘロデ王の妃へロディアが、娘のサロメをそそのかして、ヘロデ王にヨハネの首を要求したという聖書の話は、多分、これもデッチ上げと私は思う。
そして、いよいよ真打のイエスが、人々の気分を良くする教えを、ヨハネと比較にならないほど巧みに説いたので、イスラエルを支配していたローマ帝国を激怒させ、イエスは処刑されてしまった。
無論、イエスは見事な防戦を見せたが、普通の人には分からないような理由で、十字架に甘んじたのである。
これが真相と思う。

宇宙は、人間の気分と同調し、気分が良い人には、さらに気分が良くなる状況を与え、気分が悪い人には、さらに気分が悪くなる状況に陥らせる。
その真理を知ることが許されるのは、支配者だけであった(必ずしも強欲のためだけではなく、それも民衆の平和の手段と考えていたかもしれないが)。
それを、ヨハネ、イエスがバラそうとしたのだから、支配者によってイエスらは排除されたが、実は、イエスの良い教えの一片は、福音書や外伝の中に細々と残ったのである。
我々は、イエスの高貴で親切な志を無にしてはならない。
今も、支配者達は、この教えを隠そうとしている。
しかし、もうバレつつある。
我々は、力を得なければならないのである。
尚、上に書いたことを知って福音書を読むと、よく理解出来ると思う。








人類最高の成功法則教師

イエス・キリストは、願いを叶える単純な方法を明確に述べている。
それは、
「願いはすでに叶ったと思え。そうすれば叶う」
だ。
この言葉は、優れた人達にもすんなり受け入れられたが、そうすると、この言葉が案外に厄介であることが解った。
例えば、スポーツの大会で優勝することが願いであったとし、イエスの教えに従い、既に優勝したと思ったとする。
だが、ライバル達も、同じように、既に優勝したと思っていたら、誰が優勝するのか?
スポーツならまだ良いが、戦争であればどうだろう。敵対する両方の国の元首、将軍、あるいは、国民が、既に勝利したと思った場合はどうだろう?
あるいは、既に、夫や彼氏がいる女性を、既に得たと思ったらどうなるのだろう。いや、相手がフリーであっても、好ましく思われていないのに、相手を恋人や妻に出来るのだろうか?

結局のところ、敵対者がいる願いは叶ったとしても対価を支払う必要が出てきてしまう。
そのことも解っている人が昔からいて、そんな者は、先に、より多くの対価を支払うことで願いを叶えてきたのだが、先に払うにしろ、後で払うにしろ、敵対者に打ち勝つ対価は安くはなく、実際にどのくらいの大きさなのかは予測がつかない。
イエスは、対価を支払うことは言わなかった。
それは、魔の道・・・つまり、犠牲が大き過ぎるからだ。
それで、イエスは、対価を支払う方法は教えなかったが、つまるところ、どうすれば良いかはシンプルに示している。
それは、「私の想いではなく、あなた(神)の想いが叶いますように」だ。
この神とは、自然と考えて良いだろう。
最初から、不自然な願いは望まない方が良い。
「次の大会で金メダルが取れますように。ただし、あなたの想いのままに」
と思えば良いのだが、そもそもが、金メダルなんてつまらないものだと悟ることだ。
そんなもの取ったからといって誰も本当には幸福にならないし、むしろ、不幸を呼ぶものだ。
「いや、そんなことはない。お前は金メダルの厳しさと素晴らしさを知らない」
と言いたい者は多いだろうが、そんな者には苦しみが必要になる。

商売繁盛を願うことは良いことだが、良い商品を適性な価格で人々に供給して喜ばれるように考えるのが自然である。
その結果、贅沢に囲まれることは別に悪くはない。誰かを虐げた結果、豪邸に住んだり、高級車に乗る訳でない限り問題ないし、実際、公平さを保ったまま、そんな願いを叶えることは可能である。
新型コロナウイルスが、今後も感染を広げ、脅威を増す中で、ワクチンや特効薬を独占しようとする試みは、むしろ、成功した場合に悲惨になる。
しかし、他の人の不幸を呼ぶことなく、自分が安全でいることは出来る。そもそも、誰もが自分の世話は自分で見なければならないのだから。

それで言うと、少し長い目で見れば、不当な利益を得ること全般を指す詐欺ほど割に合わないものはない。
あるいは、多少は役に立つか分からないが、つまらない知識を、不当な高い値段で売りつけることも、結局は大きな損になる。
そもそもが、情報やノウハウは無料公開が原則である。
それが結局は、一番儲かる上、後で対価を回収されずに済むのである。
だから、短期的に凄い収益を、本人は苦労したと言ってはいても、正当な対価より多く儲けた者は、後で容赦なく取り立てられる。
ブームに乗って一世を風靡し、その時は富と権力を持っても、10年、20年、30年後に悲惨な状態になっている者は、どんな世界にもいるし、子役やプロデューサーなど、エンターテインメントの世界で3人や4人はすぐに思い浮かぶかもしれない。

だが、不幸の回避など、少し考える力があれば容易い。
そうであれば、イエスの教えは万能であり、誰も独占権は持っておらず、いつでも、そして、1日何度使っても良いのである。













KayのAI実践書(数学講師Mr.Φとの共著)。

難しいAIから離れましょう。
AIは誰もが使う時代です。マイクロ波理論を知らなくてもAIが電子レンジが使えるように、熱力学を知らなくても自動車を運転出来るように、AIを自分で作るために、数学もプログラミングもAI理論も不要です。
Excelを使えれば、あなたも自分でAIを作れます。その楽しさを実際に実感していただくことを願って書きました。

これだけでお宝はあなたのもの

ネットで見たお話で、ご存知の方もいるのではないかと思う。
ある女性が、普通に学校を出て、普通にお勤めをしていた。
親は、彼女が子供の時から概ね厳しく、モノやお金を大切にするよう躾けたのだと思う。
そして、彼女が結婚する時、親が彼女に渡した預金通帳には、一生やっていけるほどの金額が入っていた。
彼女は、それまで、自分の親が金持ちだと知らなかった。
親は、「今ならあなたに渡しても大丈夫」と言う。
つまり、彼女は、普通の人間としての修行を立派にやったので、大金をもらっても破綻は起こさないようになっていたのだ。

『法華経』に、ちょっと似たお話がある。
国王並の資産を持つ長者が、長年、生き別れになって、長者が親であることを全く知らない極貧の息子に、長者は親だと名乗らずに長年修行をさせ、十分なところで自分が親だと名乗って、息子に財産を譲るというものだ。
『法華経』では、全ての人が、そのような長者である仏の息子や娘なのであると教える。

『新約聖書』の『福音書』では、イエスが有名な放蕩息子の話をしている。
こちらは、大金持ちの父親に財産を分与された息子が家を出て、自堕落になって財産を使い潰し、食べていくことも出来なくなって、父親に使用人に雇ってもらおうと家に戻ると、父親は温かく迎えて、良い服を着せ、立派な牛を屠って料理させるが、それを見た、長年父親に真面目に仕えてきた兄が不満を言う。
すると、父親はその兄に、「私のものは全部、お前のものなのだ」と、不満が的外れであることを教える。
もちろん、大金持ちの父親は神で、放蕩息子は我々のことである。

つまり、どんな生き方をすれば、仏や神である、潜在意識の中の無限の力を使えるようになるかということだ。
逆に言えば、生き方、そして、それを決める精神を、どのようにすれば良いのかということだ。
修行せい、修行を・・・である。
で、どんな修行をするかだ。
スーフィーの格言によれば大したことはしなくて良い。
「神を信頼しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
である。
世の中には、ラクダもつないでおかない者が多い。
だが、たったそれだけをやれば、お宝はあなたのものである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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