ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

成毛眞

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

STEM教育で世の中が良くなるなんて思想は単純で良いなあ

毎朝、ガッツポーズ(パワーポーズ)をすること、1日中、出来るだけ多く真言(念仏、呪文)を称えること。
それで、全てはうまくいく。
これは、私は科学的にちゃんと説明出来ると思っているが、人によっては・・・というより、大抵の人にとっては、怪しいオカルトなのかもしれない。
それで、ちょっとSTEM教育の話をする。
STEMとは、S(サイエンンス:科学)、T(テクノロジー:技術)、E(エンジニアリング:工学)、M(マセマティックス:数学)で、これからの時代に必須の知識で、もうすぐ「前大統領」になるバラク・オバマが重要政策の1つとしていたものだ。
元マイクロソフト社長の成毛眞氏の著書を見ると、AI時代には、STEMが解る人はAIを使い、解らない人はAIに使われるのだそうだ。
そして、だいたい、こんなことも書かれていたと思う。
「STEMが解らないと、水に『ありがとう』と言ったら、水の結晶がきれになるといったことを信じるような困った人になってしまう」

水の話は、大槻義彦博士のオカルト批判の理由と同じようなものだと思う。
成毛氏や大槻氏に言わせたら、私の、パワーポーズや真言も非常に怪しいことになるだろう。
しかしね、水の結晶の話は、私も信じていないが、それは科学的におかしいという理由ではなく、それを言った人の顔が邪悪で信用出来る人とは思えなかったという理由だ。
私がヒラリー・クリントンやメリル・ストリープが嫌いなのは、彼女達の顔は、私には邪悪にしか見えないからだ。
いつも補足的に言うが、もちろん、彼女達は並外れた美人であり、私は別に美醜を問題にしているのではない。
しかし、人を顔で判断出来てしまうというのは、「科学的な不都合な真実」だ。

AIを使うか使われるか、また、馬鹿げた詐欺に引っかかるかどうかは、科学教育の問題ではなく、まずIQの問題で、次に固定観念の問題だ。
きっと、科学エリートの多くが、AIに使われ、オウムのようなのに、これからも騙されるに決まっているじゃないか?
大槻氏や成毛氏の言うような理屈で全てが解決すれば、世の中、簡単というよりは、きっと、世の中は、退屈でダークな世界になるだろう。

実は、私は大槻氏も成毛氏も好きだし、彼等の頭の良さや、言っていることの正しさも分かる。
しかし、彼らが一番、AIに使われ、おかしな教義を信じているのかもしれない。
その点においては私だって同じだ。
アインシュタインは、自分がそうだと自分で認めていた。
だが、アインシュタインは、「老獪で悪意のない神」を信じていた。
私は自分は信じていないが、信頼出来る、自分より高いものがあることは信じている。
その、自我を超えた存在に意識を向けるために真言を称えているのである。
IQが低い私には他に良い方法はないからね。

こんびねぇしょん 良い人に出会うため
くえすちょん 良い人ってどんなんかね?
恥の多い生涯なんて どんがらがっちゃんそれそれ
すっからかんのほれほれ 珍しいもんじゃないし
大丈夫だよ

たぶん
~『すろぉもぉしょん』(作詞・作曲・編曲:ピノキオP、歌:初音ミク)より~
PinocchioP - SLoWMoTIoN feat.Hatsune Miku /ピノキオピー - すろぉもぉしょん ~YouTube~









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資格や試験は「そこそこの能力を示せるかもしれない」程度のものである

TOEIC試験に関して、脳科学者の茂木健一郎氏のように、徹底的にこき下ろす人もいるが、そもそも、試験や資格なんて、高度な能力を証明するものでは全然なく、「そこそこの能力があるだろう」ことを認定するためのものだから、TOEICは、まあ、あれで良いのだと思う。
つまり、TOEICというのは、英語の「そこそこの能力」の「共通の認識」として、まあまあ良いものだと思う。
茂木さんが騒ぎたがるのは、TOEICに幻想の巨大な価値を持たせたがる者がいて、実際、そんな者達に騙されている人があまりに多いからだろう。
アナ雪ではないが、この試験の「ありのまま」をちゃんとみんなが知れば、大したものでないなりに、有益なものであるのかもしれない。
ただまあ、きっと、もっと良いものは絶対に考えられるとは思う。

IT資格の中で、私のような専門の開発者に関わりがありそうなものといえば、現在ではシステムアーキテクト資格で、少し前はアプリケーションエンジニア、もっと以前は特殊情報処理技術者と言われていたものだ。しかし、これらの資格は、開発者としての能力というよりは、「お勉強が出来る」ことを示す程度のものかなあと思っている。
私は一度も受けたことがないし、受けても受からないだろう。
それに、こう名前がコロコロ変わったら、私のような少しは関係のありそうな者ですら、どの資格がどんな意味のものか、もうさっぱり分からないのである。

私は、10年以上前に、ソフトウェア開発者としては一番上あたりの資格だった、マイクロソフトのMCSD資格を取ったが、当時はこういった民間資格は、資格の体系が割合にスッキリしていて、例えば、データベースならオラクルマスター、ネットワークならシスコの資格を取れば良いといったふうに、分かり易く、これからITの勉強をするような人の目標にもなり易かったし、就職にも実際に役に立った。これらの資格も、「そこそこの能力」はちゃんと示せたのである。
しかし、今や、民間資格にしろ、公共団体認定資格にしろ、あまりに多くのものがあり、また、それぞれの団体の資格が細分化されていて、「複雑怪奇」としか言いようがない。
昔のマイクロソフトの資格なら、MCPを取り、その後、サーバーやネットワークの専門家ならMCSE、私のような開発者ならMCSDと実に分かり易かったが、今は、あまりに複雑な体系になり、私ですら、何が何やら全く分からず、また受けようなんて気には全くならない。
おそらく、よほどの資格マニアでない限り、私と同じように、あらゆるIT資格が無意味なものになってしまっていると言って間違いない。
確かに、ITが複雑になったといえばそうなのだが、資格や試験で分かるのは、TOEICのように「そこそこ」「だいたい」なのであり、ITでも、「そこそこ」「だいたい」の能力を認定する資格や試験を作ることは出来るのである。しかし、それをやっても誰も儲からない。なら、国でやれば良いのかというと、そんなまともな資格や試験を作っても、関係者の権威が無くなってしまうから、絶対にやらないだろう。
なら、誰もが「そこそこまとも」と共通の認識が持てるIT資格を作って、うまく普及させればビジネスにもなると思うが、それはいろんな意味で難しいビジネスだし、うまくいったらいったで、沢山の企業が、ハイエナのようにそれに参入し、すぐにまた、複雑怪奇で、訳の分からない資格、試験になってしまうのである。

ITもだが、英語が母国語でない人が英語の能力を持つためには、「オタク」になって、徹底して実践でやり抜くことでしか実力はつかない。
英語に関しては、私にはその必要が全くないのでやらないし、まして、英語の資格はTOEICを含め、私には時間の無駄でしかない。
このあたりは、元マイクロソフト社長(日本法人)だった成毛眞さんが、大半の日本人に英語は不要とはっきり示しているし、ソフトブレーン創業者で超一流の国際ビジネスマンの宋文州さんも、趣旨としては近いことを著書に書いておられる。宋さんによれば、楽天の三木谷社長は単に英語コンプレックスが変な方向に行ってしまっただけだし、アマゾンジャパン社長のチャンさんは、中国語、英語、日本語全て相当出来るが、日本で英語なんか全然使わないし、採用の際も英語をそんなに重視しないそうだ。確かに、普通に考えても、日本での社内会議や普通の記者会見まで英語でやりたがる三木谷社長は変態としか思えない(宋氏によれば「滑稽」)。もちろん、三木谷社長が宋氏に反論することはないだろう(出来ないと思う)。

今をときめく、チームラボ株式会社の猪子寿之社長は、東大卒でアメリカ留学の経験もあり、今や世界中から仕事の依頼が殺到し、何年も休暇がないと言われるが、英語はさっぱりで勉強する気もなさそうだ。そのチームラボの社員募集サイトを見れば、応募者に最も求める特質が「オタクであること」と、でっかい字で書かれていた。これは猪子社長の考えだろう。
猪子さんの発言はエキセントリック(風変わり)に感じる人も多いだろうし、それは、ドワンゴの川上量生会長のような人についても言えると思うが、私は、この2人は本当にまともな人なんだなあと思うのである。
何と言っても、猪子さんは初音ミクさんの熱烈なファンだし、川上さんはよく分からないが、初音ミクさんをまさか嫌いじゃないだろう(少なくとも感謝しているだろう)。









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英語などより絶対的に大切なことがある

楽天やユニクロの社長さんらの言うことを真に受け、「当社も英語に取り組む」なんて企業もあると聞く。
そんなある企業では、社員の全員が集まるような会合で、TOEICの高得点者が英語で得意気に演説していたが、その内容の薄っぺらなことは、せいぜいが高校生レベルだったらしい。
アメリカの企業が、中国で法人を作った際、現地の英語の出来る高学歴エリートを幹部採用することもあったらしいが、もうそんなやり方を見直している企業がほとんどのはずだ。
そんなことは、失敗しなくても分かると思うのだが、僅かでも上手くいったケースがあれば、その話が知られるようになるということもあったのだろう。
また、中国の企業でも、我々日本人が夕食会に行くと、「会話は中国語、英語のどちらにしますか?」と聞いてくることがある。
そこで交わされる会話は、やはりつまらんものである。

マイクロソフト社の日本法人の社長だった、成毛眞(なるけまこと)さんは、英語なんてやる必要はないと断言し、そのことを本にも書いているが、こちらについても、もう少し冷静さが欲しい。
と言うのは、彼の話は全く正しいと思うが、その意味することを深く理解せずに、英語コンプレックスのために無闇に信じてしまうと、やはりろくなことはないのである。

英語の必要性について、最も適切なことを語っていたのは、ソフトブレーンの創業者で、元社長、会長だった宋文洲さんだと思う。
彼の考え方の細かいことは、彼の著書やブログで見れると思うが、要は、英語はコミュニケーションの道具であり、道具よりもコミュニケーションが大切だということに尽きると思う。
ビジネス、政治に限らず、外国との交流の難しさは、言葉そのものと共に、思想・信条が予想以上に異なっている場合が多く、こちらが何の気なく言ったことが大問題になる場合があるということだ。
しかし、問題が起こるのは、ほとんどの場合、言葉以前に、人間関係が出来ていないからなのだ。
私も、アメリカ、フランス、ドイツ、中国の企業相手に仕事をしたことがあるが、私自身は英語もほとんどカタコトだ。無論、会社に、英語や中国語の出来る人はいたが、はっきり言って、大した英語使い、中国語使いでないことは、私が聴いたって分かった。そして、その英語が話せる人は苦労人だったが、私に、「お前の英語で十分だ」と言う。
それで問題など起こらない。
海外の企業の外国人社員が来社すると、接待なんて上辺の付き合いをせず、昼食に、普通のオバさんがやってる小さな飯屋に連れて行き、おでんや煮魚を振舞って、「ディスイズ、ジャパニーズスタイル」と言って仲良く食事するのだ。
お互い人間同士だ。本当に仲良くしようという気があれば、友達になれないはずがないし、そうなれば、仕事なんて国内でやるのと何の違いもない。
むしろ、言葉がよく通じる相手の方が、友達になり難く、仕事もトラブルばかりなことが多いものだ。

サッカーの三浦知良さんことカズは、英語もイタリア語もブラジル語も堪能らしいが、彼だって、言葉は後だったはずだ。
彼が、ヨーロッパの有名なクラブチームのシャワールームに乱入して、そのまま仲良くなったという話を聞いたような気がするが、彼は、言葉以上に、人間としてのコミュニケーションが出来る人なのだろう。
俳優では、丹波哲郎さんが、そんな人だったらしく、実際は彼の英語はひどいものだったらしいが、彼のあけっぴろげで、相手を地位や立場で態度を変えない性格により、海外の俳優達や監督達とも、あっという間に仲良くなれたらしい。

私は、中国で、英語も日本語も出来るエリートに話しかけられたが、彼の態度は高慢で、こんなのに仕事させてたら駄目だろうなと思ったものだ。親しくなりたいという雰囲気がまるで無いのだ。私が、「何の話をしたいのかい?」と聞くと、彼はすまして、「何でもいいのだよ」と言う。実際、話の中身が何も無い男だったと思う。
だが、上に述べた宋文洲さんは、私も何度かお会いしたが、本当に親しげに会話する人で、彼の人柄に惹かれてしまったものだ。それは、彼がテレビ出演している時の様子を見てもある程度分かるのであるが、普段はもっと愉快で謙虚な人である。
政木和三さんが、ドイツを訪問し、超名門の家に宿泊した時の話を、彼に直接聞いたことがあるが、政木さんはドイツ語はさっぱりだったが、ゆったりくつろぎ、リラックスして過ごせたという。政木さんが言うには、相手の言うことが日本語に聞こえ、自分の言うことは、相手にはドイツ語に聞こえたという。政木さんは、生命体同士、邪心がなければ心は通じるものだと言う。
大切なのは、英語やその他の外国語が出来るか、なんてことでは全くないことは明らかである。
私にも、いつまでも英会話学校に行っている知り合いがいる。
しかし、もっとやるべきことがいくらでもあるはずだ。そもそも、英語なんてものは、必要があれば出来るようになるのであり、必要もないのに、英語に時間と金を無駄にするのは愚かなことであると思う。土台、英会話学校で英語を話せるようになった人を、私は1人も知らない。

2011年7月の、初音ミクのロサンゼルスコンサートでは、全24曲の1曲を除き、全て日本語で歌われたが、素晴らしい感動を与えた。アメリカ人の方がミクに合わせて日本語で歌ったのである。言葉の意味は分からなくても、心は伝わっていたと思う。人間が忘れていたことを、ミクが教えてくれたように感じた。
ミクが世界中で愛されるのは当たり前のことのように思われるのだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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