ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

想像

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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「ちゃんと」空想することの大切さ

ほんの10年ほど前は、世の中の情報の99%がデジタル情報で、1%がアナログ情報だと言われていた。
世界には、膨大な数の書籍や印刷された、あるいは、手書きされた情報、あるいは、アナログレコードやカセットテープに記録されたアナログの音楽情報があるが(レコードやテープにデジタル情報を記録することも可能だが、今はほぼない)、そんなアナログデータが10年ほど前は全情報の1%だったわけだ。
もちろん、コンピューターが登場するまでは、記録される情報の全てはアナログだった。
昔の王様が「わしの国の図書館には膨大な数の本がある。つまり、無限とも言える人類の知識があるのじゃ」と自慢していたよりはるかに多い情報が、10年前にはすでに、個人のパソコンやスマートフォンの中に入っていた。
しかし、今や、世の中の全情報のアナログデータは、おそらく、0.1%にもならないと思う。
アナログデータが減ったというより、デジタルデータが爆発的に増え続けているわけだ。

メタバース世界という仮想世界では、100%完全なデジタルデータになる。
ただ、解剖学者の養老孟司さんの1989年の著書『唯脳論』にある通り、人間が認識している世界は、脳内の情報だけで、実際に世の中がどうなっているかは分からない。
とはいえ、デジタル情報の共有はしているから、完全にそう言えるかは疑問かもしれないが、人間はデジタル情報を感覚で捉えることは出来ず、メタバース世界だろうが、いったん、脳内でアナログに変換してから認識するわけである。
ただし、再度、「とはいえ」だが、脳の情報処理は、実は2進数だ・・・つまり、デジタルだという話もあり、ややこしい。
脳が持てる情報量や処理出来る情報量も数値(つまりデジタル)で表すことが出来るらしいが、スピリチュアル世界では、脳は情報端末に過ぎないという話がある。そして、脳は無限の情報に接続されていると言われ、実際、そう考えないと説明がつかない現象もある。
ただ、脳自体も、いくら研究が進んでいるとはいえ、実際は、未知の部分が圧倒的に多いのだと思う。

メタバースの仮想世界を作るまでもなく、我々は想像で新しい世界をいくつでも作ることが出来る。
そして、それは、単なる空想世界ではなく、現実だということが科学的にもだいたい分かって来ているのだと思う(ここらは解釈の問題があり、反論は可能だが、反論への反論もいくらでも出来る)。
2500年前の中国の古典『列子』に、夢で奴隷になる王様と、夢で王様になる奴隷の話があるが、現実で奴隷と言われている方が幸福度が高かったのである。これは、夢という一種の想像の世界が現実だと言えることを示唆しているが、実際、科学の発達と共に、夢と現実の区別が難しくなってきた。

子供は、とりとめのない空想をするというよりは、案外に固定した空想世界を持っている。
たとえば、1つのイメージに固定された歌手になったり、スポーツ選手になったりだ。
そして、それはもう、現実に、そんな世界があると言って差し支えないかもしれない。
ひょっとしたら、現実世界と空想世界がぐるっとひっくり返り、これまで空想世界と思っていた世界が現実になり、そこで、かつての現実世界を空想するかもしれない。この場合、元の世界も存続はしているのである。
大天才技術者二コラ・テスラは、おそらく、大人になっても、固定した想像世界を持っていて、その想像世界に住む人々と想像上の交流があったという。しかし、それはやはり、現実と変わらないし、ひょっとしたら、現実よりも重要かもしれない。

メーテルリンクの『青い鳥』の中で、チルチルとミチルの兄妹は、亡くなった祖父や祖母がいる世界に行くが、祖父や祖母は「お前達が思い出してくれたら、この世界は動き出す」と言ったが、それは、チルチルとミチルが作り出した世界である。しかし、人間はどこかでつながっていて、個人が持っている世界は、広く共有出来る世界でもある。
ちなみに、メーテルリンクは死後の世界を当然あるものと思っていた。

私も、想像の中で、数百年前の日本のような、平和な村落に時々お邪魔するが、その世界では私は常に居るのだろう。
で、その世界では私は仙人のような存在で万能で、そこの人々に偉そうに引き寄せのメソッドを教えたりするが、実は私が教わる方が多いのである。
その世界では、どんなに可愛い女の子がいても、私はふしだらなことはしないが(笑)、だからこそ可能になることもあるようである。
そんな世界も1つは持っておくと、それがこちらの世界でも高潔な人格として現れるかもしれない。
また、そんな世界は、引き寄せに必要な個性を、この不自由な(と自分で思っている)世界より磨き易い。
また、想像が現実になる世界では、感覚を研ぎ澄ませていれば、引き寄せのコツも掴み易いと思う。

力んでというのではなく、「ちゃんと」空想する大切さを、多くの人は忘れているし、それもまた、学校やテレビの悪影響のようなものと思う。
「空想する暇があったら、先生の言うことをやれ、テレビを見ろ」と言うわけである。
それもあり、多くの人が「ちゃんと」空想(「想像」との違いが難しいが、ここでは区別しない)することが出来なくなっている。
しかし、空想は実は非常に重要なことである。








推測と空想

理系、文系という言葉があり、「今の時代は理系発想が出来ないと駄目だ」といったことを言う人がよくいる。
しかし、理系とは何か、文系とは何かの定義は、各人マチマチで、はっきりしない。
『美少女戦士セーラームーンSuperS』や、現在公開中の『劇場版美少女戦士セーラームーンEternal』のエンディング曲『“らしく”いきましょ』は、原作者の武内直子さん自ら作詞した曲だが、その中に、

きいて週末に あるいていたの
年上のヒトと ふたまたかけてる
ピンときたの 理系カンカク

という歌詞がある。
武内直子さんが薬学部出身の理系ということらしいが、この詩のどこが「理系カンカク」なのか分からない。むしろ、当時としては子供向けの番組の歌に、こんな詩を書く「感覚」が「理系カンカク」なのかと思ってしまう。
まあ、冷静な判断をしていると言えば理系的かもしれないが・・・

一般的には、数学が出来るか、科学技術に強いかで、ぼんやり、かつ、ざっくりと理系、文系に分けられていると思うが、数学は出来るが科学技術は弱いとか、科学技術には通じているが数学は嫌いという人は結構いると思う。

早い話、理系、文系なんて違いは本当はない。
理系、文系と言って話をする時、話者がそれぞれ独自の定義をしているのである。
ただ、こういうことは言える。
人間は、自分が知らないことに出会った時に、想像力を働かせる。
その、想像が、「推測」か「空想」かで、人は分けられ、「推測」で想像するのが理系、「空想」で想像するのが文系みたいには考えられる。
例えば、昔、人々に宇宙人という概念がなかった時、別の惑星に住む宇宙人が、どんな姿なのかを「想像」するとする。
そこで、タコのような姿を「空想」するか、「人間は手を使えることで知性を発達させたのだから手はあるだろうし、手を自由に使うには直立が必要なので、結局、人間と似た姿になる」と「推測」するかの違いだ。
ところが、『メッセージ』という2016年の映画では、善意ある宇宙人はタコ型なのだが、その脚(みたいなもの)を手のように使うという設定にしていて、これも、推測的想像かもしれない。
こう考えると、推測的想像の方が正しく、賢いように思えるが、実際は、推測と空想には、それぞれ一長一短がある。

推測には根拠ある知識や理論が必要だが、空想には、それが無くても良い。
だから、空想は非現実的になることも多いが、推測は、既存の知識や理論に縛られてしまうという欠点がある。

ところが、直観というものは、推測と空想、あるいは、理系、文系の壁を超える。
知識も理論も不要で、正しいことが瞬間に分かる凄い能力である。
「いや、直観にだって、知識や理論は必要」と言うかもしれないが、知識や理論を持っていない者が、直観で、知識や理論を持っている者より正しい答を出すこともある。

結局、人間の想像には、次の3つがある。
・推測的想像
・空想的想像
・直観的想像
だが、直観的想像は、推測的想像、空想的想像を、はるかに超えている。
ちなみに、AI(人工知能)は推測的想像をする「だけの」ものである。
空想的想像も役に立つが、AIには、それは出来ない。
さらには、直観的想像はAIには出来ない。
だから、AIがいくら進歩しても、決して、人間には敵わない。
単に、AIは、悪用するには強力過ぎる・・・それは、原爆から「推測」すれば分かることで、原爆が人間より優れているとは言わないように、AIが人間より優れていることは全くない。

で、最終的に人間を決めるのは、次のことである。
「神を直観出来るか」

「神がいるかだって?神でないものがどこにあるのだ?」
と言ったアインシュタインは、神を直観していたのだ。
古代の賢者の直観によれば、神を直観するためには、ナーマスマラナ(神の名を心で唱える行。純粋な念仏もその1つ)を行うしかない。
正確には、他に方法がないわけではないが、実践が極めて難しい。
ただ、神を直観することを第1レベルとすれば、第2レベルの直観を得るには、真言の方が速い場合がある。
私も、ナーマスマラナ(私の場合「アミダ」等だが)と真言(私の場合「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」等だが)を併用するのは、そのためもある。
超能力やちょっとした願望実現なら、真言の方が速いかもしれない。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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