ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

思考を消す

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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猿社会より酷い人間社会でどう生きるか

性善説と性悪説があるが、魂ということから言えば、確実に性善説が正しい。
だが、ジグムント・フロイトもアーサー・ケストラーも、考え方の違いはあるが、本能と思考がくっつくことで悪になると言っているのだろう。
だが、本能自体は悪いものではない。
猿社会では、力がある雄猿がボスになり、一番いい食べ物を取り、一番いい雌猿を自分のものにするが、それで猿社会はうまく回っている。
ボス猿に対し、「平等でなくてはならない。あんたがボスでも、一番いい食べ物を取る権利はないし、いい雌猿がどの雄猿のものになるかは、雌猿と雄猿の自由意志で決めるべきだ」などということには、未来永劫ならない。
人間の場合は、そんな美しい平等論が叫ばれるが、実際は平等になることはなく、それどころか、猿社会以上の深刻な不平等を作っている。

悪いのは全て余計な思考である。
なぜ、人間は、そんな厄介な思考をつかさどる左脳が発達したのかというと、魂の力を封じるためだ。
魂は全知全能の神のようなもので、人間は本来、神のようであるのに、思考によって、惨めで哀れな存在になっている。
左脳がいびつな発達をしたのは、宇宙人による操作であるかもしれない。
宇宙人が、地球人類のDNAをいじったり、宇宙人のテクノロジーで、外部から人類の左脳に影響を与える電磁波のようなものを作用させたりなどだ。
でないと、人間のこんなデタラメな状態が説明出来ない。
実際は、どんなことが行われているのかは分からないが、左脳のおかしな働きで魂の力が抑えられていることは間違いないと言って良いと思う。
だから、思考を消しさえすれば、神のような力を取り戻すことが出来る。
そして、それは、方法自体は難しくない。
粘り強くやるかやらないかの違いだけだ。
たとえば、ゆっくりとした呼吸をして呼吸回数を減らすか、心で「私」と唱えるかだ。
両方だとさらに良い。しかし、まずは自分に合う方でなるべく多くやるのが良いだろう。
どちらも、簡単とはいえ、なかなか続かない。
他にも沢山の方法がある。ここでもかなり紹介したので、どれでもいいから熱心に行うことをお薦めする。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)フロイトの精神分析: 図解雑学 絵と文章でわかりやすい!
(2)ホロン革命(アーサー・ケストラー)
(3)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(4)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(5)WHOLE BRAIN(ホール・ブレイン) 心が軽くなる「脳」の動かし方(ジル・ボルト・テイラー)

装飾の原理
AIアート1519
「装飾の原理」
Kay

芸術鑑賞の目的

研究によれば、人は頭の中で、1分間に300もの言葉をつぶやいているらしい。
それは、自分でつぶやこうとしてつぶやくのではなく、自動的に出て来るつぶやきだ。
そして、ほとんどの人の頭の中のつぶやきは「駄目だ」「足りない」「出来ない」といった否定的な言葉が優勢らしい。
この頭の中のつぶやきが肯定的な人が成功する。
そこで、自分の意思で「大丈夫」「うまくいく」「幸せだ」「ありがたい」といった肯定的な言葉をつぶやくことで、自動的なつぶやきを肯定的なものに変えることが出来るのではないかと思われ、実際、それで良い結果が出る場合があるようだ。
ただし、特に大人になってから、頭の中のつぶやきを肯定的にしようとしたら、よほどの数、肯定的な言葉をつぶやかなければならないようだ。
肯定的な言葉や文言を唱えることをアファーメーションと言うが、それで自動思考の性質を肯定的に変え、成果を上げた人は皆、「アファーメーションは徹底的にやる」「起きている時間はずっと行うくらいの勢いでやる」と言う。
そのくらいの意欲がなければ、うまくいかないのだろう。
しかし、それが出来る人は、おそらく、ほんのわずかだろう。

私も、子供の時から、「何でこんな言葉が」と思うようなつぶやきが不意に口から出ることがあったが、その全ては、否定的というか、馬鹿げた、愚かな、中には、おぞましい言葉もあった。周囲から悪い言葉をインプットされ、それを知らず知らず頭の中で繰り返していたのだと思う。
悪い言葉ほど唱え易いということはあると思う。
私は子供の時、言葉をしゃべる大型インコを飼っていて、大型インコやオウムの飼育に関する本を読んだが、「悪い言葉ほど憶え易い」と書かれているのを見て、「そうだろうなあ」と思ったものだった。
私は、「殺してやる」系の物騒な言葉がふと出て来て、恐ろしく思うことがあった。それは、テレビの影響や、テレビドラマや漫画のセリフを真似して言う者の影響だろう。

否定的な言葉が、頭の中で自動再生されるままにしておくと、まあ、ロクな人生にならないことは見当がつく。
実際、ロクでもない人生を送っている人の頭の中は、否定的な言葉が延々と再生されているのだろう。
「ありがとう」とか「愛しています」などの言葉を数多くつぶやけば幸福になるといったことを言う人がよくいるが、まあ、そうなんだろうけど、よほどの数をつぶやかなければ効果はないし、これらの言葉に抵抗を感じる人も多い。私もそうである。

アファーメーションで、自動思考の内容を力技で変えるより、自動思考を止める方が効果が高いと思われる。
昨日も述べたが、シーモア・パパート(科学者、教育者)のように、幼い時に見て感動した歯車を頭の中に思い描くことで思考を止める等である。
意図的に思考を止めることも有効であるが、普通の人には持続が難しい。
金持ちには、日本刀を飾っている人がいるが、あれも、日本刀が好きということもあるだろうが、見ていたら思考が消えるという効果が確実にあると思う。
私も、美しいナイフを沢山持っているので、もっと見るべきだろう。
当然、名画や彫刻を見ることにも、思考を止める高い効果がある。
ただ、美しいと言っても、美男美女の類は、妄想など、余計な思考を起こさせる場合が多いので、やはり芸術作品が良いと思われる。
芸術作品を鑑賞する目的は、実は思考を消すことにあると思う。
もちろん、クラシックの名曲もそうである。
初音ミクなどの合成音声は、人間の声と違って、本来は感情的な反応が少なく、しみじみと聴くと良い効果があるかもしれない。
また、呼吸に集中するマインドフルネスや瞑想などにも思考を消す効果がある。
かつては、「瞑想しない人間が成功することはない」と言われるほど、瞑想が重視されたものだが、人々が忙しく、余計な思考ばかりするようになって、そんなことが言われないようになった。
どんな方法にせよ、思考を消す努力はすべきであると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)マインドストーム(シーモア・パパート)
(2)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー~
(3)残酷すぎる成功法則(エリック・バーカー。橘玲 )
(4)アマナ・マハルシの教え(山尾三省訳)

清浄な空気
AIアート1508
「清浄な空気」
Kay

思考を消す方法

本物の賢者達の教えは全て本質で同じであると思う。
だが、言葉は多様に、そして微妙に表現するので、分かり難くなる。
教えの言葉を思いつくまま取り上げれば、以下のようになる。

一切をなりゆきにまかせ作為するな(荘子)
神を信じろ。だがラクダはつないでおけ(スーフィ)
僕は頭が悪いから考えることを放棄した(矢追純一)
まるごと神にまかせよ(黒住宗忠)
無になれば不可能はない(ローム)

これらを、ラマナ・マハルシの言葉でまとめれば、次のようになると思う。

神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか?
われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。
~『私は誰か?』より~

つまるところ、一言で分かり易く言えば、

みんな、頭を使い過ぎるんだよ(ユーベル~葬送のフリーレン~)
頭の中の独り言を止めろ(ドン・ミゲル・ルイス。高藤総一郎)

となると思う。
そして、究極的には、

思考するな

ということだ。
まあ、現実的には、中山正和さんがよく著書に書いていたように、「頭の無駄遣いをするな」ということで、中山さんは特に「クヨクヨするな」と言う。
これは、昔の一休さんのアニメのように「気にしない気にしない」ということと思える。

問題は方法論だ。
中山さんは般若心経でも唱えろと言う。
コリン・ウィルソンは「シャンとする以外のことを考えない」と述べていたように思う。
ところで、ラマナ・マハルシの教えは、マハルシがタミール語を使ったことから、翻訳中にいろいろ齟齬が多くなるのだろうと思う。
マハルシは、
「『私は誰か』という想念以外の想念を起こすな」
「真我という想念以外の想念を起こすな」
などと教えたらしいが、意訳に意訳が入って複雑になったのだろう。
これでは、ふにゃふにゃして何も出来ない。
「私は誰か?」とずっと頭の中で唱えれば良いのかというと、マハルシは「『私は誰か』を呪文にしてはならない」とも言っていたらしい。

どんなやり方も、所詮は権力者に利用される。
たとえば、
「四の五の考えずに、やればいいんでしょ、やれば」
というのも素晴らしい知恵(『100%(J.スキナー)』より)だが、
「敵国の人間を殺せばいいんでしょ、殺せば」
「税金を払えばいいんでしょ、払えば」
と騙される。
だから、「思考停止するな、自分の頭で考えろ」と、逆の意見が幅を効かせるようになる。

こんな考え方もある。
中国の女優ノラ・ミャオがブルース・リーについて、
「いつも映画のことばかり考えていた」
と言い、ジャイアント馬場さんが、憧れのプロレスラーであったバディ・ロジャースについて、
「いつもプロレスのことを考えていた。そりゃ、いつも考えている人とそうでない人では、差がつきますよ」
と言っていたように、何か1つのことだけを考えるのも手かもしれない。

・・・と、どんどん思考が広がり、結局、私も失敗する(笑)。

宇宙人に1つのアイディアをもらった。
1日に百回を目安に、心の中で「私」と言うことだ。
最も思考を弱める言葉が「私」だ。
ラマナ・マハルシも、最高のマントラ(真言)は「私」で、2番が「オーム」だと言ったことがあるらしい。
「私」と心で言えば思考は止まる。
マハルシは1日中常に「私」と唱えよと言っていたが、それはちょっと・・・(笑)。
だから、思い出した時でいいから、「私」と唱えるのだ。
1回「私」と唱えるだけでも小さな奇跡が起こる。
それを1日百回程度唱えるだけで一千万円くらいは入って来る(笑)。
なら、千回なら・・・1億円か?(笑)。
いや、私は5千万円くらいでもいいかな・・・と言った人がいたっけ(笑)
だが、あながち嘘ではないようだ。
「私」は精神の素振りのようなものだ。
「私と唱えればいいんでしょ、唱えれば」

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省訳)
(2)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)
(3)ヤオイズム(矢追純一)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)洞察力(中山正和)
(6)100%(ジェームス・スキナー)

月下の城跡
AIアート1498
「月下の城跡」
Kay

無思考の思考

思考を消すことで、かなり早く状況が変化するのを体験する人がよくいる。
ただし、思考を消したつもりで、実際は消えていないので、変化がないという場合が多いかもしれない。
もちろん、これまでも、あまり思考をしなかった者なら、それほどの変化はないかもしれないが、ほとんどの人は思考まみれになっているので、思考が消えれば、ガラクタで溢れた部屋がきれいに片付いたように、大きな変化があると思う。
通常の思考はガラクタのようなものであるに違いない。

中島敦の『名人伝』で、弓矢の修行を積んで相当な腕前になった者がいたが、その者を名人と呼ぼう。
その名人が、老名人を訪ねると、老名人と自分では、天地の差があることが分かった。
老名人は言う。
「お前は射の射は一通り出来るようだが、不射の射は知らない」
ここらは、荘子の言う、無為の為、無知の知といったものを思い出す。
射の射は、不射の射に遠く及ばない。

思考の思考は、無思考の思考に遠く及ばす、豆鉄砲と宇宙ロケットといったほどの違いがある。
関英男博士と矢追純一さんが、似たことを言っている。
人間が安物のパソコンなら、宇宙の英知は超高性能の巨大コンピューターのようなものだ。
安物のパソコンは、宇宙コンピューターの端末として、問題を自分で考えようとせず、宇宙コンピューターに問題を丸投げすれば良い。
それなのに、安物のパソコンが、自分の小さな能力で問題を解決しようとしているのが人間だ。
自分が、安物のパソコンでしかないという自覚がないので、そんなことをするのだ。
安物のパソコンは、ただ、超高性能巨大コンピューターの端末としての役割を果たせば良い。

「今から何も考えない」「今から頭の中でおしゃべりをしない」と決め、思考を消す。
なかなかうまくいかなくても、少しでも長い時間、思考を止めるのだ。
それだけでも、やっていたら不思議なことが起こると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)李陵・山月記・弟子・名人伝(中島敦)
(2)生命と宇宙(関英男)
(3)ヤオイズム(矢追純一)
(4)超生命ヴァイトン(エリック・フランク・ラッセル)
(5)おろち(2)(楳図かずお)
(6)新釈 荘子 (PHP文庫)

神秘のヴェール
AIアート1495
「神秘のヴェール」
Kay

真の勇者

久しぶりに、一番簡単な引き寄せのやり方を取り上げる。
一番簡単と言っても、一番簡単なことが一番難しいものだ。
それは、子供にとってはとても簡単だが、大人には難しいとか、学のない人には簡単だが、学問を積んだ人には難しいことがあるようなものだ。
本来は、とても簡単で、子供でも、教育のない人にも出来ることだ。

それは、「何も考えない」ことである。
難しいだろうか?
私は、小学3年生の時だったと思うが、クラスの1人の女の子に、
「何も考えずにいられる?」
と尋ねたら、その子は一瞬考えた後、「無理!」と答えた。
別に頭の良い子ではなかったのだが、それでも難しいのだろうか?
いや、そうではなく、「考えない」ことを意識したら難しいのだ。
それは、「ピンクの熊のことを考えるな」と言われたら、どうしてもピンクの熊のことを考えるようなものだ。

それで、思考を止めるために、「呼吸に集中しろ」とか「マントラを唱えろ」とか言うのだが、最も早く成果を得られるのは、意思の力で考えることをやめた時だ。
多少、やり易い方法としては、身体の力を抜き、目を閉じるか半眼になり(あるいは視線を虚ろにして)、頭の中の思考の流れを止めてしまうのだ。
どんなやり方でも、練習すれば上手くなる。
2つの高層ビルの屋上に架けられた幅30cmの板の上に立っていると想像しても平気になればうまくいっている。

あるいは、これは私が子供の時に夢で見たのだが、「思考を読む悪魔」というのがいて、何か考えれば、その悪魔に掴まって食われてしまう。
しかし、思考しない限り、悪魔は何もしてこない。
この状況で必死で思考を止めたものだ。
楳図かずおさんの漫画『おろち』の『ふるさと』という話で、宇宙人らしきものに操られた人々が、おろち(不老不死の美少女)の思考を読んで追って来るので、おろちは考えることをやめて、彼らから逃れたことがある。その時のおろちの様子を見れば、私はいつでも思考を止めることが出来、最も良いものを引き寄せるのである。

また、何の漫画だったか忘れたが、大勢の不良達に服を全部脱がされた少年のおちんちんを見て、不良のリーダーが、
「見ろ。こいつ全然ビビッてないぜ」
と感心して、その少年を解放した。
この少年も、自在に思考を消せるのだろう。こんな者は何でも出来るのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)おろち(2)(楳図かずお)
(2)新釈 荘子 (PHP文庫)
(3)ローム太霊講話集
(4)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省訳)

園芸部員
AIアート1489
「園芸部員」
Kay

プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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