ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

引き寄せの法則

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

昔話から学ぶ引き寄せの法則

著名なユング派心理学者の河合隼雄氏は、昔話(神話や童話)を深層心理学的に分析した本を書いておられたが、彼は、登場人物(主に小さい女の子)の精神的成長に着目していたと思う。
例えば、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』では、初めは、妹のグレーテルは、弱くて泣いてばかりで、兄のヘンゼルに守られる存在だった。
しかし、ヘンゼルが悪い魔女に捕らえられてしまい、頼る者がいなくなった時、自ら、魔女をかまどに押し込んで殺すという攻撃に出るほど逞しくなった。
このように、子供の成長には、試練も必要である。

だが、昔話も、文豪の作品同様、「引き寄せの法則」の観点から解釈した方が、有益なものを得られる場合が多い。
グレーテルの不幸は、不意に訪れたものではない。
彼女の幼く、不安を感じる心は、自分の気分を良くする強さがなかったので、悪い状況を引き寄せたのである。
この宇宙は、「気分が良ければ良いことが、気分が悪ければ悪いことが起こる」仕組みになっている。
グレーテルの気分はずっと悪く、事態はどんどん悪くなり、頼りの兄も魔女の手に落ちた時、ついに、グレーテルは「しゃんと」して、戦う決意をする。
運命に立ち向かう決意をした時、人間は、最高に気分が良くなるのである。
そして、グレーテルは勝利を引き寄せた。

我々は、苦しい状況にある時、「しゃんと」しなければならない。
これは、コリン・ウィルソンが、『フランケンシュタインの城』や『右脳の冒険』で繰り返し主張していたことだ。
いかに自分の気分を良くしようと思っても、泣き言を言っていては駄目なのである。
コリン・ウィルソンは、「好みのタイプの美女が全裸でやってきた時のように元気を出せ」と言うが、これはあくまで、「そのように元気を出せ」と言っただけであり、エロチックな空想をしろと言ったのではない。
大切なことは、あくまで、苦難に立ち向かう決意である。
ただし、自分でなんとかしようとすると、空回りして自滅する。
宇宙を信じてまかせることである。とはいえ、「しゃんと」してね。

『白雪姫』も、引き寄せの観点から重要である。
なぜ、王妃が毎日、魔法の鏡に向かって、「この世で誰が一番美しいか?」と尋ねたのかというと、自分のライバルが現れることを恐れていたからだ。
その恐れが、白雪姫という、美しさで自分が太刀打ちも出来ない存在を生み出してしまった。
これも引き寄せである。
それ以前に、白雪姫の母のことも興味深い。
彼女は、真っ白な雪の上に自分の血が落ちるのを見て、「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒炭のように黒い髪」の娘のイメージが浮かび、それを強く欲した。
そして、その想いが、白雪姫を生み出した。完全な引き寄せだ。
だが、母が望んだのは、白雪姫の誕生だけであり、白雪姫と楽しく過ごす未来をイメージ出来なかった。
それで、目的達成と共に死んでしまった。
白雪姫も初めは弱い子で、継母の王妃にひどい目に遭わされるという不安を持っており、それが、自分が捨てられると言う不幸な状況を引き寄せた。
だが、上のグレーテル同様、危機的状況で彼女は、「しゃんと」して、気持ちを切り替えることが出来た。
そして、7人の小人を引き寄せた。
だが、小人達と暮らす平和な日々の中でも、白雪姫の心に不安が芽生え、ついに継母の王妃を引き寄せ、殺されてしまう。
ところが、これは、一種の自作自演だった。
白雪姫の本当の願いは、「王子様が白い馬に乗って迎えに来る」ことだった。
そのことを繰り返し想像し、それが実現したと感じて喜びと感謝を感じていた。
そして、それは成った。
ピンチこそチャンスである。
人間は、悪い状況にならないと、「しゃんと」して、気分を良く出来るだけの成長が出来ない。
その点、河合隼雄氏の指摘はやはり正しい。

この宇宙は、気分が良ければ、さらの気分が良くなることが、気分が悪ければ、さらに気分が悪くなることが起こる。
これが絶対的真理である。
我々は、何もする必要はないが、自分の気分にだけは責任を持たなければならない。
だが、何の波風も立たない人生はあり得ない。
必ず、悪い状況は起こる。
そんな時、「しゃんと」することで、宇宙のエネルギーを取り込み、状況を魔法のように変える。
そのために、無理にでも笑顔になり、ガッツポーズをし、あるいは、舌を大きく出せば良い。
それが、最も簡単に「しゃんと」する方法である。
そして、問題は必ず解決出来ること。なぜなら、我々の内には、世の中よりはるかに強大な力があることを認めれば、より容易く「しゃんと」出来るだろう。








文豪の作品こそ引き寄せの最上のテキスト

私は、マクシム・ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』という小説が大好きなのであるが、この作品は、「引き寄せの法則」の優れたテキストにもなると思う。
見事に、引き寄せの法則の働きが描かれている上、短くて読みやすい。
10分もあれば読めるのではないかと思う(岩波文庫版で34ページ)。
独断であるが、この作品は、あらすじ自体は、それほど重要でないと思うので、以下に遠慮なく書く(いわゆるネタバレ。これまで何度もやっているが)。

地下のジメジメしたパン工場で働く26人の男達がいた。
社会の最底辺に居て、実際、公園でも歩くと警察官に職務質問されるような、どこから見ても人生の落伍者達で、知性も品格もなく、全くロクでもない男達だった。
だが、16歳の可愛い娘ターニャが現れてから、全てが変わる。
別に、男達がターニャに鼻の下を伸ばしたとか、そういうことではない。
紳士とはとても言えない彼らが、ターニャには礼儀正しく振舞った・・・いや、女神様のように扱ったというべきかもしれない。
ターニャがそこに居ない時ですら、誰も、彼女を辱めるようなことは決して言わなかった。

これを、引き寄せの法則で説明するなら、男達が、ターニャを引き寄せたのである。
つまり、男達は、自分達の前に天使が現れることを強く望んだのだ。
そんなことは、この作品中に全く書かれていないが、なぜ、そんなことが言えるのかというと、ゴーリキー自身が、若い頃だが、似たような苦しい労働をしていたからだ。
その中で、ゴーリキーは、こんな環境を抜け出すきっかけを強く願い、それを引き寄せたはずだ。
そんなゴーリキーには、この男達の気持ちがよく解かっているはずなのである。
この作品は、ゴーリキーが『叙事詩』というサブ・タイトルをつけただけあり、詩のような、世にもまれな美しい作品と言われているが、それは、自身の経験と、天啓のような閃きを得て書いたものだからと私は思うのだ。
そして、天啓とは、引き寄せの法則のような、宇宙の理を直観で理解することであるはずだ。

ターニャが現れてから、26人の男達は人間性を取り戻し、健康にもなり、道徳性も知性も明らかに向上した。
ターニャは、優しい娘でも、賢い娘でもなく、男達を「囚人さん」と呼んで蔑んだが、そんなことはどうでも良かった。
男達は、彼女を天使のように扱う。
それが快適で、気分が良いことだったのだ。だからこそ、男達は良いものを引き寄せていった。
気分が良ければ、さらに気分が良くなることが起こる・・・これが宇宙の仕組みなのだ。
だから、そのままでいれば、男達は人生を大きく変えたかもしれない。実際、いくらかの部分では変わった。
だが、男達の心の中には、不安が芽生えた。
しかし、彼らは、引き寄せマスターのように、不安や恐怖といったマイナスの思考や感情に警戒するべきという知識を持たなかった。
そして、ついに、彼らの不安は、女たらしの男を引き寄せた。
そうだ。最悪の女たらしがやって来たのだ。
何の取り柄もない男だが、本人が言う通り、不思議なことに、彼はどんな女でも「落とせた」。
もちろん、それは、この女たらしが、女を落とせる状況を引き寄せる達人だったからだ。
この女たらしは、宇宙最高の法則を、なんと、「女をこます(口説く。手に入れる)」ことだけに使っていたのだ。
しかし、26人の男達は、(やめておけばいいのに)女たらしの男に、「お前にもターニャだけは落とせない」と言い放ち、それが、この女たらしの闘志に火をつけた。
相手は、「女を落とす」ことだけが専門ながら、それに関しては一流の引き寄せマスターだ。
女たらしが使ったであろうテクニックは解るが、一応、公開は避けよう(笑。いや、結局、下に簡単に書いたが)。
ノーマン・ヴィンセント・ピールの『人間向上の知恵』にも、そのやり方が書いてあったと思う・・・今、確認したら、大雑把な記述であったが、そういったことが出来ると解るだけでも有益かもしれない(何が有益だ 笑)。
別に、特別なことではない。
事はなったと思い、その喜びを感じれば良いのである。
ただ、言っておくが、別に、ターニャは不幸になった訳ではない。
本にも、「歓喜と幸福に萌えていた」とあり、まあ、最初が、こんな男であったのも、そう悪いことではないかもしれない(分からないが)。

それはともかく、やはり、この本は、世界的文豪が書いた、引き寄せの優れた参考書と言えると思う。
引き寄せとは、このように、深く、楽しく、そして、気楽に学ぶべきものと思う。
そして、人間と人生を深く理解している文豪の作品こそ、引き寄せという宇宙で最も有益な法則を学べるのであると思う。








普通の子供でも簡単に使えた引き寄せの法則

引き寄せの法則や、それと同じなのだが、潜在意識の活用による成功法則は、巷では、軽い・・・というか、低レベルな、無責任な、品格のない扱いをする者がいることもあり、胡散臭く思われる向きもあるだろうが、私は、子供の時からよく使っていた。
それは、必要だから使ったというよりは、遊びのことがほとんどだったと思う。
だが、大人になってからは、窮地を脱出するためにも使ったが、私ですら、社会的洗脳のせいと思うが、何でも自由自在とはいかないが、その方が良い面もあったと思う。
ただ、それでもかなり、現実創造の力を使った経験から言って、ジョセフ・マーフィーの法則や引き寄せの法則は、全くの真理であることは解る。
けれども、強度な社会的洗脳のせいで、大半の者は、それ(引き寄せの法則)を試そうともしないし、それ以外の者も、成果が出ない訳ではないのだが、もう一つぱっとしないのだと思う。

ところで、引き寄せは、邪心があってはうまくいかない。
この点、子供の時の私は、猫を大量に集めたり、見たいテレビ番組を放送させたり、天体望遠鏡を手に入れたりは、全く邪心がなく、単に、面白いからやったことばかりだ。
だが、面白いといったところで、邪悪な面白さというものは実現しない。子供でも大人でも。
これは、道徳の問題ではなく、人間の心の本性が善だからだ。
どんな時に願いが実現するのかというと、気分が良い時で、それは、晴れた青空のような気分の良さであり、歪んだ、あるいは、陰湿な気分の良さではない。
だから、他人に危害を及ぼす願いは、引き寄せでは成功しないし、成功したとすれば、それは自分の生命を削られてのことなので、報いは避けられない。
例えば、新車を手に入れたいとしよう。
引き寄せの本には、車種とか色とかを正確に決め、可能なら、ディーラーで試乗させてもらえとか書いてある。
それにより、その車を得て運転している鮮明なイメージを心に思い描かなければならないという訳である。
確かに、よほど車好きな人には、それは有効かもしれない。
しかし、本当に必要なことは、「新しい車に乗って楽しい」という気分の良さだけなのである。
だから、車にそれほどのこだわりはないが、「いい車に乗ったら楽しいはずだから1台欲しいなあ」と思う大半の人の場合、今日はベンツで明日はポルシェでと空想して「いい気分」になってたら、600万円くらいがぽんと入ってきて、後で払う税金のことを考え、結局、国産の高級車を買ったなんてことになるが、それで十分ではないかと思う。
「600万円がぽんと入ったりするのか」と言いたい人もいるかもしれないが、私は、ごく身近な人が1千万円以上、ぽんと入った例を本当に知ってる。
これも、社会的洗脳による限界があるかもしれないが、多少の洗脳があっても、百万円くらいがぽんと入ることはよくある話である。
これらのことは、物理学の量子論の中の、唯我論的量子論で説明出来ると思う。
私は納得出来たのだが、まだ説明はうまく出来ないと思う。

最近は、心の問題で就職出来ない若者が多いが、これも、楽しく働いている場面をイメージして、いい気分になれば容易く就職出来る。
もちろん、それを打ち消す、自身の思考や外部からの影響を回避出来ればの話ではあるが、別に難しいことではない。
とにかく、時々書いているが、笑顔とガッツポーズを武器にやれば大丈夫と思う。

尚、ジョセフ・マーフィーの本は、翻訳がやや堅苦しい傾向があると思う。
それで、心地よいBGMと、柔らかい口調で語るCDが良いのではと、私は最近思うようになった。
だが、CD付の本は、なぜか絶版気味だ(売れないからだろうが)。だが、YouTubeで聴けてしまうのだが、それは正規のものではないだろう。
また、CD付の本でも、別の本に同じCDが入っていたりと、出版の方にも問題があるような気はするが、内容自体は良いと思う。
個人的には、渡部昇一氏監修のものは好きではないが、これも好き好きがあろう。













当ブログ著者、KayのAI書。
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量子力学を学ぶ意味

世界的な細胞生物学者のブルース・リプトンは、専門分野で実績を上げて地位を築いた時でも、実は、自分は生命について、あまり解っていないことに気付いていたらしい。
その葛藤から彼が解放されたのは、たまたま、量子物理学の本を読んで、量子物理学の考え方を理解してからだという。
そして、自分の同僚も含め、ほとんどの生物学者は量子物理学を勉強していないので、生命についてあまり知らないのだと言う。
彼の著書、『「思考」」のすごい力』に、だいたい、そんなことが書かれていたように思う。

これは、生物学だけでなく、ほとんどのことがそうではないかと思う。
つまり、どんな分野であっても、量子物理学は大切なのだと思う。
ところが、巷にある量子物理学の本の面白くないこと(笑)。
「すぐわかる量子力学」「誰でもわかる量子力学」「楽しい量子力学」なんて本は多いが、解るかどうかより、とにかく、面白くない。
また、これは量子物理学に限らず、数学でも、文学でも、哲学でも、芸術でも同じだが、生半可に分かっているいるだけの者に、最悪な者が多い。
丁度、大学院あたりまで出て、優越感に凝り固まった連中だ。
だが、本当に実績ある人というのは、自分は大したことはないと思っている(解っている)し、自分の専門の肝心な部分を分かり易く話せるものだ。
まあ、確かに、「俺は専門知識ゼロだ。その俺に分かるように言え」と言う困った偉い人もいるのだが、それはそれで1つの個性と尊重し、結果的にはスルーするのだが、そんな人を見下す者は、やっぱり大したことはないのだ。

ところでなぜ、量子物理学の本が面白くないのかというと、著者が自分の立場で書いているからだと思う。
例えば、研究者や、教員と言うよりは狭い専門分野の研究者の養成を行う者としての立場で書いているが、そんなことは、ほとんどの読者には馴染みのない世界だ。
読者は、経理社員だったり、プログラマーだったり、ダンサーだったり、コックだったりするのだが、量子力学の本の著者には、そういったことが解らない。
だが、量子力学というのは、実感の伴わないことで説明されても、本質的に意味をなさないので、解り難いのである。
高名な学者の中にも、大工やトラック運転手を実際に職業でやったという者がいて、そんな研究者は、様々な立場の人の考え方がいくらかは見当がつくので、面白い本も書けるのだが、そんな研究者は有能で、企業から引く手あまたで本を書いている暇がない。
逆の言い方をすれば、本当に有能な研究者が指導する立場になると、「企業に行け。現場で役に立たない研究者など無能」と言うものなのである。

これは、本当の話かどうか知らないが、『ザ・シークレット』を書いたロンダ・バーンが、量子力学を熱心に勉強したので、エメラルド・タブレットの謎を解き、引き寄せが自由に出来るようになったと言っているらしいが、それは筋が通ったことである。
必ずしも、論理的理解が必要ではないかもしれないが、引き寄せをうまくやるには、理解があった方がよく、そのためには量子力学の理解が必要かもしれないと思う。
それで、どうやって量子力学をそれなりにマスターするかだが、私の場合、プログラミングを覚えるのと同じ方法でやった。
すなわち、「なるべく本をひらく」だけである。
15ヵ国語をマスターしたシュリーマン(「15か国語」には誇張があるらしいが)は、外国語の本を穴があくほど見つめるところから始めたと言われるが、実際は、リラックスして眺めていたのだと思う。
いかなる場所にも本を持ち歩き、なるべく開くことだ。
そうしたら、本の量子的情報が脳内に入ってくる・・・かもしれない(笑)。











当ブログ著者、KayのAI書。
現代のAIとは、どのようなものか?
それを知るためには、自分で作るのが一番です。
そのために、数学もプログラミングも難しいAI理論も必要ありません。
この本に書かれた、普通の言葉で分かる実習でAIツールの使い方を覚え、その後、やはり用意してある面白いテーマで応用力を身に付ければ、AIが分かるだけでなく、実際に自分でAIを作り、活用出来るようになります。

引き寄せのすゝめ

心の力で世界を動かし、願いを叶える方法のことを、今では「引き寄せ」とか「引き寄せの法則」と言うことが多いが、一般的には、それほど知られていないのではと思う。
昔は、本質的に同じものとして、ジェームズ・アレンの「作用・反作用の法則」や、ジョセフ・マーフィーの「潜在意識の法則」などがあったし、特に〇〇の法則みたいな言い方はしないが、ノーマン・ヴィンセント・ピールやロバート・シュラーらの教えが世界的に知られていた。
それらをひっくるめて、今は「引き寄せ」と呼ばれるようになっているように思う。
まあ、ジョセフ・マーフィーの本にも、昔から、「牽引(けんいん)の法則」という言葉は使われていたし、「引き寄せ」で良いと思う。

あまり過剰に頼ってはいけないかもしれないが、引き寄せに関して知っておくのは良いと思う。
私など、引き寄せを知らなかったら、一生、引きこもりだった可能性が高いので、特にそう思うのだ(笑)。
ところが、今や、有名・無名、あるいは、匿名まがいのペン・ネームで書かれた引き寄せの本が膨大にある。
だが、とりあえずは、歴史ある有名なものを読んでおけば良い。
ある意味、根本的には、どれも同じことが書いているのだが、1つの大前提を押さえておかないと、効果が出ない。
だが、その大前提を言葉にするのが難しい。
とはいえ、その大前提を、宗教的に言うのは易しい。
つまり、宗教的に言うなら、その大前提は、「神があなたの味方である」である。
しかしそれは、無宗教者や、無宗教とまでは言わないが、普段、あまり信仰を持っていない者には、少なからず違和感や抵抗があるだろう。
そこで、「神」を別の言い方にするのだが、結局のところ、どう言っても、神と似たような概念になってしまう。
たとえば、「宇宙の力」「全能の力」「内なる無限の力」「叡智」といった、実質、神と言っているようなものである。
ところで、興味深いのが、アメリカ合衆国の公式モットーが「In God We Trust(我々は神を信頼する)」であることだ。
嘘みたいだが、アメリカの紙幣や硬貨には、そう刻印されている。
そして、合衆国国民の多くが、それを意識していた時代は、アメリカは世界の中でもっと強かったのだと思う。

つまり、何と呼ぼうと構わないが、神に匹敵する何かがあることを理解すれば、まあ、悪いことにはならない。
そして、その何かは、科学的思想に矛盾しない。むしろ、そのような存在がないとする方が科学的でない・・・と思うが、これを、「何が科学的か?」という問題にしてしまうと収拾がつかず、そんな議論をしたい方は、勝手にやってなさいと(笑)思う。
いずれにせよ、引き寄せを身に付け、使うためには、神のような何かが存在し、その援助を受けられる、あるいは、全面的に味方をしてくれるという理解が必要になる。
だが、それを主張すると、宗教と見なされるので面白くない(笑)。

そして、いかにアメリカのモットーのように「我々は神を信頼する」であっても、所詮、自分が「しゃんと」してないとどうにもならない。
引き寄せの本を読んでいるが、駄目な者というのは、心が弱過ぎるのである。
とはいえ、まるで駄目男と言うしかない駄目なやつというのは、引き寄せの考え方を全く解しない者が多い気がする。
私も、何人かの、まるで駄目男達に、引き寄せの本を紹介したことがあるが、反応は、揃って、「難しい」であった。
これは、彼らがこれまでに、親、学校、マスコミに教育された内容とまるで違うから、理解しようがないということと思う。
まるで駄目男を作ったのは、日本の近代教育であろう。
狂信的になる必要はないが、1つ読んでおいたら、そう悪いことにはならず、むしろ、かなり良い思いが出来るだろう。
私に関して言えば、引きこもりを脱し、プログラマーやシステムエンジニアになれたのは、引き寄せのおかげである。













当ブログ著者、KayのAI書。
数学やプログラミング、AI理論は苦手でも、これからの時代を生きる強力な武器であるAIを「実用的」に身に付けることが出来ることを目的として書きました。
普通の概念を使い、簡単なテーマでAIツールの使い方を習得し、興味深いテーマでAIに挑むことで、あなたも機械学習・ディープラーニングが出来るようになります。
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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