ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

引き寄せ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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至高体験を起こす方法(2)

至高体験(Peak experience:絶頂体験)は、プチ悟り、瞬間的な悟りと言って良いと思う。
悟りを開いた人物は人類の歴史の中でも多くはないと思う。私の認識では、釈迦とイエス、それに、黒住宗忠とラマナ・マハルシを入れてもいいかなという程度である。
しかし、パートタイムの悟りである至高体験なら、誰でも起こすことが出来る。長く多く起こせた者が偉大な人物になる。
悟りを開いた人間は全知全能であるが、至高体験を起こすほどそれに近付き、引き寄せ程度であれば自在になる。
必ずしもそうではないが、子供の時は至高体験になることが多く、私ですらあり得ない出来事を数多く起こしたし、物理学者のフレッド・アラン・ウルフもテレポーテーションを体験したことを明かしている。

今回は、かなり強烈な至高体験の例と、その起こし方だ。
なぜこの話にしたのかというと、たまたま思い出したからだ。
ところで、至高体験では、「たまたま」ということがとても重要になる。
悟り自体がたまたまのもので、望んで得られるものではないが、至高体験にも似た性質がある。

今回の話は、アイルランドのノーベル賞作家でもある「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツが気に入っていた話で、イェイツ自身が作ったものかどうかはっきりしない。
あるアラブ人の賢者(男性)の話だ。
そのアラブ人は、生涯に3度、最高の歓喜を体験する。イェイツはそう言ってはいないが、それは特に強烈な至高体験と言えると思う。
そもそも、イェイツの時代には至高体験という言葉はなく、イェイツは至高体験と思われることを、普通にエクスタシー(忘我、没我、法悦)と呼び、これ(エクスタシー)を芸術の目的と断じた。
そのアラブ人が最高に歓喜する原因になった出来事は3つ。
1つは家族を皆殺しにされたこと、1つは家を奪われたこと、1つは自分の死を悟ったことだ。
もう滅茶苦茶で、それでなんで歓喜するのかということに、普通はなるだろう。
なぜ歓喜したのかというと、彼はそれらの時、神になった・・・とまでは言えないかもしれないが、それに限りなく近づいたからだ。
そして、重要なことは、彼は、この3つの歓喜の体験によって、間違いなく、いつでも至高体験を起こせるようになったに違いないことだ。
つまりこうである。
家族が殺されたことは不幸な出来事だが、それを起こしたのは神である。
だが、彼は、それを神の思し召しとして受け入れたのではない。
それを自分の意思としたのだ。そうすれば、自分が神ということになる。
そして、いかなる偶然も自分の意思とすれば、いつでも自分は神なのである。
たまたま電車が遅れて遅刻したとしても、それ(電車が遅れたこと、遅刻したこと)を自分の意思とすれば、その出来事は神である自分が起こしたことになる。
好きな女の子にフラれたことも、目の前で黒猫が横切ったことも、何かの会場でたまたま知り合いに出会ったことも、全て自分の意思である・・・そう見なした時、自分は神である。
このように思うようになれば、至高体験が度々起こり、やがて当たり前になる。
まとめて言えば、いかなる出来事も自分の意思であると見なすのである。
風が吹いたことも、猫が鳴いたことも、岸田首相が野田元首相の圧力に屈し「政治資金パーティーはもうやらない」と言ったことも、受験に落ちたことも、ライブコンサートのチケットの抽選が外れたことも、宝くじで1億円当たったことも。

天地開闢
AIアート711
「天地開闢」
Kay


いきなり究極的な方法になってしまった。
だが、これを実行するのはなかなか大変かもしれない。
とはいえ、これこそ、子供なら簡単に出来ることかもしれない。
私など、小学4年生くらいまでは、いつもではないが、この世界は自作自演の劇であると思っていたくらいだ。
家や学校やテレビの洗脳のため、だんだん全知全能から離れていったが、とんでもない場所で好きな女に子にぱったり会った時は、自分でやったことに気付いていたものだ。
偶然を自分の意思であると思うようになるほど、どんな偶然でも起こせるようになるのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)イェイツ(渡辺久義。あぽろん社) ※あまり知られていないが重要な書
(4)幻想録(イェイツ) ※原題はヴィジョン。イェイツ作の聖書のようなもの
(5)イェイツ詩集(対訳) (岩波文庫)
(6)まだらの鳥: 自伝小説(イェイツ) ※自伝小説というより自伝的小説

至高体験を起こす方法(1)

至高体験とは、目覚めていながら完全な没我になることと言える。
常に至高体験にあれば、いわゆる悟りを開いた人ということになると思う。
だが、我々には、そこまで必要ない。自在に、10秒でも至高体験にいられれば、その恩恵は計り知れない。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、「偉大な人間と平凡な人間の唯一の違いは、至高体験があるかないかだけだ」と言った。
至高体験とは、それほど重要なものである。
だが、イギリスの作家コリン・ウィルソンは、「至高体験は誰にでもある普通の体験」と言い、マズローもこれを認めたという話である。
だが、この話には、あまりに欠けた部分がある。
普通の人が至高体験になるのは、かなり稀で、しかも、ごく短い時間だ。
それでは、あまり恩恵はない。
偉大な人間は、頻繁に、そして、ある程度の時間、至高体験にいられるのである。
尚、至高体験を超越意識状態と言うことがあるようだ。
「至高」は「絶頂」で、「超越」は「限界を超える」だから、確かに同じようなもので、どちらでも良いと思う。

我々は、常に至高体験、あるいは、超越意識状態にある必要はない。
短い時間でいいから、自在に起こせるようになれば良い。
なぜなら、表現は難しいが、至高体験状態の時は、我々は神のようなものになっているからだ。
エマーソンは、このことを、
「神の魂が私の魂の中に流れ込むと同時に、私の魂が神の魂の中に流れ込む。この体験は忘れることが出来ない」
といったドラマティックな表現をしたが・・・それよりも、やり方を教えてくれれば良かったのだ(笑)。
自在に至高体験を起こすことを魔法と言うのである。
そして、長い時間至高体験に留まれるほど魔法の力は大きいのである。
このくらい単純な話なのだ。

ラマナ・マハルシに誰かが、
「息を止めて額に意識を集中すれば超越意識(至高体験と同じだろう)に達するというのは本当ですか?」
と尋ねた。
それに対し、マハルシは否定しなかったが、意識を集中する場所は胸の方が良いと言ったという話がある。
これは本当で、私は何度も、これで危機を乗り越えた。
集中する場所は、私は胸の方がやり易いが、額でも出来る。
さらに言えば、本当はどこでも良いそうで、マハルシもそう言っていたと思う。
だが、様々な実力ある魔法使い的な人物の話をまとめると、やはり、胸、額、下腹部(丹田)、ヘソ、太陽神経叢(胃の裏側あたり)などを奨めている。ヨガで言うチャクラのある場所と一致するように思う。
D.H.ロレンス(『チャタレイ夫人の恋人』で知られるイギリスの作家)は太陽神経叢を推奨していた。
やり方としては、息をいっぱいに吸って止めてから、特定の場所に意識を集中すれば良い。
一度ではなかなか至高体験に達しないが、何度か繰り返すと、それに近付いていく。

TM(超越瞑想)では、至高体験時の意識や超越意識を、純粋意識と言うようだ。
TMは、全く意味のない短い言葉(マントラ)を心の中で20分ほど繰り返す。
私見であるが、これだと、至高体験に達するとしても、あまりに頻度が低く、そして、その継続時間が短い人が多いと思う。
デヴィッド・リンチやクリント・イーストウッド、あるいは、ビートルズの人達は、たまたま、TMで頻繁に、そして、長い時間至高体験にいられたので、TMを絶賛しているのかもしれないが、だからといって、あなたにも合うとは限らない。私には、全くではないが、あまり合わなかったし、合わない人が多いのではないかと思う。

青い光景
AIアート710
「青い光景」
Kay


私は、他にも至高体験に達する沢山の方法を知っているが、いったいいくつあるのか、すぐには分からない。忘れているものもある。
おいおい話そうと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(4)超越瞑想(マハリシ・マへーシュ・ヨーギー)
(5)無意識の幻想(D・H・ロレンス)

やはり至高体験が重要

昭和の時代に、引き寄せは脳波がアルファー波でないと起こせないことを理学博士の橋本健さんが発見し、橋本さんは、脳波をスムーズにアルファー波にするアルファコイルという装置を開発した。
ただ、アルファー波の脳波は目を閉じるだけで出るのだが、引き寄せを起こすには、スローアルファー波まで周波数を下げないといけない。
橋本さんのアルファコイルも、おそらくスローアルファー波まで脳波を下げるものだったのだと思う。
しかし、工学博士の志賀一雅さんが松下幸之助さんに教えたというから、随分前から知っていたのだと思うが、「よかった・ありがとう呼吸」をすれば脳波がスローアルファー波になることを、志賀さんは脳波測定でも確認していたようだ。
「よかった・ありがとう呼吸」とは、「よかった」と思いながら息を吸い、「ありがとう」と思いながら息を吐くというだけのものだ。
それなら、誰でも、「よかった・ありがとう呼吸」をすれば引き寄せが出来ることになる。

しかし、スローアルファー波でも素晴らしい効果は沢山あるが、おそらく、本当に引き寄せを起こすには、さらにシータ波まで脳波の周波数を下げないといけないと思う。
シータ波まで脳波を下げるには、説明は省くが、バイノーラルビート現象を利用したヘミシンク効果を起こす装置を使うという手があり、ロバート・モンローがそういった装置を作ったし、日本でも、政木和三さんがパラメモリ(後にアルファ・シータ、バイオソニックという名の装置になった)を開発し、今でも同じ効果があると謳う装置やスマートフォンアプリがあるが、あまり普及しておらず、中身もよく分からない。
そして、これらの装置を使っても、必ずしも脳波がシータ波になるとは限らないのではとも思う。

シータ波の脳波は睡眠中の脳波であるが、高僧やヨギ(ヨガの行者)が瞑想中の時や、将棋名人が対局中の脳波がシータ波であることが知られている。
だが、おそらく、アブラハム・マズローが「至高体験(英語でPeak experienceで、直訳すれば絶頂体験)」と名付けた精神状態の時が、脳波がシータ波になっているのだと思う。
至高体験は、今で言うゾーンやフローと同じと思われる。
また、昔から、エクスタシーとか法悦(英語ではやはりエクスタシー)と呼ばれた精神状態、ロマン・ロランの言う大洋感情、夏目漱石の言う天賓なども同じで、およそ一流の文豪であれば、必ず作品中で描いていると言われている通り、文豪と言われるほどの優れた文学者であれば皆、この精神状態を体験し、密かに重んじていたと思う。
「20世紀最大の詩人」と言われたW.B.イェイツも、特別な名はつけなかったが、そのような特別な精神状態があることは明らかに知っていた。
イェイツは芸術の目的はエクスタシー(法悦、忘我、没我)であると述べたが、それがまさに、脳波がシータ波の状態である。
イェイツの言うエクスタシーも至高体験であることは間違いない。

至高体験も睡眠中も脳波はシータ波であるとしても、至高体験jは、意識がある状態であるという明確な違いがある。
言い換えれば、意識がありながら脳波がシータ波であることを至高体験(法悦、エクスタシー、ゾーン、フロー、大洋感情、天賓)と言うのである。

はないろの目
AIアート709
「はないろの目」
Kay


ここまで明確に引き寄せ状態を語った人はいないと思うが、さらに重要なことがある。
それは、至高体験の継続時間は短いということだ。
作品中から読み取るに、ドストエフスキーは10分位が限度と思っていたのかもしれない。
しかし、普通の人では数秒かもしれない。
そして、ここで勘違いしてはならないのは、至高体験の間に願望をイメージすれば叶うという誤解である。
至高体験時にはイメージなど出来ない。
そうではなく、至高体験を何度も起こし、それに慣れていくに従って、望まずとも幸運に恵まれ、願いが叶うのである。
また、至高体験を繰り返すうちに、願望も変わっていき、正しいものを求めるようになる。
場合によっては、それまで持っていた願望に価値や魅力を感じなくなるし、全く別の願望が起こることもある。
そういうわけで、今後、至高体験の起こし方を改めて述べる。
それは簡単なものであるが、方法は1つではない。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)神さまの周波数とシンクロする方法(志賀一雅)
(4)魂の対外旅行(ロバート・モンロー)
(5)驚異の超科学が実証された(政木和三)

願いを叶えるエネルギーの在り処

恨みのエネルギーとか、心残りのエネルギーは大したものだ。
コリン・ウィルソンが「天才とは所詮、内的衝動」と言っていたが、それは感情が起こす何らかの・・・たとえば、心残りのエネルギーのようなものだ。

『スター・トレック』の中で、カーク船長がある惑星で不思議な体験をする。
学生時代のクラスメイトだった悪ガキの男子が、若い頃のままの姿でカークの前に現れ、カークをからかい、馬鹿にして喧嘩を売る。
すると、冷静なはずのカークがあっさりと挑発に乗り、その悪ガキに殴りかかる。
だが、相手は若い。
運動能力がまるで違い、逃げる悪ガキについていけない。
悪ガキは、
「なんだカーク!その姿は?ヨボヨボじゃないか?」
と余裕の笑みでカークを嘲る。
この野郎とばかりにカークは力を奮い起こすが、逆に悪ガキの強烈なパンチを喰らって地面に倒れる。
だが、カークの不屈の心は諦めず、あらゆる手を使い、ついに悪ガキをKOする。
カークは本物の喜びを表情を見せる。
カークは、
「私は、あいつをやっつけたいと思ってたんだ」
と、しみじみと言う。
そこは、実は、願いを叶えるための幻想を見せる惑星だった。
カークは、宇宙船の指揮官になった今でも、心の奥に、この悪ガキをやっつけたかったという心残りの想いがあり、その夢をついに叶えたのである。

この悪ガキと戦うカークの姿こそ、あらゆる願いを叶える者の姿だ。
つまり、心の底からの願いを叶えるには、こうでなくてはならないのだ。
以前も書いたが、『アーサー王伝説』で、ブリテン王ウーゼルは、大騎士ゴロイスの妻イグレーヌがどうしても欲しくなり、まずは普通に迫り、だめなら兵を率い、さらには魔法使いマーリンの魔法の力まで借りてイグレーヌを得る。
全然感心した話ではないが、このウーゼル王の姿もまた、どんな願いでも叶える力を持つ者の姿だ。
そして、ウーゼル王とイグレーヌの間に生まれた子供がアーサー王なのである。

ひいさま
AIアート708
「ひいさま」
Kay


所詮、願いを叶えるとはこういうことだ。
強い内的衝動を解放することが必要だ。
それで解放されたエネルギーの総量に応じた成果がある。
そして、人間の中には、解放されることを待っている大きなエネルギーがある。
それを集中させることが出来れば不可能はないのだと思う。
ただ、動物の場合、エネルギーは解放出来ても、それを導き集中させる英知がないので、限度があることしか出来ない。
だから、動物のようであってはならない。
それを魂の導きと言うのである。
だが、ある意味では、野生動物のようでなくてはならないのだ。
そこで、澁澤龍彦の『快楽主義の哲学』を読み、根源のエネルギーを解放するコツを掴むのも良いと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)快楽主義の哲学(澁澤龍彦)
(2)新訳 アーサー王物語 (角川文庫)
(3)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(4)至高体験(コリン・ウィルソン)
(5)金色夜叉 現代語版 前編

余計なものをはぎ取ったシンプルな引き寄せ法

細かいことをごちゃごちゃ言わない、単純な引き寄せのやり方を述べようと思う。

まず、恋愛や受験、就活について、どうすれば成功するかについて考える。
現代人はテクニック(ノウハウとも言う)が大好きで、恋愛や受験等についても、テクニックを説く人や本が非常に沢山ある。
しかし、肝心なことはやはり実力(パフォーマンス)で、たとえば企業の採用では、学生の表面的な就活テクニックに騙されずに実力ある人を採用したいし、受験でも、学校は受験テクニックに長けた者ではなく、本当に実力ある学生を合格させたいと思っているはずだ。
そうでない企業や学校は駄目になっていくので、入るべきでない。
ところが、いろんな成功論に飽きたり疲れたりしたら、こんな意見が心に響く。
ガッツだ、気合だ、情熱だ。
もっと適確に言えばエネルギーと言うべきだが、それはクルマのガソリンと同じようなものだ。
ただし、時速150kmで短時間ぶっ飛ばすのではなく、時速50kmで長い時間走り続ける賢明さが必要だ。

ところが、晴れて学校に合格したり、会社に就職したら、自分がどうやって合格したり、採用されたのかというと、どうも分からないものだ。
そして、周囲を見れば、「よくこんなやつが合格したな(採用されたな)」と思うやつが沢山いるものだ。

ここまで触れなかったが、恋愛ということを考えると、さらによく分かる。
テクニックなんて実際には何の役にも立たないし、気合があっても何の関係もない。
晴れて告白に成功しても、成功要因なんて全く分からない。
顔がいいからかというと、それも分からない。

つまり、テクニックもガッツも、それほど重要なものではない。
単に、合格する運命だった、採用される運命だった、結ばれる運命だったというだけのことで、我々から見れば「たまたまうまくいった」「なりゆきでうまくいった」だけである。
運命は天の采配、人間が干渉しようなんておこがましい。
とはいえ、ガッツやテクニックも全く役に立たないわけでもない。
ざっくり言うなら、運10、ガッツ4、基本テクニック2といったところだ。
余計なテクニックは不要だが、基本テクニックはあって当然だろう。
ガッツも、ある程度は必要だ。
だが、最後は運次第だ。

引き寄せも全く同じである。
テクニックやガッツが役に立つ割合が高い受験や就活でうまくいった人には、引き寄せが下手な人が多い。
余計な受験テクニックや就活テクニックは全部偽物で、そんなものでうまくいった人ほど悲惨だということは、少し賢い人なら分かると思う。

ところで、受験は単純だが、本当の意味で受験を極めた人は、あらゆる法則に通じていて、引き寄せもうまい。
私は、東大生の中でも超優秀な者や超優秀な予備校経営者のマジな話を聞いたことがある。
ただ、東大生に関しては、直接ではなく、大手教育会社の優秀なマネージャーが聞いたものを教えてもらった。
その超優秀な東大生に東大合格方法を聞いたら、その東大生はこう言ったらしい。
「簡単ですよ。参考書1冊、丸暗記すればいい。どの参考書も同じですから、どれでもいいです」
超優秀な予備校経営者は、成功法は「素振りの数」と言っていた。これは、表現は違えども、同じことを何度も教えてもらった。
ここまでで、引き寄せは割とうまくいく。
一言でまとめると、やはり「素振りの数」だ。
最後は「しかし、うまくいくかどうかは所詮運営と諦める」である。
この最後を大きく外すと全く駄目であるが、ここで躓く者が多いのである。

真夜中の太陽
AIアート707
「真夜中の太陽」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)赤い糸・黒い糸の書: ノストラダムス・幸運の秘法 見えない愛と運命の糸をひき寄せられる(五島勉)
(2)新装版 ヤオイズム あなたは本当に生きているか(矢追純一)
(3)運とつきあう(マックス・ギュンター)
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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