ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

岡田斗司夫

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

超おバカな間違いが幸いする

最近では、YouTuber(ユーチューバー)として有名な岡田斗司夫さん(1958年生)は、昔から知っている人の間では、かなりの大物と認識されているが、知らない人は全く知らない。
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』という歴史的アニメを製作したゲーム会社ガイナックスの創業メンバー(社長)で、大変なアニメオタクであることから一頃はオタキングの通称で知られていた。
ベストセラーを含む沢山の著書があるが、オタク的な本もあるが、生き方論、社会論みたいなものが多い。
ただ、最大のベストセラーはおそらく『いつまでもデブと思うなよ』というダイエット本だが、岡田さんはある時期からダイエットが出来なくなった。
大阪芸術大学の客員教授をしていたが、昔、東京大学の非常勤講師をしていたことがある。
彼は「高卒で東大の講師をやったのは俺くらい」と言ったという話があるが、建築家の安藤忠雄さんは高卒で東大教授だった(イエール、コロンビア、ハーバードなどで客員教授)。
彼を、ただのオタクと捉える人もいれば、特異な異才と考える人もいる。

私は昔、岡田さんの『東大オタク学講座』を読んで、「なんてオタクな人なんだ」と呆れると共に、本物のオタクとは凄いものだと思った。
また、彼が昔書いた『ぼくたちの洗脳社会』は、岡田さんが「世の中は僕がここに書いた通りになっている」と自慢しているが、昔読んだ時(インターネットがそこそこ普及していた頃)は、かなりの感銘を受け、「世の中はこうなりつつある」と思ったものである。
『ぼくたちの洗脳社会』はPDFで無料公開されている。

ただ、岡田さんのYouTube動画を見ていると、非常に面白いお話もするが、心から「くっだらない」と思う話もある。
とはいえそれは、こんな理由と思う。
岡田さんのように、特に決まったテーマもなく定期配信をしていたら、「今日は何を話そうかなあ」とネタに困る時もあると思う。
そんな時でも、配信を休むわけにはいかないので、無理矢理何かの話題で話すのだが、それなら内容がイマイチになることもあるだろう。
これは、連載を抱えた漫画家や作家も同じで、どれほどアイデアが浮かなばい時でも原稿を出すしかない。
そんな苦し紛れで作った作品のパフォーマンスがあまり下がらないのが、一流の漫画家、作家の特徴と言えるかもしれない。
そして、こんなことがあると思う。
自分では、苦し紛れに作ったものが高い評価を受けてしまったり、逆に、自信満々で出したものが全くウケずこき下ろされる。
あの芥川龍之介ですら、こんな話がある。
原稿がどうしても出来ず、締め切りになった時、芥川は口述して編集者に書き取らせた。そんなことがよくあったそうだが、そんな作品に傑作が多かったという。

岡田さんに関する、私が好きな話がある。
彼は大学受験には失敗したと言い、一浪したが、予備校にも行きながら現役時代より学力が低下し、大阪電気通信大学という、彼が言うには、当時は名前さえ書けば合格すると言われた大学に入学する。
(今はレベルが上がったと岡田さんは言うが、今は偏差値44~53で学部によりバラツキがあるが、そう悪くない)
だが、岡田さんは入学後、履修届を出すのを忘れてしまい、講義に出ることさえ出来ず、1年間は単位が全く取れないことになってしまった。
こんなミスをするような者は、極めてと言うより、あまりに珍しく、本当に馬鹿じゃないかと思う(ちなみに岡田さんは小学校のIQテストで148だったらしい)。
そんな状況に追い込まれた岡田さんは「もうどうでもいいや」と「拗ねてしまった」と言うが、私は、これに非常に共感するのである。
実は、私は、そんな岡田さんの間違いに負けないほどの超お馬鹿な間違いをするタイプで、その時の気持ちが「世界なんか滅んでしまえ」「何もかも闇に包まれてしまえ(『まちカドまぞく』の千代田桃のセリフ)で、これが岡田さんの言う「拗ねてしまった」なのかなと思う。

結局、岡田さんは、講義には出られないながら、大学のSF研究会に入って、その活動に専念したから、大阪芸術大学の学生だった庵野秀明と出逢い(岡田さんが2つ年長なので、岡田さんは彼を「庵野君」と呼ぶ)、一緒にアニメを作ったりして、それがガイナックスにつながっていく。
それがなかったら、今の岡田さんはないばかりか、庵野秀明も世に出なかったと岡田さんは言うが、そうかもしれないと思う。
尚、2人とも、大学は、退学ではなく除籍となっている。

人生、何が起こるか分からないし、何が幸いするかも分からない。
と言っても、今が苦しいからと言って、無理に希望を持つこともなく、なりゆきにまかせるしかないだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)岡田斗司夫の「ま、金ならあるし」第1集 ※109円
(2)いつまでもデブと思うなよ・電子版プラス(岡田斗司夫)
(3)東大オタク学講座(岡田斗司夫)
(4)まちカドまぞく 1巻(伊藤いづも)

柔らかい世界
AIアート1978
「柔らかい世界」
Kay

賢い老人が多いと言える理由

経済学者としてではなく、エキセントリック(風変り)な言論によって若い世代を中心に人気がある成田悠輔さんが少し前、彼の「65歳以上は自決すればいい」といった発言が、曲解も含めて話題になったことがあった。
まあ、曲解されることが分かりそうな発言であった。
そのせいか、彼をインターネットのテレビ番組で見ることがなくなったような気もするが、それは私がアベマTVのような極左の番組を見なくなったせいかもしれない。
成田さんのその発言は、「老害」の悪影響というものが根本にあり、成田さんはよく「老害」という言葉を使っていた。
ところが、岡田斗司夫さんがYouTubeで、成田さんを意識したのではないのだろうが、「僕は老害という言葉を使うやつで頭が良いやつを見たことは一度もない」と言っていたが、それに関する岡田さんの説明が私には全く分からなかった。標準知能の私に分からないということは、やっぱり説得力がない主張なのだと思う。
そんな単純で明確な主張の論拠を私が全く理解出来ないはずがないし、私の知能は全体の真ん中あたりなので、私に分からなければ半分の人は分からない。
要は、岡田さんは、老害という言葉を使って逃げることが、頭が悪いことだと言っていたのかもしれない。それなら、私にも分からないことではない。

老害で思い出すのは、大作家の遠藤周作さんが昔のテレビCMで言っていたことだ。
当時、遠藤さんは老人と言える歳だったと思う。
遠藤さんは「どんどん嫌味言って、どんどん嫌われる。私はそんな爺さんになりたい」みたいなことを言っていたが、これはCM用に作った言葉ではなく、遠藤さん自身の主張なのであったと思う。
ただ、それは、遠藤さんが本当にそう思っていたという意味ではない。
それは分からない。しかし、遠藤さんは、そう言いたかったのだ。

それで、遠藤さんの真意は分からないが、私はアニメに出てくる老人に関する強い抵抗感について思い出す。
アニメに出てくる老人は、全て「いいひと」ばかりで気持ちが悪い。
老人は「いい人」でなければならない、「いい人」であることが老人だみたいな決めつけに「頭の悪さ」を感じるのだ。
そりゃ、アニメの中にだって嫌な老人は出てくる。
しかし、そんな老人も「実はいい人だった」というものが圧倒的で、本当に気持ちが悪い。
ひょっとしたら、遠藤さんは、世間のそんな老人像に対する拒絶とか嫌悪があったのかもしれないと思う。

岡田斗司夫さんが最近よく「これからの時代、いい人でないと生きていけない」と言うが、私はこれは、根本的には大正解で、正解であるだけでなく実用性も抜群であると感心する。
「いい人は舐められ易い」という欠点はあるが、それさえ克服出来れば、これ(いい人であること)ほどコスパが良い・・・というのではなく、賢い生き方はない。
本当にいい人でなくても良く、いい人を演じれば良いのだ。
ただ、私が思うようになったのは、いい人を演じられる人が頭が良いと言うよりは、少しもいい人を演じることも出来ないのは、かなり頭が悪いということだ。そんな頭が悪い者が本当に多い。
これまでずっと上がって来た人類のIQが2000年あたりから顕著に下がっているというのは本当かもしれないと思う。
老人には、確かにいい人が多い。
いや、「いい人」に見える人が多い。
しかし、老人だって、実際はそれほどいい人ではない。
だが、本当にいい人が多いように感じる。
つまり、老人はいい人を演じるのがうまく、それは実に頭が良いことなのだ。
逆に言えば、いい人を演じることも出来ない政治家の老人は本当に頭が悪いと思う。

ドナルド・トランプは、銃撃事件の直後、実に穏やかないい人を演じ、「トランプは変わった」と感じ、これまでトランプを嫌っていた人達の支持も得たように見えた。
しかし、すぐに元のトランプに戻ってしまった。
トランプは、元々、実際にいい人だったと思うが、いい人でない部分を出す頭の悪いところもあった。
その欠点が、暗殺未遂という悪い事件がきっかけとはいえ、改められる機会であったのに、それを逃した。
対して、芯から悪人で無能なカマラ・ハリスは、副大統領候補のワルツと共に、素晴らしいいい人戦略で大人気だ。
ここらは、民主党の方が頭が良いのではないかと思うようになった。
それでも11月の大統領選挙ではトランプが勝つとは思うが、負ける可能性も高くなってしまった。
上に立つ者ほど、いい人を演じることは難しい。
つまり、上に立つには、頭が良くなくてはならない。
それだけの頭の良さがない者が上に立つことは確かに害悪・災禍で、そんな老人は自決だというのは納得出来ないでもない。
また、どれだけうまくいい人を演じられるかで正確なIQが分かるような気もする。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)「いいひと」戦略 ~超情報化社会におけるサバイバル術~(岡田斗司夫)
(2)老いてこそ遊べ(遠藤周作)

眠りの時
AIアート1113
「眠りの時」
Kay

妖怪のようなお金のブロックをどう壊すか

作家でガイナックス創業者の岡田斗司夫さんや、大学教授で経済アナリストの森永卓郎さんらが、10~20年前から、お金なんてなくても良いといったことを言っている。
岡田さんは、「就職なんかしなくていい」「嫌なことをするな」と言って、2014年には『 僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない 』という本を出して、お金がなくても生きていけるという論を説き、森永卓郎さんは2003年に『年収300万円時代を生き抜く経済学』を出し、幸福に生きるためにお金はあまりいらないことを語っている。
両者共、今もそういった説をYouTubeで話している。
工夫次第でお金がなくても生きていけるとか、毎日長時間、嫌なことをして沢山お金を稼ぐより楽しい生き方があるというのは、正しいことでもあり、彼らの話には傾聴に値する部分はあると思う。

ただし、彼らのそれらの主張には、一般人にはお金は稼げない、普通の人は貧乏になるしかないという大前提がある。
彼ら自身は、これまで無茶苦茶稼いでいるのは間違いない。数多くのベストセラー書籍の印税だけでもかなりのものだろう。
では、そんな彼らが、なぜ人々には「お金なんかいらない」「稼ぐな」と言っているのかというと、「お金を稼ぐ虚しさを知っているから」というのではなく(それもごく僅かはあるかもしれないが)、簡単に言えば能力差である。
彼らは凡人ではなく、凡人とはかけ離れた能力があり、お金を稼ぐには高い能力が必要だと分かっているのだが、一般人に「だから諦めろ」と露骨に言うよりは「お金なんかなくても大丈夫だ」と言うのである。

ところで、能力はあってもお金を稼げない人も沢山いる。
一方で、さして能力はないのに、お金を沢山稼いでいる人もいる。
分かり易い言い方をすれば、岡田斗司夫さんや森永卓郎さんらはIQ130超(140超、150超かもしれないが)の超優秀な頭脳を持っており、世の中で大活躍をしている。
そして、IQ120超の優秀な人間ならお金を稼ぐ能力自体はあるが、実際は、そんな人達の多くがお金をあまり稼げない。
一方、IQ100~110の凡人でも、それなりにお金を稼いでいる人もいる。
ただ、IQ99以下でお金を沢山稼ぐことは、特に少し前からは非常に難しくなっており、今後は絶望的と思う。

なぜこんなことが起こるのかというと、一般国民には、いわゆる「お金のブロック」というものがあるからだ。
つまり、「自分には沢山のお金を稼ぐことは出来ない」という強い観念が頭の中にあるのだが、それは、両親や学校から叩き込まれたものだ。
だから、一般人は、少々優秀であっても、あまり、あるいは、さっぱりお金を稼げないのである。
もし、お金のブロックがないなら、優秀な人なら年収1000万円程度は楽々稼げるし、優秀でなくても、年収300万円なんて低収入になる必要はない。
しかし、お金のブロックは強力で、なかなか壊すことは出来ない。
それで私は度々「お金がある」と数多く唱えるよう薦めることがあるのだが、よほどの根気がなければお金のブロックは壊れない。
しかし、1日中唱えるほど実行した人には、それまで低収入だったのに短期間で3億円の資産を得たような人もいるらしいが、それに近いことは十分に可能と思う。

引き寄せの本の中で、「お金は悪いものではない」「お金は素晴らしいものだ」といったことを諭すことがよくあるが、お金のブロックがある人には、頭では分かっても、実際にはそれが腑に落ちないのである。
結果、やはりお金を沢山稼ぐことが出来ない。
だから、お金が良いとか悪いとかを含まない「お金がある」と唱えようとしても、それが続かない。
それで、お金のブロックと言うより、根本的にある程度、心を希薄にするために「今今メソッド」をお薦めする気になったのである。
次回で、その簡単なやり方を述べようと思う。

山の向こうに日は落ちる
AIアート863
「山の向こうに日は落ちる」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)増補版 年収300万円時代を生き抜く経済学(森永卓郎)
(2)僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない(岡田斗司夫)
(3)書いてはいけない(森永卓郎)
(4)超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略(岡田斗司夫)
(5)言ってはいけない―残酷すぎる真実―(橘玲)
(6)さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール)

引き寄せ否定論をあっさり一掃する

引き寄せを行う上で知っておいていた方が良いかもしれない話だ。
名前をご存じかもしれないが、岡田斗司夫さんという人がいる。
今は、作家、YouTuberで有名だが、ゲーム・アニメ製作会社として有名なガイナックスの創業メンバーで社長もやっていたと思う。
最近はシン・ゴジラ、シン・ウルトラマンで有名な庵野秀明監督とは学生時代からの知り合いで、ガイナックスでは一緒だったし、庵野秀明さんが1960年生まれで岡田斗司夫さんが1957年生まれと、岡田さんがやや年長ということもあり、岡田さんはYouTubeの中では庵野さんを「庵野君」とか「庵野」と呼ぶ間柄のようだ。
岡田さんは少し前まで大阪芸術大学で客員教授をやっていて、昔は東京大学で臨時講師も務めたこともある。
ところが、岡田さんは彼が言うところ、当時、最も偏差値が低い大学の1つであった大阪電気通信大学に入学し、ほとんど通学しないまま中退している。
岡田さんは自分がサイコパスであると自称し、また、その理由を丁寧に説明していたが、これがなかなか説得力ある説明であった(私はあまり信じていないが)。
岡田さんは多数の著書があり、それら著書の人気も高い。ただ、昔、自ら成功したダイエット法を書いたダイエット本がベストセラーになったが、その後リバウンドし、今はすっかり元通りで再び痩せられないようだ。
岡田さんの話は論理的で説得力があり、非常に頭が良い人であることも分かる(IQ148説がある)が、そこはサイコパスだけあり、「言いくるめ」「誤魔化し」を感じることもある(個人的にだが)。
堀江貴文さん、苫米地英人さん、東浩紀さんら有名な論客と討論しても互角以上と感じる。

前置きが長くなったが、実際上引き寄せと同じだが「思考は現実化する」ということにおいて、岡田斗司夫さんは、懐疑的と言うより否定的なのだと思う。ただし、明確には否定しない(いろいろな配慮からだろう)。
彼が事実上、引き寄せを否定する論はこうだ。

100人の人間が引き寄せ(彼の話では「思考は現実化する」という説の実践という言い方になる)を行うとする。
すると、その中で5人くらいは偶然成功する。
そして、30人くらいは、そこそこ成功し、成功した5人を称賛しつつ引き寄せを肯定する。
残りの65人は全く駄目だが、成功した5人や、この5人を称賛する30人の「そこそこ成功」グループを見て、自分がうまくいかないのはやり方の問題と思い、それでほとんどが引き寄せを肯定し、実践を継続する。

つまり、たまたま成功する少数がいるだけで、実際には引き寄せといったものはないのだが、ここで岡田さんはうまいことを言う。
「引き寄せはないが、引き寄せを信じてチャレンジする100人に入ったからこそ成功した5人や、そこそこ成功した30人がいるのだから、この100人に入ることに意味がある」
だから、苫米地英人さんのビジネスにも肯定的な意味があると言うのだが、これはいかにも誤魔化しだろう。
それなら、別に引き寄せを実践しなくても、100人のうち5人くらいは成功するし、30人くらいは、そこそこ成功する。いや、ひょっとしたら、引き寄せに頼らなければもっと高い割合で成功したかもしれない。

岡田さんは頭がいいから、かなりの人を説得出来る。
彼の事実上の引き寄せ否定論も、聞けば大抵の人が納得すると思う。
ところで、引き寄せのベストセラー『ザ・シークレット』に登場するフレッド・アラン・ウルフという量子物理学者は、天才級に頭が良いが、引き寄せ完全肯定者だ。
ただ、彼は別に、『ザ・シークレット』を肯定しているわけではなく、引き寄せ自体を肯定しているのである。
そして、このウルフ博士と私には非常に特異な共通点がある。
それは、信じるも何も、引き寄せの発展形とも言える強烈な超常現象を「経験してしまった」ことだ。
これは、ある意味「引き寄せどころではない」。
ウルフ博士の場合は7歳の時のテレポーテーション体験が有名だが、彼は明かしていないが他にもあるのだと思う。
ただ、彼が量子物理学を志したきっかけがこの体験で、学問的に解明出来たかどうかは分からないが、量子物理学が彼の確信を深めたのは確かなようだ。
そして、私の場合は、奇跡的な引き寄せ体験は無数で、強烈なものは子供の時に多かったが、その後も継続し、おそらく、今も魔法的なことをしているのだと思う(やっている時には自覚がないことが多い)。
超常現象を理論的に否定する有名な科学者の本も読み、彼らが言うことは私も賛成である場合が多いが、私のものは次元が違い、彼らも全く否定出来ないだろう。
ただし、私が彼らを論破出来るわけでもないし、その気もない。
照明のしようがないものがほとんどだからだ。
たとえば、何度か書いたが、自分が見たいテレビ番組(以前見たドラマの指定話等)を詳細に指定して放送させるなどは、「たまたま」とも言えるが、確率的に低過ぎ、しかも、何度も行ったり、再放送するはずのないもの(ワイドショー的なもの)すら再放送させた。
しかし、これらは証明しようとしたら、とんでもなく困難だし、証明しようとは全く思わない(知られたくないヤバい放送もある 笑)。

引き寄せがあるかどうかを決めるのは自分である。
別にどちらでも良いことであるが、実際のところは、引き寄せに限らず、あると思えばあるし、ないと思えばない。
反対者を説得する必要も全くない。
それは、今人気の歯科医で政治活動家の吉野敏明さんの食の話と似ている。
彼は、甘い食べ物や小麦食品は毒だと言い、決して食べるな、身体をボロボロに破壊し、メロンパン1個で死んだ人もいると力説するが、私は、お菓子もパンもケーキも大好きで健康な人を沢山知っているし、その中には90歳以上の人もいる。
私は、吉野さんのように、1つの考え方で縛るように煽るのは良くないと思う。
それは、吉野さんが嫌うように言う洗脳だし、いわば宗教のようなものだ。
政治的なYouTube配信のはずが、吉野さんは、政治とは関りのないイデオロギーや精神論の話ばかりしているように思う。
私の考えでは、ケーキが悪いと思っている人には、確かに吉野さんの言われるように悪いが、悪くないと思っている人には害はない。
これも確かに一種の引き寄せである。

妖精の時代
AIアート847
「妖精の時代」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)岡田斗司夫ゼミのサイコパス人生相談
(2)超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略(岡田斗司夫)
(3)岡田斗司夫の「ま、金ならあるし」第1集 ※100円です
(4)聖なる量子力学9つの旅(フレッド・アラン・ウルフ)
(5)大きく考えるための小さな本(フレッド・アラン・ウルフ)
(6)トーチェ氏の心の法則(C.K.トーチェ、J.M.トーチェ)

通知表の性格欄に書かれたら成功すること

小学校から高校までの通知表(通信簿)には、成績とは別に、性格欄みたいな項目(以下、「性格欄」と書く)があり、その子の特筆すべき特徴が書かれているのだろうと思う。
「書かれているのだろうと思う」とは、まるで学校に行ったことがないような物言いであるが、そうではなく、私は、自分の通知表の性格欄に何が書かれていたか、全く覚えていないのだ。
そもそも、性格欄は、子供にではなく、親に伝えるものだと思っていたので、興味がなかったのかもしれない。しかし、子供も見ることが出来るのだから、普通は子供も興味を持つような気もするが、思い返すと、やはり、私は全く興味がなかったのだ。つまり、教師が自分をどう評価しているかなど、全くどうでも良かったのだ。
ところで、作家、評論家、大学教授…というより、今はYouTuberとして人気がある岡田斗司夫さんが、YouTubeで、自分は小学生の時、通知表の性格欄に「協調性がない」とずっと書かれていたと言っていた。本人が言うには、「協調性に欠ける」ならあり得るが、「協調性がない」とまで書かれることは、あり得ないのだそうだ。知らんけど(笑)。
まあ、子供の時の岡田斗司夫さんに協調性が全くなかったのは、彼の、特殊な健康状態や家庭環境の影響もあったらしい。
ただ、私が、それを聞いて思ったのは、私が、通知表の性格欄を覚えていない大きな理由は、書かれている意味が理解出来なかったからだという可能性がある。
私は、小学生の時は「協調性」なんて言葉は知らなかったと思うし、さすがに高校生になれば、「協調性」という言葉くらいは知っていたが、せいぜい、辞書的な意味がぼんやり分かる程度で、自分が協調性があるかどうか、全く関心がない…あるいは、理解出来なかったと思う。
そもそも、協調性というものが実際はどんなものかということは、本当のことを言えば、今でも分からないのだ。
これは、よほど協調性がないのだと思う。
つまり、引き寄せ自在な私が、世の中で大成功しない理由はそれである。協調性がなければ、成功することは難しい。
そもそも、初音ミクという存在は、クリエーション(創造性)とシンパシー(共感)から出来ているが、私は共感を感じないわけではないが、おそらく、普通の人の3パーセントも感じないと思う。
そんな私が、ミク廃(初音ミクの熱狂的ファン)である理由は謎である(笑)。
私も、通知表に「協調性に欠ける」「協調性がない」と書かれていた可能性が高いと思うが、そのような理由で、とにかく、全く覚えていない。
4や5がほぼない通知表を保管しているはずもないし(笑)。

ところで、私は、岡田斗司夫さんの他に、2人の有名人の通知表の性格欄の話を覚えている。
1人は、元総理大臣の野田佳彦(のだよしひこ)さんで、国会か何かで、自分の通知表の性格欄に、
「野田君は、褒めるところは何もないが、嘘をつかない」
と書かれていたという話を披露したらしい。
まあ、あまりにどうでもいい話なので、スルーする(笑)。
もう1人は、俳優で、私がこよなく敬愛する丹波哲郎さんだ。
彼も、教師は、良いことで何も書くことがないので仕方なく書いたのかもしれないと前置きしつつ、「丹波君はこだわりがない」と書かれていたらしい。
そして、丹波さんは、この「こだわりがない」ことこそ、自分が、戦争下で生き延び(しかも楽々と)、いつも良い想いをし(戦争下でも)、成功した理由だと断言している。
もちろん、料理人が料理にこだわるということは大事である。
しかし、自分が食べる料理にこだわるのは、あっても良いが限度がある。
そんなわけで、あなたもこだわりがなければ、成功するかどうかはともかく、良い想いが出来る。
では、こだわりのなさとは何だろう?
いろいろあるかもしれないが、まず「面子がない」ことであると思う。
ところで、こういったことに関し、非常に重要なことが書かれている本がある。
私の座右の書『猫の妙術』では、古猫が、若い猫達に、丁寧に易しく、優れた教えを授ける。
実力が凄いので、どんな優秀な猫も、その古猫の教えに真摯に耳を傾ける。
いや、猫だけではない。人間の武士すらそうだった。
だが、その古猫が、自分が全く及ばない老猫がいると言う。
もう、神のような猫だろう。
その、神人…いや神猫の特徴こそ、こだわりがないことだと思う。
ちなみに、『猫の妙術』が私の座右の書になったのは、最近のことだ(笑)。
良ければ、皆さんも読まれ、私と一緒に神になろう(笑)。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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