昔、民衆が無知な時代、盲目的に神仏を信仰していた人は引き寄せ万能だったかというと、全く逆だ。
そんな時代の宗教は権力者に支配されていて、神仏は凡民の願いを聞かないと信じ込まされていた。
そして、今の時代にさえ、教団の教義を信じる人が多く、そんな人達は、幸福になるために、教団の言うことは何でも聞き、寄付を沢山することを強制されることが多い。
本当は、宗教に決まりはなく、どんなふうに信仰するかは個人の自由だ。
なぜなら、聖書にも仏典にも、信仰の仕方など書かれておらず、教団を作ったのも、教義を作ったのも、ただの人間である。
だから、我々一般民としては、いろんな宗教家の信仰スタイルの中の、自分の気に入るものを採用すれば良い。
もちろん、どの宗教のどの宗派を信仰するかなどは、完全に個人の自由である。
そして、宗教は、性質上、潜在意識の力と交流するための有効なシステムであり、その目的のために、特に有効な信仰スタイルを選べば、引き寄せが非常に容易になる。
たとえば、法然や親鸞のスタイルであれば「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、ただちに引き寄せが可能だ。
ただし、仏教関係者が、それとは別の教義を信者に信じさせている場合は、そうではない。
別に、法然も親鸞も、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、死ねば極楽浄土に行けるだけと言っていたのではなく、特に、親鸞の場合は、『現世利益和讃』で、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、強大な力で守られ無限の利益が得られると書いている。
私の考えでは、神仏は我々の願いを何でも簡単に叶える力があり、そして、叶えようとしているという前提を持つべきと思う。
その上で、新約聖書の福音書、法華経の信解品第四「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)のたとえ」、『歎異抄』、『現世利益和讃』を読むと良いと思う。
特に私は、「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)のたとえ」が好きで、この素晴らしいお話で仏がいかに慈悲深いかということが分かれば信仰が深まり、引き寄せも万能になると思う。
これまで、なぜそうならなかったのかというと、伝統や権威が妨害してきたのであると思う。
仏とは、引き寄せでいう万能の潜在意識の力と考えれば良いと思う。
宗教は、悪い面も多いのだが、長い歴史の中で知恵も慈悲も深められ、人間が成長するのに非常に役に立つものだと思う。
だから、宗教を賢く利用し、おかしな教団とは縁を切り、自分が幸せになるために活用すれば、あらゆる意味で、計り知れない利益があると思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (植木雅俊訳)
(2)現代日本語訳 法華経(正木晃訳)
(3)歎異抄 現代語訳付き(千葉乗隆訳)
(4)三帖和讃(浄土真宗本願寺派総合研究所)
(5)新約聖書 福音書 (塚本虎二訳)

AIアート2261
「緑と赤の秋」
Kay
そんな時代の宗教は権力者に支配されていて、神仏は凡民の願いを聞かないと信じ込まされていた。
そして、今の時代にさえ、教団の教義を信じる人が多く、そんな人達は、幸福になるために、教団の言うことは何でも聞き、寄付を沢山することを強制されることが多い。
本当は、宗教に決まりはなく、どんなふうに信仰するかは個人の自由だ。
なぜなら、聖書にも仏典にも、信仰の仕方など書かれておらず、教団を作ったのも、教義を作ったのも、ただの人間である。
だから、我々一般民としては、いろんな宗教家の信仰スタイルの中の、自分の気に入るものを採用すれば良い。
もちろん、どの宗教のどの宗派を信仰するかなどは、完全に個人の自由である。
そして、宗教は、性質上、潜在意識の力と交流するための有効なシステムであり、その目的のために、特に有効な信仰スタイルを選べば、引き寄せが非常に容易になる。
たとえば、法然や親鸞のスタイルであれば「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、ただちに引き寄せが可能だ。
ただし、仏教関係者が、それとは別の教義を信者に信じさせている場合は、そうではない。
別に、法然も親鸞も、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、死ねば極楽浄土に行けるだけと言っていたのではなく、特に、親鸞の場合は、『現世利益和讃』で、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、強大な力で守られ無限の利益が得られると書いている。
私の考えでは、神仏は我々の願いを何でも簡単に叶える力があり、そして、叶えようとしているという前提を持つべきと思う。
その上で、新約聖書の福音書、法華経の信解品第四「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)のたとえ」、『歎異抄』、『現世利益和讃』を読むと良いと思う。
特に私は、「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)のたとえ」が好きで、この素晴らしいお話で仏がいかに慈悲深いかということが分かれば信仰が深まり、引き寄せも万能になると思う。
これまで、なぜそうならなかったのかというと、伝統や権威が妨害してきたのであると思う。
仏とは、引き寄せでいう万能の潜在意識の力と考えれば良いと思う。
宗教は、悪い面も多いのだが、長い歴史の中で知恵も慈悲も深められ、人間が成長するのに非常に役に立つものだと思う。
だから、宗教を賢く利用し、おかしな教団とは縁を切り、自分が幸せになるために活用すれば、あらゆる意味で、計り知れない利益があると思う。
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(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (植木雅俊訳)
(2)現代日本語訳 法華経(正木晃訳)
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(4)三帖和讃(浄土真宗本願寺派総合研究所)
(5)新約聖書 福音書 (塚本虎二訳)

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