ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

太陽がいっぱい

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

親ガチャに外れた者の怨念を晴らす

「ガチャ」は、お金を入れたら、カプセル入りのオモチャが出てくる自動販売機の俗称で、出てくるオモチャは選べない。
「親ガチャ」というのは、「親は選べない」という意味で、「親ガチャに外れる」とは、「良い親から生まれなかった」ということだ。
「親ガチャ」では、「当たり」は、親が金持ちであることで、そうでなければ「外れ」だ。
つまり、「金持ちの親」が「良い親」ということになっているのである。
現代社会は、親の経済力が将来を大きく左右する・・・いや、ほぼ決まると考える者が多いからである。
まあ、それが事実なのかもしれないが。

アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』(1960イタリア・フランス)で、当時24歳の美貌盛りのドロン演じるトムは、まさに親ガチャに外れた青年だった。
ところが、その、育ちが悪く、教育もなく、結果、貧しいトムが、なぜか、大富豪の息子フィリップと仲が良かった。
だが、フィリップの周囲にいる上流階級の者達は、トムをあからさまに馬鹿にしていたし、フィリップの美しい恋人マルジュは、上流階級の娘の割には性格が良く、貧しいからといってトムを露骨に見下してはいなかったが、世渡りのためにトムが身に付けた小賢しいところは嫌っているようだった。
そして、フィリップ自身、大の仲良しとはいっても、実際は、トムを見下しているところも多分にあった。
想像力があれば分かるが、これらは、若いトムには辛い状況である。
とはいえ、フィリップの友人という立場は捨て難く、トムはなんとかうまくやっていた。

だが、トムは、フィリップを殺して資産を奪い、マルジュを騙し、完全犯罪を成立させたように見えた。
吹き替え版であるが、トムが最後に言った言葉を私は非常に印象深く憶えている。
「いい気分だよ」

今は知らない人が多くなったと思うが、淀川長治さんという有名な映画評論家がいた。
その淀川さんは、『太陽がいっぱい』を四百回以上見て、見る度に、必ず涙を流すと言っておられた。

トムの「いい気分だよ」と、淀川さんの感情移入・・・私は、親ガチャに外れた者の闇、怨念を感じて、ぞっとするが、なぜかうっとりもする。
淀川さんは、育った家自体は金持ちだったように思うが、事情は忘れたが(嫌な事情だったので私は忘れたかったのだと思う)、辛い子供時代を過ごしていたのだったと思う。これもまた、一種の、外れた親ガチャである。

だが、ほとんどの人が、程度の差はあっても、淀川さんのように感じるのだし、トムの「いい気分だよ」に共感するのだ。
つまり、ほとんどの人が、親ガチャに外れたのだ。
だから、この映画は傑作なのである。
親ガチャに当たった人と外れた人では、この映画の感じ方は全く異なり、親ガチャに当たった人には、この映画の良さが分からないに違いない。

だが、重要なことは、トムの「いい気分」は、まがい物だということだ。
とはいえ、ただの「快感」とも違う、本物と見分けが付き難い悪魔の感情だ。
どこのことわざだか知らないが、
「人間の最高の快感は、復讐が成し遂げられた時の快感である」
という言葉があり、これには、ほとんどの人が納得するのではないだろうか。
しかし、この快感は、本当の「いい気分」ではない。
トムの「いい気分」も、この快感に類したものだ。

親ガチャに外れた者も、いい気分でいれば不幸にはならない。
私は読んでいないが、淀川さんは『私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない』という本を書いている。
だが、この本のタイトルは、淀川さんが思っていることではなく、誰かが言った言葉の引用なのだと思う。淀川さんのことだから、映画の中のセリフや映画のタイトル、あるいは、有名な映画俳優や映画監督の言葉かもしれない。
淀川さんはきっと、こんなセリフを言う者に、憧憬とか恨みとか非難などを一緒くたにした感情を持っていたのだ。
以上のことは、私の全くの想像だが、当たっている自信がある。

くれぐれも、本当の「いい気分」でいるように。
それが我々の責任であり、そんな者に恵をもたらすのが神の責任だ。
そのためには、どうすれば良いのか?
それは、ジョセフ・マーフィーの『マーフィー世界一かんたんな自己実現法』の中で、マーフィーの講演を聞いていた1人の男が、おそらく、インスピレーションを感じて考えた言葉、
「私は裕福だ。私は幸せだ。私は最高の気分だ」
と唱えることだ。
この本では、この男は、なるべく口に出して唱えたと言うが、それはアメリカだという事情がある。もちろん、自分の好きなようにやれば良いが、いつも私が述べるように、「心の中で、丁寧にゆっくり」唱えると良いと思う。








偽りの勝利

アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』のラストシーンには、ずっと昔から奇妙な感覚があった。
あまりに奇妙に感じたせいもあって、ディテール(詳細)は覚えていないが、だいたいこんな感じだ。
立派な別荘の庭みたいなところで、アラン・ドロン演じるトム・リプリーは、デッキ・チェアにゆったり座り、日本語吹替だが「いい気分だよ」と言う。それは家政婦に言ったのかもしれない。
殺人、詐欺を重ねた完全犯罪に成功し、大金と自由を得たと確信したトムは、静かに勝利を味わっていた。
しかし、もちろん、そんなことが、上手くいくはずがない。
著名な映画評論家だった淀川長治氏は、この映画を400回以上見ても、見るたびに必ず涙を流すとテレビで言っておられた。
淀川氏には、かなり複雑な子供時代があったことが関係するのだと思う。

淀川さんが、いったい何に涙したのかは分からない。
しかし、なるほど、そう言われれば、泣けるかもしれない。
少なくとも、深い「無念」は感じる。
人間が最も快感を感じるのは、復讐が叶った時という話があるが、これは分かる気がする。
復讐というのは、ほぼ全て、歪んだ想いから起こる。
しかし、歪んでいるとはいえ、否定し切れない部分もあるはずだ。
つまり、親の仇、子の仇、恋人の仇、親友の仇・・・これらは、否定されるどころか、称賛されることすらある。
だが、やはり、許されることではないし、仮に首尾よく成し遂げたとしても、実際は、その「いい気分」は長続きしない。

貧しく育ったトムには、上流階級に対する恨みがあったはずだ。
その象徴たるドラ息子フィリップを殺し、彼の恋人を奪い、フィリップの親族を騙し、大金もせしめた。
子供時代からの恨みを晴らす、壮大な復讐は成ったかに見えた。
映画の宣伝では「青春の野望」といった表現を見たことがあるが、そんな言い方も出来るかもしれない。
「野望」という言葉の価値はかなり下落するが・・・

私が奇妙に思ったには、トムが最後に「いい気分だよ」と言ったことだ。
あれで「いい気分」になれるはずがない。
脳か心臓か太陽神経曹かは分からないが、いい気分の波動を発すれば、いい気分の状況を実現するはずだ。
しかし、トムを待っているのは悲惨な未来だ。
だが、深く考えると、こうも思えるのだ。
トムが願ったのは、刹那の「いい気分」だったのではないか?
勝てるはずのない、富を握る者達に、一矢どころか、大損害を与えたのだから。
金持ち達から、幸せを奪うこと。なるほど、それが出来れば、トムにとっては一瞬ではあっても最高の気分であろう。

トムが得たのは、モノクロの「いい気分」だった。
我々は、そんな、モノクロの「いい気分」を求めてはならない。
そして、トムだって、カラーの「いい気分」は得られたはずなのだ。
当然、我々にも得ることが出来る。
カラーで、明るく、大きな、いい気分の状況に心を向けることだ。
心が世界を創る。
そんな青空のような希望を持ち、「いい気分」でいれば、その人から発せられる高周波の波動は、必ずや幸福な世界を創造するだろう。
これが、科学のある宗教であり、宗教のある科学である。













当ブログ著者、KayのAI書。
ソニーが開発した、無料の優秀なディープラーニング型AI構築アプリケーションNNCを使い、楽しい実習を通して、自分で実用AIを作れるようになることを目指します。
数学、プログラミング、難しいAI理論は不要です。
本書で取り上げた「モンティ・ホール問題」など、博士や数学者も騙された問題をAIが簡単に解くのは興味深いと思います。
本書のほぼ全ての実習が出来るデータを作れるExcelマクロを無料でダウンロード出来、すぐに実習が可能です。

『太陽がいっぱい』の続きは

映画や小説の傑作は、続きを考えると面白い。
有名な映画評論家だった淀川長治さんは、アラン・ドロン主演のフランス・イタリア映画『太陽がいっぱい』を400回以上見て、その度に必ず涙を流したという。
それは、淀川さんの生い立ちに、そうさせるものがあるからで、単に感性が鋭いといった問題ではない。
そうった場合、「どうしても欲しい何かが得られなかった」か「大切なものを奪われた」かの、いずれかだったわけで、それは不幸な出来事なのだろうが、淀川さんについて言えば、そんなことがあったから、彼はあれほどの人間になれたのである。

『太陽がいっぱい』のラストは、アラン・ドロン演じる主人公トムが、豪華な屋敷でくつろぐ場面だった。
友を殺し、友の財産を騙し取り、若くて素晴らしい女性を騙し、全てはうまくいき、幼い時から貧しく、見下され、辛い想いをし続けてきた自分が、ついに勝った。
そんな満足感に浸り、「いい気分だよ」と微笑む。
だが、破滅はすぐそこまでやって来ていて、次の瞬間には「かつてよりずっと下に落ちる」。
トムが逮捕される場面は描かれなかった。
ところで、誰か、そのトム逮捕の瞬間、あるいは、その直後を想像しなかっただろうか?
案外というか、誰も、そんなことを考えていない・・・興味がないのだ。
しかし、私の最大の関心事はそこだった。
そして、解らなかったことが解る。
逮捕される瞬間は、確かに、トムは慌て、少しは抵抗するかもしれない。
しかし、明白な証拠を掴まれてしまっていることを理解すると、観念するしかなくなる。
その時、トムはどうするだろうか?
1つは、今回もまた努力が報われなかったことに、激しく落胆するだろう。
しかし、心の奥では、ほっとするのだ。
だが、そのほっとする気分は、普通の人では全く分からない。
同時に、惨めにもなるが、その惨めさも、普通の人には決して分からないのだ。
その両方を、淀川長治さんなら解るかもしれない。
すると、トムの嘘が解る。
全てうまくいったと思い、ゆったりとくつろぎ「いい気分だよ」と言ったのは、いつわりの「いい気分」だった。
心はいい気分だったが、魂(深い心)はストレスの限界だった。
そして、魂は破滅の現実を引き寄せてしまったのだ。

友人フィリップの遺体が、船の網にからまっていたのは、偶然のように見えて、トムの魂がわざとやったことだろう。
では、トムは元々、どうすれば良かったのだろう?
別に、フィリップの子分扱いされることに満足する卑屈さを持つ必要はない。
その時はその時で、なりゆきにまかせ、楽しい気分でいるべきだった。
焦って無理な・・・不自然なことをしなくても、自分はフィリップらをものともしなくなる。いずれ。
邪魔だったのは、子供の時から叩き込まれてきた貧乏根性だった。

トムはあなたなのだ。
本当は、最初からいい気分でいれば、そして、なりゆきにまかせていれば天国は待っている。
「明日を思い煩うな」
「願いは叶ったと思え」
「天国は約束されている」
イエスの言った通りである。













KayのAI書。2020年5月30日出版。

特権者にしか使えなかったコンピューターは、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツがパソコンを作ることで誰でも使えるようになりました。
王侯貴族でもなければ持てなかったオーケストラは、シンセサイザーにより誰でも持てるようになりました。
初音ミクさんが「あなたの歌姫」になってくれたことで、誰でも自分の歌を素敵な歌手に歌ってもらえるようになりました。
そして、ソニーNNCによって、AIは誰でも使えるようになりましたが、スムーズに取り組めるよう、易しくて面白いテーマを用意しました。

心の闇

有名な映画評論家だった淀川長治さんは、おそらく、幼い時から、精神に強い抑圧を受け続け、89歳で亡くなるまで、心に闇を抱え続けたに違いない。
それが分かるのは、彼がこんなことを言ったからだ。
淀川さんは、アラン・ドロン主演のフランス・イタリア映画『太陽がいっぱい』を、四百数十回見たと言う。そして、見る度に、必ず涙を流すと言う。
それで、彼の心の闇が、いかに深いものかが分かるのである。
淀川さんの生い立ちについては、世界的画家の横尾忠則さんとの対談書で読んだことがあるが、おそらく、簡潔な説明とはほど遠かったのだろう。私は、さっぱり覚えていない。ただ、全く他人としての「まあ、いろいろあったんだろう」程度の認識であるが、淀川さんも、軽く言ったのだろうし、言いたくない部分もあったに違いない。よって、たとえ私が、淀川さんのプロフィールを覚えていたとしても、ほとんど実際のことは分からないと考えるべきだろう。

『太陽がいっぱい』の主演であった「世紀のイケメン」アラン・ドロンは、当時24歳の美貌盛りで、長身でスタイルもよく、しかも、逞しく、まさに完璧な色男である。
ドロン演じるトムは、おそらく貧しい生まれで、容姿端麗で能力もあったのに、良い人生ではなく、私の勝手な想像だが、辛い想い・・・屈辱や理不尽を何度も何度も感じながら生きてきたに違いないのだ。
トムにとっては、それは、生まれのせい、社会のせいと思えるところが大きかったに違いない。
そのトムが、なぜか大富豪の息子フィリップと友人関係にあった。
フィリップは、父親に甘やかされ、湯水のようにいくらでもお金を使えるドラ息子ながら、優れた美青年でもあった。
だが、フィリップは、トムと親しい面もありながら、所詮、貧富の差で、トムを子分のように扱っていた。
貧しく育った者にとって、裕福に育った者の、言動、振る舞い、そして、特に、下層の人間である自分を見る目付きがどんなものであるかは、分かる者には分かるだろう。
そして、容姿や能力で劣らず、しかも、密かに苦しい努力をして自分を磨いている若いトムにとっては、それは、相当に辛いものだったはずなのだ。
それなりのものである自分がいくら頑張っても、所詮、貴族の前の貧民で、偉い者が「右を向け」と言ったら、何時間でも右を向いているしかない。
トムは、そんな恨みを心の中に溜め続けてきたに違いない。
そして、遠い沖の豪華なヨット(フィリップの所有)の中で、トムはフィリップに晴れた顔で「お前を殺して財産をいただく」と宣言する。フィリップは、多少の不穏さを感じながらも、それほど深刻には思わなかったかもしれない。所詮、トムは家来のようなものだ。
しかし、トムは、素早くフィリップをナイフで刺して殺し、その死体を海に沈める。

優秀なトムは、あらゆる手を尽くして、フィリップが自ら失踪し、おそらく、自殺したように見せかける。刑事すら騙せたように見えた。
そして、フィリップのパスポートを偽造して、自分がフィリップにすり替わり、銀行で、長く必死で練習したフィリップの見事な偽サインで大金を引き出す。
全てがうまくいった。
人を殺し、沢山の・・・特に美しいマルジュをはじめ、多くの人を騙し、大金を盗みながら、トムは晴れやかな顔で、心から、成功したことに満足し、勝利の快感と共にくつろいでいた。
だが、結局は、大どんでん返しで終わろうとする。

淀川さんは、何に泣いたのだろうかと思う。
誰か知っていたら教えて欲しいが、誰も知るまい。
あれほど悪いことをしながら、至福を感じているトムの心の闇の悲しさにか?
あるいは、トムが苦しみの末にやっと掴んだ成功が崩れようとする哀れさにか?
このどちらかしかない。
そして、私に関して言えば、この両方なのだ。
トムを責める気は、どうしようと起こらない。
まるで、トムが自分の分身であると同時に、自分の可愛い息子のように感じるのだ。








楽観的になれない時にどうするか

数年来なかったような、気分の良い目覚めだった。
睡眠時間は、相変わらず4時間位なのだけれども。
変な話だが、映画『太陽がいっぱい』で、24歳だったアラン・ドロンが演じたトムが、最後、「いい気分だよ」と、本当に爽やかな顔で言う場面を思い出す。
その時トムは、友人を殺し、金を奪い、女を騙し、逮捕される直前で・・・ただ、本人は全てうまくいったと思い込んでいたのだが。
私は別に、殺しても、強奪しても、騙してもいない。
この魂の落ち着きを感じる静かな気分は、明日が初音ミクさんの記念すべき10回目のお誕生日で、ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」がもうすぐだということが実感されてきたからだ。

だけど、小学生や中学生、あるいは、高校生にとっては、夏休みは、今日を含めて、後2日しかない。
さあ、どうすれば良いかというと、どうにもならない。
何か重い問題が起こると、「楽観的になれ」と言う人もいるが、これって無責任だなあと思っていた。
手を施さないと破滅するのに、手を施す力が自分にない時、どう楽観的になれってんだ?
そして、手を施すことが出来ない問題は多い。
実は、私も、この数ヶ月、「一難去らずに(去らずにだ)また一難」、次々に苦しい問題が起こり、その上、ミクさんのコンサートのチケットは全然取れず、いい加減、嫌になっていたところだった。
ところが、最近になって、問題は奇跡のように次々に解決していったのだ。
それで、「楽観的になんかなれるか!」という状況は多いかもしれないが、それでも、楽観的になるべきなのだと思ったのだ。
天災のような、人間にはどうしようもない問題であっても、問題を大きくするのは人間である。
地震の後、被災者の不幸に付け込む不届き者が、何と他県からもやって来たりとかね。
ほとんどの問題は、人間同士の間で起こり、敵と味方の構図になる。
味方がいない場合はあるが(私の場合はほとんどだ)、敵は必ずいる。
その敵を思いやれば、楽観的になり、問題は不思議と解決する。
別に、敵のなすがままにしろとか、敵に白旗を上げろと言っているのではない。
少しで良いから、「こいつは、こうするしかないんだ」と理解してやることだ。
分かるはずだ。
なぜなら、敵とは自分なのだからだ。

人を呪わば穴二つとか。
この「人」とは、敵のことだろう。
だから、この言葉は、正確には、敵を呪わば穴二つである。
そして、敵は自分なのであり、敵を呪うことは、自分を呪うことなのだ。
手遅れでも、ほんの少しでも、何もしないよりは何かすれば、状況は動く。
何もやることがないなら、掃除をすれば良い。
掃除というのは、あらゆることに対する有効な手段だ。
だが、最も強力な手立てとは、自分である敵を思いやることだ。少しでいいから。
自分を甘やかしてはいけないのと同様、敵も甘やかしてはならない。
だが、思いやることである。
それが、神の意思を行うことなのだと思う。
そうしたら、どうしても取れなかった、マジカルミライ2017の、土曜夜のライブのチケットを譲ってもらえることになった。
もう、最前列中央でも、最後列の端でも、全く同じだと本当に思う。








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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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