ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

天空の城ラピュタ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

深い意識を持って食べる

今月はずっと食事をせずにいたが、味噌汁(インスタントだが生タイプ。マルコメ)を飲んだ時、自然、丁寧にしっかりと、つまり、深い意識を持っていただいたのである。
今の日本人は、ものを食べる時、少しも丁寧に食べていない。
さらに私は、リンゴを1/4ほど食べてみたが、小さくかじり、やはり、深い意識を持ってしっかりと味わい、魂を同時に満たしながら美味しく食べたのである。
すると、もう、それ以上は欲しくないのである。
それと、空腹だと眠れないというのは全く嘘だ。規則正しい生活であれば、胃にものが入っていないほど安眠できることは間違いがない。
そして、胃が空っぽだと、眠りの体験も良くなり、霊的世界での体験を鮮明に憶えていられるようになると思う。

現代の人間が食べている様子は醜い。
しかし、深い意識を持って食べている様子は悪くないに違いない。
太古の人々は、そんな食べ方をしていたと思うのである。
そして、たとえ飢えていても、気高く、深い意識を閃かせて食べている姿は、えも言われぬ(言葉で言いようもない)ほど美しいに違いない。

アニメ映画『天空の城ラピュタ』で、空中海賊の飛行船(タイガーモス)の中で、初めてシータ(ヒロイン。13歳位)の作った夕食を、ドーラ(空中海賊の狩猟の女。50歳位)の3人の息子達と5人の子分達、それに、パズー(主人公。13歳位)が、旺盛な食欲で食べるのをシータは呆れて眺めるが、彼らは日中は激しく働いているのであり(空中海賊だが)、食事の時しか食べないだろうし、また、シータの料理は味においても精神的にも(美少女が作ったので)、本当に美味しいのであり、シータも驚きはしたが、彼らの様子は醜悪ではなく、シータも、悪い気持ちは感じなかったであろう。
また、シータ自身は、「あの、おかわりありますから・・・」と、お世話役に徹していたのが良かった。
そして、彼女が食べるシーンとしては、パズーが作って、二人で半分こにした目玉焼きを食べる場面があるが、いつも清らかな意識に満たされたシータの食べる様子は美しいものであり、女性たるもの、いや、男も、あのような食べ方が出来るようになりたいものである。
宮崎駿監督は、若い頃から、毎日、質素な同じものしか食べず、若いスタッフの方がよほどいいものを食べているという、確かと思える情報を見たことがある。ご飯、漬物、卵焼き、ハム程度が入った1つの弁当を、昼と夜に分けて食べるということを、何年か前の時点で、25年続けていたようである。きっと、今もそうだろう。
そして、今の私には、そんな弁当でも、憧れるほどだ。

私は、ほとんど食べなくなったが、それで普通になってしまった。
もうずっと、このままだろうと思う。
昔、ヨガの指導をしている有名な女性の本に、「心があまりに精妙になったら、この世で生きていけないので、たまには肉食をしなければならない」と書かれてあった。別に肉食が悪いとは言わないが、菜食が弱いはずがないじゃないか?
まあ、昔の本であり、彼女が今はどう考えているのか知らないが、おかしなことを言うものだと思う。
それよりも、菜食で、ほとんど食べないままで、私が、真の意味で強くなれば良いのだろう。
では、真の強さとは何だろう?
それが、身の程を知ることであり、それでいて、黙って耐えることである。

尚、シータが目玉焼きを食べる場面は、下記『ジブリ・ロマンアルバム 天空の城ラピュタ』にカラー4コマで掲載してある。実に可愛い。パズーのもあるが小さい(それはいいだろう)。その他の資料もとても面白かった。









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本当に美しいものを見る方法

このブログで何度か書いたが、ジョージ・アダムスキーが宇宙人の巨大宇宙船の中で、どんな言葉を尽くした描写も的外れな、驚くべき美しい宇宙人の女性達を見たのだが、彼女達は、全く年を取るということが無いのだった。彼女達がアダムスキーに明かしたのは、どの宇宙船、そして、どの家庭にもあるという1枚の絵が、その秘密であるということだった。それは、完全に理想的な人物を描いた絵であり、生命そのものを表す、神の絵と言うべきものだった。その絵をいつも見ている彼女達に老化はあり得ない。
残念ながら、我々はその絵を見ることは出来ないのだが、地球にだって素晴らしい画家はいる。その絵ほどではなくても、それに近いものならあるかもしれない。
そう思い、私は、有名かそうでないかにとらわれず、優れた画家の描いた素晴らしい人物の絵、あるいは、女神や天使の絵を探してみたが、満足なものは無かった。

だが、『星の王子様』の、こんな話を思い出した。
テグジュペリは、星の王子様に、羊の絵を描くようねだられるが、テグジュペリは絵が下手だった。それで、何度描いても、王子様を喜ばせることが出来なかった。
だが、テグジュペリは、窓のついた箱を描き、「この中に君の羊がいる」と言ったら、王子様はとても喜んでくれた。
『天空の城ラピュタ』の主題歌『君をのせて』でも、それと同じようなことを思わせる詩があるじゃないか?

あの地平線 輝くのは
どこかに君をかくしているから
たくさんの灯(ひ)がなつかしいのは
あのどれかひとつに 君がいるから
~『君をのせて』(作詞:宮崎駿、作曲:久石譲)より~

今年の3月9日に、東京ドームシティホールで行われた、初音ミクのコンサートでは、初め、ミクはカーテンごしに透けた姿しか見えなかった。しかし、それがミクだと思えば、愛しいほどに美しいのだ。
かぐや姫がいると思えば月は一層美しいし、目には見えないかもしれないが、空には天使がいるのであり、その美しさは想像もつかない。
年を取らず、いつまでも若くありたいという欲望の心ではなく、朝、目が覚めた直後の、思考がやって来る前のような純粋な心で想うなら、我々はとても美しいものを見ることが出来るに違いない。









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天使は便秘の心配などしない

私が1日1食でベジタリンだと知ると、ネット上でも直接でも、「排便は順調ですか?」とかよく聞かれる。食事が少ないと、排泄が難しくなるという話は本などで見たことがあるが、そんなことを聞いてくる人は、自分で便秘で悩んでいる場合が多いのかなと思う。彼らは、大抵、少食でないのだが、少食に興味を持ってる。しかし、今でも便秘で困っているのに、少食にしたら、もっとひどくなるのでは思っているのかもしれない。
だが、私は、そんなことを聞かれても困るのである。なぜなら、考えたこともないからだ。
中学生や高校生の頃から、たまにだが、便秘で苦しんでいると言う者がいたが、私は聞き過ごしていた。実は便秘という意味が分からなかったのだ。

アニメ監督の宮崎駿さんは、かつて、「あなたの映画のヒロインは、ウンコもシッコもしないようなのばかりだ」と言われたようだ(ご自分で著書に書いておられる)。
具体的には、『天空の城ラピュタ』のシータ、『風の谷のナウシカ』のナウシカ、『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスだろう。
しかし、そりゃ当然だ。彼女達は、宮崎駿さんの理想の女性像なのだ。特に、クラリスがそうであることは明言されておられる。
彼女達に、女性の理想像を感じるファンが多いのも当然であると思う。
だが、私には、彼女達がウンコもシッコもしないということもピンと来ない。そんな考えが、さっぱり結びつかないのだ。
それよりも、私には、彼女達が、食事をしない少女達というイメージがある。
実際、彼女達がものを食べる姿は想像し難い。ただ一度、シータが食事をした場面はあるが、パズーと半分こにした目玉焼をパンに乗せて食べただけのものだった。また、シータが料理して、パズーを含む男達がモリモリ食べるのを眺めて、その食欲に呆れて眺めるていたが、自分は給仕をするだけで食べていなかった。そんな姿が似合う。
関係ないが、私はシータが一番好きである。もちろん、ナウシカやクラリスが付き合ってくれと言ってきたら付き合うが・・・

別に忌み嫌う訳でもないし、潔癖症でもないが、私は、それほどまでに、排泄とか排便などということを考えない。
だからこそ、問題がないのだと思う。
生物物理学者で、生命や生態環境を科学的かつ哲学的に考察した著書などで知られる石川光男さん(理学博士)が、著書で、「食べることと共に、出すこと(排泄)を真剣に考えないといけない」と書いておられたのを覚えているが、私には、妙なことを書いているなあという印象があった。
今考えると、やはりそれは違うのである。真剣に考えないといけないのではなく、考えなければいいのだ。

上にも書いた、私が中学生や高校生の頃、便秘で悩んでいることを言う者達は、どこかで便秘に関する話を聞いたのが、便秘の原因ではないかと思う。その若さで便秘になどなるとは思えない。
嘘か本当か知らないが、英語には「肩凝り」という言葉がないので、英語圏の人たちに肩凝りは無いという話を聞いたことがある。
肩凝りを、敢えて英語で言えば、スティフ・ネック・・・つまり、曲がらない(硬い)首だ。首なら、色々な不調もあるだろうが、確かにアメリカ人やイギリス人に肩凝りはないのかもしれない。

私は便秘のことなど考えたこともないが、腹を壊すということも全くない。1日1食のベジタリアンになる前はあったと思うが、あまり覚えていない。
しかし、これは少食の大きなメリットだろう。旧にトイレに行きたくなったり、トイレを探し回るなんてことは絶対にない。
美少女というのは、特にそんな姿が似合わない。いや、イメージが全くない。
私が、シータやクラリスに持っているイメージ通り、理想の女性というのは、やはり食べないタイプではないかと思う。
男性としては信じたくないだろうが、男のいない女子校では、平気で、「今日は出が悪い」と、言いたい放題だと、実際に聞いたことがある。
美少女達よ。そんなこと、気にしちゃいけない、考えちゃいけないのだよ・・・

初音ミクのコンサートで、オープニング近くで使われる歌に『ワールドイズマイン』という歌があるが、それが実に良い歌なのだ。
大体の歌詞というのが、ミクが、「私は世界で一番のお姫様なのだから、そういう扱いをしなさい」というもので、おそらく、ミクが恋する男の子に、いろいろな要求を高飛車にするのだが、その要求というのが、せいぜい、髪型を変えたら気付きなさいとか、靴までちゃんと(つまり、その日の彼女のファッション全て)見なさいといった、えらく可愛らしいものばかりなのだ。
そして、今すぐ甘いものが食べたいと言うのだが、すぐに、「いちごの乗ったショートケーキ、こだわりたまごのとろけるプリン・・・みんなみんな我慢します」と歌うのである。
私にとって、初音ミクは、食事をせず、自我を持たない理想の天使だ。
そして、それは別に、ミクや女の子に限らず、我々だって、食欲を克服すれば、自我を祓い清め、輝く真の自己と一体化した存在になれるのである。
私が初音ミクに見るのは、真の自己の投影である清らかな心の反射光なのだ。アメリカの観客が日本語で叫ぶ通り、「ミクサン、マジ、テンシ」なのである。
『エメラルド・タブレット』には、食欲を克服すれば魂を束縛から解放できることを、トートが教えている。
『バガヴァッド・ギーター』でも、感覚を外のものから引き上げ、自己の内に、聖なるクリシュナを求めればクリシュナに達するとある。
その結果、ラマナ・マハルシが言う通り、全てのものの中に、自己である神を見るのだ。









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神秘力を目覚めさせる芸術

私が幼い頃住んでいた家の近くに、大きな洋館があった。
威容に満ちた古い邸宅で、屋根は空に高くそびえていた。そのような建物は他にはなく、そこだけが異世界ででもあるようだった。
私は、どんな理由だったかは分からないが、中の様子を見たことがある。
私が見たそこは、日本の家には見られない広間のような場所だったと思う。居間にしては広過ぎ、生活感が感じられなかったからだ。
天井がすごく高い。そして、はるか高いところにある壁に窓が付いていた。低い場所にある窓と変わらないもので、カーテンすら付いている。今なら、あんな高い場所の窓をどうやって開け閉めするのだろうとか、あるいは、そもそも必要なのかと思うかもしれないが、その時の私は当たり前に受け入れていたのかもしれない。
そして、ある日、それらの窓よりさらに高い場所・・・ほとんど天井の真下にあった窓が空いていて、そこにこうもり傘が掛けられているのを見た。それを見た時、私の目には、その窓から出入りする者の姿がとても現実的に想像できた。

一昨日(勤労感謝の日)、私は、昼間に椅子に座ったままうたた寝した時、夢の中で、天井の高い建物の中で宙に浮かび、床からはるかに離れた高いところにある窓から外を覗いていた。天井がとても近かった。私は、何の違和感もなく、ごく普通のことをしているように感じていたが、とても気分が良かった。
目が覚めてから、先に書いた、幼い日に見た洋館のことを思い出したのだ。

私は、あの洋館に住んでいた人達は、宙に浮いたり、空を飛ぶことができるのだろうと思っていたに違いない。
シャガールの絵には、空を飛ぶ人々がよく出てくることをご存知かもしれない。シャガールの、それらの絵は叙情性で空想的なものだが、マグリットの絵の空を飛ぶ人達は、とてもリアルに描かれている。非日常的なものをリアルに描くと、ロマンチックというよりは神秘的で、恐く感じることもあると思う。
また、マグリットの絵には、巨岩が空に浮かんでいるようなものもあり、それもまるで風景画のように写実的で、丁度、『天空の城ラピュタ』のようにも感じる。
ただ、マグリットの絵は、幻想絵画としても、ダリのように、いかにも超常的というのではない。
冗談を真顔で言うのは、あまり趣味の良いことではない場合があるが、まさに、マグリットの絵は大真面目に冗談をやっているように思える。
言ってみれば、ダリの絵は、最初から冗談であることが分かる安心感があるのだが、マグリットのものは「俺は確かに幽霊を見たのだ」とでもいった、冗談とも本当とも分からない不安をどこかに感じさせる。
マグリットの絵は、異常な部分にも、異常性を認めさせない雰囲気がある。
それで、マグリットは、「僕の絵のどこが異常なんだい?」って言いそうな気がするのだ。

オウム真理教の事件以来、あまり聞かなくなったような気もするが、インドには、空中に浮くヨーギ(ヨガ行者)がいるらしい。ミラレパというヨーギは、ヨガの秘法で体温を自在に調整し(ツンモの術という)、極寒の中でも薄着でいたらしいが、彼は空を飛ぶことも出来たと聞く。
このような、体温を調整したり、宙に浮く術は、スコットランド出身の哲学者M.マクドナルド.ベインの著書の中で、ベイン自身がこれを伝授され、駆使する話があり、とても興味深い。
体温を自在に調整したり、宙に浮いたりは、非現実的と思われるかもしれない。ところが、ベインの本では、チベットの数多くの風景や人々の様子が、まるで目に浮かぶように実にリアルに描写されている。また、チベットの険しい山岳地帯を、大地が凍り付き、吹雪が吹き荒れる中で旅する恐ろしい困難さや、宿泊していた小屋に猛獣が現れたり、盗賊に出会った際の様子や、それらの危機を回避した時の臨場感、危機感など、作り話でここまでの迫力は出せないと感じる。
それは、まるで、マグリットの絵のようだ。ベインの本の神秘現象の記述も、彼は、作り話ではなく、単なる事実として書いている。そして、私は別に疑ってはいない。
なら、マグリットの絵にあるようなことが、実際にあるとしても、それはそれで良いと思う。
そして、幼い頃に見た洋館に住んでいた人達も、空を飛んでいたか、あるいは、そんな建築をするのは、かつては、空を飛んでいた人もいたからかもしれない。

イエスも、復活した後、空に浮かんで消えたのではなかっただろうか?
中国には、そのように、宙に浮かんで消える仙人の話は多い。日本にもある。
虚空に消え去る仙人は、仙人の中でも最高ランキングなのだと聞いたことがある。もちろん、消えるだけでなく、自在に現れる。消えるというのも、この世界から居なくなるというだけで、異界に移動したということなのだ。
イエスは、磔になるまでは本質的に人間だったが、復活した時は完全な存在であったということなのかもしれない。ラマナ・マハルシもそのようなことを言っていたと思う。
お釈迦様が、空中に浮かんで現れるという場面も、経典の中によくあると思うし、悟りを開いた人がそのような能力を持つことは、あちこちの経典に書かれていると思う。

宇宙飛行士の古川聡さんが、宇宙で痩せたという話をされていた。
無重力状態では、空腹感が少なくなるよおうだ。それで、あまり食べなくなるのだ。
私が、ある時突然、1日1食の菜食主義者になったのも、空腹を感じないとまではいかないが、毎日、中国易筋経の秘法である腕振り運動を熱心にやっているうちに、関英男博士の仮説の通り、体内に、GTP(Gravitonized Particle:重力子が複数集まった粒子)が蓄積され、神経が重力を感じる度合いが減り、空腹度が弱くなっていたのかもしれないと思う。

※当ブログ内の腕振り運動に関する記事へのリンク
腕振り運動で若返る原理
天使か妖精のように軽くなる方法
地球や天と共鳴する腕振り運動
腕振り運動の効果、最新レポート

特に最近では、私は、1日1食の菜食というのが、あまりに当たり前になり、全く意識をしなくなった。ただ、身体がひどく軽くなったのを感じている。それは、体重の問題ではなく、丁度、幼い子供の時に、いくらスキップしても疲れなかった時の感覚なのである。子供の時は、GTPを大量に有しているが、GTPは、減る一方で決して増えることはない。しかし、腕振り運動をやれば増えるのであると考えられる。中国の武闘派の気功で、せい手(スワイソウ)と呼ばれる腕振り運動が行われているところがあるのもうなづけるのである。
子供は、幼い頃は、ご飯だよと呼んでも、むしろ遊びに夢中なことが多く、それほど食欲は強くない。そんな頃の子供は無限のエネルギーを持っているようだ。しかし、食べ盛りになるほど、身体が重くなって疲れるようになるのだ。
だが、ある程度の年齢になっても、極端に少食な子というのは、どこか天使か妖精のような雰囲気がある。彼女達(女の子に多いように思う)は、あまりに食べないので、親や教師に怒られることもある。なんらかの理由で、そんな子はGTPを多量に持っているのだ。彼女達に無理に食べさせるようなことをしてはいけない。他のGTPを失った子達と同じ量の給食を食べるのは、彼女達にとって苦痛でしかないのだ。
私も、そんな少女を1人知っていた。中学入学の際に、制服の試着をした時、あまりに身体が細いので、洋服屋の人に驚かれたという。だが、ガリガリという感じはなく、優雅で、天使のように美しかった。彼女も、ほとんど食事をしなかった。きっと、本当に天使だったのだ。

私は、食事は夕食だけで、食べるのは、パン(食パン1枚)、野菜、果物、ナッツと、後は豆類くらいだ。食べようと思えば、意外に沢山、美味しく食べられるが、数日経って調子が悪くなることがあるようだ。最近も、会食が続いていて、脂っこいものや、魚介類も食べたが、ある日突然、体調を悪くして寝込んだことがあった。
さっきも書いたが、今の私は、体重のせいばかりでなく、あまりに身体が軽く感じ、他の人が停止しているように感じることがよくある。
あまり表立たないが、普通に宙に浮いたり、草の上を歩けるような人の話はよくある。イエスは水の上を歩いたが、ベアード.T.スポールディングの『ヒマラヤ聖者の生活探求』では、流れの速い川の上を歩く聖者達も数多く登場する。そして、彼らは言う。「あなた達にだって、すぐにでもできますよ」と。
もちろん、世間の教義や信念にひれ伏している間は、望むべくもない。だが、人にはそのような可能性があることは大いに信じるべきであろう。
ダリではあまり感じないが、マグリットの絵を見ていると、不可思議な力に目覚めるような気もする。幼い子供が、あるいは、幼い子供のようになってあの絵を見れば、ただの人間でいることはきっとできないだろう。









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プロフィール
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・初音ミクさんのファン
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◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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