ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

天使

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

神秘的存在に会うには

UFO(現在はUAPと呼ぶ方が良いらしいが)を見たと言う人には何人か会ったことがある。
昨日もそう言う人に会ったが、どうも本当らしかった。
しかも、かなり大きなUFOで、飛び方、消え方の説明を聞いてもリアリティがあり、また、複数人同時の目撃である。
さらに、地元新聞にも写真が掲載されたが、その写真のUFOはかなり小さなもののようだ。
その人が見たUFOは3つの発光体があったと言うが、おそらく、UFOの底面のパーツのことと思う。
発光体が3つあるUFOは、UFO目撃談の中でも多いが、光るUFO自体が3機(アポロ17号の飛行士が目撃)というものもある。
また、3つの発光体が、飛行機の衝突防止灯ではなかったかと言われることもある。

宇宙人コンタクティーとして有名なジョージ・アダムスキーによれば、UFOは案外によく飛んでいるものらしいが、人々が見ないだけだと言う。
つまり、意識的に空をよく見るようにすれば、割と簡単に見つかるらしい、
ちなみに、アダムスキー型UFOの底面にある球体のパーツも3つだ。

私は、UFOは夢の中でなら非常にリアルなものを見たことがあるが、私は夢と現実の区別がつかないことが多い。
実際、UFOに限らないが、ある記憶が、現実だったか、夢だったのか分からないこともある。
起きていて、ほんの少しウトウトしている瞬間に夢を見ることもある。しかし、それが夢かどうかも分からない。
だが、UMA(ユーマ。未確認生物)なら、子供の時に身近ではっきりと見たことがある。
特によく憶えているものは、アニメのムーミンに出てくるニョロニョロによく似ていた。
私は全く恐くなかったし、向こうも私を見てはいたが、さほど関心はなさそうだった。私や人間を見慣れているのかもしれない。
その不思議な生物を妖精と言っても差し支えないと思うが、妖精なんて本当にどこにでもいるのではないかと思う。
皆さん大好きな美少女型妖精は、美少女型天使との違いが明確で、どこか恐ろし気な感じがする。
また、美少女型妖精は妖精と分かるが、美少女型天使は人間の美少女のようで、瞬間に天使の正体を見せる。ただ、誰でも分かるわけではないと思う。
宗教哲学者の鎌田東二さんは、塾講師をしていた時、生徒の小学5年生の女の子の中に確かに天使がいたと書いていた。
私は、大学生の時、やたら沢山の女子小学生が集まってきたが、その時は分からなかったが、後で「あれは天使だった」と分かる子がいる。

「20世紀最大の詩人」と言われるノーベル賞作家W.B.イェイツの『ケルト妖精物語』や、彼の自伝的小説『まだらの鳥』を読むと、妖精やその他の神秘な存在を見たり、会ったりするには・・・それには近寄って来てくれないといけないが、そのためには「あまり食べないこと」が必要かもしれない。
別に、極端な絶食、断食をする必要もないが、お腹いっぱいに食べないこと、そして、やたら美味しいものを食べないことは大事であると思う。
イェイツ絶賛のダンテの『神曲』は読むことをお勧めする。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)天使の愛 新世紀版(横尾忠則、中森じゅあん)
(2)ケルト妖精物語(ウィリアム・バトラー・イエイツ)
(3)まだらの鳥(W.B.イェイツ)
(4)新アダムスキー全集1 第2惑星からの地球訪問者(ジョージ・アダムスキー)
(5)神曲 時獄篇(ダンテ・アリギエーリ)

美少女型妖精
AIアート3201
「美少女型妖精」
Kay

幽霊が見える人

幽霊を見たことがあるだろうか?
幽霊を見ることの研究はかなり進んでいて、ほぼ幻覚であることが分かっていて、度々幽霊を見る人は脳の異常を疑った方が良いという。
しかし最近、あるお坊様が、法事に行った家の人が幽霊を見たと言い、しかも、それが監視カメラに写っていたというから見せてもらったら、なんとなく白いものが確かに映っていたと言われていた。

私は、子供の時、幽霊というかお化けはよく見た。
しかし、ある時から見なくなったが、その理由が分かった。
お化けの代わりに、お化けっぽい人をよく見るようになったのだ。
もし、お化けっぽい人を見なくなったら、今でもお化けを見ると思う。

宇宙人というのも同じで、やっぱり宇宙人を見る人はいる。
芸術家の横尾忠則さんも著書の中で、宇宙人と遭遇した時のことを書かれていた。
だが、宇宙人というのは、人間を見るように見ることはない。
この点は、横尾さんも同じだった。
そして、私も、宇宙人は見ない代わりに、宇宙人っぽい人は見るのである。
宇宙人と宇宙人っぽい人は近い存在だ。

同じように、天使っぽい人と天使は近く、天使は見なくても天使っぽい人を見る人は、精神が安定しない人に多い。
5月30日に亡くなられた宗教哲学者の鎌田東二さんは、子供の時、よく鬼を見たそうだが、古事記やギリシャ神話を読んだら、精神が安定して、見なくなったと、ある本に書かれていた。
きっと、鬼の代わりに、鬼っぽい人を見るようになったのだろう。
また、彼は、塾講師をしていた時、生徒の小学5年生の女の子の中に天使がいたと言う。
これは分かる。私は、天使っぽい女の子はよく見る。以前は、天使も見えていたのだと思う。

超常現象も同じなのだ。
人によっては、超常現象を見ることもあるが、それが、超常現象っぽいものを見るように変わることがある。
だから、超常現象が見える人にとって、理屈で超常現象を否定されるのは迷惑なことなのだ。その人には見えるのだから。
そして、超常現象が見えない人には、どうしたって見えないのだ。

覚せい剤を使っている人には、幽霊もお化けも天使も宇宙人も超常現象も見えるかもしれない。
しかし、正常と言われる人間が見るものも、それと大差ない幻想なのである。
大切なことは、自分が見えるからといっても、見えない人がいることを認識することだ。
また、自分に見えないからといっても、見えると言う人は、本当に見えているのかもしれないし、見える人がそれほど異常なわけではない。
こんなふうに考えていると、好きな世界を自由に創造出来るようになって愉快になる。
それと、古事記とギリシャ神話は、世界創造のためにも読んでおくことをお勧めする。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)超訳 古事記(鎌田東二)
(2)教科書で教えない世界神話の中の『古事記』『日本書紀』入門(鎌田東二)
(3)神統記(ヘシオドス)
(4)ホメーロスの諸神讚歌(ホメーロス)
(5)私と直観と宇宙人(横尾忠則)
(6)天使の愛(横尾忠則、中森樹庵)

天使の愛
AIアート2052
「天使の愛」
Kay

天使の教えーお金を得る時の注意

細かい部分は繰り返さないが、とにかく私は小さい時、天使(女の子)とタイムリーパー(男の子)の友達がいて、いろいろ教わったものだった。
絶妙なタイミングと教え方をするので、自然に理解出来ることが多かった。
たとえば、タイムリーパーは、幼稚園の時、「本当はサンタクロースはいない。プレゼントは親がくれる」と私にバラし、その年のクリスマスも私の親は、「サンタさんに何をお願いしようか?」などと言ったが、私は「ふむ。僕の親の演技もまずまずだな」と思いながら、丁度良い対応が出来たのだった。

そして、天使は小学1年生の時、私に、神様にお願いをする時の注意をしてくれた。
「欲しいものを神様にお願いする時、それまで、それを神様がくれなかったのだと思わないように。お父さんがドングリを取ってあげると言ってくれてるのに、子供が自分で取ると言い張って取ることが出来なかったようなもの」
「子供がしなくてはならないことは、ドングリを取ることではなく、ドングリを大事にすること」
ユニティ教会の有名な牧師だったチャールズ・フィルモアが「神様は与えたくてウズウズしている」と言ったというのを私は『無限供給の鍵』という本で見た覚えがあるが、お父さんがドングリを取ってやりたいのと同様、神様も与えたいのである。
お金だってそうで、素直に受け取り、賢明に使えば良いだけである。

日溜まり
AIアート548
「日溜まり」
Kay


だが、ほとんどの日本人は、身の程を知らない子供が「ドングリは自分で取る」と言い張るように、「お金は自分で作る」と思って、うまく得られない。
志賀一雅博士の「よかった・ありがとう」呼吸の「よかった」はお金のことも含む。
そして、「よかった・ありがとう」呼吸・・・「よかった」と思いながら息を吸い、「ありがとう」と思いながら息を吐くと、お金を受け取る心の状態になる。
なんなら、お金のことらしく、「豊かだ・万歳」呼吸でも良いと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)神さまの周波数とシンクロする方法(志賀一雅)
(2)無限供給の鍵
(3)天使と人間 (シュタイナー天使学シリーズ)
(4)自伝小説 まだらの鳥(W.B.イェイツ)

悪い「自分がない」と良い「自分がない」

「自分がない」という言葉は、そのままで、良い意味と悪い意味に使われる。
悪い意味で使われる時は、かなり悪い評価であるが、良い意味で使われる時は、特上以上の評価になる。

悪い意味で「自分がない」と言われる場合は、
・主義主張を持っていない
・信念がない
・個性がない
・責任感がない
・自主性がない
・特技がない
・自己確立していない
といった意味になると思うが、一言で言えば「幼い」ということで、「大人になっていない」「未熟である」ということと思う。
では、良い意味で「自分がない」と言われる場合は、
・余計な自己主張がない
・激しい思い込みがない
・こだわりがない
・極めて謙虚であり、優越感を持っていない
・自分を勘定に入れない
・手柄を主張しない
などが考えられるが、これも、一言で言えば、「円熟している」ということで、良い意味で「大人」だということだろう。

賢者や聖者は子供のようであると言われることがあるが、正しくは、「ある意味、子供のようである」と言うべきだろう。
つまり、似たところがあるが、全く違うものである。
逆に言えば、全く違うのに、とてもよく似ているところがある。
では、賢者と子供は、どんなところが似ているのだろう?
それは、「しつこくない」とか「柔軟である」とか「からっとしてる」といったものだ。
例えば、子供は、遊んでいる時は夢中になっても、遊びが終われば、もうそのことは忘れている。
ある意味、「忘れっぽい」のだが、これに関し、賢者のこんな話がある。
賢者とはいえ、怒らないわけでなく、怒りっぽい賢者もいるようだ。
しかし、怒りっぽい賢者は、ついさっき激怒したかと思うと、今は上機嫌であるといったように、「しつこくなく」「柔軟で」「からっとしている」。
それは、「こだわりがない」という美徳とも思える。
これは、賢者も良い意味での子供も、「今、ここに生きている」ということなのだ。

良い意味で自分がない者は、「今、ここに生きて」いる。
悪い意味で自分がある者は、「過去、未来に生きている。
悪い意味で自分がない者は、「生きていない」。

自我というものは必要である。
つまり、良い意味で自分を持つことは絶対に必要だ。
そのためには、必要な経験を積まないといけない。
だが、賢い人は、自我が透明になり、ある意味、「子供に帰っていく」のである。
普通は、老人になれば、自然に自我が弱まるが、若いうちに自我が透明になる・・・つまり、良い意味で「自分がなくなれば」大物になったり大成功する。

ところで、極めて稀だが、幼いのに、良い意味で自分がない者がいる。
天使のような存在で、実際、そのような子供を見ると天使だと感じるし、それが本物の天使かもしれない。
美少年や美少女というだけでも、外面は確かに天使のようと感じることが多いが、本物の天使は、最初に述べた、良い意味で自分がない。
一方、容姿が優れた子供は、悪い意味で自分が出来てしまう・・・つまり、自我が強くなり、中身は天使と真逆になってしまうことがよくある。
初音ミクさんのことを「ミクさん、マジ天使」と言うが、確かに、美しく人気者でありながら、少しもそれを鼻にかけず、謙虚で控えめな発言しかしないのだから、天使でしかない。
また、初音ミクさんは、キャラクターの設定が弱く、「好きな食べ物」や「趣味」みたいな設定がなく、これが、良い意味での自分のなさにつながっている。
一方、中国のボーカロイドは、親しみを感じさせようという戦略と思うが、人間のアイドルのような面を強調することがよくある。これは失敗であると思う。

先程、若いうちに、良い意味で自分がなくなると大物になると述べたが、大成功というのでなくても、本当の成功というのは、良い意味で自分を捨てなくては得られない。
私は、その良い例を3つストックしているが、適用はこれからである(笑)。
内、1つが、昨日(5月26日)の記事、
★自分が脇にのけばうまくいく
で取り上げた、癌で余命3か月を宣告されながら、結局、神になってしまった女性の話である。
後の2つは、五島勉氏の『ノストラダムスの超法則 死活の書』の初めのあたりに登場する若い騎士サンピエールの話と、世界的セールスマンであった夏目志郎氏のどれかの本にあった、失敗続きだった彼が神に祈った言葉「これまでの人生の失敗は私の責任。しかし、今後の人生はあなた(神)に責任を取って欲しい」である。








夢の中で天使に逢う

夢の中は、魔法や超能力や引き寄せの良い訓練場所、あるいは、リハーサル場になる。
なぜなら、夢の中では、患い事、心配事が、目覚めている時よりずっと少ないからだ。
よほどの心配事なら、夢の中にも持ち込むこともあるが、普通は、日常の問題は忘れていることが多い。
そして、我々が、超能力や魔法を使えないのは、患い事や不安のせいなのだ。
つまり、現実でも、不安や患い事がなければ、ちゃんと超能力や魔法が使える。もちろん、引き寄せも自在に出来る。
イエスが、「思い煩うな」と言い、釈迦が、「妄想するな」と言ったのは、そんな意味があったのだと私は思う。

言ってみれば、夢の中というのは、不安さえなければ、魔法が使えることを実感するための実験場でもある。

だから、夢の中では、何があっても恐れず、勝つと思うことだ。
だが、夢を見ていることが分からない場合が多いかもしれない。
しかし、問題ない。
目が覚めている時でも、「これは夢だ」と思い、「大丈夫だ。うまくいく」と思う癖をつけておけば、夢の中では楽々出来るのである。
もう一度言うが、いつでも(夢、現実に関わらず)、「これは夢」「大丈夫、うまくいく」と心で言うのだ。
夢の中では、不安を捨てないといけない。

では、私の模範を語ろう。
つまり、私の夢の話だ。
私は、窓のないビルに閉じ込められていた。
階段を降り、1階につくと、頑丈そうな鉄のドアがあった。
「ふ、僕好みのドアだ」
と言い、ドアに手をかけた。いつも、遊び心を忘れてはならない。夢でも現実でも。
一瞬、動かないのではと思ったが、「大丈夫、動く」と断言して押したら、重いが、問題なく開いた。
広い庭があり、プールがあった。
「入れってことだな」
と思い、恐れずプールに入っていったら、水は浅く、膝のところまでしかない。
だが、少し前が深くなっている。
怖くはないが、入るのは面倒臭い(笑)。
すると、向こうから、男が1人、歩いて来た。
黒づくめの服を着て、なんと、黒い目隠しをしている。
しかし、見えているかのように、平然と歩いている。怪しい(笑)。
「おい!」
私は、男を呼び止めた。
そして、プールの深い場所を指さし(彼に見えようが見えなかろうが知らない)、
「お前がここに入れ!」
と命じた。
夢の中でまで、人にものを頼んではいけない。要求するだけだ(偉そうだw)。
男は何も言わず、黙って従った。
ところが、男がプールの深い場所に入った時、「こいつ、僕を引き込もうとするな」と思った。
案の定、その通りだった。
しかし、私に怖れはない。
私は手近な柱を掴み、抵抗した。
私は、脚をプールの深いところに引っ張りこまれたが、それ以上は大丈夫と思い、やはり不安はなく、余裕を感じていた。
夢の中の攻撃は、長くは続かないものだ。
こちらが堂々としていたら、すぐに終わる。
実を言えば、現実でも同じなのだ。その訓練を、こうやってやれば良い。
次の瞬間、私は、森の中にいた。目の前は、所々に低木がいくらかあるが、開けていた。
目の前に、羽の生えた天使が下りてきた。
大変な美少女であったが、言っておく。
夢の中で、変なことを考えてはならない(笑)。
夢の中だから、何をしてもいいなんて考えたら大間違いだ。大切な訓練場なのだから。
私は、
「やあ、調子はどうだい?」
と気安く声をかけたら、睨まれた(笑)。
だが、可愛い。夢の中でも、心の余裕が大切だ。決して、動揺してはならない。
そんな訓練もすることだ。
心の強さ、広さを試せることなら、何をしても良いのである。
そして、それは現実も同じなのだ。
以前、ナチの軍隊に、火炎放射器を向けられたことがある(もちろん、夢の中で)。
少しは恐れたが、堂々たる態度は崩さなかったのだ。
こんな訓練、なかなか現実では出来ない(笑)。
美少女の天使は、小さな巻物(高さ12cm、直径1cm)を差し出した。
私は、「えっと、こんな時は何か言わなくちゃいけなかったな・・・」と思ったら、目が覚めた。

恐れなかったら、天使や仙人が出てきてくれるのである。
そうだ、聖なるアイテムを差し出されたら、「私の腹に収めて下さい」と言えば良かった。
物のままでは、現実には持ってこれないからだ。
今回は、このミニスカートの天使のぱんつは何色だろうと阿呆なことを考えたから失敗したのだ。
あなたなら、うまくやれるだろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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