釈迦は、ある部族で「7つの繁栄の法」を説き、その部族はその法を守っているので繁栄を続け、その法を守る限り繁栄は終わらないという話が『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)に書かれている。
『大般涅槃経』は『大パリニッバーナ経』という呼び名が使われることもある。
その「7つの繁栄の法」を、『ブッダ最後の旅: 大パリニッバーナ経』(中村元訳。岩波文庫)から要約して引用する。
古い言葉のいくつかは普通の言い方に改めるか簡単な説明を加えた。

1.しばしば会議を開き、会議には多くの人々が参集する。
2.協同して集合し、協同して行動し、協同して部族として為すべきことを為す。
3.未来の世にも、未だ定められていないことを定めず、すでに定められたことを破らず、住昔(おうじゃく。昔と同じ)に定められた部族の旧来の法に従って行動する。
4.部族のうちの古老を敬い、尊び、崇め、もてなし、そうして彼らの言を聴くべきものと思う。
5.良家の婦女・童女を暴力で連れ出し拘(かかずら)え留めることを為さない。※拘(こだ。かかずら)わる:執着する
6.都市の内外の部族の霊域を敬い、尊び、崇め、支持し、そうして以前に与えられ、以前に為されたる、法に適ったかれらの供物を廃することがない。
7.真人(尊敬されるべき修行者)たちに、正当の保護と防御と支持とを与えてよく備え、未だ来らざる真人たちが、この領土に到来するであろうことを、またすでに来た真人たちが、領土のうちに安らかに住まうであろうことをねがう。

これを聞き、マガダ国の大臣ヴァッサカーラは、「このうちの1つを備えているだけでも、繁栄が期待され滅亡はないだろう」と釈迦に言った。
海外のことは知らないが、日本では、これらは全て守られておらず、よって衰退の一途である。
とはいえ、これらの一つ一つを守ろうとしても、それは無理である。
つまり、これらの法は守れない法であるり、釈迦は、「人に守れない7つの法」を説いたのである。
しかし、釈迦が昔、この法を説いた部族は、この法を守って繁栄しているという。
なぜそんなことが起こったのか?
そこに釈迦の秘儀がある。
以下は私の独断としておく。
釈迦は、その部族の人々の思考を消したのである。
思考が消えた人々は、教わらなくても、この法のようなことをする・・・と言うより拒否しないのである。
釈迦は、人々の思考が消えたかどうかのチェックポイントとして、この「7つの法」を示したのである。

妖精が住まう条件
AIアート620
「妖精が住まう条件」
Kay


悪しき人間とは「考えない人」ではなく「愚かなことを考えまくる人」である。
意識がありながら思考がない人は賢者である。
夢の中では、完全ではないが、意識がありながら思考しない。
なぜなら、夢の中で何かを考える必要がないからだ。
だから、夢の中では誰もが賢者である。
夢の中で大発見・大発明を行うことがあるのはそのためである。
どんな愚かな人間でも、夢の中ではなかなか立派なのである。
夢の中では、何でも分かってしまうのに、目覚めてしばらくし、思考が戻ってくると何も分からなくなる。
だが、この世を夢と見なし、そうであっても無茶なことをせず、穏やかにしていれば、この世は遊び場になる。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ブッダ最後の旅-大パリニッバーナ経(岩波文庫)
(2)リルケ作品集(『夢』『堕落』『白』など)
(3)荘子〈1〉 (中公クラシックス)
(4)正法眼蔵(ひろさちや訳)
(5)瞑想と潜在能力(中山正和)