ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

夢と現実

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

夢は現実で現実は夢

夢を見ている時、「これは夢だ」と気付いた経験がある人は割と多い。
しかし、目が覚めている時、「これは夢だ」と気付く人は極めて少ない。
夢は現実であり、現実は夢である。

我々が、現実が夢だと気付かないのは、ヴァジム・ゼランドの『タフティ・ザ・プリーステス』でも書かれているが、夢は非現実だと教えられたからということもあるだろう。
ところで、最近は、異世界もののアニメが物凄く多い。
これらの低レベルな異世界ものアニメも、我々の異世界の考え方を幼稚なものにしているので、現実が夢であることを分かり難くしている。
もしかしたら、これらの粗悪なストーリーの異世界ものアニメは、若い人の知性を破壊するために意図的に作られたのではと思うほどだ。

『俺だけレベルアップな件』は、異世界ものとは言えないかもしれないが、著者が天才らしく、異世界の概念をうまく表している。
つまり、人のスピリットが世界に影響するというか、世界を作るのである。
水篠旬の物語(俺だけレベルアップな件)では、慣れない読者のために、やや浅い書き方になっているが、水篠護の物語(俺だけレベルアップな件~ラグナロク~)では、かなり本格的になっていて、まるで『タフティ・ザ・プリーステス』の物語版と思うほどだ。

とはいえ、「ナ・ダーム呼吸」を粘り強く続けていれば、夢が現実で現実が夢であることが分かってくると思う。
「ナ・ダーム」呼吸とは、心で「ナ」と唱えながら息を吸い、「ダーム」で細く長く吐くという呼吸法だ。「ナ・ダーム」という言葉には何の意味もない。
「夢が現実で現実が夢」ということを表明するバシャールや江戸川乱歩の本にも、その雰囲気が現れていて、役に立つと思う。

※小説『俺だけレベルアップな件』『俺だけレベルアップな件~ラグナロク~』は、スマートフォンのピッコマアプリで無料で読める。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(2)未来を動かす バシャールが新たに語る、「最高の人生」にシフトする方法。
(3)左脳さん、右脳さん。(ネドじゅん)
(4)ナ・ダーム ~あなたの中の不思議な力~
(5)俺だけレベルアップな件 ※Amazon Prime Video

夢の世界
AIアート1571
「夢の世界」
Kay

現実を夢と同じにする話

眠っている時の夢の中で、これが夢か現実か判断が出来ないということがなかっただろうか?
一方、「これが夢であって欲しい」というセリフがよくあるが、これは、今が現実であるという認識があるから出てくる言葉で、起きている時に、これが夢か現実か判断が出来ないことは、まあない。

では、夢と現実で、何が根本的に違うか分かるだろうか?
それは、夢には時間というものがない・・・つまり、過去や未来がなく、今だけがあることだ。
それはそうだ。
夢の中で宮殿に住んでいても、別に不思議とは思わず、ずっと前から住んでいると思っているが、ずっと前なんて過去は実際には夢の中にはない。
言い換えれば、目覚めている時のような過去や未来は、夢の中では全て今の中にある。
そんなこともあって、夢の中では長い時間が経過しているような夢を、現実ではごくわずかな時間の間に見たりするのである。

そして、実を言うと、時間について言えば、夢の中の感覚の方が正しいのである。
現実にも時間がないことは、科学的にも証明されつつあると思う。
ではなぜ、現実には時間があるように感じるのかと言うと、現実の時間は心が作り出した幻想であるからだ。
世界的な数学者であった岡潔が「時間は情緒だと確信している」と言ったのも、情緒は幻想でしかないからだ。

推理作家の江戸川乱歩が、「夢の方が本当で、現実はまやかし」と常に言っていたのは、岡潔と同じことに気付いていたからだろう。
宇宙人バシャールが「夢の方がむしろ現実」と言ったのは、バシャールがやはり進歩した宇宙人だからか、バシャールのチャネラーであるダリル・アンカがそう思っているか、あるいは、そんな知識があるからだろう。

真昼の夢
AIアート618
「真昼の夢」
Kay


時間という幻想のない夢の中では、目覚めている時より制約が少なく、奇跡のようなことが簡単に起こる。
本当は、夢の中では何でも自由自在なのだが、そうでないのは、脳にストレスがかかっているからだ。
だから、大人になるほど、そして、社会的責任を感じるほど、夢の世界も窮屈になり、現実と変わらなくなる。
夢の中で締め切り時間に追われるなどは、相当脳が疲れているのだろう。
そこで、寝る前には出来るだけリラックスする・・・そのために、志賀一雅博士の「よかった・ありがとう呼吸」をしたり、ソルフォジオ周波数の音楽を聴いて、安らかに眠ることだ。尚、夜更かしは控えなければならない。
それで、夢を自由に構築出来るようになれば、現実も全く同じなのである。
起きている時も、これは夢と決めつければ、今この瞬間にのみ意識が合うようになる。
そうなれば、世界は自分の王国である。
「こうなればいいなあ」と思ったことがぽこっと起こるようになるだろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)時間は存在しない(カルロ・ロヴェッリ)
(2)神さまの周波数とシンクロする方法(志賀一雅)
(3)時間の終焉―J.クリシュナムルティ&デヴィッド・ボーム対話集
(4)人間の建設(岡潔、小林秀雄 )
(5)時間の発見―その本質と大脳タイム・マシン(コリン・ウィルソン、竹内均)
(6)心身の神癒: 主は、再び語られる ― イエス・キリストが語る「奇跡の14講話」
(7)ソルフェジオ・ヒーリング528~心身を整える5つの周波数(CD)

現実と夢が同じであることを遂に説明出来た(保存版)

「世界は自分が作っている」という言葉は、どうも誤解を招き易い。
「〇〇さんよ、私の恋人になれ」と命じてそうなる・・・というふうに、私が世界を作っているわけではない。
では、「本当の想いが世界を作っている」のかというと、それも違う。
たとえば、「俺の本当の想いは、皆が俺の言うことを聞く偉い立場になり、女子大生の彼女がいること」だとしても、そうなるわけではない。
あるいは、「いや、君の本当の想いは、安らかで愛ある生活をすること」だとか「私の本当の想いは、世界平和」だとしても、やはりそうはならない。

では、私の何が世界を作っているのかというと、『ラマナ・マハルシの教え』の中で、私好みの単純な言葉ではないが、適切に表現されている。
それは、「微細な想いの集まりから成る潜在的な傾向性」だ。
これを単純に言えば、「心の癖」「心のパターン」「心の色」と言えるし、こう言えば、少しはピンとくるだろう。
つまり、「自分の心の癖(パターン、色)が世界を作っている」のである。

そこで、心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものにすれば、世界は自分の好ましいものになると考え、「私は金持ちだ」「私はモテる」といったアファーメーションをしたり、好ましいイメージを度々想像して心の癖(パターン、色)を自分の好ましいものに変えようとする。
それこそ「口ぐせが人生を変える」とか言って、良い口ぐせを持てば良い世界になると言う人もいる。
しかし、それらは全部うまくいかない。
なぜなら、心の癖(パターン、色)は、もっともっと強制的なもので作られたのだから、その程度のもので変えられるはずがない。
強制的なものとは、親や学校の躾けや教育、あるいは、テレビが垂れ流すプロパガンダ(※)だ。
これらは正しくは洗脳と言うべきかもしれない。

※プロパガンダ(propaganda)とは、意図をもって、特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略のこと。 大きな括りでは国家においての思想統制や政治活動、小さな括りでは宣伝広告や広報活動もプロパガンダに含まれる。

もっと簡単に分かるためには眠っている時の夢を考えれば良い。
夢こそ純粋な心の癖(パターン、色)の産物だ。
なぜなら、夢は現実と違い、物理的制約がないからだ。だから、心の癖(パターン、色)がモロに反映される。
目覚めた時、夢を奇怪に感じるのは、目覚めている時の思考が物理的制約に慣れているからだ。
だが、その物理的制約とやらも、1つの心の癖(パターン、色)で、目覚めている時の心の癖(パターン、色)をそのように(物理的制約がないように)変えれば、現実世界でも空を飛べるし、ゾウも持ち上げられるし、屋根まで飛び上がれる。

夢と現実は全く同じなのだが、夢では、心の癖(パターン、色)が目覚めている時のものと少し違う・・・正確には、夢では、目覚めている時の心の癖(パターン、色)の一部が消えるのである。

星と花の静寂
AIアート470
「星と花の静寂」
Kay


では、どうすれば良い・・・つまり、好ましい世界に出来るのか。いや、正しくは、嫌な世界を終わらせることが出来るのか?
それは、現実が夢と全く同じであると見なすことだ。
ラマナ・マハルシも「現実と夢に違いはない。あるとすれば、長いか短いかだけだ」と言い、江戸川乱歩が「夢の方が現実より本物だ」と言ったのは、夢の方が現実より心の癖(パターン、色)の影響が少ないのだから当然である。
とにかく、現実も夢と変わらないことを見抜くことが大切で、それを心に言い聞かせることも必要だろう。
「これは夢なんだ」とね(笑)・・・いや、マジでやる限り笑うことではない。
そして、現実が夢と同じであることを見抜く最上の方法が、深呼吸と薄目で見ることである。
深呼吸をすれば体調が良くなり、心が静かになり、思考が消える。
そして、薄目で見れば、「世界が製造される様子」が見えるのである。
少なくとも、薄目で見れば現実も夢のように感じる。それが良いのである。








夢と現実、どちらが本当か

眠っている時に見る夢に対し、起きている時を現実と呼ぼう。
おそらく、あるレベルを超えた賢者達は皆、夢と現実に違いはないと言う。
一方で、凡人は、夢は幻の世界、対して、現実は本当の世界と言い、比較にならないほど現実が重要であると思っている。
賢者の中には、夢こそ本当の世界で、現実の方が幻だと言う者もいるが、話がややこしくなるので、それは一応、置いておく。

賢者達の言う、「夢と現実は同じ」を、凡人たる我々が理解したり、検証したりが出来るのだろうか?
もし、「なるほど!夢と現実に違いはない」と、心の底から納得出来たとしたら、世界とか人生は、全く変わったものとなり、おそらくは、幸福になるのではないだろうか?
しかし、凡人には、夢と現実が同じとは全く思えない。
そして、夢と現実が同じだという賢者の話は、全くの馬鹿話か、あるいは、何かのたとえ話だと解釈するのである。

1つだけ、夢と現実の違いについて取り上げる。
それは、継続性だ。
これこそが、凡人が、現実が本当で夢は幻と考える最大の理由である。
現実はずっと継続しているが、夢は、ほとんどの場合、見る度に大きく、あるいは、全く異なる、つまり、継続性がない。
現実だって、時間が経てば大きく変わることはあるが、それは、あくまで時間の流れの中での連続した変化の結果であり、一気に変化することはない。つまり、やはり、現実には継続性がある。
だが、これは案外に簡単に反駁(論じ返すこと)出来る。
現実が継続している、あるいは、連続しているというのは、自分がそう思っているだけであるかもしれない。
夢だって、夢の中にいれば、世界は継続していると信じている。
たとえば、現実では普通の家に住んでいるのに、夢で宮殿に住んでいても、不思議に思うことはない。つまり、ずっと前から、自分は宮殿に住んでいると思っており、それを疑うことはない。
ところで、現実の世界でも、バートラント・ラッセルという非常に賢い人が「世界5分前仮説」という思考実験を提示しているが、これは、「世界は5分前(実際は1秒前でも良い)に出来たのであり、それ以前の世界の記憶は捏造である」というもので、果たしてこれを論理的に否定出来るだろうかというものだ。
それで、否定は不可能なのだから、世界はずっと続いているものか、ついさっき(例えば5分前に)出来たものか、どちらとも言えないことになる。

凡人による、現実が本当であると考える人気のある理由はこうだ(これは、論とか証拠と言えるものではない)。
現実が幻であると言っても、犯罪行為をすれば逮捕され、不快な目に遭うことが確定しており、ここまで結果がはっきり予測出来る現実は、そうでない夢と違い、やはり本当だ。
しかし、これもまた、自分でそう思っているだけかもしれない。
すると、凡人の決まり文句は、
「じゃあ、犯罪をやってみろ。ただし、俺や俺の家族と関わりのないところで」
である。
だが、靴を食べたいと思わないように、ほとんどの人間は、犯罪をやりたくないのだ。
また、夢の中で犯罪行為をしようとしたら、なぜか実行出来ないものである。

別に、夢と現実のどちらが本当か白黒つけようというのではない。
だが、現実は、もしかしたら幻かもしれないと少し疑ってみることをお勧めするのである。
そうすると、現実が「夢じみてくる」のである。
不思議なこと、あり得ないことが、次々起こるようになり、ますます、現実って幻なんじゃないだろかと思えるようになる。
そして、最後は、「なんだ、現実って幻で、夢と同じじゃん」って思うことになる・・・かもしれない。
少なくとも、現実は夢のような幻と思った方が、引き寄せはやりやすくなる。








夢と現実を思うようにする方法は同じ

人生が苦しい人は、まず、現実とか人生を夢と見なし、気楽になると良いと思う。
そして、まるごと全部、潜在意識にまかせてしまうことだ。
それでうまくいかないのは、エゴが介入するからだ。
「あれが欲しい」とか「こうあるべきだ」とかね。

現実と夢に違いはない、あるいは、夢の方がよりリアルな世界と言ったのは、
荘子
ラマナ・マハルシ
ニサルガダッタ・マハラジ
江戸川乱歩
バシャール
といった、いかにも怪しい連中(笑)を思い出す。
では、「怪しいと言ってるのは誰か?」と問うと良い。
それは、エゴ(自我)であることが分かる。
そして、引き寄せが上手い人って、エゴを完全に無視出来るか、エゴを手懐けた者なのだ。
だが、普通の人は、エゴに「手懐けられている」。あるいは、人生の主導権をエゴに手渡してしまっている。
だから、「怪しい」なんてエゴの主張に同意するのだ。

まあ、それはともかく・・・
夢と言っても、それほど思い通りになるわけではない。
目的地に行こうとしたら、なかなか行けないなんてことがよくある。
そんな時、私なら。「別に、行かなくていいんじゃね?」と思い、行くのを止める。
エゴは騒ぐし、それで悪いことになりそうだが、ならないって(笑)。

夢は、それほど自由にならないと言っても、物理法則はかなりゆるい。
モノが浮いていることがあるし、自分が浮いたり、空を飛べることもある。
サイコキネシス(念力)が使えることもあるかもしれない。
ある時、私は夢の中で、サイコキネシスで物を動かし、「おお!サイコキネシスが使える!」と感動し、是非、目が覚めた世界に、この力を持って行こうとしたものだ。
夢の中で、可愛い女の子や格好良い男に会いたいと思って強く念じると、そんなのが遠くに現れるが、近付くとピカソの絵のように変形したり(残念w)、それほど(可愛かったり、格好良かったり)でなくなったりするかもしれない。
かと思えば、いきなり、天使のような美しい少女が神秘的な衣装で現れたこともある。
思い通りにするコツは、何も考えないことだ。
行こうと思うほど行けないし、飛ぼうと思うほど飛べない。
可愛い女の子に近付こうとするほど近付けない。
私は、現実で営業の仕事をやったことがあるが、一級のセールスマン達は口をそろえて「注文を取ろうとすればするほど取れない」と言っていたが、何ごともそうなのだ。
つまり、夢も現実も同じだ。
そして、より「柔らかい」夢の中では、思考を捨てれば、すぐに何でも出来る。
ところが、それは、現実と言われる世界でも、ちっとも変わらないのだ。
思考を消去すれば、何でも思いのままである。
「考えずに思いのままなんてのは矛盾している」なんて言うのは、「まだ分かってないのか!」である。
思考は、勝手に起こるのである。
自分が考えているなんて錯覚でしかない。

余談だが、夢と現実のスキマを埋めるのは、初音ミクさんのライブだ。
初音ミクさんは、現実のアイドルでは不可能な速さ、軽さでステップを踏み、ターンし、飛び跳ねる。
ミクさんは、とても素晴らしい3DCGなので、脳はミクさんを現実と見なし、脳のミラーニューロンは、我々がミクさんのように動く脳内の活動を起こす。
だから、ミクさんを見てると、だんだん人間離れしてきて・・・私のようになるのである(笑)。そして、それをあっという間に超えていく(笑)。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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