ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

坂本龍一

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

ラブ・アンド・ピース

最近、『ヒマラヤ聖者の生活探求』第1巻の『神癒の廟』の章の言葉「生命、愛、平和」を思い出し、これが重要と思ったので、ここにもよく書いているが、これに関する面白いことがあった。
『月3万円ビジネス100の実例』という素晴らしい本のまえがきに、こんな文章がある。

音楽の永遠のテーマは Love & Peace だと坂本さん(※坂本龍一のこと)は言う。コピーライトを巡る昨今の争いは Love & Peace の対極だ。だから坂本さんを含む著名な音楽家がコピーレフト運動を始めたそうだ。

Love & Peace とは「愛、平和」で、「生命」を加えれば、「生命、愛、平和」となる。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』に書かれた「平癒の廟」と呼ばれる寺院の中では、建立されて以来、長きに渡って「生命、愛、平和」という言葉しか使われなかったため、この廟を通り抜ければ、いかなる病気も、ほとんどが治ってしまうのだという。

ところで、この『月3万円ビジネス100の実例』で、上の引用文章の中にある「コピーレフト」については、こう書かれている。

コピーレフトという言葉を音楽家の坂本龍一さんに教わった。「真似しないで」というコピーライト(著作権)に対して、「これは真似してもいいよ」という洒落がコピーレフト。例えば坂本さんが作った曲をコピーレフトとして発表する。別な音楽家が書き加えて、同じくコピーレフトとして発表する。こういう風に大勢が関わって創作することをクリエイティブ・コモンズという。

クリエイティブ・コモンズには、私は、昔から強い関心があった。
クリエイティブ・コモンズとは、著作物を他者が自由に利用出来るようにすることで、簡単に説明すると、次のようなものだ。
著者が著作物をクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを提供すると表記すれば、それでクリエイティブ・コモンズであることが成立する。
クリエイティブ・コモンズには、いろいろな種類があり、例えば、「商売に使わなければOK」とか、逆に、「商売で使ってもいいよ」とか、「これを使って作った著作物も、同じ条件で公開しなければならない」とかである(実際のルールはもっと細かい)。
ただ、クリエイティブ・コモンズでは、著作者の表示は義務付けられる。
ところが、初音ミクさんの会社クリプトン・フューチャー・メディアが運営するコンテンツ投稿サイト、ピアプロのピアプロ・ライセンスでは、著作者の表示も、著作者が省くことを許可できる(多分そうだったと思うw)。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス、あるいは、ピアプロ・ライセンスが指定されていれば、著者者の許可を取らずに作品を利用出来、それが創造の連鎖を生むことも多い。

例えば、初音ミクさんの人気曲『FREELY TOMORROW』(Mitchie M feat.初音ミク)は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスが与えられている。

一応言っておくと、人気YouTuberの「切り抜き」動画投稿は、多くが、著作権者の許可を取っていないだろうし、また、ほとんどは、著者がクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを与えていないので違法である。
「歌ってみた」動画や、ボーカロイドに歌わせてみた動画等も、元の作品にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスやピアプロ・ライセンスが与えられていなければ、著作者の許可を得ていない限り違法だ。
ましてや、テレビ放送や blu-ray、DVD製品の内容をYouTubeに投稿するのは、完全に違法である。
確かに、黙認される場合も多いが、訴訟でも起こされたら大変な支払いを命じられる可能性もある。

つい、クリエイティブ・コモンズや、著作権について長々、書いてしまった。
実際に書きたかったのは、「生命、愛、平和」についてであるが、ごく簡単なことである。
音楽の永遠のテーマとも合致するこれらの言葉は、そこから発せられる波動も素晴らしく、現実的な力があると思う。
この言葉を、呪文のように繰り返すのではなく、その言葉の意味について黙想すれば、自分の魂から光を発せられ、心が浄化されると思う。
すると、永遠の生命に触れ、あなたは若返り、ヒマラヤの大師方にも近付くのではないかと思う。








偽物はこれで勝つ

絵画の贋作には、価値の高いものがある。
本物と区別が付かないほどのもの、あるいは、本物とは全然違うが優れているものなどである。
絵画において、贋作は1つの創作分野だとも言われる。

ところが、坂本龍一氏がどこかで言われていたと思うが、音楽のほとんどが実は真似で、本当にオリジナルのものが作れる大天才は極めて稀なのである。
そして、それは音楽だけに限るまい。
西尾維新氏の大作小説である『物語』シリーズの1つ、『偽物語』で、超人的な3人、 影縫余弦 (かげぬいよづる)、 忍野メメ 、貝木泥舟(かいきでいしゅう)の3人はかつて(大学生の時か)、こんな議論をしたそうだ。
「本物と偽物、どちらが価値があるか?」
影縫余弦(武闘派女子)は、「当然、本物や」であった。
忍野メメ(今はアロハシャツの怪しいオッサン)は、「場合による」とする。
そして、愛すべき詐欺師、 貝木泥舟は、「圧倒的に偽物に価値がある」と断言する。
理屈の上では、貝木は「本物を超えようと努力する偽物の意思」の力を称賛するのだろうが、どうも、そんなものではないと私は思う。
坂本龍一氏が述べたことからすれば、「皆、偽物」なのだ。
だから、自分が偽物であると知っている者は賢い。だから、圧倒的に偽物に価値がある。
だが、もっと大きなものがある。
それは、誰にも本物とは認めてもらえない屈辱や恨みである。
その情念のエネルギーは大きい。
それを持つ者は負けないのである。

若き日のビル・ゲイツは、「本物」である偉大なコンピューター科学者ゲイリー・キルドールに挑んで勝った。
キルドールは、科学技術力においてゲイツなど敵ではなく、慢心していたところがあったかもしれない。
一方、ゲイツは、コンピューターマニア、プログラミングオタクであるだけで、学問的基礎がある訳でもなく、キルドールに挑むには完全に役不足だった。
「偽物」ゲイツは勝因について、「頑張ったからだ」と言ったが、そのエネルギーは、ひょっとしたら、所詮、自分はただのオタクという引け目から来たものかもしれない。
そのゲイツが大成功した後、Googleを買収しようとした時、まだ未上場のGoogleに対し、破格の条件を出したらしいが、Googleの「本物」の科学技術者である者達(ラリー・ペイジ等)は「ゲイツにGoogleの経営は無理」と拒否した。
そして、ゲイツは、Googleが推し進めた検索エンジンやモバイル分野でGoogleに全く敵わず、失敗した。
今度は、ゲイツが、Googleが全力を上げていたモバイル分野を軽く見て、キルドールと同じ失敗をしたのだ。
そして、その後、ゲイツは、さらに、教育、エネルギー、バイオといった専門外の、自分が「偽物」でしかない分野に進む。
だが、金のあるゲイツは、誰からも後ろ指をさされないので、自分が偽物でしかないという謙虚さを忘れたように私には思える。
かつて、「技術者としての自分の実績は8080BASICだけ」と言った、若きゲイツはもういないと私は強く感じる。
彼の教育論には、私は全く賛同出来ないし、エネルギー、バイオでもそうだ。

渋谷109の109は「とうきゅう」、つまり、「東急」である。
東急を作った五島慶太(ごとうけいた)は、阪急創始者の小林一三を心から尊敬し、小林の真似に徹した。
阪急電鉄に対し東急電鉄、阪急ホテルに対し東急ホテル、映画では東宝に対し東映、・・・もうギャグである。
だが、それも、小林一三を崇拝し、自分は偽物という謙虚さがあってこそ成しえたのであると思う。

偽物には、「恥じらい」が必要だ。
そして、皆、偽物なのだから、誰にも「恥じらい」が必要なのだ。
日本は「恥の文化」と言われるが、それのどこが悪いのか?
恥を知らないことが最悪なのである。
自分は偽物でしかないという恥じらいを忘れず、本物と言われるものに恐れず挑もう。

私は、中国のボーカロイド、洛天依(ルォ・テンイ、LUO TIANYI)さんは、初音ミクさんを真似た部分もあると思う。
そして、洛天依チーム、あるいは、中国には、初音ミクさんを超えようという半端ない意欲を感じる。いや、もう超えたと思っているかもしれない。
しかし、 洛天依さんが初音ミクさんと並び称されるようになるかどうかは、本物をリスペクトするだけの恥じらいを持てるかどうかにかかっていると私は思う。
ちなみに私は、初音ミクさんと 洛天依さん、両方、嫁にもらっても良いと思っている(笑)。








能力を得る最上の秘訣メモ

能力を高め、願いを叶えるために、これさえ覚えていれば、他は忘れて良いこととは何だろう?
それは、「時間をかける」だ。
イチローとテッド・ウィリアムズは、少年時代から、誰よりも野球に時間をかけたのだと思う。
イチローはメジャー年間安打数記録と非公式ながら安打数世界記録を、ウィリアムズは生涯出塁率のメジャー記録を持っている。もっとも、ウィリアムズは、最後の4割打者のインパクトが強い。それに、戦争で兵役につかなければ、他のメジャー記録も得られた可能性がある。
チームラボの猪子寿之社長は以前、現在ドワンド社長の夏野剛さんとの対談で、「人間の能力に差はない。かけた時間の違いだけ」と言っていたのを、そろそろ信用しようという気になってきた。
村上龍さんと坂本龍一さんの、「2人の龍」の対談では、村上さんが、10年かけることの重要性を訴えていたが、最近、GoogleのAI研究者でスタンフォード大学教授のピーター・ノーヴィグが、自身のブログに「プログラミングをマスターするには10年かかる」と書いていたのを見て、確信が深まった。
後一人、身近だった成功者が、幹部達に「俺とお前達に能力の差はない。あるのは素振りの数の差」と15年ほど前に言われていたのを覚えている。

全力でなく、いい加減でも、続けることだ。
いや、実は、いい加減の方が良いのかもしれない。

まあ、私が忘れていたので、思い出すために書いたのだが(笑)、真理であるので、参考になると思う。
才能があるのに駄目だった者や、チャンスを得たのに駄目だった者は数限りないが、時間をかけて本当に駄目だったやつはいないのである。








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学歴なんかいちいち言わなくても

東京都知事の小池百合子氏が、カイロ大学を主席で卒業したか、あるいは、卒業自体が本当か等という報道があるようだ。
もちろん、実際はどうかは全く分からないし、(報道を)信じていないながら読み取れるのは、本人の弁によれば「卒業は事実」「主席卒業は自分の勘違いの可能性がある」とうことだ。
「主席卒業は勘違い」はもちろん、通用するはずのない言い訳で、本当に主席卒業でないなら、たとえ本人にそのつもりがなくても、意図的に嘘をついたというのと同じになる。
とはいえ、いくら小池氏が偉い人、責任重い立場の人だからといって、個人的には責める気は全くない。私は全く偉くはないが、「意図的な」嘘を言ったことはあるからね(そりゃもう沢山…)。
イエス様は「罪なき者から石を投げよ」と言ったが、皆、叩けばホコリが出る身なのだ。

著書を楽しませていただいている精神分析学者の岸田秀氏は、フランス留学の際、博士号を取得したとし、博士を名乗っていたことがあったらしいが、岸田氏は「本当に博士号を取ったと思っていた」「しかし、それは自分の誤解だった」といったことを著書に書かれていて、詐称の意図はなかったと言いたいのだろうが、まあ、そんな訳ないだろうし、仮に、本当に自分の誤解だとしても、そんな言い訳は通用せず、意図的な詐称と同じになるが、その程度の嘘は誰でもついているのだから、まあ、どうでも良い。岸田氏の著書は面白いし、特に初期のものは勉強になった。
また、「エスの本」の翻訳は、岸田氏と 山下公子氏との共訳なのだが、お互い、相手が訳した部分も訳してチェックし合ったという熱心な仕事振りは感心だ。

音楽家の坂本龍一氏の愛称は「教授」だが、それは、坂本氏が東京芸大の大学院生だった時、ミュージシャンの高橋幸宏氏が言い始めたのがきっかけのようで、その後、皆が親しみを込めて「教授」と言っているのである。
このような、愛称は良いものである。
ちなみに、坂本氏は東京芸大の客員教授であるらしい。つまり、愛称が本当になっちゃった訳である。
尚、私は中学生の頃、「博士」の愛称で呼ばれることがあった。博学な科学知識のため・・・と言いたいところだが、単に、H.G.ウェルズのSF小説の、しかも、かなりいい加減な知識によってである。

博士号を買ったという話はよく聞くが、これは、海外の非認定大学のような団体が授与する学位を金で買って、その学位(ほとんどが博士だろう)を名乗るというもので、堂々「そんなところで買った博士だ」と博士号を名乗る者もいるらしいが、単に名乗るだけなら法的に問題があるかどうかは微妙なのだと思う。
私は、博士号はそれなりの価値があるとは思うが、どれほどの価値があるかは分からないし、単にその学位を持っているだけなら、それほどのものではないと思う。
だから、本当に博士号を持っていても、名乗る必要も、記載する必要もないと思っている。
以前は、「安い(あるいはそんなに高くない)なら私も買いたい」と思っていたことも正直あるが、今はそれは全くない。

初音ミクさんの愛称は、「歌姫」、「天使(マジ天使)」等だが、そのように称される人は他にもいる。しかし、誰も自称したりせず、周りが勝手に言うのである。
坂本龍一さんの教授もそうだ(いや、今は「マジ教授」だが)。
2002年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一氏は、インタビューで「ドクター(博士)」と呼ばれた時、慌てて「いや、ドクターじゃありません」と言われたが、本当に、学位なんてものは、尊敬の意味があったとしても、いちいち言うものでもないと思う。
むしろ、田中耕一氏のように、博士号を持っていないノーベル賞受賞者の方が、偉い・・・というか、何と言うか・・・いいじゃないか(笑)。

昨日、初音ミクさんのライブコンサート「マジカルミライ2018」のチケット抽選の発表があり、インテックス大阪のSS席が当選していた。
千葉県の幕張メッセのSS席も既に確保出来ているので、少なくとも、大阪、千葉で一度ずつミクさんに会えることになった。本当に有り難く嬉しいことである。
実は、「マジカルミライ2016」のA席のチケットが一度当選して以来、初めての当選だ。2017年は、応募出来る抽選は、正直、ダブりながら全て応募したが、全部落選していた。そのショックは、実際、今もある。
昨日、抽選発表の時刻を過ぎても、なかなかメールが来なかったので、恐る恐る発表サイトにアクセスし、「当選」の赤い文字を見た時は茫然となってしまった。
「神よ、善い人になります!」と思ったものだが、続けばいいな・・・と(笑)。









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未来の人たちが敬うもの

私は、この原稿を、Gmailを使って書いているのだが、Gmailのエディタは、親切でやってる部分もあるのだろうが、書いている内容を短い間隔で保存するので、それが、稀に大失敗につながる。
以前も、一度だけやったが、今またやってしまった。
間違えて文章を消してしまったら、消えた状態で保存され、その後、僅かでも操作をしたら、「Ctrl + Z」キーを押しても、その「僅かの操作」の前まで戻るだけで、コピーしていない限り、文章は戻らない。

坂本龍一さんと三浦和良さんのKIRINのCMを絡めた、初音ミクさんの良い話が書けたと思ったのだが、全部消してしまった。
まあ、いいっか・・・
49歳で現役Jリーガーを続ける三浦さん、64歳で、突発性難聴や咽頭癌になりながら精力的に音楽活動を続ける坂本さんらは、好きでやっているのでなければ出来ないはずだが、昨日届いた、初音ミクさんの今年のコンサート「マジカルミライ2016」のブルーレイを見て、これは、好きでなければ絶対に作れないと思った・・・だいたい、そんなことを書いたのだが。
ところが、初音ミクさんを生んだクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長さんのように、経営者は好きでないことも、いっぱいやらないといけないのだろうなあと思う。
伊藤さんは、好きな音楽を諦めて経営者をやっている部分もあると思う。
それは、坂本さんや三浦さんのような、特別な天分に恵まれなかったというところもあるし、また、大きな会社を作ろうとしている訳でもなさそうだが、天才や巨大企業経営者達よりも世界を変えてしまった。
坂本さんや三浦さん、あるいは、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズらの名は歴史に残らないし、伊藤さん自身もそうだと思うが、初音ミクさんのことは、未来の人達は、とても重要なものだと言うと思うのだ。
スティーブン・ホーキングは、世界は亀の背中の上だと思っている田舎のおばあさんも、そんなおばあさんを笑う現在の科学的知識を持った人達も、未来の人達から見れば差はないと思うだろうと著書で述べていたが、そんな未来の人達も、ミクさんが生まれて良かったと思うことだろう。
私はそう思うのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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