ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

呼吸法

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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松木草垣氏の呼吸法

今回は、「天人女史」松木草垣(まつきそうそうえん)氏の呼吸法について述べる。
これに関しては、藤本憲幸氏の『秘法ヨガ入門』しか情報がないが、これが書かれた1980年代には、松木草垣氏は生きておられ大阪で生活していたようだ。
松木草垣氏は、エドガー・ケイシーに関する著書でも知られるジーナ・サーミナが「数千年に1人の聖者」と称賛したとある。
だが、正直言って、松木草垣氏の呼吸法に関し、『秘法ヨガ入門』の記述はざっくり過ぎるように思う。
例によって「息を腹部に多量に吸い込み」といった記述があるが、私がいつも言うように、腹に肺はないのだから、腹に息が吸い込めるはずがない。
それで、私も以前は、松木草垣氏の呼吸法をうまくやれなかったが、特に『弓と禅』の弓術の達人、阿波研造の呼吸法をはじめとする、様々な呼吸法を研究するうちに正しいやり方が分かった。
基本は、阿波研造の呼吸法と同じであり、私が言う「神の圧力呼吸」とも根本は同じと思う。
『秘法ヨガ入門』の記述を基に、松木草垣氏の呼吸法を述べる。
良いと思うところを取り込めば良いのである。

(1)肺にいっぱいに息を吸ったら、臍に意識を集中することで息を止める。
息を止めると言っても、喉の気管を喉の筋肉で締めるような止め方をしてはならない。
臍のあたりに、腹の内側から圧力が起こっていると感じると息を止め易い。その時、実際には、腹に少し力を込めている。
※『秘法ヨガ入門』では「腹部に息を多量に吸い込み」とだけ記してある。
(2)10秒から20秒、息を止める。
(3)腹の内部の圧力を弱め(腹から力を抜き)息をゆっくり吐く。息を吐いたら少し休む。
(4)(1)から(3)を10回ほど繰り返す。
(5)臍を中心に燃えているとイメージする。このイメージは各自工夫する。私の場合、臍に太陽があるようにイメージする場合が多い。
※『秘法ヨガ入門』では「“ヘソ”のまわりが炎のごとく燃えている映像を描きながら「瞑想」するのである」と記してある。

スター
AIアート396
「スター」
Kay


呼吸法で大切なことは息の止め方である。
息を止めると言ったら、ほとんどの人は水に潜る時の要領で、喉の気管を喉の筋肉で締めるようにして息を止めるが、これは呼吸法では絶対にやってはならない。
息を吸った後、吐かないことで呼吸の流れを止めるのであり、私は息を止めるというよりは「息を保つ」という言い方の方が適切と思う。
息を保つ際、腹の内部に圧力が生じるようイメージ出来れば楽に息を保てる。この時、腹壁が張っているように感じる。
『弓と禅』によれば、阿波研造は「腹壁が張るように」とだけ述べている。

だが、あまり細かいことにこだわらず、自分のやり易いようにやれば良いと思う。
効果に関しては万能で、この呼吸法を続ければ、病気にならず事故に遭わず、事業は発展、あらゆることで順境となり万事において栄えるとある。
つまり、完全な引き寄せの力を得ると思って良いが、あくまで呼吸法を熱心にやれば良いのであり、何も望まなくても自然に全てうまくいくのだと思う。
この、「望まず、欲張らず、天(松木草垣氏は臍が天の座であると言う)の力にまかせる」ことが大切なのだと思う。








深呼吸による神秘体験

最高の目標を持てば、他のことはどうでも良くなる。
たとえば、こんな例がある。
釈迦と、彼の従弟のアーナンダの逸話だ。
アーナンダは結婚を控えていた。
相手は16歳のそれは素晴らしい美少女だった。
アーナンダは喜びに満ち、婚姻の日を心待ちにしていた。
だが、釈迦はアーナンダに言う。
「今が一番嬉しい時だろう。だが、彼女を得た時には詐欺に遭ったと感じるだろう」
アーナンダは、いくら釈迦とはいえ、酷いことを言うと思い苛立った。
さらに釈迦は言う。
「安物の宝のことなど忘れ、修行に励め。そうすれば本物の宝を得る」
つまり、結婚などやめて修行しろと言うのである。
当然、アーナンダは「そんなこと出来ませんよ」と拒否する。
すると釈迦は、神通力でアーナンダを雪が降るヒマラヤ山中に連れて行く。本当に連れて行ったのか、幻影を見せたのかは分からないが。
そこで釈迦は、一匹の年老いた雌猿を見せた。
毛並みはボロボロで醜く、皮は爛れ、哀れな姿であった。
釈迦はアーナンダに問う。
「お前の妻になる女と、この雌猿では、どちらが美しいか?」
アーナンダは憤慨し、
「私の妻に決まっています」
と激しく言う。
「そうか」
釈迦はそう言うと、今度はアーナンダを兜率天(天界)に連れて行った。
釈迦が無言で呼ぶと、天女が現れ、釈迦の前に跪(ひざまず)いた。
そこでまた、釈迦はアーナンダに問う。
「お前の妻になる女と、この天女では、どちらが美しいか?」
すっかり狼狽(うろた)えたアーナンダは、
「この天女と私の妻では、私の妻とさきほどの雌猿ほどの違いがあります」
と答えた。
釈迦は言う。
「アーナンダよ。修行すれば、この天女はお前のものである」
アーナンダは結婚をやめ、修行に打ち込んだが、やがて天女のことも忘れた。

妖(あやかし)
AIアート389
「妖(あやかし)」
Kay


具体的に、そのような高い目標が示されればありがたいことだろう。
だが、文豪と呼ばれるほどの文学者や抜きん出た芸術家には、アーナンダが天女を見た時のような神秘体験が必ずある。
ドストエフスキーの『悪霊』で、キリーロフが言う。
「この五秒間のためなら、ぼくの全人生を投げ出しても惜しくはない」
ドストエフスキーは『白痴』でも、ムイシュキン侯爵に、これと似た体験について語らせていると思う。
この神秘体験の起こし方や、あるいは、そのヒントについて述べる芸術家も稀にいるが、なかなか分かり難い。
自己啓発家の言うことなら、それはあくまで金儲け目的なので聞かない方が良い。
しかし、深呼吸を続けているうちに、そんな瞬間が、おそらく訪れると思う。
これまで述べた呼吸法の大きな効用がそれである。
ただし、そんな神秘体験を求めず、ただ淡々と呼吸法に励むようにしないと、なかなか訪れないものである。








思考が消えたらどうなるか?

呼吸法その他で思考が消えれば、その後どうするのかというと、何もしなくて良い。
すでに神のようなものなのだから。
では、その時、人間らしい心はないのかというと、そこらにあるのではないかと思う(笑)。
あまりに進み過ぎて、そんな心が全く見当たらない人というのは、食べ物を食べようとしないので、誰かが口の中に食べ物を押し込みでもしないと餓死してしまうかもしれない。そうしなくても死なないという説もあるが、私には分からない。
ラマナ・マハルシほどの人でも、ラメッシ・バルセカールによれば、少しは心が残っていたそうだ。

だから、正確には「思考がほとんど消えた状態」ということだろうが、そんな状態も含め「思考が消えた状態」とする。
我々の場合は、常時、思考が消えた状態であることは難しい。
けれども、少しの間とか、あるいは、瞬間的に思考が消えた状態になることは、そう難しいことではなく(目覚めた瞬間は大抵そうだ)、そんな時、何か閃いたら、躊躇なくそれをやろうと思うだろうから、逆らわず、そのままやれば良い。
閃くと言っても、思考がある(心がある)状態では、食べよう、飲もう、好色なことをしようなど、ロクなアイデアが浮かばないが、思考が消えている時の閃きは魂の声であり、神の声と言っても良い。

稀に、魂の声が言葉ではっきり聞こえる人がいる。
例えば、「この人と結婚しなさい」とか。
テキサスの大富豪ロス・ペローは、著書に「妻がなぜ自分と結婚してくれたのかはいまだ謎だ」と書いていたが、彼の妻は、魂の声を聴ける人だったのかもしれない。
(ペローは非常に背が低い醜男だと自分で認めている)
船井幸雄さんの奥さんは、後にご自分でそうだったと船井さんに言ったらしい。
結婚時、船井さんの奥さんは非常に若かったが、船井さんは30過ぎで頭も禿げかかっており、しかも、子持ちだったらしい。
本来なら、若いお嬢さんが、そんなオヤジと結婚するメリットは何もない。
だが、昔の日本人の女性は、そんな人が多かったのだと思う。
そうでなくなったから、結婚しない人が多くなり、結婚するとしても正しい人と結婚しないのですぐに離婚したり、離婚しないまでも良くない関係になるのだと思う。

天使降臨
AIアート387
「天使降臨」
Kay


まあ、魂の声が言葉で聞こえる場合は珍しいが、そこまででなくても、思考が消えればちゃんと分かるものである。
ある人は、催眠術の実験中、たまたま思考が消えてしまったが、その時に、絵を描こうと閃き、それに逆らわずに絵を描き始めた。
元々は絵を描いたことはない人で、最初は下手だったが、描きたいという衝動のままに描いていたら、みるみる上達し、その人は旧ソ連の人だったが、やがて、絵がクレムリン宮殿の中に展示されるほどの画家になった。

あなたも、呼吸法や腕振り運動や佐川幸義流四股で思考を消せば、良い閃きを得られると思う。








プライドや面子を笑い飛ばせる人間になるには

「プライドが傷つけられた」とか「面子を潰された」などと言っているうちは引き寄せは出来ない。
アニメなどでチンピラやそれと同等の人間が、「きさま、俺を馬鹿にしてるのか?」と怒りに顔を歪める場面がよくあるが、そんなことを言うのは下等な人間で、下等な人間が良い引き寄せを行うなんて話は全くない。

「そんなの(プライドが傷付く等)聖人君子でもない限り、誰でもあるんじゃないのか?」とか、「僕は修行が足りないので、やっぱりプライドが傷付くことがある」などと言いたいかもしれないが、これは人格の問題ではなく、偏見とか洗脳の問題である。

「自分を誇りに思う」とか「君を誇りに思っている」といったセリフもよく聞くような気がするが、その度、私は詐欺現場を見るような気がする。
実際、詐欺だ。
「剣士の誇りを忘れたか」とか「医者の誇りを忘れたのか」というのも無茶苦茶な話である。
持つべきは誇りではなく責任だ。奉仕すべき責任である。
それなしに誇りなんてものを持つから変な医者、変な政治家が多いのである。

『スタートレック』という映画の中で、カーク退任の後、宇宙船USSエンタープライズの船長を務めていたミスター・スポックは、ある重要な事件が起こった際、カークに「あなたが船長になって下さい」と言うが、カークは躊躇する様子を見せる。スポックの立場を気遣ったのだ。
しかし、スポックは言う。
「バルカン星人に面子というものはないのです」
なるほど、確かにバルカン星人は優秀である。

まあ、実際は、今の時代はまだ面子が必要な場合もある。
それは、自分が集団を代表している場合で、実際は自分の面子ではなく、集団の面子が重要な場合だ。
とはいえ、これも本当は面子の問題ではないのだが、集団を統率するための権威とか貫禄みたいなものが必要で、これが面子と結び付けられるのである。
だが、本当に尊敬されたり信頼される人間とは面子とかプライドのない人間だ。

「わが校の生徒であるという誇りを持って」だの「わが社の社員であるという誇りを忘れず」だのといった誇りは生ごみと同じである。
そんなもの持ってたら臭くて仕方がない。
そもそも、「わが校の誇り」と言う場合、それは自校が他校より優れているのだという差別思想から来ているが、差別主義者はIQが低いことが研究でも分かっていると思う。
だから、「わが校の誇りを持て」と言うのは「わが校の教師、生徒はIQが低くあるべき」と言っているようなものである。

「子供には自尊心を持たせてやらないといけない」とか言うが、子供に必要なものは安心である。
これは経済的なことではなく、自分の実体が聖なるエネルギーであると知ることで、俗な言い方をすれば「自分の居場所がある」と言うことだ。
聖なるエネルギーは貴重な存在であるからだ。

今の輝き
AIアート386
「今の輝き」
Kay


自分が無限の聖なるエネルギーである魂だということを悟るには、釈迦やイエスのように瞑想したり、イニシエーションを受けたり、ラマナ・マハルシのように「私は誰か?」と問う方法など、いろいろある。
だが、最も簡単な方法は深呼吸である。
そして、つまるところ、釈迦もイエスもラマナ・マハルシも深呼吸で悟りを開いたのだと思えるのだ。
なぜなら、深呼吸こそ、聖なるエネルギーを動かす方法であるからだ。
「よかった・ありがとう呼吸」や「神の圧力呼吸」、あるいは、自分のお気に入りの優れた呼吸法をたゆまず行うことで、プライドや面子を笑い飛ばし、さらには、それらを、遠くで吹き飛ばされる塵のように感じるようになるだろう。
それを解放と言うのである。








「神の圧力呼吸」改良版

一般的には、適度な引き寄せを行い幸福になるためには、志賀一雅博士の「よかった・ありがとう呼吸」をお薦めする。
簡単で失敗しようがないからだ。
これだけでも、世の中にある多くの呼吸法や引き寄せ法、アファーメーションを上回る。

だが、神のごとき力を徐々にでも得るには、「神の圧力呼吸」が必要だ。
これは、中身はヨガのクンバク呼吸であるが、長い年月をかけて、多くの情報を集めて研究することで、曖昧さを除き単純化したものだ。
言い換えれば、良い呼吸法ほど、いろいろなところが抽象的で、実践のしようがない。

ただ、ある程度は「神の圧力呼吸」も、佐川幸義流四股と同じで、自分で工夫しなくてはならない部分もある。
そして、佐川幸義流四股の実践者にも、やり方が下手な者がいると思うが、それでも、やらないよりはずっと良く、やっているうちに上達する。

最も単純化した「神の圧力呼吸」は次の通りである。

(1)胸(肺)に、やや勢いよく、無理のない範囲で一杯に息を吸う(気持ち良く感じるはずである)。
(2)息を止めるために腹に力を込める。腹に力を込める以外の手段で息を止めない。逆に言えば、息を止める目的だけで腹に力を込める。
(3)苦しくならない範囲で息を止めた後、徐々に腹の力を抜きながらゆっくり息を吐く。

さらに簡単に言えば、「胸いっぱいに息を吸い、腹で息を止める」のである。

捧げる
AIアート383
「捧げる」
Kay


呼吸法によっては、腹や丹田に息を入れるというのもあるが、腹や腸は肺ではないので、息が入るはずがない。
また、腹を膨らませたり引っ込めたりしながら呼吸しろというのもあるが、それに意味はない。これもまた、腹に肺があるように見なした間違いである。
正しくは、腹に力を入れたり抜いたりするだけである。
『弓と禅』で、弓術の達人、阿波研造も「腹壁が張る」と表現しており「腹を膨らませよ」とは言っていない。
ただ、腹に力を入れたり抜いたりした時、自然に腹が膨らんだり凹んだりするのは構わない。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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