私が一番最初に呼吸法を憶えたのは中学1年生の夏で、W.E.バトラーの『魔法入門』という本に書かれたものだった。
この本は、現在は絶版で古書も高価だが、同じバトラー著、大沼忠弘翻訳の『魔法修行』に同じように書かれている。
それで、その後、沢山の呼吸法を見て実践したが、結局はバトラー流に帰った。
なぜなら、一番簡単で無理がないからだ。
世の中には複雑怪奇な呼吸法を教える者もいるが、あらゆることの原則は1つで、それは「出来るだけ単純に(シンプル・イズ・ベスト)」で、つまり、簡単であればあるほど良い(ただし、限度を超えないように)。
バトラーの呼吸法は、4つ吸い、2つ止め、4つ吐き、2つ止めるである。
しかし、正確に数えているわけではなく、2つ止めているつもりが、吸っている4つより長かったりするかもしれない。
ある程度はきちんとやるべきだろうが、その都度調子良くやれればそれで良いと思う。
数を数えずにやる場合もある。
ごく大雑把に言えば、吸って、好きなだけ止め、気持ち良く吐くだけだ。
中学1年生の私は、この呼吸法を意外に熱心にやっていて、能力はないし、何事もいい加減な子供だったにも関わらず、貴族的なほど良いことだらけになったと思う。辛いことがあっても引きずらずに流すことが出来、願った以上の良いことがあり、超能力としか思えないことも何気なく起こした。好きな子とは、そこそこ楽しいことが出来た(笑)。
頭が良くなったというよりは潜在意識とのコンタクトが簡単になり、勉強は出来ないのに困らなくなった。
その後、超能力をがっちり高めたのが、ラマナ・マハルシが教えた呼吸法だ。
心で「私はこれではない」と言いながら吐き、「私は誰か?」で吸い、息を止めて「私は彼である」と唱える。
この「彼」は全知全能の神で、自分の好きな神のイメージで良く、『バガヴァッド・ギーター』のクリシュナが理想とも言われる。
『ラーマーヤナ』のラーマも良く、私はアポローンだったこともある。
いずれにしても、ラストチャンスと思って熱心にやることだ。
実際、そろそろ最後かもしれない。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)魔法修行(W.E.バトラー)
(2)ラマナ・マハルシとの対話 第二巻
(3)南インドの瞑想 ~ラマナ・マハリシとの対話~
(4)バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)
(5)ラーマーヤナ(上) (レグルス文庫)
(6)神統記(ヘシオドス)

AIアート3170
「妖精の出現」
Kay
この本は、現在は絶版で古書も高価だが、同じバトラー著、大沼忠弘翻訳の『魔法修行』に同じように書かれている。
それで、その後、沢山の呼吸法を見て実践したが、結局はバトラー流に帰った。
なぜなら、一番簡単で無理がないからだ。
世の中には複雑怪奇な呼吸法を教える者もいるが、あらゆることの原則は1つで、それは「出来るだけ単純に(シンプル・イズ・ベスト)」で、つまり、簡単であればあるほど良い(ただし、限度を超えないように)。
バトラーの呼吸法は、4つ吸い、2つ止め、4つ吐き、2つ止めるである。
しかし、正確に数えているわけではなく、2つ止めているつもりが、吸っている4つより長かったりするかもしれない。
ある程度はきちんとやるべきだろうが、その都度調子良くやれればそれで良いと思う。
数を数えずにやる場合もある。
ごく大雑把に言えば、吸って、好きなだけ止め、気持ち良く吐くだけだ。
中学1年生の私は、この呼吸法を意外に熱心にやっていて、能力はないし、何事もいい加減な子供だったにも関わらず、貴族的なほど良いことだらけになったと思う。辛いことがあっても引きずらずに流すことが出来、願った以上の良いことがあり、超能力としか思えないことも何気なく起こした。好きな子とは、そこそこ楽しいことが出来た(笑)。
頭が良くなったというよりは潜在意識とのコンタクトが簡単になり、勉強は出来ないのに困らなくなった。
その後、超能力をがっちり高めたのが、ラマナ・マハルシが教えた呼吸法だ。
心で「私はこれではない」と言いながら吐き、「私は誰か?」で吸い、息を止めて「私は彼である」と唱える。
この「彼」は全知全能の神で、自分の好きな神のイメージで良く、『バガヴァッド・ギーター』のクリシュナが理想とも言われる。
『ラーマーヤナ』のラーマも良く、私はアポローンだったこともある。
いずれにしても、ラストチャンスと思って熱心にやることだ。
実際、そろそろ最後かもしれない。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)魔法修行(W.E.バトラー)
(2)ラマナ・マハルシとの対話 第二巻
(3)南インドの瞑想 ~ラマナ・マハリシとの対話~
(4)バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)
(5)ラーマーヤナ(上) (レグルス文庫)
(6)神統記(ヘシオドス)

AIアート3170
「妖精の出現」
Kay




