ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

原田知世

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

幻想の力

薬師丸ひろ子さん、原田知世さんと言えば、今でも国内ではビッグネームの女優さん達であるが、彼女達の全盛期は高校生の時であるというだけでなく、当時、彼女達は間違いなく、「日本で一番モテる女の子」達だった。
ところが、彼女達は、とりたてて美少女という訳では全くなかった。
いや、「美少女とは言えない」と言う人がいても別に良いと思う。
クラスの中にいたら、ひょっとしたら可愛いと思うかもしれない・・・レベルなのだと思う。
そんな彼女達が一世を風靡するほどのスターになったのは、彼女達に何か特別なものがあると考える向きが多いと思うが、実際は、角川春樹事務所と、その社長角川春樹の幻想を作り出す力が発揮されたのだろう。
どう発揮されたかは非線形的で、こうとかああとかは言えないが、たまたまうまくいったというよりは、何か持っていたのは、薬師丸さんと原田さんではなく角川春樹さんだったのだと思う。
私も昔、原田知世さんは好きだったが、幻想を払って観ると、彼女の代表作である『時をかける少女』は、映像面で少し見るべきところがある程度で、夢中になるような映画ではない。
Wikipediaを見ると、その映画の監督を務めた大林監督は、個人的に原田知世さんを気に入っただけで、「観客は角川春樹1人で良い」と思っていたというが、それは信じないとしても、傑作映画などでは決してないはずだ。
本当かどうかは知らないが、角川春樹さんは、ヒトラーを信奉しているというが、そのヒトラーのように、大衆の心を操作することが、角川さんは、いつもではなくても、上手くやれるのだと思う。
薬師丸ひろ子さんの代表作『セーラー服と機関銃』は、2016年に「本物の美少女」橋本環奈さんが主演したが、興行はさっぱりだったし、私もAmazonプライムビデオで最初の方を少し見ただけで、見るのをやめてしまった。
幻想を作り出す力が全くない映画がヒットするはずがないことが、はっきり分かるのである。
そもそも橋本環奈さんは、いくら美少女でも、本人が大衆に幻想を持たせることが出来ないというよりは、今の角川映画にそんな力はない。
そもそも、今の角川、あるいは、KAKOKAWAは、そんなことをする意図もないのだろうと思う。

世の中を動かすのは幻想である。
いや、世界は幻想であるが、それは人間の知性で理解出来ないことなので、一応、幻想が世界を動かすと言うべきだろう。
幻想が悪い訳ではない。
かつて、薬師丸さんや原田さんのファンであった人達は、幻想から幾ばくかのエネルギーの供給を受けたのだと思う。
しかし、幻想に巻き込まれてしまったら、エネルギーは散逸し、自分の好きな幻想を作り出せない。そして、ほとんどの人がそうだったはずだ。
改めて言うと、あなたの世界はあなたの幻想である。
他人が作った幻想ではなく、自分自身が作る幻想で楽しく遊ばなければならない。
まずは、世界が幻想だと気付くことだ。
それにはどうすれば良いか?
それは、世界が幻想であることを分かりたいと望むことである。









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恐れ知らずの冒険家と臆病者の違いとは

ジェット戦闘機のパイロットや、まして、宇宙飛行士なんて、私は、何よりも、凄い度胸だなあと思うのである。
実際、宇宙飛行士を選ぶ重要なポイントに「命知らず」というものがあり、人類初の月面着陸に成功したニール・アームストロングなどは、何度もジェット戦闘機で墜落した経験があるそうだ。
それでも、ジェット戦闘機に乗り続ける精神的タフさは、全く信じられない。
宇宙飛行士が命知らずでなければならないというのは、今でも変わらないはずだ。
一方で、自動車の運転すら、恐くて出来ないという人だって少なくはない。

世の中には、冒険心に富み、チャレンジ精神旺盛な人もいれば、臆病で、すぐにしり込みする、いわゆる「腰抜け」だっている。
そして、若い時は、積極果敢なことが奨励され、挑戦しない者は、特に男の場合は、「情けない男」、あるいは現代的な言い方で、「ヘタレ男子」という烙印を押される。
ヘレン・ケラーさんまで、「人生は恐れを知らぬ冒険か無かのどちらかである」なんて名言を残して下さっている(ちょっと皮肉っぽく述べた)。
この私は、冷静に振り返れば、「ヘタレ」なのだろう。

ところが、種明かしをすれば、勇猛な人間と臆病者を分けるのは、「生まれつきの心拍数」なのである。
生まれ付いての心拍数が多い者と少ない者がいる。
心拍数が少ないと、あまりドキドキしないので、恐れを知らない傾向が高いが、心拍数が高いと、すぐにドキドキしてしまい、臆病になってしまう。
それだけのことなのだ。
女の子で、名前を呼ばれただけで飛び上がるほど敏感に反応する子は可愛いかもしれないが、男だと、かなりみっともない。
だけど、それはただ、心拍数が高いだけなのだ。
心拍数が高い人間は、臆病だが、比較的善良だ。
なぜなら、刺激を必要としないし、むしろ、刺激を避けたがるからだ。
だが、心拍数が少ない人間は、刺激が大好きで、ドキドキするようなことをしたがる。
ところが、心拍数が少ない人達は、生まれ付いてのIQ(知能指数)により、運命が大きく変わる。
IQが低い者は、誰でも出来ることで刺激を求め、犯罪を犯す可能性が高くなる。
一方、IQが高ければ、難しいことに挑戦して刺激を求めるが、例えば、起業家で成功するのは、心拍数が少ない恐れ知らずな者であると同時に、IQが高い者なのだ。
こういったことは、アメリカでは、既に、十分な調査が行われていて、統計的に確認されているらしい。

私は若い頃、なぜか社長さんの友達しかいないという時期があったが、その社長さん達に、「君は経営者の才能がある」、「金も人も、事務所も貸すよ。起業しなさい」とか言われたが、私はその気にならなかった。
私は、心拍数がとても高く、臆病者であることは明らかで、さらにIQが低いのだから、起業家には向いていないはずだ。
だが、高い心拍数のおかげで、犯罪者にもならずに済んだ。
『ルパン三世』の影響で、夜中に学校に忍び込むなんてことにチャレンジしたが、どうも不快に感じるので、2~3度やっただけでやめてしまった(それでも、やったのか・・・)。
暴走族にもならずに済んだ。
ところで、社長さんらが、なぜ私が起業家に向いていると思ったのかというと、一種の発達障害のためではないかと思っている。
Webの発達障害チェックなんかにも、かなり真面目なものもあると思うが、やってみると、私はかなり高い発達障害の傾向を示す。
おそらく、病院で診断を受ければ、発達障害の認定を得られるだろう。
まあ、いまさらそんなことをする気はないがね。
しかし、そのために、非常に個性的に見えるのだろうと思うし、何かに強いこだわりを示す様子が、肯定的なオタクに見えなくもないのだろう。
起業家ってのは、どこかオタクでなければ、情熱が続かないのだと思う。

私は、常に超然とし、鷹揚とした(小さなことにこだわらずゆったりとした)人間になりたかったが、うさぎさんのようにビクビクする体質に生まれた私には無理で、大物にはなれない運命なのだろう。
マイケル・ジャクソンが、ステージで緊張することは全くないと自信を持って言っていたのが印象的だ。
彼は、かなり心拍数が少ないのだろう。
一方、原田知世さんは、昔の本で、いつまでたっても、ひどく緊張すると書かれていたが、確かに、彼女は昔から、どこか小動物のような雰囲気があった。
きっと、彼女は心拍数が多いのだ。
だが、それでも、スターになれたし、しかも、長くその座を保っている。
心拍数の高い人は、何か大きな安心を求める。
それが、良い意味での宗教心になれば、宇宙とつながり易いのかもしれない。

溢れ出すこの気持ち 刹那
瞬く流星のように
抱いて貫いて あなたの胸につつまれて
~『ARiA』(作詞:lino・とくP・木緒なち、作曲・編曲:とくP、歌:初音ミク)より~

自分が臆病で小心者だと感じている人は、スケールの大きな慈愛を持つ神仏について書かれたもの、例えば、『法華経』や『新約聖書』を読むと良いかもしれない。
ただし、宗教家は信者を怯えさせたり、焦らせて操ろうとする者がいそうな気がするので、心拍数の高い臆病者は、宗教には入らない方が良い。
まあ、元々、私は宗教に入る気は全くないのだが。
あるいは、『歎異抄』を読んで、良いと思って念仏を唱えることで、精神的な安定を得られた人も多いので、試してみても良いかもしれない。
だけどね、やはり、善良でいて、悪いことをしないのが一番なのだと私は思う。









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英知と愛を発達させるには

駅にいると、夏休みの子供達をよく見る。
ショートパンツ姿の小学5、6年生の女の子には、脚の長さが目立つ子が多い。
昔、原田知世さんのエッセイで読んだ覚えがあるが、原田さんは子供の時、バレエを習っていて、小学高学年の頃は、身体のちょうど半分が脚だったと書かれていた。
人間は、脚の方が早く成長するので、子供の時は、身長の中の脚の比率が高いのである。
なぜ脚の方が早く成長するのかというと、脚の方が胴体より単純だからかもしれないし、先に脚を発達させて自由に動き回れるようにするためかもしれない。
しかし、ある時期に脚の成長が鈍化し、代わって胴体がより伸びるのであるが、身長の伸びが早く止まったような人は、脚の比率が大きいことになるだろう。

ところで、身長の伸びが止まっても、人間の身体の発達が止まる訳ではない。
頭位の成長は小学生の時にほぼ止まるが、これは、基本的知性は、子供の時に決まることを示す。
高校生の男子では、まだ上体、特に、胸が貧弱な場合が多いが、二十歳過ぎてから逞しくなることが多い。
「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎によると、男の胸は30歳を過ぎてから大きく発達するという。
そして、胸の発達と共に、感情が発達し、情緒豊かになり、忍耐強くなるといった、心の進歩が現れる。

肥満というのではないが、中年になると腹がある程度は太くなる。
それと共に知恵が発達するのである。

普通の人は、知恵の発達までである。
知性、感情、知恵を十分に鍛え、発達させれば十分である。
しかし、本当は、人間は英知まで発達させることが出来る。
英知は、身体で言えば、脚に当たる。
『荘子』にも、「仙人は足の裏でゆったりと呼吸する」とあるが、これは、脚と英知の関係を象徴的に言っているのである。
英知の発達は脚に現れる。
英知が発達すると、脚が非常に滑らかになる。
綺麗な脚をしたモデルでも、よく見ると表面がボコボコしているが、英知が発達した人の脚は金属ヘラで滑らかにした石膏のようだ。
そして、英知によって磨いた脚は、長さとは関係なく、非常に美しいのである。
一般に、モデルの人の脚は長いが、モデルの中には、平凡な長さなのに、非常に美しい脚の人がいる。そんな人は、隠れて英知を磨いているのである。例えば、聖書や仏典を毎日読んでいる等である。

そして、もう1つ、特殊で重要な身体の部分がある。
それは、手である。
これは、愛に対応する。
愛を発達させた人の手は美しい。
そして、高度な愛を発達させた人の手は、人間離れして美しいのである。
そんな手は、癒しの力も強い。
イエスの手が、そんな手の究極であった。

精神的な発達が、対応する身体の各部位を発達させるが、逆に、身体の各部位を発達させると、それに対応する精神が向上する。
ハードに身体を鍛えるのではなく、丁寧な運動が大切である。
小まめに動く人は、胸が発達して、感情豊かで忍耐強い。
複式呼吸をすれば、知恵が発達する。
そして、腕振り運動は、いずれにも効果がある。

よく歩けば英知が発達する。
また、腕振り運動をしながら、脚を意識すれば、脚が温かくなるのを感じるが、これは、大いに英知を発達させるのである。
そして、真摯によく手を合わせると、愛が発達すると共に、手が綺麗になる。
毎日、自主的に、仏壇や神棚に手を合わせる人は、やはり愛が深く、手が美しいことが多いのである。

こういったことは、古代の学校では常識的に教えられていたのであるが、現在は完全に忘れられてしまっている。
しかし、とても重要なことであることは分かると思う。
また、腕振り運動が、いかに人間を向上させるかも分かると思う。
感情、知恵、英知、愛の発達は、力の発達でもある。
自由自在になるためにも、これらを、根気強く、どこまでも発達させるべきである。









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腹の底から笑う方法

最近、思いっきり、腹の底から笑ったことがあるだろうか?

精神分析学者の岸田秀さんが、何かの本に、笑いの原理について、一章ほど割いて説明していた。
岸田さんが、今でも同じ考え方をしているかどうかは知らないが、こういったことが書かれていたと思う。

「箸が転がっても可笑しい年頃」という言葉があるが、乙女はなぜ、箸が転がると笑うのだろう?
それは、笑いというのは、「非日常の出来事で緊張が破られた時に起こるから」というのが、岸田さんの論だった。
例えば、偉い先生が講演するために演壇に向かう際、バナナの皮に滑って転ぶと、とても可笑しい。
これは、「偉い先生が転ぶ」という非日常の出来事で緊張が緩むからであると、岸田さんは述べる。
ただし、いかに非日常と言っても、誰かがピストルを撃って人が死ぬとなると、非日常の度が過ぎて、緊張が緩むどころか緊迫するので笑えないのである。
では、これを、「箸が転がって笑う乙女」に当てはめると、こうなる。
乙女はいつも緊張している。
例えば、14歳の乙女だとすれば、彼女は自分はまだ子供だと思っているのに、この年頃にもなれば、特に美少女だと、大人の男でも(場合によっては老人でも)、自分を「女」として見ていることを感じ、油断出来ずに緊張するのだそうだ。
そこに、「箸が転がる」という非日常が起こるとする。箸は、食べるために使うものであり、転がすものではないので、これが転がるのは非日常である。
それを見て、日常化している乙女の緊張が緩むのである。それで笑ってしまう。
ここまでが、岸田さんのお話である。

つまり、美少女ほど、女扱いされる緊張が強いので、笑い易いと考えられるが、あまりに美少女で、緊張も強いと、箸が転がる程度では笑えないかもしれない。
だから、言い換えれば、「適度に美しい乙女は箸が転がっても可笑しい」である。
しかし、実をいうと、私は箸が転がって笑う乙女を見たことが無いし、多分、実際に、笑わないだろうと思う。
「箸が転がっても可笑しい年頃」というのは、多感さと精神の不安定さという、少女特有の性質を言い表した言葉に過ぎないのだろう。
普通の乙女は、それほど精神が不安定ではないので、箸が転がる程度では笑わず、もし、箸が転がって笑う乙女がいたら、情緒不安定を疑うべきであろう。

昔、原田知世さんの本で読んだが、映画の撮影で寝不足のまま深夜になると、普通なら可笑しくも何ともないことで、「皆が」笑い出すという、ちょっと危ない状態になるのだそうだ。
これは、撮影が時間との戦いで緊張している中で、精神が不安定になっていて、その緊張が緩みやすいから笑うのだろう。
この撮影は、『時をかける少女』の時のものだったと思うので、原田さんは15歳の乙女盛りだったが、そのためではなく(15歳という乙女盛りだったからという理由ではなく)、このような特殊な「緊張状態プラス精神不安定」という状況だったので、箸が転がるレベルの出来事でも笑ったのだろう。

最初の話に戻るが、偉い人が、講演直前という厳しさを出すべき場面でバナナの皮に転んでも、精神が安定した人は笑わない。
しかし、ほとんどの人は精神が、それなりに不安定だから笑うのである。
つまり、精神が安定した人というのは、緊張していないのである。

ビートたけしさんのような笑いのプロなら、むしろ、岸田さんのような学問上の心の専門家より的確なことが分かる。
たけしさんは、お葬式の中で、正座していたおじいちゃんが立ち上がった時、脚がしびれていたのでけつまずくと、これはもう可笑しくて仕方がないという話を本に書かれていた。
岸田さんの論に当てはめると、非日常で、緊張が緩んだということになり、岸田論が当っているように思えないこともないが、ちょっと違うと思うのである。
たけしさんが言われるには、これのどこが可笑しいのかというと、「笑っちゃいけない場面」だからだ。
笑ってはいけない状況であればあるほど、笑いたいのが人間である。
例えば、たけしさんが子供の時、近所の不細工な娘さんが結婚したのだが、その娘さんが花嫁衣裳を着ているのを見て、彼女の両親とかが「きれいだよ」と言っているのを見て、当然ながら、たけしさんは可笑しくて笑いたくて仕方がない。しかし、笑ったら、母ちゃんに殴られるので我慢していた。そこに、どこかのおじさんが「不細工な娘に何言ってやがる」と言ったものだから、もうたまらず笑い転げたという。
やはり、笑ってはいけない場面ほど笑えるのである。
この場合は、かなり精神が安定した人・・・つまり、緊張していない人でも笑ってしまう。
先に言うと、なぜ、そこで笑ってはいけないのかというと、伝統的な世間のしきたりという権威を馬鹿にしてしまうからである。このことは、この後で説明する。

偉い先生がバナナの皮で転んだら、それを笑ってはいけないと思っている人(その先生を偉いと思っている人)ほど可笑しく思うが、その先生を偉いと思っていない人は、いかに「非日常」で、「緊張が緩んでも」笑わないのである。
しかし、自分が勤務する会社の会長が転んだら、その場にいたら、絶対に笑ってはいけない場面なので、可笑しさを堪えるのに苦労するだろう。
だが、岸田さんが言われるように、ピストルを撃った人がいたという場合は、笑ってはいけない場面だが笑えない。

つまりね、笑うというのは、どこかで「権威を馬鹿にする」要素が必要なのだと思う。
ハイジが、初めてクララの家で食事をした時、あまりのマナー知らずに、クララは吹き出しそうになるのを、必死で堪える。
クララは、ハイジを馬鹿にして可笑しくなったのではない。
ハイジの行動が、ロッテンマイヤー女史が崇める伝統的しきたりという権威を破壊してしまっていたのが可笑しかったのである。
それは同時に、深窓の令嬢であるはずのクララ自身、実は、権威を馬鹿にしている部分もあるということなのだろう。

だから、腹の底から笑いたければ、権威を馬鹿にすることを忘れてはならない。
権威に媚びた者は、本当に笑えないのである。
そう考えると、権威というものは、我々を笑わせてくれる程度のものでしかないのである。
そして、是非、その程度のものに出来るよう、我々は賢くあらねばならないのである。

尚、岸田さんの上のお話が、どの本に書かれていたか分からないので、岸田さんの代表的著作(実は初めて書かかれた本)をご紹介しておく。
一番良い本が、一番最初の本なら、少し笑える。
もっとも、岸田さんは、本当は、この本以外は書く気がなかったそうだが、その後、何十冊も書いている。本人の意思とは関係なかったのかもしれないが。
とはいえ、実際、目から鱗とも言える、勉強になる本である。
学研教育出版では、『アルプスの少女ハイジ』も、萌えイラストになっているが、これもちょっと笑える。
もちろん、ビートたけしさんの毒舌がちょっと笑える・・・と、たけしさんのお笑いの権威を馬鹿にしたら可笑しいだろうか?









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神聖なる芸能人

今、人気絶頂で、花よ蝶よ、天使か妖精とちやほやされるアイドルも、わずか十数年もしないうちに、ただのオバサンである。
仮に芸能界に残れたとしても、かつての元お姫様アイドルだった人達が今そうであるように、お笑いタレントとして三枚目になり切るしかない。
私は、そんな元アイドルの人達は、本人達は本当は屈辱的に感じていて、かなり辛いものだと思う。
しかし、それでも、しんどい労働で安い給料のパート勤めをするよりは、馬鹿になりきってそれなりの収入を得る方が良いと判断したのだろう。
世の中、辛いものである。
だが、私の知る限りでは、際立った例外は2人いるように思う。
吉永小百合さんと原田知世さんだ。
彼女達は、年を取るほどに、神聖視されるようなところがあり、笑い者役になることは、まず考えられない。
1つには、彼女達が、常に努力して能力を磨き続けているということがあるのだが、彼女達には、個人的な話題があまりないということに注意しても良いだろう。つまり、憧れの対象たる人気芸能人の割に、色恋にまつわる話が、なかったこともないのだろうが、すぐに消えてしまうのは、やはりそんな雰囲気がないからだし、他の個人的な物事・・・例えば、所有物や趣味の話題も、本人達が関与しないので、ほとんど成り立たない。本人達が意図的に関与しないというよりは、持ち物や趣味は、あくまで個人的なつまらないものであると、きちんと心得ているのだ。
彼女達には、個人というものがあまりない・・・言い換えれば、自分をそれほど重要視していないのだ。
このニュアンス(微妙な意味合い)は、ちょっと難しいかもしれないが、重要である。
一方、笑われながら芸能界で生き残る人達は、個人や個人生活を前面に押し出しているし、そうでないと仕事にならない。その個人を叩かれることを商売にしているのだ。しかし。自分を重要視している。だが、それは辛いことになる。

つまり、原理は割と簡単なのだ。
吉永さんや原田さんは、自分で最初に自己否定しているので、他者が叩くべき個人はおらず、悠然と力を発揮する。
一方、笑われて稼いでいる人達は、自分で最初に自己否定しないので、後で他者に叩かれ、それに耐えることでやっているのである。
また、自己否定もしなければ、叩かれることに耐えない人は、普通の人になっているが、どちらかというと惨めな人が多いのである。

そして、こういったことは、別に芸能人でなくても、どこでも同じことで、我々だって同じ原理に支配される。
自己否定しなければ、他者から叩かれる。それに耐えれば、ある程度の立場を得るが、辛い面が多い。
しかし、もし、最初から自分で自己否定できれば、まるで自然が味方するように、流れに乗って、何でもうまくいく。
そして、自己否定もせず、叩かれることからも逃げれば、行き着く先は地獄である。
これを努々(ゆめゆめ。決してという意味)忘れてはならない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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